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34話:三匹の子熊4

 縁あってヘルコフの甥の子熊を勧誘しました。

 木工職人のレナート、鍛冶師のテレンティ、ガラス職人のエラスト。


 その三人は、日を改めてモリーと引き合わせた。


「あら、甥っ子くんたちね。工房のほうに話しは通してある?」


 知ってる相手らしい。

 評価としては腕はそこそこ、可もなく不可もなしで特別仕事を任せられるほどでもない。

 故郷から帰れと言われていたのは、腕が悪くもないので日用品の修繕なら任せられるからだ。


「まずは試作と模型作り。確実に動く機構を考案するところからだよ。だから何より作り上げるという情熱を基準に選んだんだ」


 僕の説明に三つ子の子熊は揃って両腕を肩の高さに持って来て力こぶ作るみたいにする。

 やる気の表れかな?

 子熊サイズだから怖さより可愛さが目立った。


「確かにそうね。火力が安定する炉を作れるなら、小さいところから始めましょう。形になったら受けてくれて口の堅いところを改めて頼んで、大型に手をつけるってことで。その時には三人引き抜いても?」

「問題ない。若い徒弟入れたいって言われてる」

「こっちも問題ない。大きな仕事は今のところ入れられてないし」

「雑用のためにキープされてるだけだから全然、ははん」


 エラストどうしたの?

 熊顔だけどすごくシビアに笑ったのがわかったよ?


「僕が抜け出せるのこの時間だけどそれは?」

「あ、で、じゃなかった。ディンカー。そっちは俺らのほうでちょっと調整しますから」


 ヘルコフが濁すってことは、詳しくは宮殿に戻ってからかな。


「そう、だったら時間は有限だし今日の議題ね」


 言って僕はモリーが用意してくれたアルコール蒸留のための器具を稼働させる。

 そしてどの器具がどんな作用があってどういう理屈でそうなっているかを説明した。


「温度が大事だよ。沸騰すると水も蒸気になるからね。せっかく分離させたのに濃縮する意味がなくなってしまうんだ」

「待ってくれ。ちょっと追いつかない」

「蒸気って、湯気のことだろ? 沸騰しないと出ないよな?」

「濃縮って煮詰めることじゃないのか?」


 あぁ、通じない。

 これはヘルコフ並みの理解力、つまりは理科の基礎知識皆無だ。

 気体、液体、固体、さらには水という物質の特性から説明しないといけなかった。


 でもそれで職人ってできるんだね。

 いや、結果に至る専門の工程だけ知ってればできるもんかな?


「私もこの機材の使い方教わっただけでどうしてそうなるかまでは聞いてなかったけど。ヘリー、ディンカーはどんな家庭教師がついているの? 高名な錬金術師なんて今日びいないでしょうに」

「恐ろしいことに目の前にいるんだよな。高名になるだろう錬金術師が。ちょいと伝手で錬金術の器具手に入れて、独学でこれだよ」


 ヘルコフの言葉に子熊たちが揃って僕を見る。


「ディンカー、今幾つだ?」

「八歳だよ」

「独学ってどうやって?」

「関連書籍を読んで、手元の器具でできることからこつこつと?」

「それでなんで酒?」

「錬金術で使うから、飲用にしたら売れるかなって」


 子熊が同じ顔、同じ角度で首を傾げる。

 そんな甥たちにヘルコフが声をかけた。


「逆なんだよ。酒を造ろうとやってんじゃないんだ。ディンカーは錬金術やる中で酒使ってついでに味良くして売ってみるかって考えたんだよ」

「僕お酒飲まないからね」


 するとテレンティがさらに首を傾げる。


「じゃあ普段何飲んでるんだよ?」

「あ、そうか。獣人は水代わりにもするんだっけ。…………お茶かな?」

「そう言えば貴族だった!」


 レナートがふさふさ丸い手で目元を覆う。


 水は沸かさないといけないけど、飲み水のためだけに使うには薪代が馬鹿にならない。

 だったら水分摂取はアルコール度数の少ないお酒で賄うこともあるらしい。


 そしてお茶はお酒よりもずっと嗜好品扱い。


「まぁ、そこはともかく。こっち水に浸けるのはなんでかしら? 水が必要なら作る物の大きさによっては工場の場所も選定しないといけないわ。錬金術って水路に毒を流すって言われるし」

