38話:皇子暗殺未遂3
迷子の双子を発見して、四阿まで案内したら無人だった。
これは好都合と思うべきか、一人くらいいてさっさと保護してほしかったと思うべきか。
双子はお礼と言って僕にお菓子をくれたので、イクトが毒見して問題なし。
うーん、このキラキラ笑顔は役得と思ったほうがいいかな?
双子は僕にくれたのと同じお菓子ををそれぞれ手に持ち、スフレをくれたワーネルはスプーンの存在を思い出して四阿に戻る。
「美味しいね、ありがとう」
「うん、おいしいの!」
先にフェルおすすめのナッツとかの焼き菓子を一口食べ、笑みがこぼれる。
丁寧に作られてる味でしっとり口当たりもいいし、本当に美味しい。
だから余計に気になることがある。
ワーネルがもやもやして嫌いってなんだろう。
ナッツをよく噛まずに喉に引っかかるとか?
ベリー系の皮が残って舌触りが悪いからもやもや?
「スプーン持ってきたよ! あ、兄さま!」
「兄さま?」
僕のことではないよね。
僕のことだったらいいなぁとは思うけど。
ワーネルが戻ってきたら笑顔で手を振り始めた。
同時に背後から急ぐ足音が聞こえてる。
振り返ると紺色の髪をした少年が険しい表情でこちらに向かってきていた。
六歳のはずだけどきりっとしてるなぁ。
三歳の時に会ったよりずっと大きくなったんだね。
「何者だ!?」
僕は会心の一撃を食らった!
テリー、僕のこと覚えてないんだ…………うぅ、胸が痛い。
セフィラを使って様子窺ってたのは一方的だったし、テリーだって三歳だから覚えてなくても当たり前なんだけどさ。
「宮中警護を連れている?」
イクトの制服で気づいたテリーは、僕の恰好も見る。
皇帝である父が用意した服だから品質はいい。
そして外に出るんで髪は黒にしてるから、まぁ、目立つよね。
というか、ここのところ髪の銀髪具合が酷くて、若白髪みたいでちょっと、うん。
「第一皇子であられるかと」
テリーのほうの宮中警護が耳うちしつつ、すごく嫌そうな顔をされた。
こっちは大人だから三年前のこと知ってるはずだし、当時の警護がどうなったかも知ってるんだろう。
僕のせいじゃないよと言いたいな。
一応腰に下げてる剣に目をやったら慌てて両手を後ろに組んだ。
うん、別に僕は言いがかりをつけるつもりはないんだよ。
「フェル、ワーネル。そいつから離れろ」
「どうしたの?」
「兄さま怒ってる?」
険しい顔のテリーに強く声をかけられ、双子は戸惑いを顔に出す。
なんか敵認定されてる? え、すごい悲しい。
あんなに可愛かったのに。
けど今はフェルとワーネルが優先だ。
「君たちに怒ってるわけじゃないから大丈夫だよ。でも、心配はしただろうから後でお礼を言うといい」
「うん」
「わかった」
こっちは素直だぁ。
けど三年後にテリーみたいな塩対応されたら僕今度こそ泣くかもしれない。
今も結構堪えてるし。
やっぱり周囲の大人があれだとテリーもそう言う考えになるのかな?
いや、ここはせっかく顔を合わせたんだから誤解を解くチャンスかも?
「弟たちにいったい何をして懐柔した?」
「君も、僕の弟のはずなんだけどね」
フェルとワーネルに視線を合わせて屈んでいた状態から立ち上がって言ってみる。
途端に睨まれた。
「違う! 思い上がるな!」
即否定…………心が折れそうです。
「否定しても、どうしようもないと思うけど」
「こそこそ企みばかりを巡らせて帝位を狙う卑怯者に弟なんて呼ばれる筋合いはない」
「言いがかりだ。けど、そうか。そういう風に言われてるのか」
誰だ、テリーにそんな嘘吹き込んだの。
僕、今まで帝位狙ったことないのにまるで事実かのように言われてる。
本当にそんな気あったらもっとぐいぐい出てるし、引き篭もりなんてしてないって。
どういえばいいかな?
