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30話:初めての帝都5

「今日は顔合わせの挨拶程度のつもりが長居をしてしまいました。僕も抜け出してきてるのでそろそろ戻らないといけません」


 お酒を増産するために工場を作ってほしいなんて、今日いきなり纏められるなんて思ってない。

 前世でも商談っていうのは信頼を築いたうえでようやく動き出すものだった。

 まず錬金術で作ってることを素直に話して、最初から悪い印象がついてしまうデメリットを理解してもらう。

 そしてそれでも百倍売ると言い切った意気込みがあるなら、きっとモリーはまた話を聞いてくれるだろう。


 僕はヘルコフを目で促す。


「あ、そのメモはお近づきの印ですからどうぞ。レシピどおり作ってもいいですけど、まず錬金術で作るアルコールを使う前提なので不純物が多いとその分美味しくなくなります。そこはご承知おきください」


 注意をして倉庫を出ようとしたら、モリーが背後ですごく大きな溜め息を吐いた。


 振り返ると白い髪を乱して額を押さえている。


「あー、恐ろしい」

「だろー?」


 何故かヘルコフが同意する。


「売り物の改良版なんてそうホイホイ置いて行かないわ。ディンカーをただの子供と思うなら、うっかりか人の好さ。けど、あなたの言動からそうじゃない」


 モリーは縦長の瞳孔で僕を見据えた。


「これ一つ手放しても気にならないくらいのアイデアが、すでに複数あるのね? 場合によってはこれよりもっと売れるとあなたが思うものが」


 どうやらこっちの裏を読まれたようだ。

 本当にお近づきの印程度のつもりだったんだけどな。

 けどモリーの言うとおりだ。


「はい、それはあくまで手に入れやすい材料だけを使っています。これをもっと希少性が高かったり、嗜好品として親しまれている物を使うことでブランドとしての価値と独自性を出せると思っています」


