15話:迷子の姫君5
ルキウサリア国王家族をもてなすお茶会の翌日。
エメラルドの壁紙の部屋で今日も僕は錬金術に勤しんでいた。
「つまり僕が、お前が何かを色々調べるために刺激し続けた結果自我が芽生えた?」
喋りかける相手は真ん丸なフラスコの中揺れる煙のような知性体。
(刺激と定義する仔細を求める。自我が芽生えるとは確たる意味を説明せよ)
応答はできるけどどうやら近くにいる限定一人らしい。
そして返答は四角四面というか細かいというか。
どうも僕たちがここで話す言葉を聞いて覚えたらしく、語彙も実は少ないようだった。
「アーシャさま、少々お話があるのですが」
「あれ、ハーティ? みんなも。どうしたの?」
側近たちが揃ってエメラルドの間にやって来る。
「殿下が昨日途中で抜けたから、その後どうなったかをちょっと調べてな」
ヘルコフが言うのはどうやらお茶会のことらしい。
父には手紙で謝罪をしてある。
本当は顔合わせるほうがいいだろうけど、僕息子のはずだし同じ敷地に住んでるはずなのに軽々しく会えないんだよね。
「ルキウサリアのお姫さまはちゃんと戻れた?」
「それはストラテーグ侯爵もいましたので。どうやらルキウサリア王家と姻戚があったそうですよ」
イクトは上司の人となりに興味はないらしく、今回初めて知ったようだ。
そう言えばストラテーグ侯爵って帝国外の勢力と繋がりあるって聞いたような。
それが帝国下のルキウサリア王国ってことか。
ちなみにユーラシオン公爵はルキウサリア王家から妻をめとっていたそうで、姻戚同士だから二人そろってディオラを捜す手伝いをしていたそうだ。
「それは良かった…………じゃ、終わらないんだよね?」
こうして来てるし。
僕の先回りにウェアレルが苦笑して、緑の被毛に覆われた尻尾を一振りした。
「実は殿下を早い内に宮殿から出して独り立ちをという話があっていたそうです。継承権の低い皇子を外交上重要な他国へ送り込むことは珍しいことではありませんが」
「あぁ、うーん。そうか、出るのもありなのかぁ。けどきっとこっちで行く先は決められないし、この錬金道具も持っていけないよね」
あれだよね、日本も戦国時代とかにやってたやつ。
人質兼、必要な国の上層部とのつなぎ役って立場の。
この世界は日本の戦国時代ほど物騒じゃないし、帝国が何処より立場上だからそう悪い待遇にはならないんだろうけど。
そうなると立ち回りもっと考えないといけないな。
なんて思ってたらハーティが首を横に振る。
「そのお話は消えました。アーシャさまがその才気を隠す言動を取られたそうで、陛下が心配な我が子を他国に出すほうが心配だと強弁されたとか。いったい何をなさったのです?」
おっと、父よ。そう来たか。
親心なんだろうけど、僕としてはさっさと足場固められる場所に行きたい気もする。
ここで足場固めたら弟にも迷惑だろうしなぁ。
けど外に出るのもありならちょっと考えておこう。
そっちも気になるけどハーティが何やらご機嫌斜め?
「どうしたの、ハーティ? ちょっと争いごとを避けるような物言いをしただけだよ」
「そうなのですか? 何故かアーシャさまを愚鈍だ、蒙昧だと悪口が出回っているのです。アーシャさまほど才知煌めく方を私は知りませんのに!」
うーん、乳母的な贔屓目かな?
けど戦場カメラマン風の喋りだけでそれか。
それまでの意地悪い感じに弟泣かせた噂よりはましな気がするけど。
そう考えると、弟を泣かせる意地悪な兄からずいぶん方向性が変わってない?