六歳に理詰めで言って理解できる?
「姿も見せず隠れてばかりで男らしくもない。さらには幼い弟たちまで手を出すとは許さないぞ。あ! まさかワーネルがいなくなったのも!? 卑劣なことを!」
びしっと指を差した上で邪推が止まらない。
子供がきゃんきゃん騒いでるだけだから怖くはないけど、完全に僕が悪者扱いだなぁ。
二度目でこれは酷い。
そしてテリーも興奮ぎみで話を聞いてくれそうにない。
これは出直すべきかな。
気を使ってこっちから接触しなかったのが駄目だった?
今度からは敵意がないことをアピールしていくべきかもしれない。
ともかく今は妙な言いがかりは否定しておこう。
「…………迷子を見つけたから案内をしただけだよ。いつかと同じようにね。僕も用事があって庭園に出たんだ。これで失礼させてもらうよ」
とは言え手に持ったお菓子どうしよう?
けど睨まれた状態で食べるのも変な空気になるだろうし。
かと言ってフェルおすすめは食べかけで持ち歩くのもな。
そう思ってフェルをみると異変が起きていた。
「フェル? どうしたんだい?」
「きもち、わるい」
目の焦点が合ってない。
そして答えた途端いきなり蹲った。
「フェル、またもやもや?」
ワーネルが不安そうな顔で側に屈みこんで聞く。
僕もフェルの側に行こうとしたけど、走って来たテリーに押しのけられた。
倒れそうになるところをイクトに支えられる。
ただし、お菓子は両方とも地面の上だ、あぁ…………。
「フェル! フェル!?」
テリーは心配で顔上げさせるけど、やはり目の焦点が合ってない。
そして顔色が見る間に悪くなっている。
どう見ても血圧が低下している顔色だ。
前世の学校で貧血で倒れる瞬間見たことあるけど、それに似ていた。
(いったい何があったんだ?)
(体温低下、呼吸音に異常を検知)
姿のないセフィラが僕に答えてフェルの状態を教える。
勝手に人間を走査するなとか言いたいことはあるけど、まずい状況だということはわかった。
僕も近づいてフェルを覗き込む。
「フェル、息が苦しいの?」
微かにうんと言ったような気がする。
「ともかく医師を呼ばないと。こういう症状は初めて?」
「いえ、それは…………守秘義務で…………」
テリーの警護は言いよどむ。
僕たちだけを残すわけにはいかないからだろうけど、医師を呼ぶ気配はない。
「イクト、人を集めて」
「かしこまりました」
応じたイクトはすぐに呼び笛を取り出す。
宮中警護は異常を見つけた場合吹くものだそうだ。
吹いておいてなんでもなかったら罰則もあるらしいと以前聞いたことがある。
それなのにイクトは僕の要請にすぐさま笛を取り出して吹いた。
その間に僕はテリーの肩に手を置く。
「ともかくまずはフェルを寝かせて休ませないと」
「触るな!」
僕の手は叩き払われた。
子供とは言え容赦ない力で激しい音が鳴る。
けどテリーは気にする余裕もなくフェルを抱え込んで僕に背中を向けた。
兄のいつにない様子にワーネルも泣きそうな顔で僕を見る。
「落ち着いて、テリー。危害を加えようなんて思ってない。ただフェルを助けないと」
「嘘だ!」
叫んで肩越しに振り返るテリーの目には涙が浮かんでいた。
表情は険しいけどやっぱりまだ子供で、きりっとしていた時には皇子らしい振る舞いを心掛けていたことがわかる。
ただいまは、僕への敵意ではなく恐怖に顔を歪めて、小さな肩を震わせながら、フェルを僕から守ろうと必死になっていた。
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