39話:皇子暗殺未遂4
麗らかな日差しが降る庭園の四阿。
ついさっきまで何ごともなかったフェルが突然倒れた。
体が弱いらしいとは聞いていたけど、ここまで急激だとは僕も知らない。
これで理由は不明だなんて、いったいなんの病気だ?
同時に、絶賛僕はフェルを抱えたテリーに怖がられている。
怯えを隠しきれない表情で、それでも弟を守ろうと声を上げた。
「お、弟に何を盛った!?」
「盛った?」
「毒だろ! こんな急に悪くなるのはおかしいって今までも言ってたんだ! 僕たちを殺そうとする不敬者はお前しかいないって!」
テリーの言葉が子供らしくなる。
けれど内容は子供が言うことじゃない。
テリーはフェルに毒が盛られたと思ってる。
しかも犯人は僕だと周囲が言っていたらしい。
六歳児にいったい何を吹き込んでいるんだ。
「食べて一人だけいつも悪くなる! いったいどんな毒を使ったの!? 誰もわからないなんておかしい! なんでこんなことするんだ!」
きっと毒が盛られた可能性についてはすでに調べ尽され、それでもなお理由がわからなかったからフェルが病弱だとされたんだろう。
毒見役もついてるはずだし、毒を盛られたと考えれば確かにおかしい。
けど今、食べた後に容体が悪くなったのを僕も見ている。
「あのお菓子の中に、毒?」
「そんなわけない! 今日のお菓子は僕が母上と相談して用意したし毒見は僕もしたんだ! 同じ物から作ってる! 毒なんて入れられないように頑張ったのに!」
周囲の大人による悪意ある誤解とはいえ、テリーは弟たちのために手を尽したようだ。
もちろんテリーより前に毒見した者もいるだろうが、それでも誰も毒があるとは見抜けなかった。
もちろん僕は毒なんて盛ってない。
けど直前まで元気にしていたのは確かで、服毒を疑うのもわかる。
ただまるでフェルだけを狙うように倒れるのはなんでだ?
「僕が触ったのは、二人が選んで持って来たものだけだよ。食べてるのも同じ物で、ワーネルは食べてな、い…………」
そう言えばワーネルは言っていた。
喉がもやもやすると。
その表現はどこかで聞いたことがある、何処か、いつか? そうだ、いつか前世で…………。
「まさか!」
僕はテリーが抱え込んで良く見えないフェルの顔を覗き込んだ。
さっきまでは顔色が悪い程度だったのに、今は見るからに唇が赤く腫れている。
「アレルギー!?」
「何をするの! フェルに触るな!」
「待って、落ち着いて! このままだとフェルが危ない!」
テリーが抱え込んでいるけれど、触れたフェルの手は酷く冷たい。
双子で顔がそっくりなフェルとワーネルはきっと一卵性の双子。
同じ体質であるはずの二人の内で、フェルだけに症状が出ている。
つまりワーネルがもやもやすると嫌がったのはアレルギー反応のある食材?
