27話:初めての帝都2
帝国の帝都は湖沿いに広がる港町でもあった。
「これが、湖?」
「はは、殿下は初めて見るから驚くよな。俺も故郷にはこれほどの湖はなかった」
僕だって湖と呼ばれるものは前世なら映像で見たことがあるんだけど、琵琶湖レベルを越えて広い水面が広がってる。
夕方の光でも波が立ってるのが見えた。
そして左右を見ても湖の端は見えない。
どころか右手には今僕たちがいる展望台のようなところよりもずっと立派な船が帆を畳んで並んでいる。
「あれ、帆掛け船? 湖の一角が全部港?」
「良く知ってますね。あっちは商業地区で河川使って物資を帝都に運んでるんです」
しかも夕方の今、明かりが点ってる。
この時間から開ける店があるようで、窓やドアを開けている。
「もしかして酒場とかある?」
「庶民のは、ありますよ。ですが殿下が行かれる所じゃないですからね」
「それはいいんだけど、油って高くないの?」
確か日本の江戸時代でも油は高価だったと何かで聞いた。
安いと煤や臭いがひどくってなんて話もあったはずだ。
「お貴族さまの使う生成油は高いですよ。質の悪いのになるとまんま獣脂に灯心差してるのとかあります」
「えぇ?」
「ただ古い家から高値で売られる設備で小雷ランプってのがあって。それはちょっと魔力流すと火も使わずに灯りが点くんで重宝してます。あそこの光はそれですよ」
古い家から売られるっていうのは、解体に際して使える物をリサイクルに出すからだ。
それと同時に、その小雷ランプがどういう仕組みかわからないかららしい。
そしてデザインが庶民向けで武骨だから宮殿にはないし作り直せないんだとか。
偉い人はあえて薪や油を消費して火を使うことで権威づけにもするって。
僕は小雷ランプだという灯りを見直す。
灯火のように揺れないし赤くもないため、確かに他と違うのが見てわかる。
「もしかして、電気?」
「あれ、まさかあの小雷ランプって…………」
「錬金術だと思うよ。明日電気を発生させる実験見せるね。たぶん同じ感じの明かりになると思う」
まさかの失伝技術なの?
有用なら残っててもいいはずなのに。
(セフィラ、今も使ってるような技術が失伝した理由ってなんだろう?)
(今も使えているのであれば一度作って普及した後に新規需要が開拓できずにいたものと思われます)
頑丈で壊れにくく作ったために今も稼働する。
人口が増えて需要ができてもすでに作れる者は新規需要がないため技術を手放した。
さらにそれが錬金術だと知っていた者が減っていて忘れ去られる一方になったのではないか。
捜せば作れる錬金術師はいるかも知れないけど、捜すにもどうやって作られているかを人々は忘れてしまったため、捜すこともできない。
「世知辛い…………」
僕は夕暮れに染まる湖を眺めて黄昏る。
「小雷ランプが庶民の手にあるのも帝都くらいですね。大きな町ならともかく、村程度になると油使って灯り点すよりも日暮れと同時に寝てます」
「生活水準に差があるんだね」
「農村部だと二階立ての住居も珍しいですしなぁ」
それは建築に必要な屋根を支える設計ができないとか?
文化レベルが違うのはわかるけどどれくらいなんだろう?
帝都を見た感じ近世風だ。
けれど二階立てが難しいって中世?
同じ文化圏でそこまで文化レベルに差ができるもの?
あ、いや…………前世でも貧困国はあったし、国土が広いからこそ都市部と農村部が一世紀単位でずれてるって話もあったな。
遠い何処かの国じゃなく、すぐ近くの大陸で。
「ここらは観光名所でもあるんで整えてあるもんですけどね」
「ってことは、帝都でも村並みの所がある?」
「そこまでは。ただ治安は変わりますよ。なんで、俺から離れないように」
教育的指導だった。
(サーチ、サーチ、サーチ)
そしてセフィラは放っておいたせいか、楽しそうに湖の中を走査してる。
本を開かず読むための能力のはずなんだけど、どうやら水に入らずに調べることにも使えるようだ。
(波形に異常あり)
なんか言ってる。
けど湖に変化は見られない。
「ヘルコフ、異常ある? セフィラが湖の中調べてて異常ありって言うんだけど」
「何してんですか。けどこう暗いと…………うん? ありゃ魔物か」
ヘルコフの声が変化する。
しかも不穏な呟きと共に。
僕も目を凝らすと、波間に異物が動く様子を捉えた。
「あれは、背びれ?」
「退いてください、魔物だ」
ヘルコフは僕を湖から離して背後へ庇う。
そうして背中に手を回し、括りつけていた剣を降ろした。
ヘルコフが言うには帝都の決まりらしい。
許可された兵以外は剣をすぐに抜けるようにして持ち歩くのは禁止だそうだ。
そのため逆さにして剣が落ちないよう縛った上で背中に回すのが礼儀なんだって。
「早…………」
剣を抜きにくくしていたはずが、ヘルコフは一呼吸の間に柄と鞘を縛っていた紐を解く。
次には剣を鞘から抜いていた。
「逃げろー!」
背びれの魔物のほうから叫びが上がる。
見れば背びれの魔物の後方斜めに小舟を一生懸命漕ぐ一団がいた。
夕日に金属が反射してるから武装してるようだ。
「ったく、何処の狩人だ」
ヘルコフがぼやくと同時に背びれの魔物が水面に姿を現した。
「カジキ!?」
現われたのは尖った顔と、大きな背びれを持つ魚。
大柄なヘルコフより一回り大きい。
それが水しぶきを上げて僕たちのほうに跳んできた。
しかも不自然に水がついて来てるのはきっと魔法だ。
魔物は一属性の魔法を使える。
だから獣と違って魔物と呼ぶってのは知ってたけど、こんな使い方なの!?
あれ!?
っていうかカジキって海の魚じゃなかった!?
「ふん!」
驚く僕と違って、ヘルコフは冷静に一歩踏み込んで剣を振った。
まるで叩きつけるような乱暴さだ。
けど威力はすさまじく、カジキは一刀で展望台の上に叩きつけられる。
たったそれだけなのに魔物は暴れることもなく動かなくなった。
「え、何したの?」
「ふふん、俺らの一族は魚型の魔物を狩って食らうもんで、これくらいの奴なら朝飯前ですよ。産卵で興奮して攻撃性増してる鮭のほうがずっと厄介だ」
鮭! 熊さんが鮭!
すっごく見たい!
あとやっぱりこっちではカジキって淡水魚なの?
そんな思いが雰囲気に出たのかヘルコフがちょっと気恥ずかしそう耳を掻く。
「さすがに故郷離れて長いわ、四十過ぎてるわで腕鈍ってるんですがね」
「すみませーん!」
ヘルコフが呟くように言ってると声がした。
ようやく展望台の下まで漕ぎついた人たちが、大慌てで下船している。
「おう、こら! この間抜けの狩人ども!」
獣人、しかも猛獣熊の顔で凄まれ魔物相手の狩人たちは揃って肩を跳ね上げる。
見た感じまだ十代で、ヘルコフの威圧感にしり込みしてしまっていた。
僕からすれば魔物退治を生業にしようという勇気がすごいと思う。
なのでヘルコフの袖を引いてちょっとお願いしてみる。
「かっこいいところ見られたから、あまり怒らないであげてほしいんだけど」
「そ、れはちょっと…………しょうがないですね」
ヘルコフは唸るように言うと怖い顔をやめてくれたのだった。
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