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31話:三匹の子熊1

「おぉ…………おぉ! …………おぉ!」

「これは、これは、こぉれぇはぁ…………!」

「なんと、なんとも、なんたる、なん、なんだ?」


 暗く人の少ない倉庫の奥で、おじさんたちが唸るように声を出す。


「これは売りさばけば確実に富になるぞ」

「待て、数を絞って値を釣り上げて何処まで行くかを見るべきだ」

「いや、それよりも製法を隠さねば富など生めまいよ」


 怪しい会合じゃありません。

 ただの試飲会です。


「先にも申しましたけれど、まだ量産体勢はできてないのです。けれど必ず売れる。私はそう確信しています。だからこそ確実に売るための形を作ってから売り出さねばなりません」


 モリーが前に出て説明し、僕は隠れてる。

 そしてお酒作ってます。

 暗い時間なのは僕が抜け出す都合で、ヘルコフも僕を一人にするわけにもいかないからこうして一緒に怪しいプレゼンを見ることになった。


 モリーがお酒を売る構想を語り始める。

 これは出資者を募るための試飲会だ。


「以前のあれは数が少なく思うように振る舞えなかったからな」

「その反省か。ふむ、だが数が出てしまえば我々の優位も下がるのでは?」

「とは言え、今から整えるとなるとそれ相応の時間と金が必要だろう」


 出資者候補として選ばれたのは、モリーが知る酒の味のわかる金持ち。

 商会で当てた男爵や実家がお金持ちの伯爵家の子爵、帝国では男爵だけど出身国では伯爵とかいう人たちだ。


 ヘルコフが最初に持ち込んだアルコールを買わせた相手でもあるらしい。

 なんかモリーは試しに値を吊り上げたらしいけど、大枚叩いて買った上で、さらに売れとしつこかったとか。

 そんな金づる、もとい、お客がいたからヘルコフに縋っていたらしい。


「おほほ、これはまだ序の口。こちら、より質と味、そして材料に拘り洗練された」

「くれ!」

「いくらだ!」

「惜しまんぞ!」


 はやい、はやい。

 モリーが高級志向を売りにしたお酒をプレゼンしようとした途端、三人で争うように口を挟む。


「まだ十分熟成も何もできてないのになぁ」

「で、ディンカー、まさか今以上の酒の作り方思いついたんです?」


 僕と一緒に衝立の裏に隠れてるヘルコフが、こわごわ聞いてくる。


 本来蒸留酒なら数年の熟成でウィスキーやウォッカにできるはずだ。

 僕のは味のないアルコールを作って匂いと味を後付けするカクテルでしかない。


 本当にお金をかけるなら本物にしてほしい気がする。


「管理が必要で数年かかるからやらないけどね」

「数年…………ワインよりも長いって、酸っぱくならないんで?」


 この世界、どうもワインは長く置いておくと酢になるらしい。

 そう言えばビネガーってワインからできるね。

 たぶん管理体制の問題なんだろうけど。

 あと探せば何処かの修道院か何かで、いいお酒は極秘製造されてるかもしれないと思う。

 前世でそういうのあったって、バーテンさんがうんちく語ってた。


 僕はお酒造りに詳しいわけじゃないから、その辺りは蒸留酒の工場できてからアイデアとして売るつもりだ。


「酢にはならないと思うけど、管理を失敗するとお酒として不味くなるのは同じかな。僕が作ってるのはお酒に共通する成分を取り出してるだけだから」

「それできるのがで、ディンカーのすごいところでって言っても、錬金術は誰でもできるんでしたね」


 やり方さえわかればね。


 そしてこの世界で錬金術が数百年で廃れた理由はおぼろげながらにわかった。

 さっきの酒好きも言っていたように特別な技術は囲い込む。

 その上でばれると粗悪品が出回り、広まると大したことないと言って廃れるんだ。

 本来の錬金術ごと。


 どうやらそのせいで蒸留酒は知られていない、いや忘れ去られた。

 ただ美味しいお酒の伝承はいくらか残っている。

 そして小雷ランプのように本物だけが後世に残り、錬金術だということさえ忘れられる事例もあった。


「ちょっと悲しいなぁ」

「いやぁ、欲にぎらつく大人でもあそこまで見苦しいのは珍しいんで、ディンカーはまだ世を儚まないでください」


