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84話:将軍との足並み4

 僕が軟禁状態で育ったと言ったら、徐々にワゲリス将軍の顔が険しくなった。


「…………お前、なんでこの出兵に賛成した?」

「それが一番都合が良かったから」


 敵の手に乗る形だけど、益があるなら乗ってやろうじゃないか。

 僕にはそれしかできないし。


「誰の都合だ?」

「僕だよ」


 ワゲリス将軍の鼻息が荒い。

 怒ってるらしいけど知らないよ。

 軍事行動で割り食ってるっていうけど、そこは仕事として割り切ってもらわないと困る。

 国が決定して国に所属する軍人なんだから。


 文句があるならこんな所で僕に言うんじゃなく、利用しようと決めた公爵たちの動きを自ら掴んで止めなきゃいけなかった。

 巻き込まれた分割を食うのなんて当たり前だ。

 それが人の思惑のぶつかり合いという政治なんだから。


 これは後手に回って巻き込まれまくった僕の経験。


「てめぇは…………!」

「あ、待って。イクト、外に誰かいる」


 セフィラが警告したのは、こちらを窺う様子がある何者か。

 僕の天幕って基本人が近寄らないし、周辺にいるのはほぼ人足だ。

 武官なんかも用事がないと来ないし、近衛だってそうだった。


 そしてセフィラがイクトなら顔を知る者だと言っているので、行ってもらうことに。


「失礼します、アーシャ殿下。こちらの者の話をお聞きしていただきたい」


 ほどなく戻って来たイクトが連れて来たのは、見覚えのある青年だった。


「え、なんでいるの!?」


 思わず聞いてしまう。

 だってその青年は宮殿で顔を合わせていた相手で、庭園で見習いをしている庭師だ。


 僕の声に庭師見習いは顔を赤くする。


「庭師の仕事はどうしたの? 何かあった?」

「いえ、そんな、あの、俺みたいなの覚えていていただいて…………へへ」


 錬金術の素材とか、お酒の香料とかの採取であれだけ顔合わせてたら覚えてるよ。


「庭師は大丈夫です。別に師匠と喧嘩とかじゃないです。従軍終わったら戻るんで。その、実は第一皇子殿下が出兵って聞いて、何かできないかと。師匠は歳ですし、他も所帯持ちで。だったら一人身で若い俺かなと」


 どうやら僕のために従軍をしてくれたという。

 言葉を交わすだけで特に何かしたわけじゃないのに、びっくりしてしまう。


「っていっても人足しかできなかったんですけど。その、ちょっと…………」


 言いにくそうに見習いくんが見るのはワゲリス将軍。


 僕も視線を向けたら睨み返された。

 もしかして怯えてる?

 いや、ワゲリス将軍には言いにくいことかな?


