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閑話3:ストラテーグ侯爵

他視点

「すまなかった…………」


 執務室で、私は連れ戻してくれたレーヴァンにまず謝った。


 椅子に座り込んで膝の上で指を組み、額を押しつける。

 近年まれに見る失態だ。

 いや、自分でもあまりの取り乱しように恥ずかしいやら悔しいやら…………。


「あの、本当…………初恋引き摺るのやめません」

「うぐぅ」


 レーヴァンが言いにくそうにとんでもないことを言う。

 私はあまりの羞恥に呻いた。


 ルキウサリア国王一家が帝国へ表敬訪問をした。

 私と国王は従兄弟に当たり、国王一家とも親しくさせてもらっている。


 そして久しぶりに会ったディオラには驚かされた。

 生まれた時から伯母の面影が強かったが、橙の髪が伸びて、髪の癖まで祖母である伯母に似ていたのだ。


 感動と共に懐かしさでちょっと涙腺が緩んだ。

 だというのに、庭園での懇親会が終わって、国王夫妻と私が話しているとディオラが頬を染めて言い放った。


『わたし、初めて人を好きになりました。こんなに胸が高鳴るなんて、これが物語にあった一目ぼれなのですね。ストラテーグ侯爵さま、どうかアーシャさまについてお教えください』


 可愛らしい声でおねだりされたと同時に、突き落とすような内容だ。


 さらには結婚したいとまで!


「うぅ…………おのれぇ…………まさか第一皇子にしてやられるとは…………」

「水飲みます? あ、いっそ酒がいいですか? もう、どう取り繕っても遅いと思いますんで、今日のことは開き直ったほうがいいですよ」


 レーヴァンが慰めともつかない言葉をかけて動く。

 待て、なんで私がこっそり執務室に隠してる酒とグラスのありかを当たり前のように知ってるんだ?


 そしてちゃっかりグラスを二つ用意するな。


「ください、というか俺も聞いてください」

「な、なんだ?」


 酒を渡されると、レーヴァンが軽薄な笑みを消して訴える。

 どうも問題があるようだ。


 今日は庭園の警護に回っていたはずで、迷子以外は問題なしと聞いていたが?


「…………第一皇子殿下のせいで、たぶん宮中警護の一部からめちゃくちゃ睨まれることになりました」

「どうしてそうなる? お前は元から口は悪いが、その分気がいいと人付き合いは問題なかっただろう?」

「それが、第一皇子殿下がどういうつもりか、ユーラシオン公爵相手にめちゃくちゃ変な口調で応答しててですね」

「は?」

「なんて言えばいいのか…………こう、間延びしてて、けど、なんか聞かなきゃいけないような溜めもあって…………。けど全体聞いたら、普通なんです。全然普通。なんですけど、その…………なんかめちゃくちゃ笑える喋り方で…………」


 わからん。

 わからんが、何をしたかはわかった。

 普段を知るからこそ、馬鹿のような喋り方をする第一皇子に驚き…………いや、笑ったなこいつ?


 私は執務机に向かい、今日の配置を確認して戻る。


「あぁ、お前の近くはそう言えば真面目な者ばかりか」

「えぇ、完全に俺がふざけてるみたいな雰囲気になりました。できれば、そいつらと当分組ませないでほしいです」


 とは言っても困る。


「元からお前は私の縁故採用で贔屓が過ぎるとこの者たちに言われているんだがな」

「いいじゃないですか。ルキウサリアからのお付き合いなんですから。なんだったら俺が生まれる前から縁あるんですし」


 言うとおり、レーヴァンは生まれる前から知っている。

 ルキウサリアを出て職を探すというので、私のほうから呼び寄せたくらいだ。

 縁故で贔屓するなと言われても確かに今さらのことか。


「そんなにあのお姫さま、侯爵さまの初恋の伯母上に似てます?」

「ごっふぉ!?」


 何を突然はっきり!?

 いや、そう言えばなんでこいつ知ってるんだ?


