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21話:魔法と科学1

 八歳にしてお酒の製造に手を染めてしまいました。

 なんだか改めて考えるとすごく悪いことをしている気分です。


「すまん、殿下」

「ヘルコフが謝ることじゃないよ。追加製造を依頼されるって、それだけ売れてるんでしょ」


 帝国は日本と違って個人でお酒を造ることは禁じられておらず、売ることに許可が必要だった。

 だからヘルコフの知り合いのお酒を扱う人に売ってもらったんだ。

 だって僕たちに売れる販売ルートなんてないからね。


 それにただのお試しのつもりでいた。

 ところがヘルコフの知人は飲んで売れると食いついた上、さらに作って渡したところが受け取る側から売約済みの札を張っていくそうだ。


「まさか完売の上に希少品として宮殿に流れて来るとはおかしなものですね」

「それだけ質が良かったのは味でわかっていたつもりでしたが、いやはや」


 イクトが製造場所に戻った奇縁を笑えば、ウェアレルは予想以上だと首を振る。

 たぶん子供が作ったものという先入観があったんだろう。

 正直僕にもあったんだよね、これくらいっていう過小評価。


「今までお酒蒸留した人いなかったわけでもないだろうに。どうしてだろう?」


 僕は蒸留器を動かしつつ考える。

 器具として完成品があるし、本にもアルコールの蒸留は載っていた。


 この蒸留器、火加減さえ見てればいいので、庭園で摘んだハーブを別に香料として抽出するためすりおろし中だ。

 ヘルコフも改めて錬金術の器具である蒸留器を見る。


「酒は何に使うんです?」

「エタノールって言うアルコールよりも純粋な状態にするんだよ。薬にもなるし、溶剤にもなるんだ」


 僕の説明にイクトが一つの可能性を上げる。


「だからこそ逆に飲料とは考えなかったのやも知れませんね」

「どうでしょう? 以前はあっても失伝してしまった可能性もあるのでは?」


 ウェアレルに納得する様子で頷く二人。

 それはそれで僕不安なんだけど。


「錬金術って、そこまで廃れてるの? すごい技術だと思うんだけど?」

「まぁ、いきなり神髄だとかいう難解な文言理解するわ、セフィラなんていう知性体生み出せちまうわする殿下からすればそうでしょうな。ただ魔法のほうが使いやすいし効果は大きいもんで」

「異議あり」


 ちょっと申し立てますよ。

 ヘルコフの言い分は聞き捨てならないな。


「錬金術は使いやすい技術だ。高めることや、作ることが難しくても大きな力になる」


 僕の反論にイクトは取り成す様子で言葉をかけてきた。


「世間的な評価はヘルコフどのの言うとおりなのです。同時に実用的ではないとも言われています」

「あんなに関連書籍あるのに? それに歴史の中でもこの帝都を拓くために使われたってあったじゃないか」


 僕が見られる帝室図書には一定の量の錬金術関連の書籍がある。

 そこには確かに難解で、あえて読み取らせないようにした文章もあったけれどちゃんと使える内容だった。


 するとウェアレルが予想の斜め上なことを言い出す。


「伝説の類と言われていますが、確かに宮殿の図書には歴史的事実かのように書かれていましたね」


 待って、つまり眉唾扱いなの?


 けど地質の改造とか、水の供給とか科学に片足突っ込んだ内容は魔法じゃなくて錬金術だよ。

 だって魔力の供給しなくても今も継続して使えてるじゃないか。


「もしかして殿下、その大昔の伝説、再現できそうなんですかね?」

「できるよ。設備と人員は必要になるけど。ちゃんとどうすればそうなるか理屈も書かれてるし。伝説とかじゃなく理にかなった方法だった」


 僕の答えに側近たちは顔を見合わせる。

 僕を疑ってるわけじゃなく、錬金術に対する懐疑だ。


 同時に魔法が使えるからこそ、手順の多い錬金術を難解だと思ってしまっている。

 側近たち優しすぎてはっきり言わないから気づくの遅れたけど、錬金術ってすごく下に見られるんだよね。


(セフィラが教えてくれなかったら気づかないままだったかも。錬金術って魔法を模しただけの劣化技術扱いになってるなんて)

(異議を申し立てる)


