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13話:迷子の姫君3

 皇帝のお茶会という歓迎パーティ当日。

 僕は父からもらった髪粉で頭を黒くして参加した。

 ただ目立ちたくないので、紳士のマナー上、前髪はあげるべきというハーティから逃げて髪は降ろしたまま参加してる。


 実は色が変化してるのは髪だけじゃない。

 目も母似で青かったはずが、いつの間にか金色が散っているんだ。

 父の瞳の色で悪い気はしないけど、あまりいないらしいので隠す方向で行く。


 着ているのは父に貰った青い礼服のほう。

 上着は水色で、ベストは紺色。胸元のリボンも濃く鮮やかな青をしており、ズボンは黒だけど全部に同じ金の縁取りと刺繍が施された手の込んだものだ。


「もっと地味なのが良かったな」

「どうあっても殿下は注目されますので。姿よりも態度を大人しく害なしと思われるよう振る舞うべきかと」


 僕にそう忠告してくれるイクトは、警護として途中まで同行する。


 会場は薔薇の垣根を育ててる庭園の一角で、日時計がある。

 その北に広くはないけど小さくもない棟が建てられていて、室内パーティもできる場所だ。

 その棟の中で飲食し、談笑ついでに帝国が誇る大庭園を眺めるという集まりになる。


「僕は大人しいよ。フラスコの中の誰かと大人しくおしゃべりするくらいだし」

「あれは…………本当に大丈夫なものなのですか?」


 僕と一緒に庭園を徒歩で移動しながらイクトが疑問を呈す。


 フラスコの中の我という何者か。

 幽霊かと聞いても我としか言わないし、どうやら本人も自己認識したばかりらしい。

 フラスコに閉じ込められてるとかいうから出そうとしても、そんなことされたら霧散するって言い出すし。


「わからないから調べるんだよ。錬金術の基本だし」

「あのようなものを生み出すのも錬金術なのですか? 私の知る魔法とも全く違いますし何と分類できないのですが」

「錬金術って名前のとおり金を作るでしょ。あれは結局、本質は同じ物だっていう真理を元に物質を変成させる手法を探るって意味でね。金属に限らず万能薬のエリキシル作る方法も錬金術だし、人間として真理に至って高次の存在になろうっていう神秘の探求も錬金術なんだよ」

「…………殿下が読まれている本には私どもも目を通しているはずなのですが」


 いつもヘルコフは訳がわからないというし、イクトは寓意があると詰まる。

 ウェアレルだけがなんとか僕がやってることと本を見比べてわかる程度の理解度だ。


 理科の基礎知識って大事だね。

 あと文脈の裏とか、行間を読む国語力? 想像力?

 ただあの喋るフラスコの中の我は僕でもわからない。


「心配しなくても錬金術のことは言わないよ。僕にとっても未知数だしね」

「悪意ある者ほど殿下に近寄り盛んに喋るでしょうからお気をつけて」


 なんだか実感の籠った忠告を貰った。


 会場に着いて僕は一人案内される。

 護衛や従者は別の所で待機だ。

 会場の中を見れば各所にイクトと同じ制服が見えた。

 つまり今回の歓迎パーティの会場警備はストラテーグ侯爵率いる宮中警護らしい。


「おや、あちらのお一人でいらっしゃった坊やは?」

「黒髪でお判りでしょう? まさか本当に出て来るなんて…………」


 そして聞こえる声がすでに歓迎とは程遠い。

 なんでこの国で生まれ育った僕がいきなりアウェー?


