28話:初めての帝都3
狩人たちはぺこぺこ頭を下げつつ、カジキを担いで僕たちを見送る。
聞けば親元を離れた若手だけで組んでの初仕事。
けれど目的の魔物を見つけられず、見つけたら日は傾きかけで狙いが定まらなくなったそうだ。
そして追い回すうちに岸に近づきすぎて僕たちのほうに追い込んでしまったと。
「危険な仕事の上に慣れない人ばかりって、若いのに大変だ」
「殿下のほうが若いですし大変な身の上でらっしゃるんですがね」
そこはそれだよ。
「あと危険ばかりじゃないですよ。若い内はギルドも危険なことは極力させません。経験させる程度で、配達や採集で歩かせて経験詰ませることなんかもあるんです」
「ヘルコフ詳しいね。イクトは狩人だったっていうけど、ヘルコフもやったことがあるの?」
「いやいや、だいたい国が出なきゃいけない魔物討伐ってのは狩人たちから情報入るんで。聡い奴は前兆気づいたりするもんですからちょいと話通しやすくするために交流を持ったくらいですよ」
軍人も大変だ。
父も伯爵家三男をしていた頃には経験として入隊をしている。
もしかしたら魔物退治したことあるのかな?
「なんにしてもこの帝都には狩人少ないんであんなことはそうそうありませんから」
「少ないの? 人集まるから多いかと思ってた」
「それが、人多い分帝都には専属の警邏から地区ごとの衛兵までさまざまに揃ってるんで。狩人の出る幕少ないんですよ」
いる場合は帝都出身の駆け出し、もしくは商人の護衛をして移動してる者くらいだそうだ。
この世界には魔物がいる。
だから人間同士で争うよりも団結して退治をするために、帝国も長く続いてた。
話を聞く感覚から、魔物は毎年何処かに現れる災害のような扱いだ。
「軍って魔物相手が多いの?」
湖を離れてまた馬車に乗っての移動中なので、僕は好奇心のまま問う。
「そっちも一年に何度か程度で、基本は有事を想定しての訓練。人間相手もなくもないですよ。と言っても国境問題で小競り合いとか、取水量の問題で小競り合いとか」
小競り合いで済む程度らしい。
「何せどっちの国も、帝国に仲裁申し込まれると周辺一番の軍が動くことになりますからね」
僕の表情を読んで教えてくれる。
僕はまだヘルコフの熊顔わかりにくいのにな。
なんにせよ、帝国が出ると号令一下で周辺国すべてが敵に回るそうだ。
帝国が仲裁に乗り出した時点で争いはやめてより良い条件で講和するため大人しくなるんだって。
「さて、少し歩きますよ」
馬車を降りると、辺りはもう暗くなり始めてる。
人はまばらでどうやら商店が並ぶ辺りだ。
すでに店仕舞いしているところが多く表の扉は閉まってる。
「暗くてもこうして安全に歩けるんだね」
「なんの本を読まれたんです? まぁ、確かに帝都の治安はすこぶるいいですけどね」
ヘルコフは読書の成果だと思ったようだけど、僕は前世の知識頼りです。
けど予想どおりここが特別治安がいいだけらしい。
「うん、やっぱり平和のためには僕じゃ駄目だな」
「殿下…………」
「僕はこうして楽しく歩けるのが嬉しいし、こうして平和が続いてほしいだけだよ」
なんだか憐憫を含んだ声で呼ばれるので、重い話じゃないと言っておく。
実際僕が皇帝になってもついて来てくれる人は少ない。
公爵家はそっぽを向くし、足場固めの内政だけしてても周辺国に舐められて抑止力になれないって思っただけだ。
「ところでこんな時間に行って大丈夫なの?」
僕は話を変える。
これから今日の目的の一つである、お酒屋さんに会いに行くんだ。
「それは大丈夫ですよ。なんせ俺が行くのもだいたいこういう時間なんで」
そうか、僕のところから帰ったついでに寄るのか。
行く先はワインから作ったなんちゃってカクテルを売ってもらってるお店。
ついでにヘルコフがお酒を調達してる店でもある。
