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12話:迷子の姫君2

 ひと月後に公式行事へ参加することになった僕は、ハーティによるマナーレッスンを増やされた。


 ルキウサリア王国という相手国の歴史や現状の勉強も増えてる。

 学園王国とも言われるルキウサリアは学園都市を中心に発展した国だそうだ。

 人を集め学ばせ、知を探求させることでまた人を集める。

 人の出入りと知識の集積場所という役割によって成り立つ人間の国だった。

 帝国領の南、大陸中央部にあり、帝国貴族の子弟は男女問わず箔付けに一年は学びに赴く場所だ。


「そうか、そう言えばこの錬金術道具ってルキウサリアから運ばれて来たんだよね」


 僕は今実験室になって二年のエメラルドの間にいる。

 複数の部屋からなるエメラルドの間には、実験部屋や保管部屋など用途は違うけど錬金術道具がいっぱいだ。

 元はルキウサリアにある学園の廃棄品なのだそう。


 この世界のいいところは電気の代わりが魔力でできること。

 つまり魔力さえ溜めておけば実験道具は僕がいなくても稼働するし、それを前提とした安全装置も器具にはついている。


「蒸留装置とかから炊きは怖いけど時間かかるしね。考えた人すごいな」


 なのにどうもこれは一般流通していないらしく、あくまで専門器具扱い。

 複数ある炉なんて、金属を扱うにしても蒸留用にしても消臭や排気の機構が魔法でついてるのに。


 そんなことを庶民感覚で考えているとノックがされ、応じればウェアレルが顔を出す。


「アーシャさま、新しい本をお持ちしました」

「ありがとう」


 以前目立たないために図書を借りるのは控えると言ったけど、錬金術関連は別で借りても趣味としか思われないらしいので継続して借りていた。


 難解で広まってないことや、金を作るというイメージ先行で王侯貴族からは優雅でないと不人気なんだ。

 せっかく人間が作り出した技術体系なのに、本当にもったいない。


「そちらは、なんだかわかりそうですか?」


 ウェアレルが言うのは一つのまんまるなフラスコ。

 口も短くて底も丸いから、三つ足の台に嵌めて置いてある。


 その中には微かに光る何かが漂っていた。

 中はほぼ真空にしてあるから空気の流れなんてないのに揺れており、煙にしてはおかしい。

 今のところ正体不明の物体だ。


「僕は空気を分解しただけのはずだったんだよ。で、分けて行ったらこれが残ったんだ。何かと言われたら、空気を細かく微細にしていった結果の残り物ってところかな」


 ただの科学実験のはずが、最後に何かが残ったのは魔法のある世界だからだろうか。

 その何かを水に入れてみたり、こうして真空に近いフラスコに入れてみたりとさらに実験を施した。

 結果、ほぼ反応が変わらないという凡そ物理では説明できない現象が起きている。


「いやぁ、まずおかしいと気づける殿下の慧眼恐れ入るってところでしょう」

「それよりも空気を分解してみようという発想の妙こそ非凡ですよ」


 ここにはヘルコフとイクトもいて、僕が実験しているのを見守っていた。

 ハーティはいったん家に帰ってるので不在だ。


 僕は今公式行事参加のためのお勉強を詰め込んでいる間の休憩だけど、気になるからウェアレルに本を借りて来てもらっていた。


「うーん、魔素かなとは思ってるけど」

「魔素。なるほど、確かにあるとは言われていますが未だに可視化に成功した例はありません。空気を分解することで残る非実体となれば確かに可能性はあるでしょう」


 ウェアレルは理解してくれたけど、魔法使えても専門でないヘルコフとイクトはいまいちわからない顔。


 僕は本を捲りながら説明してみる。


「魔力って一口に言っても種類があるんだよ。世界には魔素やマナって呼ばれる魔法の大本があるって言われてる。エルフやドワーフはこの魔素の濃い地域を好んで住処にすると言われていて、そこでは魔法の威力が格段に上がるんだ。同時に魔素に満ちているせいで予想外の現象も多く起こるって本には書いてあったよ」