「だ、誰に聞いたんだ? そう言えばさっきもそんなことを」

「ルキウサリアの陛下から」

「あいつ!?」


 伯母はルキウサリア王国の皇太后であり、現ルキウサリア国王の生母だ。

 私が帝国のストラテーグ侯爵の婿養子になったのも、家から王妃を出したという血筋を評価された点がある。


「いやぁ、侯爵さまの所に行く前に、陛下からは昔話をいろいろ聞かされまして」

「い、色々? 何処まで聞いた?」


 従兄弟はかつて近しい間柄だった。

 私がストラテーグ侯爵家の婿養子にならなければ、今頃片腕として支えていただろう。

 それゆえに些細な失敗から若気の至りまで色々知られている。


「義父に当たる前ストラテーグ侯爵に実家は借りがあったとか、初恋が当時のルキウサリア王妃である伯母上だとか、やんちゃが過ぎて実の母親に可愛がられなかったとか、伯母上に傾倒しすぎて伯母上以外を好きになったらもうその人以外とは結婚しないとか」

「…………ちょっと黙れ」


 あの国王、予想以上に喋ってる…………。


「他にもですね」

「もういい、喋るな。帰国する前に釘を刺しておく」

「いやぁ、ストラテーグ侯爵家の婿養子に行く前に、俺のことをくれぐれもよろしくと個人的に頼んだせいだと思いますよ?」


 レーヴァンは本当に似ているな。

 いや、これは言うまい。


 ほどほど遠く、ストラテーグ侯爵家の家督を奪う欲もなく、借りから強くは出られない。

 また他にストラテーグ侯爵家の家督を狙う者を牽制できる血筋として、私は選ばれた。

 拒否権などない。

 だから勤めだと割り切ったのだ。


「それで、今回のことはなんて言ってお姫さま諦めさせるつもりです?」

「いや、向こうから拒否したとでも言えばいいだろう?」

「確かに興味薄そうでしたけど、それこそ恋したらわからないんじゃないですか?」

「やらん! どう考えてもあの第一皇子と一緒になっても苦労するだけだ!」

「わぁ、はっきり言いますねー」


 どうも話しただけだと第一皇子は言うが、ディオラはもう夢中なのだ。

 いったい何をしたのか。


 錬金術が趣味というし変な薬を使ったかとも思ったが、つい口走ってレーヴァンに連れ戻されて今だ。


「帝室に残れば軟禁継続。臣籍降下したところでルカイオス公爵に睨まれていては大成しない。身を立てる意気地もない様子。あれではディオラが勿体ない」

「やり返された時には驚きましたけど、それからなぁにもしませんよね」


 借りがあるから適当に返そうと思っていたのだが、しかし何もない、いや、何もしない。

 いっそ借りを返す隙さえない第一皇子だ。


 あちらからも借りを返せと迫られることもなく、今日まできた。

 もちろん借りを盾にディオラと交際などとたわけたことを言えば断固拒否だが、一方的に借りがある状態が続くのも座りが悪い。

 だというのに、今回私は頭に血が上ってやらかした。

 笑って許されたせいでまた据え置きの借りが増えている。


「それにだ。今ルキウサリア王家に帝室の血が流れるとなれば、欲をかく者も現れるぞ」

「帝国に属する小国ってだいたいそうですよね。どれだけ帝国で大きな顔できるかが肝心っていうか。そこに見下せる皇帝が座ったんじゃ、いっそ皇帝挿げ替えてもっと大きな顔してやろうとか馬鹿なこと考えるんでしょうね」


 悪い想像を膨らませれば、ルキウサリア王国を後ろ盾に第一皇子が皇帝の正統を主張して戦争もあり得る。

 そうなって利益を得る者も確かにいるが、ルキウサリア王国全体で言えば損でしかない。


 そう考えると、宮殿内部はルカイオス公爵やユーラシオン公爵が押さえて第一皇子を端に追いやったのは良策と言える。

 最初から弱めていたお蔭で、派手に担ぎ上げて波風立てようとする者はいない。


「婚姻なんてことになるなら、ディオラ姫を守るために、私は何がなんでも邪魔をするぞ!」

「大人げない言い方ですけど、帝室の争いに巻き込まれるよりいいですよね」


 レーヴァンは理解してくれるが、子供はそうもいかなかった。


「どうしてですか? アーシャさまはお優しかったです。お礼を言いたいだけなのに、会うのも嫌がるなんて、私…………何かしてしまいましたか?」


 私の目の前でディオラが大粒の涙を零して訴える。

 酷く胸が痛む光景であり、血縁の私でも苦しいのだから親となればさらに弱い。


「…………その、お忙しいこともあるんだろう。どうだ、まずは文通からでも、な? いきなり婚姻は難しいんだ。だからあちらも退いてしまった可能性がある。ディオラを嫌ったわけではないはずだから、泣き止んでくれ」


 悔しいが、従兄弟がそう取り成すのを、邪魔することはできなかった。


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