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14話:迷子の姫君4

 ユーラシオン公爵の後は面白がる貴族に絡まれたり、同じ年頃の子供に馬鹿にされたり面倒だった。

 うん、三十のいい大人の記憶なかったら僕は泣いてたかもしれない。


 父がしっかり僕の動向見てたのでちょっと被害出そうだけど、そこは自業自得ってことで。

 ただ無闇に被害を広げても、皇帝としての父の悪評に繋がる。

 というわけで僕はお茶会は抜け出しました。


「ところでイクト」

「はい、お呼びでしょうか」


 こっそり抜け出して上手く庭木に隠れて移動したのに、僕の警護は当たり前の顔してついて来てた。

 元魔物専門の狩人から貴族になった、名うての腕は伊達じゃないってことだろう。


「あの子が誰かわかるかな?」


 僕がいるのは見通しの悪い垣根の庭園で、向こうに見えるのは白樺の林だ。


 うん、かつて迷子になって泣いてる弟テリーを見つけた辺りだよね。

 そしてそこに一人、ドレス姿で泣いてる女の子がいるのはなんでかな?


「ハーティどのであれば判別もつくのでしょうが。私は名ばかりの貴族でして」

「それを言ったら僕も名ばかりだけど。オレンジ色の髪ってあんまりいないよね」


 イクトがそうで珊瑚っぽい色は、青系統が多い帝国貴族では珍しい。

 そして泣いてる少女は赤毛とも金髪とも言えそうなオレンジ色の髪をしていた。


 まぁ、なんにしても迷子だ。

 だってこの宮殿に住んでる子供は男ばかりで、どう見ても今日のお茶会のお客。

 なのにこんなお茶会の会場とは離れた場所で親もなく一人で泣いてるんだし。


「声かけていいかな?」

「…………人を呼んだほうが確かかと思いますが、あちらが気づかれましたよ」


 以前テリーを見つけて問題に発展したのを、イクトも懸念したんだろう。

 けど少女のほうが僕たちに気づいて慌てて目元を拭い始める。


「あぁ、いけないよ。せっかく綺麗なドレスを着て可愛らしくしているのに、目元を腫らしてしまっては大変だろう?」


 僕は言いながらハーティが持たせてくれたハンカチを出す。

 魔法で水を作って濡らし、冷たくして渡した。


「これで目元冷やして。大丈夫、僕は会場への戻り方を知ってるから、君が落ち着いたら案内するよ」


 少女は恥ずかしげに俯いていたけど、ハンカチを受け取ると目元を冷やし始める。


「お恥ずかしい、ところを。ありがとうございます」


 もごもごと話す少女は黙ってるのが気づまりらしい。


「僕のことはアーシャと呼んでくれたらいいよ。君は?」

「私は、親しい者からは、ディオラと」

「僕もディオラと呼んでも?」

「はい、アーシャさまと私も呼ばせていただきます」

「さまはいらないんだけど、ディオラはこっちまで来たってことは庭園見てたの?」


 後で僕の身分知って怒られるのあれなのでさまづけは止めない。

 もしかしたらディオラも知ってて言ってるかもしれないし。


 ディオラは庭園の話題で意気消沈し、よほど迷子で泣いていたのを見られたのが恥ずかしいようだ。

 僕と同じくらいだしそう言うお年頃かもしれない。


「会場の薔薇も立派だけど、こっちの珍しい草花のほうが見てて面白いと僕は思うよ」

「はい、希少なものばかりで、私も図鑑の絵でしか見たことのない花を見つけてつい…………」


 どうやら好奇心旺盛、そして花の話題で少し声が弾んだ。


「どれだろう? キャンディベリーはもう咲いてないか。あ、孔雀の尾羽って言う目玉のような模様の植物は見た? スターダストグラス辺りは今が見ごろかな」


 キャンディベリーはベリーに似た実をつける一年草で蜜を垂らす。

 孔雀の尾羽はその名の通りでヤシの木のようなしだれる大きな葉が特徴だ。

 スターダストグラスは箒星が花の中に落ちたような形だけど、すごく長いおしべとめしべが伸びている。


 どれもこの庭園で育てられてる希少種だった。


「どれも見ておりません。私、ジュエルビーンズを見つけて」

「あぁ、あれはまだ鞘が小さいから、中の豆が見えるまでは秋を待たないといけないよ」


 ジュエルビーンズは見た目ただのエンドウかソラマメ。

 けど割れて中が見えると宝石のように透き通った種子が現われるという植物だ。