 ヘルコフが誤解して慰めて来る。

 けど確かに酒を一杯飲んでからの醜態は酷かった。


 縋らんばかりにモリーに値段交渉し、突っぱねられるとお代わり交渉。

 モリーも残りは自分が飲むからこれも突っぱねる。

 そして身も世もなく嘆く酒好き三人の出来上がりだ。


「僕、別に錯乱作用のあるもの作ってないよね?」

「それを俺に聞かれても…………」


 不安になって来たぞ。

 作ったのはなんちゃってカルアだったはず。

 こっちには高級品扱いだけどコーヒーはあった。

 そしてもう一つサトウキビのお酒も見つけることができてる。


 サトウキビのお酒は砂糖を作る時の副産物で地方の地酒扱いだった。

 それをモリーが商人としての伝手を使って取りよせてくれたんだ。


 コーヒーとサトウキビのお酒を混ぜて試行錯誤したのは、僕が知ってる知識が半端なせい。

 馴染ませるために寝かせる必要があると後で気づいた。

 ただ、錬金術には錬金炉という時短装置がある。

 これを使って二カ月ほどかかるところを二日で完成していた。


 うん、錬金術ってすごいね。

 なお錬金炉は構造が特殊すぎて大型は作れないもよう。

 お酒造りは地道がきっと一番だ。


「コーヒー中毒じゃないだろうし」

「あぁ、たまにコーヒー飲まないと苛つく奴いますね」

「香料に使ったバニラかな? いや、匂いに害はないはず」

「まぁ、人間がおかしくなる理由は当人の趣味嗜好で、で、ディンカーが気にすることじゃないですって」


 僕たちが話す間に、モリーは優しく説得にかかっていた。


「美味い酒を飲みたいのなら、飲めるように工場を作るのです。いくら出しても惜しくないというのであれば、工場の出資を惜しむいわれもないでしょう。工場の生み出す富と幸福はもうお分かりですね。その立ち上げに協力をお願いしているのです。もちろんあなた方の貢献を汲んで定期購入の権利を約束することも吝かでは」

「のった!」

「もちろんだ!」

「一体どれくらいで着手する!?」


 はやい、はやい。

 気が早いよ。


「これウェアレル辺りに知られたら、何見せてんだって俺が怒られそうだな」

「さすがに出資者のこの惨状は外に漏らす気はないかなぁ」


 僕が言わないならヘルコフも言わない。

 だったらばれないばれない。


 そうして出資の話はとんとん拍子に進んだ。

 ちゃんとお礼とお土産のために用意してたお酒はひと瓶渡してお帰りいただく。


「ちなみにあの土産の酒はどれ渡したんです?」


 基本的に僕が作るお酒の試飲役であるヘルコフ。

 モリーと顔を繋いでから地方のお酒を取り寄せて蒸留しまくり、カクテルに使えそうな物を探してたので何を作ったかはだいたい知っている。


「竜人のところお酒。蒸し酒とか言ってたかな」


 僕からすれば蒸留したことでたぶんテキーラ的なものになってると思うお酒だ。

 球形の茎を穴の中で蒸し焼きにして、その後すり潰した汁を発酵させる地酒だった。

 竜人とのハーフであるモリー曰く、正月のような親戚の集まる季節に大人数で作って翌年に飲むものなんだって。


 蒸留してアルコール度数を高めた結果、モリーも一押しの味になってる。

 レモンなんかの柑橘類数種で風味付けしたカクテルにしてあり、暑いところで飲むとすごくさっぱりしそう。


 とは思うけど、ヘルコフは食前酒にしたいって言ってたし、モリーは食事中に口直しに飲みたいって言ってた。

 そんなカパカパ飲める度数じゃないはずなんだけどな。


「うっふっふっふ! どう!? ディンカー!」

「どうと言われても、ちょっとこっちでは僕の教育に関する悪影響について話さなきゃいけない感じだったよ」

「全くだ。あんなの連れて来るなら先に言え。お前も落ち着く時間必要だし、今日は連れて帰るぞ」


 ヘルコフも呆れてるけど、商談がモリーの完勝なのは確かで出資の目途もついた。


「さて、これで大人相手なら一杯と言うところだが、ちょっとつき合ってください」


 一つ前進したと思ったら、何やら僕はヘルコフに何処かに連れていかれるようだ。


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