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33話:三匹の子熊3

 僕がヘルコフの家に招かれると、まるで計ったかのように突然の来客があった。

 もう夜って言っていいくらい暗いのに。

 僕が隠れたことを確認すると、ヘルコフは雑に応答する。


「あんだよ?」


 すると勝手に扉を開けて来訪者たちは室内へ入って来た。


「む!? 一人だと?」

「いや、そんなはずは…………」

「連れ込んだ相手は何処行った?」


 三匹の子熊が現われた。

 ふわふわコロコロで各部位が丸い。


 そしてどうやら誰かいると思ってやってきたようだ。

 なんで?


「お前ら…………」


 ヘルコフが唸るように声をかける。

 恐ろしい猛獣顔だけど子熊三人は怯まない。

 というか様子からして親しい知り合いのようだ。


「せっかく叔父さんに春が来たって大ニュースだと思ったのに」

「最近夜遅いしいい人できたのは絶対だろ?」

「足音軽いし声も高そうだったしな」


 おっとこれは…………。


(発言から血縁である可能性が高いと推察)

(だろうね。けど再婚相手と思われたとかはちょっと困るな)

(困る理由が理解不能。主人の家庭教師ヘルコフに婚姻歴があるかを問う)

(あるよ。僕も聞いただけだし、出会った時にはもう死別してたらしいけど)


 若い頃ヘルコフには獣人の奥さんがいた。

 詳しくは知らないけれど死別したらしいと聞いている。

 子供もおらず、その奥さんに操を立てて再婚せずにいるんだとか。


 父が軍にいた時かららしいので、もう十年ほど前には男やもめだった。

 そして父もまた僕の実母と死別して男やもめになってる。

 それで落ち込んでるのをヘルコフが色々世話を焼いたそうだ。

 気晴らしだとか、まずは子供のこと考えろとかアドバイスもしたらしい。


(で、その内父が皇太子になる運びになって、微妙な立場になる僕を任せられるのはヘルコフだってことで家庭教師として宮殿に招いたんだ)


 これらは全てウェアレルやイクトから聞きだした。

 本人は大したことしてないって言って話したがらないんだよね。


 そう言えばセフィラがこうして他人に興味示したのって初めてかもしれない。

 声と光で交流が増えた分、コミュニケーション能力を身に着けだしたかな?


「騙されるかぁ! 絶対いた!」

「臭い残ってる! 誰かいた!」

「この椅子に座らせたのはわかってるんだ!」


 ヘルコフの甥だという子熊たちは、どうも僕がまだ室内にいると思って乗り込んで来たらしい。

 その上今は消してるけどすでについた臭いについては対処してないのでばれてる。


(ヘルコフに姿見せて大丈夫か聞いてくれる)


 セフィラを通じてコンタクトを取る。


 するとヘルコフ側からの返事で、簡単に伝えられたのは甥たちの境遇。

 どうも三人ともが職人で、鳴かず飛ばずの中堅とも呼べない見習いに毛が生えたていどの存在。

 北の故郷からは戻って来いと言われてるけど、三人はこの帝都での暮らしを気に入っており戻りたくないそうだ。


(帰郷の催促を逸らすためにヘルコフのいい人の話をって、なんだそれ?)

(理解しかねます)


 いや、僕はわかるけど短絡だなぁ。


 ただ貴族に伝手も何もないし、僕がお忍びってことを伝えれば貴族に関わる面倒をわかって吹聴もしないだろうという。

 つまりはちょうどいい人材なんじゃない?


 僕は部屋の奥にあるヘルコフのベッドの陰に移動し屈んだ。


「こんばんは」


 光学迷彩を切って立ち上がると子熊たちは毛を逆立てるほど驚いて身を引いた。


「馬鹿な妄想ほざいてるんじゃねぇよ」

「「「あいた!」」」


 その隙にヘルコフは肉球のついた厚い手で三人連続で頭を叩く。


「僕はヘルコフの軍時代の同僚の息子で相談にきたディンカーっていうんだ。君たちは?」

「あ、ディンカー。こいつらこれで成人だ。俺との体格の違いはドワーフの血が入ってるからな。歳は一回り以上上だぞ」


 おっと大人だった。

 ひと回りってこっちでも十二歳くらい上? つまり二十歳以上でハーティくらい?