「まぁ、アーシャさまはとても博識でいらっしゃるのね」

「いや、庭園に植えてあるものは図書にまとめてあるからそれを見て覚えてただけだよ」


 次テリーに会えたらと思って覚えたんだけどね。

 そうでなくても帝室図書にあり、絵で図解されてるから眺めても面白いんだ。


 そうして喋ってる内にディオラの目元の赤みも引いた。


「あまり離れていても心配されるよ。孔雀の尾羽とスターダストグラス、あと燎原って花くらいは見て戻れるから行こうか」

「は、はい! 燎原は花一つは小さく、けれど火が燃えるように色がうつろい、野生下では群れ咲くためにかつては燎原の火に見間違えられ戦火の発端になったとか」

「僕よりもディオラのほうが博識じゃないか。他にも何か知ってることがあるなら教えてほしいな」

「よ、よろしいのですか? お兄さまは、淑女が知識をひけらかすのは恥だって」

「ひけらかすなら紳士であっても恥だよ。今は僕が聞きたくてディオラにお願いしてるから大丈夫」


 請け負うとディオラは嬉しそうに頬を緩めた。

 どうやら勉強熱心でちょっと喋り出すと勢いがすごいようだ。


「あ、あちらにあるのはクラゲ草ですか? 私クラゲというものが何か知らなかったのですけれど、海を浮かぶ透明な生物だそうで。けれど透明なのにどうしてそのクラゲがいるとわかるのでしょう? 海を泳ぐではなく、浮かぶとはどうして?」


 小一くらいの女の子が一生懸命に話す姿が、僕には微笑ましい。

 後ろから無言でついてくるイクトと同じような目線になってる気がする。


 そうして戻っていると会場のほうから知った顔が現われているのが見えた。


「まぁ、ストラテーグ侯爵さま」

「う、知り合い? だったらもう大丈夫だね」

「アーシャさま?」

「僕は用事があるからこの辺で」

「あ、まさか私のためにご用事を後回しにされて?」

「気にしないで。泣いてる女の子を見ないふりするほどの用事じゃないよ」


 そう言ってる間にストラテーグ侯爵の隣にユーラシオン公爵まで増えた。

 しかも二人揃って僕にまで気づくとか、なんでだよ。


「ネルディオラ姫と…………殿下…………」


 ストラテーグ侯爵、言いたいことはわかるからそんな嫌そうな声を出さないで。

 一年ぶりに顔合わせてそれって、レーヴァンの件が確信犯だってわかりやすすぎるから。


 僕は黙ってディオラの背を押す。


「何故あの殿下といるのだね、ネルディオラ姫?」


 ユーラシオン公爵はあからさまに怪訝だし、こっちもなんで権力者二人そろっているのか聞きたいくらいだけど、関わるだけ面倒だ。


 あと姫ってことはもしかしなくてもディオラってルキウサリア王国のお姫さまだね。

 なるほどお菓子のある屋内からこっちの庭園に抜けていたのか。


「迷っているところを助けていただいたのですが、殿下? アーシャさま?」


 ユーラシオン公爵にちょっとあれな対応をしたので普通どおり喋るのは憚られる。

 あとディオラだけじゃなくストラテーグ侯爵も僕の素の喋りを知ってるから、イクトと共に被弾の恐れがあった。


 ここは黙って微笑むだけにしておこう。


「も、もしかして! 帝国第一皇子殿下!?」


 あ、知らずにさま付けしてたのか。

 まぁ、いいや。

 僕は軽く手を振って背を向ける。


 本当は会場へ向かうべきだけど、ここで一緒に戻るのもきまずい。


「あとで陛下には謝らないと」

「このままお部屋にお戻りになりますか?」


 黙ってついて来ていたイクトが確認して来た。


「主賓のお姫さまと戻っても邪推されそうだし。せっかく相手にされないように装ったのにまたうるさく言われるのもね」

「…………楽しめませんでしたか?」

「僕はイクトたちから話を聞くほうがずっと楽しいよ」

「私もそろそろ話が尽きかけているんですが」

「じゃあ、今度一緒にウェアレルが学生時代にやってしまった失敗について聞きだすのを手伝ってよ」

「ふむ、殿下のご要望とあらば」


 どうやら僕が抜け出すのを止める気はないようだ。

 僕は会場に背を向けてイクトと笑い合い振り返らず戻った。


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