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20話:乳母離れ5

 従姉妹のヒナの件があった後、ハーティがヒナの上げた人たちに突撃して仔細を調べたそうだ。


「情けなくて情けなくて!」


 僕はそう泣くハーティから報告を受けることになった。


 まず母方の祖父母。

 二人は宮殿から聞こえる噂しか知らない。

 聞こえるのは僕の悪い話ばかりで、弟であり継承権の高いテリーを害したという噂で恐れ多いと震え上がったそうだ。

 それをヒナに悪い子になってはいけないと教えたらしい。


「事実無根だと訴えましたが、そう見られているのが問題だと、噂の払拭に手も貸さないくせに!」

「いいよ、ハーティ。しょうがない。だって会った覚えがないんだ。遠くの親戚より近くの他人とも言うし、僕に対して警戒が強いのはしょうがないことだよ」


 ハーティはどうもそのせいで実の両親を正面から責めたらしい。

 さすがに血縁があるせいか、それで罪悪感を覚えたそうで祖父母から初めて手紙を貰った。

 通り一辺倒だけど初めての手紙で、不義理の謝罪があったんだ。


 前世では既に他界していたり、遠方で疎遠にしていたりで正直性格も知らなかった祖父母。

 今にして思えば前世の祖父母は二年で子供も孫も立て続けに亡くなり、苦しい思いをしたんじゃないだろうか。

 親しく付き合おうとは思わないけど、今生の祖父母がハーティのためにも表面上は許せる程度の材料くれる気回しをする人で良かった。


「それにあの兄嫁!」


 ハーティが一番情けないと言って怒ったのは、子爵家を継いでいる兄の嫁とそれに影響されたもう一人の従姉テティ。


 どうやらあえてヒナに悪口を吹き込んでいたそうだ。

 その理由はいつまでもハーティが再婚しないと子爵家に居座られるから。

 早く再婚して出て行ってもらうために、僕とハーティを引き離そうとしていたんだとか。


「けど問題はニフタス伯爵家だよね?」


 ハーティの報告から、その兄嫁をさらに焚きつけていたのがニフタス伯爵家の人だったと聞いている。

 しかもハーティの兄で僕の伯父に当たる人は、少額ながら僕の誕生月の祝い金を用意してニフタス伯爵家に預けていたそうだ。

 ユーラシオン公爵側の子爵の立場だから、僕へ直接渡せないのはわかる。

 けどその祝い金を着服した上で僕の悪口を吹き込んだニフタス伯爵家が問題だ。


 主に動いていたのは次期伯爵である長男。

 けどニフタス伯爵も容認していたそうだ。

 祝い金を理由に文句を言いに行ったハーティに隠しもせず答えたという。


「あの方は情がなさすぎるのです」


 悔しそうに言うハーティは、乗り込んで不正を指弾した際、祝い金ははした金と言って返されたんだとか。

 着服も別に金が欲しかったわけじゃなくひたすら僕と関わらないためだけらしい。


 理由は、僕がいらないから。

 皇帝になった父を育てた恩があればそれでいいそうだ。

 確実に皇帝となるテリーがいるんだから僕なんて関わるだけ損。

 後援者になってるのも、皇帝を育てたというステータスのためだけで僕自身にはなんの興味もない。


「うん、まぁ。そこまで割り切ってないと皇帝の隠し子を実子として育てるなんてしないよね」

「納得してはいけません、アーシャさま! これは不当な扱いです!」

「ハーティ、僕の代わりに怒ってくれてありがとう。けどさ、ハーティが選んだ人みたいにわかってくれる人もいるんだ。悪いことばかりじゃないでしょう?」


 ハーティはヒナの後、再婚相手としてお付き合いしている人を連れて来た。

 その人は僕と会ってどうやらすぐに不遇であることがわかったらしい。

 何故だろう?

 僕ってやっぱり皇子の割に庶民感抜けないのかな?