増産を願うほど売りたいらしく、同時に短い期間と本数で宮殿にまで広める手腕もあった。
「こっちです」
お店の表から裏のほうに回ると、道は広いけど荷車なんかを通すための場所だ。
「ここらは古い帝都の外壁の外になってて、いっそ道が広いんですよ」
「古い外壁? もしかして都の土地が狭くなったから広げたの?」
「そうですそうです。旧外壁のほうが低くて、今じゃそれを家の壁にして新たな建物が建つくらいで」
そんな話をしながら一つの店の倉庫のような扉に行きついた。
半円を描く両開きの扉は、見た感じ卸問屋とかそんな感じがする。
「おーい、いるか? モリー」
ヘルコフは声をかけながら開けた。
中には明かりが点っているけど見える範囲に人はいない。
ヘルコフは勝手知ったる様子で奥へ向かう。
僕は周囲に並ぶ樽や木箱に興味深々。
木でできた大きな棚に並んでて、たぶんロープと板で上から上げ下ろしする形だ。
人力だけど相当重い物もあげられる滑車があるんだろう。
「ほら、でん、えー、ともかく、離れないでください」
ヘルコフ僕の呼び方に困って言い淀む。
名前でいいんだけど、そこはお仕事の兼ね合いもあるんだろう。
「おい、って、いるじゃねぇか。返事しろよ」
「あ、ヘリー! お願い増産してぇ!」
叫ぶや牙の目立つ女性がヘルコフに襲いかかる。
いや、抱きついてる? 泣きついてる?
どうやら相手は竜人の血が入った人らしく、人間に似た顔かたちはしていても肌に鱗が浮いていた。
「うるせぇ、懐くな。無理だって言ってるだろ」
「絶対売れる! いや、売る! 今の倍なんてちゃちなことは言わないわ! 十倍だろうが百倍であっても売りさばく自信があるの! だからお願い! 数を増やしてぇ!」
「だからそれが無理だって! いいから落ち着け!」
尖った爪のある手でがっしり掴まれるヘルコフ。
ヘルコフ自身爪があるから服はその分丈夫だし、被毛も爪を通さない。
けどつんつるてんの人間である僕から見るととても恐ろしい掴み合いに見える。
あとモリーと呼ばれた女性がすごく取り乱してて話を聞いてくれそうにない。
「あ、あの! 初めまして!」
ヘルコフも手を焼いてるので声をかける。
するとモリーは橙色の瞳を見開いて僕に気づいた。
あ、瞳孔が縦に割れてる。
「あら、やだ。どうしたの、ぼく? え、あれ、あ!? まさかヘリーの!」
「違う! そんな誤解されたと知れたら父親からあほほど怨まれる!」
ヘルコフが全力で否定、そしてさりげなく皇帝陛下に無礼。
偽装としてはありだと思うよ?
異種族でも子供できるし、だいたいがハーフらしい折衷の特徴が現われるけど、中には片方の親の種族特徴しかでない人もいるって聞くし。
モリーは僕の存在と本気で否定するヘルコフの剣幕に正気を取り戻したようだった。
「えぇと、取りあえずご挨拶されたら返さないとね。初めまして、私はモリヤム。竜人と海人の血を引いてるの。モリーって呼んで。ヘリーとはお酒の趣味が合って仲良くさせてもらってるわ。あなたは?」
乱れた白い髪を払って落ち着くと、やり手っぽい女性だ。
爪や牙、縦割れの瞳孔が肉食感を出してるけど、全体として理知的。
年齢は三十代くらいかな。
ヘルコフと何処で知り合ったかは知らないけど、たぶん職業くらいは知ってそうな親しさだ。
「僕は父の知り合いのヘルコフについて来させてもらった…………ディンカーって言います」
適当な偽名の由来は殿下です。
ヘルコフは笑わないでください。
モリーがなんだか不審そうに笑いをこらえるヘルコフを見る。
「そう、小さいのに偉いわね。…………ヘリー、可愛い子連れて来たって商談の席は立たせないわよ」
「違うって、まずこっちの話聞け」
ヘルコフはモリーに今も腕を掴まれたまま辟易して言った。
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