 以前補足として詳しい事例を、エルフとのハーフのウェアレルが教えてくれた。

 その時のことを覚えているらしく、緑の被毛に覆われた尻尾が嬉しげに揺れる。


「マナの地は幸運をもたらすとも言われています。マナを上手く扱うことができれば天候をも左右できるとエルフは語りますね」

「うん、そして元から生物が生まれ持ったものは魔力やオドと呼ばれる。これは大なり小なり生命が生まれながらに持っている力で、肉体の中で生成されるって考えられてる。魔力は魔法の訓練で知覚できるようになるって言われてるでしょ?」


 すると水の魔法が使えるイクトが頷いた。


「そうですね、魔法を使う際はまず自身の魔力を知覚するところから。資質によりますが、ひとによっては他人の魔力も感じ取れるとか」

「そう。そのオドに対してマナは影響を受けて何かが変容した時初めて知覚されるんだ」


 イクトに答えるとウェアレルが両手を握り締める。


「つまり! もし本当にこれが魔素であるなら! 大変な発見なんです!」

「落ち着け。殿下が言ったこと忘れたか? 目立たず大人しくだ」


 ヘルコフが分厚い肉球のついた手でウェアレルを宥めるためか撫で始めた。


「うん、何かは知りたいけど発表する気はないかな。これだけ簡単に見つかるなら、僕が言わなくてもその内誰かが見つけるだろうし」


 本を捲っても魔素についての記述に目を走らせる。

 けれど内容は目に見えないけれどあるものとして、精神と霊の話に移ってしまった。


 肉体は物質で、そこに宿る精神も物質に帰属する目に見えないもの。

 ただ霊は肉体に宿ってはいても別の次元に帰属するもので、その別の次元は神に至るとか宗教的な話だ。


「このまま才能を死蔵することはあっても潰えることはないでしょう。殿下は私たちが何を言う前に自ら錬金術に興味を示された」


 イクトが声を潜めて何やら言っている。

 僕が本を読むふりで見ると、側近たちが顔を寄せ合っていた。


「争わない姿勢は大した自制心だとは思うが、場合によっちゃ一歩出ることで自分の立場を確立するってこともありだろ。自衛のためにもよ」


 何やら過激なこと言うヘルコフにウェアレルが頷く。


「しっかりしてらっしゃってもまだアーシャさまは七歳。独り立ちには早いです。成人を早めて早くに宮殿から出そうとする動きもありましたし」


 そんな動きあるんだ?

 だったらちょっと僕すごいんだぞと主張するのはありだな。

 それで今以上に放っておいてくれるならだけど。


 僕の意志に関係なく政略は転がっていく。

 それはちょっといただけない。

 皇子として生まれたからにはと言われたら黙るしかないけど、皇子として扱われてないのに責任だけ押しつけられても困る。


 いや、まず僕に自覚ないのが駄目なのかな?

 けど今の立場と関係ないけど、前世は捨てられないし。

 そもそもなんで僕が皇子なんだか。

 あれ、皇子がたまたま僕だった? あ、これは肉体の話か。

 そう考えると僕の精神は前世とどう違うんだろう? いっそ違わないのかな。


「…………我思うゆえに我あり、か」


 そんな哲学があった。

 否定しても考えてる自分がいるんだから自分を否定しきることはできないっていう。

 それで言えば肉体が違っても、精神として連続性があるなら今の僕も前世と同じ僕だ。


(是なり)


「うん!?」

「どうされました?」


 僕が跳びあがるほど驚くと、イクトがすぐに剣を握って寄ってくる。

 僕は空耳のような声にも驚いたけど、イクトのその反応にも内心驚く。

 しかもどうやら他には聞こえていないらしい。


(我思うゆえに我あり。我はここにある)


 誰かの声とも呟きともつかない声が僕には聞こえていた。

 側近を見ても反応はなし。

 これは僕しか聞こえていないと考えていいようだ。


「誰?」


 片手で側近たちを制して問いかけると、思わぬところから答えが返った。


(我という自己を肯定し、我あれりと解釈す。故に我はあるもの。フラスコに閉じ込められしもの)


 言われて、煙が声と一緒に揺れていることに気づく。

 うん、どう考えてもこれだ。


「…………えー? 僕もしかして幽霊でも捕まえた?」


 思わずがっかりしてしまう。

 何せ王族の住んでた部屋で幽霊となれば親戚でしかない。


 何より魔素だったら実験に使ったけど、意識がある相手を勝手に実験素材にするのはためらわれた。


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