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2話:皇帝の長男2

 アーシャと呼ばれる皇子に生まれ変わって四歳になった。

 未だに弟には会えてない。


 というか一年冷静に状況を見てさすがにわかったことがある。

 僕、どうやら疎まれてます。


「アーシャ、元気にしていたか? おぉ、また重くなったな。身長も伸びたんじゃないか?」


 三十くらいの黒髪の男性が僕を抱え上げて広い部屋の中くるくる回りながら笑っていた。


 前世を思い出したからと言っても四歳。

 こういう構われ方は嫌いじゃないし楽しい。


「お会いできて大変うれしいです、父上。お忙しい中ご足労いただきありがとうございます」

「硬いかたい。だがアーシャもそういうことが言える年齢か。俺の息子は将来有望だな」


 金色の目を細めて笑うのは父であり、大陸一つを丸々掌握する帝国の王者、皇帝。


 その息子である僕の髪は灰色でちょっと黒っぽいから父の影響が少しはうかがえる。

 目は青で母の血らしいというのはハーティに聞いた。


「こほん、陛下。お戯れが過ぎれば品位を落とされるかと」


 父の側近が諌めて、はしゃぐ僕たちを止める。

 そして一瞬僕を睨んだ。


 こういう目は前世でも受けた覚えがある。

 親に厳しく言われてたから礼儀正しくしていただけなのに、いい子ちゃんぶってる、媚びてると睨まれたんだ。

 まさか宮廷という大人の集まりの中でされるとは思わなかった。


「ほとんど会いにも来れず寂しい思いをさせているのだ。ここでくらい羽目を外させろ。誰の迷惑でもなかろう」


 父はそう言いつつ僕を降ろして用意されている椅子に腰かけた。


 ここは皇帝の宮殿の一画。

 ただし皇帝家族が住む本館とは別の棟。

 数いた王子たちが暮らすための宮殿左翼と言われる建物だった。


 この建物だけでもそこらの貴族の屋敷より豪華で広いし、左翼専用の使用人や料理人なんかも配備されている。

 ただし、僕に与えられた区画は広いけれど本館から一番遠い位置だ。

 そして父と会うのも僕に与えられた部屋ではなく、一つ上の階にある謁見用の部屋。

 分断したい思惑ありありなんだよね。


「ハーティにも苦労をかける。必要なものはあるか?」

「苦労など、アーシャさまは私の甥でもあるのですから。ただ、少々アーシャさまの靴が合わなくなりまして」

「あぁ、そうか。やはり成長は早い。もっとこまめに来られればな」


 父は言いながら、側近に父の自腹からハーティに金銭を渡すよう指示する。

 側近は僕を睨んだようなわかりやすい真似はせず、何処までも事務的に冷たく応じた。


 ここは父が仕事をする場からも遠いし、こっちに来るには時間もかかる。

 僕のほうの側近たちが話してる内容から、最初はもっと遠い離宮に僕を放り込む予定が立てられていたそうだ。

 同じ敷地内とは言え馬車を使う距離のため、さすがに父が怒って止めた。

 するとこうして一番遠い部屋へ父にそうと悟らせず僕を押し込んだのだ。


 部屋は広いけれど持て余すし、だいたい本館に直通してない絶妙な位置。

 悪意を感じないわけがない。


「アーシャさまはお勉強を頑張っていらして。最近は地理と歴史をお教えしております」

「ほう、すごいな。私がアーシャの頃は…………覚えていないくらいに特に勉強もしていなかったな」


 伯爵家三男ならそんなものだろう。

 家を継ぐことはなく何処かへ婿入りか一代限りの貴族の地位を得るために出仕かという立場で、勉強よりも社交か武芸で身を立てる方法を模索するべきだ。

 僕はただ、ここがどんな世界か知りたいからハーティに願って教えてもらっている。


 この大陸には人間含めて六種族がいて、獣人、エルフ、海人、ドワーフ、竜人がそれぞれ国を興していた。

 そんな国々を纏める帝国は、大陸の中心で内陸にあり、周囲四方を山脈に囲まれてる。

 かつて帝国の始祖が拓かない間は秘境扱いだったそうだ。


 さらには魔法もあれば錬金術もあるという、正直面白いし興味が尽きない世界。

 まだ幼いから早いと実践はさせてもらえないけど、予習として学ぶのは夢広がって楽しかった。


「父上、本が読みたいのですが」

「おぉ、そうかそうか。この左翼に図書室はあったか?」

「ありますが、蔵書はありません」


 ハーティが不満を出さないよう短く答える。