 ともかくハーティの再婚相手は僕の境遇をとても憐れんだ。

 そしてそんな僕からハーティを引き離すことはできないと、まさに断腸の思いでハーティとの再婚をなかったことにすると言い出したのだ。


「あの時はどうしようかと焦ったよ」

「ふふ、アーシャ殿下が二人を結び合わせていましたね」


 一連の事態を護衛として見ていたイクトが微笑ましそうに笑うと、そこにウェアレルとヘルコフがやって来た。


 二人は別室で数字を確かめていた。

 ウェアレルは教師だったからわかるけど、ヘルコフに数字に強いイメージはない。

 そう言ったら戦争も結局は数字だと言われた。


「概算を出しました。現状維持であっても、五年でアーシャさまのご生母から継いだ遺産はなくなることでしょう」

「いやぁ、まさか皇子としての歳費もないとは恐れ入る。俺たちの給金は陛下から支出されてるから盲点だった」


 そう、ハーティは再婚で離れることになった。

 そして浮かび上がった問題は、金銭に関して。


 衣は父に、食と住は宮殿で賄ってる。

 そして中身庶民だから皇子ってだけで歳費という予算がつくことを僕は知らなかった。

 だから今までこまごまとした出費はハーティが父から預かった母の遺産をやりくりしていたことを今回初めて知ったんだ。


「アーシャさまが今後錬金術を続けるとなれば、学園から譲り受けた材料も底を突きますし」


 ウェアレルは学園に伝手があり器具を無料で提供してくれた。

 それと一緒に初心者用のセットや在庫で余っていた材料も一緒に贈られており、鉱物系統はそっちで賄っていた。


 他は台所や庭園でちょっと手に入るものを使い、たまにお酒をヘルコフ辺りに買って来てもらったりして実験材料にしていたんだ。

 そうした支払いはハーティが請け負い、出どころが遺産だったらしい。


「つまりお金がかかるのは僕の趣味なわけだ。だったら錬金術で稼げばいいじゃないか」

「アーシャ殿下、今後つき合いというものをしていく限りは出費がかさむことを考慮してください」

「そうだなぁ、付き合いの悪いイクトでもそれなりにあるんだ。それに好いた相手に贈り物一つできなくても恰好がつかないでしょう」

「けど、陛下に波風立てないようになんて言う? たぶん僕に歳費がないのは誰かの作為だ。まだ独力で国を動かせない陛下の与党を削ることはしたくない」


 一番有力な犯人は妃の実家で僕が力をつけるのを最も嫌がるルカイオス公爵だからこそ、訴えることに迷いがある。

 外戚との軋轢ともなれば弟のテリー、まだ見ない双子にまで影響があるだろう。

 そしてユーラシオン公爵のように父を蹴落として帝位を狙う勢力もある今、味方の分裂の種になるわけにはいかない。


 上手く調整することなどできないんだったら現状維持で耐えて方策を編むしかない。

 その時間を稼ぐためにも自力でお金を稼ぐ必要があった。


「アーシャさま、黄金を作ることができるのですか?」


 ハーティとしては、錬金術でお金というとそう連想するようだ。


「そんなことしても誰が買ってくれる? 出どころ怪しまれて僕がってなると確実に陛下に知れる。僕と繋がらないような、けど消耗品で日常的に需要が尽きない安定的な…………」


 考えて部屋を見るとワインボトルがあった。

 錬金術というか科学実験のためにエタノールを抽出するためお酒が必要だ。


「そう言えば、アクアヴィテっていうのがあったな」


 読んだ錬金術の本にあった薬の一種だ。

 意味は生命水。

 薬酒の類で途中に魔法を織り込むことでできる回復薬だ。


「ヘルコフってお酒に詳しいんだったよね。これってどんな味?」


 僕はエタノールにする前段階で複数回蒸留した元ワインを渡す。

 アルコール分だけを抽出する過程なので度数は高いはずだ。


「まぁ、効きはいいですけどワインの香りやコクってもんが全部抜けてますね」

「つまり美味しくないんだね。香り、コクは味かな。ちょっと待ってて。セフィラ、作業の最適化をお願い」


 僕はレモンに似た匂いのする薬草から香りを抽出する方法をセフィラに聞く。

 これだけだとたぶん苦いから、甘みとして蜂蜜をハーティに持ってきてもらって追加。

 爽やかさ欲しさに炭酸水も作って、割ったらなんちゃってカクテル。


「これでどう?」

「お、こりゃ。甘いが苦くて爽やかだ。香りもワインが元とは思えないほど違うが悪くない。俺としてはさっきの強い酒も良かったが、これもこれで好きな奴はいるでしょう」


 興味を持ったハーティたちにも意見を募った。


「まぁ、これが薬酒? 苦くて酷い臭いで飲みにくいはずなのに」

「今のごく短い思案の内にこれだけのものを作られるとは、アーシャ殿下には恐れ入る」

「炭酸水というのは地中から湧きだす以外に作れるとは知りませんでした」


 ウェアレルの言葉から、炭酸水はあるけど自然発生以外なかったらしい。

 強炭酸とかは無理だけど珍しいならこのちょっとポツポツ程度の炭酸でも売れるかな?


「じゃあ、香りつけたリキュールと甘みをつけた炭酸水を別々で売ってみようか」


 そんな思いつきは、ただハーティを心配なく送り出すための即席、のつもりだった。

 ヘルコフの伝手で適当に瓶に詰めて売ってみたのもお試し程度。

 そしたら店も客も飛びつき、売りさばき、僕が知った時にはなんと宮殿でまで流行ることになってしまっていたのだった。


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