 錬金術で生まれたセフィラが勝手に思考に混じってくる。

 セフィラが適当にあさったからこそ錬金術を貶す文言が散見されることに気づいた。

 そうして見えたのは、錬金術という学問の地位の低さだ。


(魔法の隆盛と同時に錬金術を貶す論文書く魔法使いが多いのがいただけないよね)

(世の潮流を得たことによる恣意的見方の流布あり。是正を勧告する)

(それはちょっと僕に言われても。機会があったらするけどね)


 なんだったら僕の前世と同じような扱いで、迷信だとか詐欺だとか言われてるし。

 効果があると認められるのは毒の抽出のみといううさん臭さだ。


「よし、まずは身近なところから始めよう」

「アーシャ殿下?」


 イクトは立ち上がる僕についてこようとするので、ハーブのすりおろしを任せる。


「ヘルコフ、精髄液ってわかる?」

「いやぁ、錬金術はとんと」

「精髄液、またはエッセンスと呼ばれる錬金術のアイテムですね」


 答えるウェアレル。

 一応学園王国ルキウサリアには錬金術の学び舎があり、ウェアレルはそこからここにある錬金術の器具を融通してもらってる。

 その上僕が読む本には目を通してたからわかるんだろう。


「それって一般的にはどんな扱いかな?」


 聞くと、イクトは手を動かしながら教えてくれた。


「各属性を抽出して閉じ込め、活用できるというふれこみが多いですね。けれどできることと言えば焚きつけや少量の水を産む程度で、やはり魔法を使ったほうが効果は大きいと」


 精髄液にも属性は地、水、火、風の四属性ある。

 それを薬液に溶かし込んで使うアイテムで、別名エッセンスと呼ぶ。


 僕は自分で作った試験管入り四属性のエッセンスを取り出した。


「はい、じゃあやろう。身体強化しか使えないはずのヘルコフくん」

「なんでしょうかね、アーシャ先生」


 こういうヘルコフの乗りの良さ好きだ。


 僕はワインを蒸留する大きな蒸留器よりも小さな蒸留器の前にヘルコフを座らせる。

 そして蒸留機に雪晶花と呼ばれる雪の結晶に似た花の咲く薬草の乾燥葉をセットさせた。

 まず火のエッセンスで魔法の火を点させる。


「これで魔法の効力が加わって普通にやるより時間短縮。次にこっちの乳鉢ね。土のエッセンスをこの粉末とよく混ぜて」


 風のエッセンスは蒸留した雪晶花の葉の蒸留後にできる液体に混ぜて冷ます。

 これでより効能を引き出すさらなる時短になった。


「で、蒸留した液体を乳鉢の中に入れるのと同時に、水のエッセンスをゆっくりと投入して」


 そうしてできたのは銀色の粘性のある液体だ。

 ちらちらと金属片のような輝きが流動しているのが見える。


「はい、それをここにあるなんの変哲もない水を汲んだビーカーの中へ入れて」


 何をさせられてるのかわからないままヘルコフは従う。

 すると水に入れた途端、透明になった銀色の液体は見る間にビーカーの中身を凍てつかせた。


「お、おぉ!? うわ、ちゃんと冷てぇ」

「おめでとう、ヘルコフ。君は水の魔法使いでも難しい冷却の魔法と同じ効果をもたらした」


 胸を張って言う僕に、ヘルコフは唖然とする。

 水の魔法を使えるイクトは苦笑いだ。


「私でもできないことを、ヘルコフどのが。なるほど。この短時間で習得した上に、水の適性もないとなるとすごい技術であると言わざるを得ません」

「そして使いやすい技術、ですね。今のやり方をやれば、私もまた一瞬で氷を生み出すということができるというわけですか」


 ウェアレルはやっぱり理解が早い。

 これこそ僕の世界の錬金術との大きな違いだ。

 魔法という技術があるお蔭で眉唾が現実になる。

 そして科学的な考えも再現できると来る。


「僕はまだ世間を知らないからもっといい使い方あるんだろうけど。って、イクトごめん。ずっとすり潰させてた」


 僕はイクトから乳鉢を受け取り、擦り具合は十分なのでこれはこれで匂い付けとしてさらに抽出作業に入る。

 うん、結局やってることお酒造りってなんか間違ってる気がしてきたな。


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