「それは錬金術師の危機管理の問題かな。できれば僕も覗きに行ける所がいいんだけど。うーん、冷却も錬金術頼りでいいなら流水を使わない方法あるよ」


 僕がヘルコフを見ると、ちょっと考えて思い至る。


「あのエッセンスの?」

「そう、あれ。道具と材料さえあればヘルコフでも作れるし」

「え、叔父さん錬金術使えるの?」


 エラストが毛をぶわっと膨らませた。


「そもそも錬金術は手順と道具、素材さえ間違えなければ種族を問わずできる技術だそうだ」

「「「「へー」」」」


 うーん、錬金術の認知度がひどく低いなぁ。

 よし、こうなったらここにいる四人も錬金術とはなんたるかを知ってもらって、僕の代わりに少しは印象良くするよう手伝ってもらおう。


「錬金術は誰でも使えるからこそ、雑なことをすると誰にでも迷惑をかけてしまうんだ。ブランド化を計って、まずは高級志向でいくならすぐに錬金術を使ってるとは言わないんだよね?」

「えぇ、そうね。そうして資金を回収しつつもっと大きくアルコールを作れる器具の開発をして、一定の評価を得てからよ。粗悪品が出てしかも錬金術だと外野から言われるより、こっちから公にしたほうがまだ心象はましなはずだもの」


 モリーは錬金術であることも含めて、お酒を広めることには前向きだ。

 自らの食卓に乗せるためにも頑張ってほしい。


「こうして机の上で作れるってこと自体驚きだけれど、確かにこの大きさと量じゃ量産は無理なのよね。しかも専門の器具ばかりだから巨大化させるにも難しいし」

「ただ巨大化させても非効率なんだ。だから一から新たな機材を作ってほしいんだよ」


 今は机の上での話だけど、量産するには工業化しなければいけない。

 そのためには現状のガラスのフラスコを繋げたようなものじゃ駄目だ。


 これは蒸留を繰り返して濃度を上げ、熟成のために加水したり、売り出す際に加水したりと手間がかかりすぎるので、今は蒸留回数を抑えてる。


「この形で作るにしても、ここの蒸留してできた液体を、改めてまた蒸留するためにここから前の工程を繰り返す器具を連結するような形が一番簡単かな」

「いや、それはまた難しい。そもそもこの厚みをできるだけ薄く均一にしたガラスがな」


 ガラス職人のエラストが唸るように技術的な指摘をくれる。


「金具もガラス支えて割れないように調整できるねじか。型押しで行けるか? 流し込むほうがいいか?」


 鍛冶師のテレンティも考える様子なんだけど、一人木工職人のレナートが困っていた。


「なんで俺までいるんだ?」

「あ、それは今はガラスでやってるけど樽に置き換えられる部分あるから。あとはアルコールできた後に貯蔵するための樽についても相談したいよ」


 蒸留はアルコール以外を飛ばす作業なので、匂いも味もなくなるんだ。


「正直蒸留しただけのなんて美味しいものじゃない。美味しくするためには熟成が必要なんだ」


 これはウィスキーなんかの要領で樽につめて管理が必要で時間もかかる。


「ま、これは安定的に作れるようになってからだね」


 蒸留具合を見ながら喋っていたら周りが静かになっていた。

 顔を上げると全員が僕を見てる。


「どうしたの?」

「私、八歳の時何してたかしらってね。もののついででそこまで考えつくかしら?」

「俺はで、ディンカーが五歳の時に考えたぞ、それ」


 モリーとヘルコフが何やら通じ合う様子で頷き合った。

 三つ子は言い聞かせるように呟き始める。


「大成する奴って本当に子どもの頃から特別なんだな」

「けどこうして頼られてるんだから応えないと駄目だろ」

「逆にそこは子供だからこそだよな、うん、そうだよ」


 何やらいろいろ思うところがあるようだけど、ともかく!


「今は机の上でしか作れない。ここから次は室内で作れる形に持って行くよ。そのための器具は昔の錬金術師が量を確保するために作っていて、絵図だけは残ってたんだ」


 机上での理科実験から台所レベルに格上げをするための蒸留器具が、実はすでにある。

 僕は写し取って来た絵を広げた。


 これを作って稼働させ、そしてさらに大きく工場化をしたい。

 それが僕の構想だった。


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次回:三匹の子熊5

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