「あの物言いだけでそこまで言われるのは意外だな。僕を軽んじるよりも警戒が強かったと思うんだけど? 喋ったのもユーラシオン公爵くらいだし、そこから何か広げた?」
側近たちは僕の言葉にお互い見合うと、示し合わせたように揃って部屋を見回す。
遠回しが苦手なヘルコフがスパッと言ってくれた。
「錬金術なんかを趣味にしてるってのが、殿下を舐めてもいいと三下に思わせたようですよ。知らない奴らにとっては錬金術は黄金が欲しい俗物な技って意識ですから」
「違うのになぁ。それに黄金作れなくはないけど、相当費用対効果悪いし本当に作りたい人は金銭面無視すると思うけど」
「そうなのですか? 錬金術とは黄金を手軽に作れるのだとばかり」
イクトまでそう言う認識だったようだ。
けどそれだけ一般的な通念なんだろう。
理科的に言えば原子があるわけだ。
その原子は陽子や中性子の数で決まる。
つまりどんな物質もこの原子よりも微細な部分を分解して調整できれば黄金にできた。
ただし、これをやろうと思うと科学の発展した日本でも無駄に費用が掛かるほど巨大な装置とエネルギーが必要になる。
そしてできるのは原子一粒、目に見えない、やるわけがない。
「魔法加えてもそう簡単に実現できないと思うけど。それとも賢者の石はそれほどのエネルギー体? だとしたらやっぱり黄金作るよりももっといい活用法があるはずだし…………」
「アーシャさまは本当に錬金術がお好きなのですね。これらの錬金術の道具を下げ渡した者は、錬金術とは神がいかにして世界を創生したかを探る学問だと言っていましたが、アーシャさまはどのようにお考えですか?」
ウェアレルが興味を持ったらしく、そもそも論を聞いて来た。
「世界の創生、そうだね。そういうことを探ることもできると思う。ほら、魔法にだって属性があってできることは違って、それに各種族で魔法に対する信仰みたいなものあるでしょ? 錬金術もそれと同じだよ。黄金作りたい人もいれば、ウェアレルの知り合いみたいに世界の成り立ちを知りたい人もいる。その中で僕は、うーん、便利に使える方法を探したい、かな?」
(仔細を求める)
フラスコの中の我がなんか言い出した。
「まだ探してる途中だから仔細なんてありません」
言ってフラスコを指先で弾く。
けど思えばこの我、何処に思考するだけのエネルギーがあるんだろう?
記憶容量とかどうなってるの?
話す言葉は理論立ってるし肉体もなく意思疎通ってできるもの?
「あれ? 便利な可能性ここにあるな」
(仔細を求める)
僕はフラスコを両手に持って言うと同じ言葉を繰り返された。
途端に何処かから大きな足音とドアの開く音がするんだけど、ここには全員が揃ってる。
イクトとヘルコフがすぐに音のほうへ向かうと声が聞こえた。
「まずいですって! 落ち着いてください! ストラテーグ侯爵さま!」
無礼者のレーヴァン、そしてその上司のストラテーグ侯爵が乱入したらしい。
僕はフラスコを置いてハーティとウェアレルと一緒に様子見に向かった。
すると青の間で奥へ行こうとするストラテーグ侯爵をヘルコフが押しとどめ、イクトが話を聞こうと宥めている。
「ですから殿下にどのような? かような無礼、侯爵と言えどまかり通らないことはわかっているでしょう」
「えぇい、邪魔をするな! 私は聞かねばならんのだ! 直接問い質す必要がある! 何故ディオラ姫がいきなり婚約の打診などしてくるのだ!? いったい二人だけの間にどう口説いた!?」
「はい!?」
つい声を上げてしまい、ストラテーグ侯爵に見つかった。
けど待ってほしい僕もわからない。
「イクト、僕は泣き止んでもらってちょっと庭園を散策して戻っただけだよね?」
「はい、ディオラ姫の性格をよく掴んでのエスコートであったと推察します」
「まぁ、アーシャさまったら」
イクトの相槌に何故かハーティが嬉しげだ。
レーヴァンなんかは侯爵止めるのも忘れて口笛を吹く。
どうやら素で無礼者らしい。
ストラテーグ侯爵はなんで本当にレーヴァンなんか送り込んで…………いや、今目の前で無礼働いてるよ、本人が。
似たもの上司と部下かもしれない。
他所でやってくれないかな?
「えっと、ともかく僕も婚約なんて何も聞いてないので、ちょっと詳しく聞かせてください」
目の前に情報源がいるんだったら逃がす手はないよね。
いや、本当。
変な噂流されるのには心当たりあるけど、婚約話なんて全く知らないし。
それにしてもルキウサリア王国のお姫さまは僕よりずっとおませさんだったようだ。
毎日更新
次回:乳母離れ1