23話:魔法と科学3
ちょっとセフィラにコミュニケーション能力をつけるのが楽しくなった。
そのため僕は今、セフィラに音声を出させる術式を考案中だ。
「音声が安定しない…………」
「声出てるし意味わかるんでいいんじゃないんです?」
納得いかない僕にヘルコフが妥協を薦める。
「ぉぉおおぉおぉお」
「…………夜には聞きたくない声ですが」
発声を調整しようとするセフィラにイクトが婉曲に不気味であることを指摘した。
確かに姿は見えないのに声だけ、しかも安定しないせいでうめき声っぽい。
実にホラー感のある現象だ。
「うーん、それに声出してると光って場所を知らせるっていうのもできなくなるし。これがセフィラの容量の限界かな?」
「異議ぎぎぎぎ、ぎ…………」
「怖い怖い怖い。セフィラ、言いたいこと無理に音にしなくていいから」
すごい歯噛みしてるような声がすぐ近くで聞こえた。
(異議を申し立てる。物理的容量は存在せず、魔法行使における術式の稼働にも問題はありません)
とは言え、できないなら問題ありなんだよね。
セフィラの自己申告では扱えない術じゃないし、魔法は問題ない。
「ってことは僕が組んだ術式が問題? 作動の両立を何かが邪魔してるとか。声と言葉って別に組むべきかな?」
人間も喉で声、舌や口腔内で言葉を作る。
体はないけどセフィラもそういう風に、役割分担を明確にしたほうが安定して出力できるかもしれない。
僕が試行錯誤をしていると、それを見守るイクトが背後で同僚と会話を始める。
「ウェアレルどの、今何をしているかおわかりだろうか? 私には皆目見当もつかない」
「そもそもセフィラがなんなのかわからないので、わかるわけがないでしょう」
「おいおい、お前さんがわからんと俺らじゃ無理だぞ」
大人としては僕を心配して危ないようなら手助けしようという考えなんだろう。
けど何してるかわからないから手の出しようもないらしい、
「私はそもそも専門外です。いえ、魔法部分はわかりますよ? 術式で風を強弱調整しています。それによって音を作り出す。光を照射することでそこにあるように見せかける。えぇ、見ること、聞くことの原理をアーシャさまに説明されたからこそ分かりますがね」
そもそも僕が説明したからこそだとウェアレルは両手で顔を覆ってしまう。
「私これでも学園を良い成績で卒業し、若手の中でも有望株だと言われ、学園で教鞭を取るというキャリアを積んだ上で伯爵家に招請されて…………。実は陛下がやんごとないお血筋の方だとも唯一聞かされていましたのに」
おっと、生まれてからの付き合いだったのに今にして新事実。
ウェアレルは父が皇帝かそれに類する高位の者の落胤と知ってて側にいたようだ。
それだけニフタス伯爵に見込まれる有望株だったという証左なんだろう。
「なんかごめん」
「アーシャさまが謝罪すべきことなどございません。私もこの仕打ちでニフタス伯爵への期待などもはや爪の先も残っておりませんので」
ウェアレルは顔を覆っていた手を外してきっぱり言いきってくれる。
伯爵家でも期待はされてたけど、結局父の血筋は秘匿し通す予定だったので日の目を見ることはそもそもなかったそうだ。
「貴族に用いられることで安定した収入と次の仕事への踏み台という考えの者は多いですね」
一応貴族のイクトがさらりと大人の事情を告げる。
「けどそれだとやっぱり僕の側にいるのは損じゃない?」
職の斡旋なんて無理だよ。
するとヘルコフは熊顔でもわかるくらい豪快に笑顔を作った。
「どこぞの貴族よりも皇帝直々に望まれて雇われるほうがよほど箔になるんですよ。殿下が気にしなくてもこいつは自力でどうにかします。それに帝室図書で今までお目にかかれなかった魔導書見つけて小躍りしてたり」
「ちょ!? いつ見たんですか!」
慌てるウェアレル。
本当にしてたんだ、小躍り。