「やめろ! フェルをどうすの!? 返して!」
僕は嫌がるテリーからフェルを取る。
けど僕もアレルギーの対処なんて知らない。
電子辞書の家庭の医学みたいなものには医者に連れて行けとしか書かれていない。
あとはエピペンだけどそれがどんな薬かわかってもここですぐには作れない。
「苦しいだろうけど、ごめん!」
僕はハンカチを指に巻いてフェルの口に入れた。
反射的に噛まれるけれど、今はフェルを助けるほうが優先だ。
僕は痛みを耐えつつ、舌の根元を押して嘔吐反応を誘発する。
「何をする!?」
さすがにテリーの警護が動いたけど、それをイクトが止める。
「フェル! 食べた物吐いて!」
指を抜いて俯かせ背中を叩く。
フェルは苦しげな声を上げながら嘔吐した。
「うぇ、ぇえ、えぇ…………」
泣き始めるけどまだだ、ごめん。
「息止めて。水を飲んで」
魔法で口に水を入れると、苦しげにしながらも飲み込んでくれた。
それをまた吐かせるという辛いことをもう一度させる。
「やめろぉ! やめろよぉ!」
「フェル? フェル? なんで?」
あまりのことにテリーもワーネルも泣きだしてしまう。
テリーに至っては僕を止めようと腕をむちゃくちゃに叩いて来た。
「ごめん。これしか助ける方法が思いつかない!」
吐かされるフェルに至っては顔ぐちゃぐちゃにして泣くことさえ難しいくらい息切れしている。
けど胃洗浄的なことをする以外に僕には考えつかなかった。
「アーシャ殿下! これは、いったいどうした処置でしょう?」
イクトが苦しげに聞いてくる。
見るとテリーの警護も力尽くで僕を止めようと迫っているのをイクトが抑えていた。
体格はテリーの警護のほうが上。
なのに剣も抜かずに無手で抑え込んでるのはたぶん関節決めてるせいだろう。
ただ体格差から力押しでは長くもたないようだ。
「蟹の呪いだ! 食べちゃいけないものをフェルは食べてる!」
「え、蟹の?」
イクトは予想外で一度気を抜く。
けれど何かに気づいて険しい顔になった。
すぐにテリーの警護を一度転がして引き離すと、こっちにくる。
「吐かせたということはもう?」
「唇の腫れが同じ理由だ。この腫れが引けば」
「では、失礼を」
「うえ!?」
僕はいきなりイクトに抱えられた。
同時に侍女や侍従、警護や巡廻兵などが一塊になってこっちに来てるのが見える。
全員がイクトの笛で異常を察知して走っていた。
そして見える所でテリーたちが大泣きしてるんから、殺気立つのも仕方ない。
まずいのはわかるけどこのままだともっと危ない気がする。
「回復魔法や急激な回復はしちゃ駄目だ! それはフェルの症状を悪化させる! 絶対にしないで! 最悪死んでしまう! でもワーネルが食べて平気なものは大丈夫だから!」
イクトに抱えられながら僕はできる限りの警告を残した。
誰か聞いててくれればいいけど。
イクトは一目散に庭園の木々に隠れる。
そして足を止めずレーヴァンがいた出入り口へ向かった。
「うん? これはまた」
睨むように庭園を見ていたレーヴァンが、僕を抱えたイクトを見つけて声を上げる。
「笛が鳴ったのはいったいどうしたんです?」
「迷子の双子を見つけてアーシャ殿下がご案内したところ、弟君がお倒れになりました」
「ま、それって! また!? 勘弁してくださいよ! っていうか一度で懲りないんですか?」
レーヴァンも以前テリーに会った時のことを思い出したらしい。
けど懲りる懲りないをレーヴァンに言われる筋合いはない。
「一応聞くけど毒なんて」
「あり得ません」
レーヴァンの不躾な問いをイクトは強く否定する。
「あれは毒だけど毒じゃない。病気だけど病気じゃないんだ。蟹の呪いと一緒だよ」
「は? 呪い?」
「ともかく、アーシャ殿下は偶然居合わせました。そして少々手荒でしたがその場で弟君を吐かせて原因となる食物の除去を行っています。私が笛を吹きましたが相応の緊急事態であることはあとでストラテーグ侯爵に自ら報告をします」
イクトなりに僕の行動を説明してくれた上で、どうやらレーヴァンに上司とのアポ取りをさせるようだ。
「待て、それで何処に行くつもりだ? 殿下を害してただで済むと」
「殿下とは誰のことですか?」
普段いる出入り口の警護にイクトが低い声で問い質す。
殺気立ったイクトに、出入り口の警護は言い返すことはできなかった。
帝室の者を害すると重い罰があるんだけど、それはもちろん皇子である僕にも適応する。
ここで僕が悪いとしたら、きっと陛下が怒るくらいはわかってるんだろう。
けど今僕はそんなことどうでもいい。
「フェル大丈夫かな?」
せっかく快気祝いをしていたのに、泣かせてしまった。
テリーは僕を怖がっていたし、きっとワーネルも僕の突然の行動を怖がることになるだろう。
もしかしたらフェルには二度と会ってもらえないかもしれない。
それはとても悲しい。
悲しいけれど、それ以上に僕は弟たちが心配だった。
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