「陛下はただいまお客さま対応中ですのでお待ちください」


 そして案内も僕一人を置いて持ち場に帰る。

 で、ひそひそ周囲がし始めた。

 親がそれなら一緒に来てる子供たちも同じように僕が誰か、どういう立場かを言い合っている。


 僕にとっても情報として新鮮なんだけど、案外僕がテリーを泣かせたという話が広まっているのには驚いた。

 もちろん虫に驚いてテリーが泣いていた時のことだ。

 その上テリーから目を離して僕に抜剣しようとした宮中警護が宮中を去ったことも僕のせいになってるらしい。

 あれは完全に向こうの落ち度だと思いまーす。


「本日はこのような歓迎をいただき…………」


 そして僕は一人放置されたまま歓迎パーティ始まるし。

 父に僕が来たこと伝えてないな? いい大人が職務放棄ともとれる嫌がらせするなんて。

 ただ僕は大人だから、主賓のルキウサリア王国の国王その人が挨拶する中騒ぎ立てるなんてしない。


 一緒にいるのは王妃と王子と王女だとか。

 ただ大人たちが前にいるから僕から王子だとか王女だとかは見えない。


 そして地味に三度目の目撃である父の妻にして妃、そしてテリーと双子の弟の母親がいる。

 まぁ、初顔合わせの時から戸惑いと僕を扱いかねる様子のあった人だ。

 二十歳にしていきなり三十近い子持ち男の後妻にさせられたことを思えばしょうがないと、僕の中の三十男の部分が頷いてた。


「アーシャ、ここにいたのか。ルキウサリア国王家族に挨拶をしてくれ」


 開会の挨拶が終わって、ルキウサリア国王家族を妃に任せた父がわざわざやってきた。

 いつもの側近の不満顔を見るに、何か皇帝として無理を通してきてしまったのかもしれない。


 それでも行くと何やらルキウサリア国王夫妻がおろおろしている。


「どうされた?」

「これは皇帝陛下。申し訳ございません。子が菓子を取りに屋内に向かったのですが」


 姫のほうが目を離した隙にお菓子に群がっていた他の子に紛れていなくなったそうだ。

 警護に囲まれてるからその内見つかるとは言え、親なら心配して当たり前だろう。


 ここは仕事中の父を煩わせるのもなんだし、僕が大人になろう。

 というわけで父にこっそり囁く。


「陛下、どうぞ賓客の憂いを晴らすことから。僕は後程。あまり離れない場所におります」

「いや、アーシャ。お前も楽しんでくれていい。すまない」


 父はルキウサリア国王夫妻の相手をしに向かう。

 距離を取って端に寄る僕はちょっと困る。


「これほど賑々しい場の楽しみ方も知らない不調法者ですけど」


 聞こえたらしい不満顔のいつもの父の側近が顔を顰めた。

 うん、余計なことは言わないでおこう。

 僕はそこら辺の植物と同じただの飾りです。誰の害にもなりませーん。


 なんて思って静かにしてたらこっちに来る者がいた。

 青い髪で父と同年代くらいの偉そうな人と、その息子だろう紺色の髪の僕と同じくらいの少年の取り合わせ。


「お初にお目にかかる。私はユーラシオン公爵と呼ばれるものだが、ご存じかな?」


 偉そうなおじさんのほうが問いかけて、雑な名乗りを上げる。

 王侯貴族の決まりの上では偉いほうから声をかけ、許されて下は名乗るもの。

 つまり僕がここで名乗るとユーラシオン公爵が上になったことを認めることになる。


 そしてこのユーラシオン公爵がまた面倒な立場の人なのは僕も聞いていた。

 族柄としては父の従兄弟に当たる。

 つまり先代皇帝の弟の息子で、宮殿にいた皇子が死に絶えた時に皇太子候補筆頭に上がったのがこのユーラシオン公爵だったそうだ。

 息子を帝位に就けたいと先代皇帝がごねて父が現われたことで、帝位が遠ざかった人でもある。

 ましてや父は血筋柄ユーラシオン公爵に劣るという、父の足を引っ張る筆頭だった。


「これはご挨拶を…………」


 よし、ラフな対応に見せかけて、ユーラシオン公爵が僕のマウント取りに来たのをそれとなくかわすことにしよう。

 そして僕は無害だとアピールだ。


「どうも…………。そう…………おっしゃるの、でしたら…………僕の、名のりは、不要…………ですね」


 異様に間を置く喋りで、しかも続きがあると見せての溜めに意味はない。

 そして何もない言葉の終わりで相手のやる気をゴリゴリに削ぐ。


 これぞ戦場カメラマンが命を懸けて身につけた処世術!

 なんて思ってたら思いの外近くで盛大にむせる音が聞こえた。


「ぶほっ、ごほ、げほ…………!」


 見ると会場の警護に見覚えのある金髪の無礼者レーヴァンがいる。

 こっちの宮中警護はどうやら首にならず仕事を続けてるらしい。


「へ、陛下。お鎮まりを…………」

「お前も、声、震えてるぞ、ぶふ」


 父もこっちを気にしてたらしい。

 側近と一緒になって震えだしたせいで、周りから奇異の目を向けられてしまっていた。


 かくいうユーラシオン公爵とその息子はぽかんとしてる。

 僕とは本当に初対面で、悪い噂を聞いていたとしても妙な口調は想定外だったんだろう。

 たぶん僕が言った内容も良く頭に入ってないんじゃないかな?

 これはチャンスではなかろうか?


「そちらの…………方は、ご子息…………でしょうか?」

「あ、えぇ、ソート」

「ソ、ソティリオス・バシレオス・ビオノー・ユーラシオン、です」


 ユーラシオン公爵親子は最初のマウントを忘れて、倣い性のように答える。

 僕はそ知らぬふりでニコニコ。

 何もおかしいことなどありませんと言わんばかりに頷いてみせた。


 うん、案外これ使えるかもしれない。

 ただし普段の僕を知らない人限定だ。

 そうじゃないと僕以外の人に被害が出てしまうようだった。


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