イクトがもう僕に聞かれてることを理解して一度咳払いをすると仕切り直す。
「それで、アーシャ殿下は今何を?」
「え? 両立できないならいっそ、別々にやらせて安定を計ってるんだよ。そのためにセフィラを小分けにしてる」
僕の説明に側近たちが固まった。
「増えるんですか、セフィラ?」
ヘルコフがなんか恐る恐る聞くけどそんな無茶はしないよ。
「増えるっていうか、大きくなって大雑把になってるところを細かく設定し直し?」
前は子供の僕が片手で持てるフラスコの中に納まる存在だった。
今はたぶん一番大きなフラスコからも溢れそうな容量があるイメージだ。
どうもセフィラ、容量に際限がない代わりに存在として大きく育っているようなんだよね。
小さかった時にもすごかったんだったら、それらを細分化して組み直せば喋るくらいできるだろう。
あと光も同時に出せれば大成功だ。
「同時に別々の動作をするうえで、調整とか修正とかの処理が被るのが問題で…………」
謎の知性体は、パソコンやスマホのように上手くいかない。
前世では確かごく単純な構造からとんでもない桁の処理ができるところまでパソコンは進化したんだよね。
(セフィラ、ゼロと一、二つの数字でのみ処理する方法ってわかる?)
(仔細を求む)
僕は二進法について簡単に説明した。
これはゼロと一の二つだけで桁を表し、十進法で一、二、三、四、五となるのが二進法だと一、十、十一、百、百一となる。
利点は何かというとオンとオフ、一かゼロかを表す二つの処理で済むこと。
シンプルすぎるところもあるセフィラには理解しやすいかも知れないと思ったんだ。
(容量がまだあるなら、桁が多くなっても処理速度早くできる二進法が合ってるかも?)
(適用します)
お、採用?
そうして僕が提案し、セフィラ自身も思考を繰り返して改良を続けた結果。
「できた!」
数日がかりで調整することになった。
今までは丸い球一つでイメージしてたけど、それが大きくなったから最初の球と同じ規模の球を機能ごとに専門化したような感じ。
それを術式で繋いだ。
「
僕の側にはこぶし大の光球が浮かんでいる。
「初めまして、セフィラでもありセフィロトでもある、セフィラ・セフィロトと呼ばれるべき存在ですが好きにお呼びください。私であることに変わりません」
話す度に明滅し、声は僕の声をサンプリングして発している。
ただずいぶん落ち着いてるような声で大人っぽい。
「このセフィロトになったすごいところはね、今まで文章を伝えてくれるしかできなかったのが図書に描かれた絵図を可視化できるようになったところなんだ」
僕の合図で光球から光が照射され、棚から垂らした白い布にプロジェクターよろしく絵柄が映し出される。
今まで聞くしかなかったのがこれで盗み読みした書籍を余すことなく堪能できるんだ。
「なぁ、イクト、ウェアレル。俺は属性魔法ってもんがからっきしなんだが、殿下と同じような魔法ってあるのか?」
ヘルコフの疑問に、イクトが軽く答える。
「火の魔法や水の魔法で幻を見せるやり方はありますが、私にできるようには思われませんね」
「無理ですよ。あの絵を描くだけでいったいどれだけの魔力消費してるんですか? しかも安定して? 無理です。絶対無理です。光の照射に形に安定に、頭が追いつきません」
けれど本職のウェアレルは処理能力おばけと化したセフィロトの微調整の大変さがわかる分恐れおののくように早口になってた。
「うーん、僕も思ったよりセフィロトに適性があって驚いたけど。これなら光学迷彩とかできないかな? そうしたら人目を気にせず動けるのに」
「仔細を求む」
声を得てもいつものとおり。
セフィラ・セフィロトは僕に短く求めたのだった。
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