 しかも三つ子だそうだ。

 僕が獣人の見分けつかないだけじゃなく、この三人に至っては同じ顔らしい。


「なんかお上品だから別に態度はそのままでいいけど、俺はレナート。木工職人をしてる」


 橙色の被毛をした子熊がばつが悪そうに名乗った。


「軍ってことはやっぱり何処かのお坊ちゃんなんだろ? 俺はテレンティで鍛冶職人」


 黄色い被毛が多いけど、首下や手の先が白い子熊は気軽に笑う。


「エラスト。ガラス職人だけど、こんな時間に親どうした?」


 紫の被毛って、獣人も人間と同じで僕の前世の色彩感覚非適応らしい。


「だからちょっと休ませて今から送るんだよ。なのにいきなり来て邪魔しやがって」


 ヘルコフが手近な橙被毛のレナートを押さえつけると、レナートは鼻先を上げた。


「…………酒の臭いがする」

「「なんだと!?」」

「しまった!」


 あっという間にヘルコフは三匹の子熊にじゃれつかれる。

 体格違うけど三人にすがりつかれてヘルコフは動けない。


「あれ? この光景何処かで」


 すごい既視感あるなぁ。

 まぁ、考えなくてもモリーが声をかけた三人の出資者だよね。


 そう言えばドワーフってお酒好きだったなぁ。

 ヘルコフもお酒好きだし、三つ子の両親のなれそめってお酒かな?


(しかし、木工に鍛冶に硝子か。やっぱりちょうどいいな。セフィラ、帝室図書に錬金術の器具制作に関する書籍検索して)

(了解しました)


 僕はセフィラが今まで読んだ本から知識を引き出す準備の間に声をかけた。


「ヘルコフには僕の手伝いをしてもらってる。だからその匂いだろうね」

「そう言えばお前は薬っぽい臭いが。薬師か?」


 黄色と白の被毛のテレンティが思いつくまま聞いてくる。


「薬酒に近い物を作ってるんだ。けど子供だからヘルコフに仲介してもらってる」

「あ! あの美味い酒! もしかしてディンカーが作ったのか!?」


 紫被毛のエラストは目端が効くのかすぐに思い当たったようだ。

 僕が頷くと寄ってこようとするのをヘルコフが素早く二人を脇に抱え、もう一人は足で踏む。

 雑だけど素早い拘束だ。


「ちょっと、で、ディンカー?」

「実は困ったことにお酒の良し悪しを大きく左右する器具を作れる職人がいなくて捜しているんだ」

「「「な、なんだってー!?」」」


 ヘルコフは諦めたように天井を仰ぎ、その上で忠告をくれる。


「腕は俺、保証しかねますよ?」

「今までになかった物を一から作ることになるんだ。時間と情熱が必要だと僕は思うんだよね」

「あー、まー、そうかもしれませんけど」

「「「ぜひ! 手伝わせてくれ!」」」


 はやいはやい。

 まだ何作るとも言ってないのに、決断が早いよ。

 お酒ってそこまでの魔力あるの?


 思いつきで誘う条件もあったのにな。

 うん、一応言うか。


「試飲が今のところお酒の好みが同じ人しかいなくて、ね。だから意見も聞きたいなと思」

「匂いならちょっとした拘りがあるぜ!」

「俺はなんて言ったって舌触りがいいほうがいい!」

「のど越し! これに勝るものはないし、二人よりも甘めが好き!」


 三匹の子熊がハヒュハヒュ興奮状態で売り込みをしてくる。

 三つ子でも味の好みには違いがあるようだ。

 そう言えば味覚や嗅覚って、触れた時の好悪の記憶に左右されるって何かで読んだな。


 うん、話が早くて助かると思っておこう。


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次回:三匹の子熊4

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