 前世でもカクテルは多岐にわたる。

 その分リキュールも多々発明されており、そう簡単にアイデアが枯渇することはない。

 まさか一人飲みの寂しい週末ルーティーンがこんな所で使えるとは思ってなかった。


 中でも甘味料や香料はそれこそ科学の分野だ。

 そしてこの世界では錬金術の分野だった。


「いいわ、うん。これは投資よ。ここで押さえてないときっと将来私以外の誰かがあなたのアイデアを買って大成するわ」

「そこは僕自身が自らのアイデアを形にできると思ってほしいな」

「もっと恐ろしいじゃないですか」


 ちょっと強気で言ってみたらヘルコフに呆れられる。


「だいたい、この錬金術で作れるアルコール? それが肝よね。あなたの案に乗ってこのアルコールを量産できれば、最初にそれをした者が富を握ることになるわ」


 メモをこれでもかと睨むモリーの目には意欲が漲っていた。


「いいわ! この投資乗りましょう!」

「ありがとうございます!」


 まさかの即断だ。

 正直海の物とも山の物とも知れないのに、こうまで冒険心旺盛だとは。


 時間をかけるつもりがモリーの決断力は僕の予想をはるかに超えていた。


「それでこの…………」

「待て待て!」


 何やら期待の目をするモリーを止めるヘルコフ。

 僕も不思議に思って見つめると、首を横にふられる。


「で、ディンカーは抜け出してきてることを忘れるな」

「あ、はい」


 そうでした、僕はこれから宮殿へ戻るんです。

 そのためにヘルコフも戻るから時間を気にしなきゃいけない。

 忘れ物という言い訳だけど、あまり遅いと翌日にしろと追い払われる可能性があった。


 あと初日から時間守れないようじゃ、次は今日以上に難色を示されるだろう。

 ここはモリーにその気があると確認できただけで満足しよう。


「モリー、また後日でいいですか」

「もちろんよ。そうよね、まだ子供だものね。それで次はいつ? ヘリー、いつ?」

「お前はそのせっかちどうにかしろ」


 決断力だと思ったけどどうやらそういう気性の人でもあるらしい。


「抜け出したのは今日が初めてだからまずは数日様子見。ばれてないならまたってとこだな」

「ずいぶん慎重ね」

「色々あるんだよ」


 モリーは探ってくるかと思ったけど、すぐに身を引く。


「いいわ。そこまで伏せてるってことは知ったほうが後々面倒なんでしょう。私が重視すべきはこのディンカーのアイデアが本物かどうか」

「そうですね。工場を作るにあたって、まずは錬金術でアルコールができることを証明したほうがいいでしょうか」

「あ、それもそうね」

「だから、話し込むなら次にしろ」


 ヘルコフが止めにはいる。

 どうやら僕とモリーは一つに目標を定めるとぐいぐい行ってしまうらしい。

 ちょっと気をつけよう。


 それから僕は三日後にまた宮殿を抜け出した。

 ヘルコフには行けない間にモリーとやり取りの仲介をお願いしている。


「はい、なんとかそろえたわよ。錬金術の道具」

「わぁ、見たことない形」

「え、違った?」


 僕の感想に知識のないモリーが不安そうに聞き返してくる。


 アルコール作るために道具を指定して揃えてもらった。

 工場生産するためには今までにない装置を作るし、そのためにはまず基本から知ってもらう。

 そう思って揃えてもらったんだけど、僕が使ってるものと形が違うんだよね。


「そうか、製品化されてないから規格が揃ってないんだ。けど基本的な装置の理屈としてはたぶんこれで問題ないはず…………」


 僕は軽く確認して、まずは器具の消毒から始めた。

 飲料作るしね。


 というわけで熱湯で煮ます。

 基本がガラス製品だからこれで済むのは簡単でいい。


「なんだかすでに訳が分からないわ」


 ガラス器具を煮始める僕に、モリーは目を白黒させる。


「熱湯消毒は耐熱性のある器には簡単にできるから」

「で、ディンカー。それ、薪と水を際限なく使える奴限定ですよ」


 おすすめしようとしたらヘルコフに釘を刺された。

 僕は消毒を終えて熱を冷ます間に持ってきたアルコールを使って、メモの再現をしてみせる。


 お酒として飲むには時間置いたほうが美味しいらしいんだよね。

 蒸留したアルコールが飲料にされてなかったの、このせいもあるかもしれない。


「モリーもやってみる?」

「え、錬金術なんでしょ?」


 びっくりするモリーにヘルコフが得意げに言う。


「錬金術ってのは、種族を問わずに同じ結果出せる技術だそうだ」


 前に僕が教えたことだね。


 そうして簡易の錬金術教室の始まり始まり。

 と言ってもやってることはお料理教室みたいなものだ。


「香草を刻んで、よく匂いを出すためにこっちの精製水と混ぜてから蒸留を」

「なんで? どうして?」


 モリーは好奇心旺盛らしくなんでも聞くし、そしてやる。

 その上真面目に取り組んでくれて、僕も教え甲斐があった。


「で、ゆっくり混ぜたら完成」

「工程は時間と人手が必要ね。けれど量産は確かに可能だわ。それに量産して数を確保できれば、貴族用のお高い物を別にすることで生産ラインをわけて私の食卓にもこの酒を乗せるのも夢じゃない! 早速味見よ!」


 真面目だと思ったら飲みたかっただけらしい。

 ヘルコフもしれっと味見に加わってるし。


 僕は見てるだけ。

 別に飲んでも誰も咎めないし、法律では駄目ってことになってるけどこっちの成人って十五から二十っていう幅があるんだよね。

 確か罰則規定もなくて、注意されるだけなんだとか。

 ただ前世で幼い内は悪影響があると知ってるから手は伸びないんだ。


「…………ディンカー」

「え?」


 僕は突然モリーに抱きしめられた。

 体温が低いのかひんやりしてて、ちょっと皮膚がなめし皮っぽい質感。


「もう放さない!」

「離れろ」


 ヘルコフはすぐさまモリーから僕を引きはがす。

 うん、びっくりしたけどどうやらお酒の味に感動してくれたらしいことはわかった。


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