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19話:乳母離れ4

 今日はお客が来る。

 しかも僕の血縁者!


 赤の間でお茶とお菓子の準備を整えて、足りない椅子を運び込んで準備は万端。


「嬉しそうですね、アーシャ殿下」

「そりゃ、従姉妹と会えるんだもの。こっちに移るまでは会ってたって言うけど、さすがに一歳や二歳の記憶ないし」


 僕はイクトに笑顔で答えて待つ間の無聊を紛らわせる。


 今日はハーティの娘が僕に会いに来る日だ。


「面会の許可が下りてようございましたね」

「うん、って言っても最初は嫌がられたんだけど。陛下にお願いして正解だったな」

「そこは一応皇室の者との面会なので、あちらから会いたいと言われてやすやすと受けられない、という警護側からの建前もありますが」


 建前なんだぁ。

 まぁ、僕警護してるのイクトだけだし。

 勿体ぶるのも一つ権威を保持する駆け引きではあるけどあんまり意味はないよね。

 それに相手、僕の従姉妹でまだ八歳だよ?


 こうして会うのも結局父と会うような広い部屋は使わせてもらえなかったし、権威も何もない。


「そう言えば、僕以外はハーティの再婚のこと知ってたんだね」

「殿下にお伝えする前に話し合いを持ちましたので。我々のように断って終わりという話でもありませんので、折を見てと」


 まさか僕が先に探り当てるとは思わなかったそうだ。

 僕もセフィラがそんなことするとは思ってなかったけど。


「けどいきなり会ってみたいって言われたの、再婚話関係あるかな?」


 それでも浮かれてるのは訳がある。

 従姉妹のほうから会ってみたいと言われたんだ。


「ふふ、会いたいって言われたの初めてだ」

「アーシャ殿下…………」

「あ、陛下は別ね。別で、初めてお客迎えると思うとそわそわする」


 ハーティは再婚話がばれていっそ離れないと決意を固めてしまった。

 再婚話を拒否しようと動いたのを僕が慌てて止めたんだ。

 一人のことじゃないんだから娘とも相手とも話し合ってと。


 それでハーティは早く帰ったり遅く出てきたりしながら再婚相手と話し合いを続けた。

 同時に実家やそちらに預けている娘とも、普段以上に話したと聞いてる。

 その結果の面会だから、再婚話が無関係ということはないだろう。


 弟とは周囲が邪魔をして会うことも難しいけど、従姉妹とくらいは仲良くなれるといいな。

 前世では従兄弟という存在もまた僕には縁遠かったから。


「アーシャさま、お待たせいたしました」


 ハーティが赤の間の階段から現れる。

 連れているのは僕と同じ年頃の女の子。

 可愛らしくツインテールにした紺色の髪に赤い瞳をしていた。


 同じ年頃の比較対象がオレンジの髪のお姫さま、ディオラしかいないけど。

 ディオラに比べて気が強そうな感じはある上に、なんだか緊張感が漂ってる。

 ここは僕から柔らかくいこう。


「初めまして、待っていたよ。僕のことはハーティと同じようにアーシャと呼んでほしいな」

「ご厚情賜り感謝いたします。さ、ヒナ。アーシャさまにご挨拶を」


 従姉妹のヒナは緊張ぎみに俯いて動かず、ハーティが困った様子で促した。

 けどヒナはスカートを掴んだまま俯いている。

 用意した椅子にも近寄らず酷く緊張し続けていた。


 何か嫌なことでもあったのかと思っていたら、ヒナが顔を上げる。

 その赤い目は真っ直ぐに僕を睨んでいた。


「お母さまを返して!」

「え?」


 ヒナの思わぬ訴えに、ハーティも予想外だったらしく慌てる。


「何を言うの! アーシャさまに失礼でしょう!」

「失礼なんかじゃない! いてもいなくてもいい皇子なんでしょ? なのになんでわたしのお母さまを盗るの? 酷い、返してよ! あなた悪い子なんでしょ。お母さまを巻き込まないで!」