 貴族の嗜みで高位の者ほど自分の図書室を持つのがステータスなんだ。


 僕が使うのもかつての皇子の部屋だったから、図書室だっただろう本棚の並んだ部屋はある。

 けれど持ち主が死んで引き払われた後はからのまま。


「そうか、揃えるとなると時間がかかるだろう。よし、私の図書室の本を好きに」

「それはいささか障りがございます」


 気軽に答えようとすると、父の側近が止める。

 別に父に隔意があるわけじゃない。

 僕に有利に話が進むのが気に食わないんだ。


 何故かと言えば、それはこの側近に限らず父の周囲は妃の実家であるルカイオス公爵の息のかかった者で固めてあるから。


 伯爵家で育った父に宮廷での影響力はない。

 その後ろ盾が妻の実家であり、ルカイオス公爵としては自分の孫が次代の皇帝になることを望んでの政略結婚。

 そして次期皇帝を望まれる弟の対抗馬は、今のところ僕だけだ。

 だから僕を抑圧する傾向があることは前世を思い出してからの間に察せられた。


「では何処ならいいというのだ? 私の息子が使っていい書庫は?」

「それは…………帝室の図書室ならば妥当かと」


 僕に使わせたくないけど皇帝の息子が使えないとは言えず、側近は苦し紛れに答える。

 父も圧をかけることで答えを迫り、使える図書室なんてないとは言わせないようにした。


 側近からすれば僕のほうから父に近づく真似が防げればいいようだ。

 そうでなければこんな端に押し込んだルカイオス公爵の意図が潰れる。


 なんて考えてることはおくびにも出さず僕は父に笑顔を向けた。


「本がいっぱい読めるんですね、ありがとうございます。父上」

「そうかそうか、アーシャは本が好きか。母親が聡明だと子もそうなるのだろうか?」


 父は息子にデレデレだ。

 けど誤解しないでほしい。


「剣術も早くやってみたいです。ヘルコフに教えてもらうのを楽しみにしています」

「そうだな、ヘルコフは現役時代も強くてな。私も一時期軍にいた時には揉まれたものだ。怪我はするだろうがきちんと学べば重傷にはならない。よくヘルコフの指導に従いなさい」

「はい!」


 おっとこれは嬉しい誤算だ。

 止められるかと思ったのに背を押された。

 前世の母だったら金切り声を上げただろう。


 実際サッカーやってたのをやめさせられた経験がある。

 運動は好きだったし友達もいたけれど、怪我をした途端サッカーチームに怒鳴り込まれた。

 僕は逆らえなかったし何よりお金や送迎が必要だったから、反対されたら子供にはどうしようもなかったんだ。


 今生の父は大変物分かりがいいし、愛情深い。

 良い父親だと思う。


「陛下、そろそろお戻りになりませんと、次の会合に差支えがございます」

「もうか? 早い気がするのだが」

「いえ、あちらの時計をご覧ください」


 せっかくいい雰囲気だったのを側近が邪魔する。

 けど僕は知ってるぞ。

 その時計早くされてるんだ。

 直そうにも僕たちはこの部屋に留まれないし、その後は施錠されるから時計を合わせることができずにいる。


 親子の団欒の邪魔をされるのはあまり歓迎できない。

 だからここは一矢報いてみよう。


「皇帝陛下でいらっしゃるのですから、他に示しのつかないことはなされないでしょう。寂しいですが、致し方ありません。その、できれば次いつお会いできるかご予定を窺ってもよろしいですか?」

「ふぅ、本当に俺の息子が優秀すぎて困るな。嬉しい限りだ。ハーティ、今後も頼む」

「えぇ、アーシャさまはとても愛らしく、それでいて聡い方ですから」


 父に抱きしめられ、ハーティも困ったように笑う。


 ただ側近だけは渋々次の予定を確認するので、僕はその間にこっそり聞いてみた。


「父上、僕は弟に会いに行くことはできますか?」

「…………まだ、目を離せないと妃が言っていてな」


 父も会わせたいとは思ってくれてるようだけれど、ルカイオス公爵家の妃が拒否しているらしい。


「アーシャ、お前は良い子だ。きっと兄として弟の良い手本になってくれるな?」

「はい、もちろんです」


 父は申し訳なさそうに笑うけど、僕は心の底からそうなろうと決意したのだった。


今日明日二話投稿

次回:皇帝の長男3

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