 言葉は拙く、感情ばかりの言葉だ。

 けれどそこには僕の立場を前提にした悪感情がある。


「疫病神だってみんな言ってるわ! わたし知ってるんだから。お母さまもいなくてお父さまにも見捨てられて独りぼっちで何もできないんだって! 嫌われ者で、問題ばかり起こして、周りに迷惑かけるんだって! お母さまが憐れんでるだけなのに他人が甘えないで!」

「ヒナ!」


 ハーティが顔を真っ赤にして怒った。

 僕は咄嗟にイクトを呼ぶ。


 それだけでヒナをどうすべきか迷っていたイクトは動いた。

 叩こうと手を振り上げたハーティを止めに。


「放してください! これは母親としての不始末です!」

「落ち着いてください。よくよく考えれば八つの子供などこの程度。道理を弁えるにはまだ早い」


 イクトがハーティを押さえている間に、僕は自らヒナに近づく。


「そうだね。子供が知るにはちょっと知りすぎてる」


 ヒナはハーティの怒りに驚いて涙目になっており、さらにイクトと揉み合いをする様子に完全に怯えていた。


「君の言うみんなっていったい誰? 本当にそんな人いるの?」


 僕が安い挑発を向けると、途端に僕を敵認定しているヒナは言い返してくる。


「いる! おじいさまもおばあさまも、おばさまもテティだっていうもの! それにニフタスのおじさまもだし、それから、それから…………し、使用人たちだってお母さま可哀想って!」

「なんて…………こと…………」


 ハーティはいっそ脱力してしまった。

 僕も脱力したい。


 疎遠だとは思っていたけど母方の親戚は僕のことを問題児か何かと思ってるらしい。

 しかもニフタスって聞こえたよ。

 それ、名目上は僕の後援者であるはずのニフタス伯爵家の人ってことだよね?


「宮殿での殿下の悪評が伝わっているのかもしれませんね。全くの事実無根であるにもかかわらず、子爵家はそれを鵜呑みにしていると」


 イクトの声も冷たい。


「そこはユーラシオン公爵に近いならしょうがないんじゃない? 僕としてはもうニフタス名乗るの嫌になったくらいだけど」

「アーシャさま、申し訳ございません!」


 ハーティはイクトから手を離されると、すぐさま床に膝をついて僕に謝る。


「私の至らなさで、あなたの窮状を改善できないどころか、こんな、こんなふできな娘に育ててしまって」

「お母さま? どうして? どうしてわたしを怒るの? 悪いのはそっちよ?」


 ヒナは状況がわからず、悪いのは僕だと指を差した。

 けどハーティはそんな娘を後回しで僕に謝る。


 その姿に僕はヒナに対して罪悪感を抱いた。


 だって呼んでも答えてくれない、見てくれない。

 そんな母親に呼びかけて期待して、裏切られる底知れない悲しみを、僕は前世で知ってる。


「ハーティ、違うよ。僕を非難してる言葉は全部ヒナが君に伝えたい気持ちの裏返しだ」

「アーシャさま?」

「ヒナは鵜呑みにするくらいきっと僕のことはどうでもいいんだ。ただ、君に帰ってきてほしいくらい好きなんだよ」


 自分で言ってヒナの子供らしさに思わず笑う。


「ヒナは甘えているんだ。甘えられる時に甘えていいはずの人がいる。それは羨ましいくらいに幸せなことだよ。どうして気づかなかったかな、僕もまだまだ子供だ。ごめんね、ヒナ」


 声をかけると睨んでくるだけで、僕のことは本当にどうでもいいらしい。

 どうやら僕は従姉妹とも仲良くなるのは難しいようだ。


 そこはもう諦めよう。

 というか、今回に関しては僕も悪い。

 だってハーティが僕と一緒にいてくれた時間の分だけ、ヒナは実の母親に顧みられることなく過ごしたことに今、気づいた。


「ハーティ、僕はもう夜泣きもしなければ授乳も必要はないんだ。いつまでも君を乳母として扱うことのほうが間違いだったんだよ。僕も、大人になるためには乳母離れしないとね」


 僕のように寂しい思いをする子がこれで減る。

 そう思えば、これからはハーティに僕に割いていた分の愛情をしっかりヒナに向けてほしかった。


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