「イクト?」

「先ほど話していた近衛の反乱について、密告です」

「うぇ、え? 言っちゃうんすか?」


 庭師の見習いくんが動揺して、涼しい顔のイクトとワゲリス将軍を見比べる。


「あ、大丈夫。ちょうど今その話してたところだから」

「そう、っすか。なんか、お邪魔してすみません」

「謝ることないよ。こっちも知ったばかりで情報少なくて困ってたんだ」


 そういうと気を取り直す様子を見せる。


「そういうことなら」


 見習いくんが言うには、人足に反乱の誘いがあっているという。

 曰く、僕が軍事行動に我儘を差し挟む。

 そのせいで計画どおりに行かず、このままではいつ死地に飛び込まされるかわからない。

 元から素行が悪く、今回もそんな僕を帝都から追い出し、帰らせないための出兵。

 いっそ僕を排除しても問題にはならないし、皇子が亡くなれば兵を出している意味もなくなるから帰る見込みも立つ。

 だからここで立つのは国を思う義挙だと。


「本っ当! ふざけたことぬかしやがって! 第一皇子殿下が我儘なら、嫌がらせしてる貴族のお偉いさんはなんだってんだ!」

「落ち着いて、落ち着いて。えっと、もしかして僕が色々貰ってることで上から何か言われてた? ごめんね、迷惑かからないようにしてたつもりなんだけど」

「いいっすよあれくらい! っていうか皇帝の庭で皇帝の息子に花の一つもやらないとかふざけんなって話でしょう!?」


 なんか鬱憤溜まってたらしい。

 これは帰ったら庭師のほうにも話を、いや、上が誰かをまず調べるべきか。


「うん、今は近衛のほうが先決だね。人足にまでってことは、近衛に謹慎させる程度じゃ収まらなくなる」

「反乱したってんなら、身分ない奴は即座に斬首だぞ」


 ワゲリス将軍が無慈悲に告げた。


 この国の最高刑は死刑でほとんどやらない。

 けど軍の中での罰は違う。

 軍が動いてるってことはそれだけ戦いが近いってことで、そのために足並み揃えて行かなきゃならない。

 だから見せしめと逃亡抑制で、その場の判断で殺すことも厭わないし許される。

 必要な措置であり戦うということの難しさでもあるんだろう。


 その辺りは僕もヘルコフに教えてもらってる。


「俺らの組は誰も乗ってないっす!」


 見習いくんが慌てて弁明した。


「第一皇子殿下が薬出してくれて助かった奴もいるし、盗賊に襲われたことある奴は軍止めてまで助けてくれたって感動してたんすから!」

「ちなみに、あなた方を誘いに来た近衛とはどの階級の?」


 ウェアレルが実務的なことを聞くけど、見習いくんは困ってしまう。


「階級はちょっとわかんないっすけど、同じ平民だって。上も怒って乗り気だから大丈夫とか、将軍だって邪魔だと思ってるから罰されないとか言ってて」

「ふざけんな。邪魔だからってこっちが軍紀乱してどうすんだ。反乱自体が軍律違反の大罪だ。やるんだったらふんじばってとっとと帝都に送り返してやるわ!」


 邪魔なのは否定しないワゲリス将軍。

 いや、お互いさまだからいいけどね。


 近衛も軍人の中ではエリートだ。

 けど軍という組織で雑用を担う者も必要だから、近衛には従卒という平民出身の兵がいる。

 貴族出身で皇帝に直接仕えるって特権意識のある近衛が動いたのかと思ったけど、そこは従卒に当たらせていたようだ。


「あの、本当に全員処刑っすか?」

「それはしないから大丈夫。近衛は僕の管轄だから、反乱は事前にわかったし止めれば処刑する理由もないしね」


 言っても不安そうな見習いくんは、迷った末に聞いて来た。


「…………第一皇子殿下は、それでいいんですか? 宮殿出ても、まだ我慢しなきゃいけないんっすか?」

「我慢っていうより、そういう役割だから。君も不満のある庭園管理の誰かに従うのは仕事だからでしょう? そこには我慢もあるけど、自分が担う仕事があるとわかっているからじゃない?」


 僕は見習いくんにわかりやすく考えながら喋る。


「近衛兵は僕が皇帝陛下から借りているんだ。失態を犯して処分したとなれば、それは陛下の瑕疵と見なす者が現われる。皇帝としての力を疑われる。皇子である僕が、そのきっかけを作るわけにはいかないんだよ」


 見習いくんは質問したことを後悔するように俯く。

 腹を立てて声を上げて、それで解決するならそうする。

 けどその後にもっと嫌な問題が起こってしまうことがわかる分、軽挙はできない。


「…………つまりは親父のためか」


 ワゲリス将軍の言葉に、僕は耳を疑った。

 いや、親父って言葉知ってるし前世でもそう呼ぶ人いたけど、転生してからは初めてだし相手は皇帝だし。

 なんだか妙に落ち着かない気分になる。


 僕が驚いているとワゲリス将軍はそっぽを向いて続けた。


「向こうは数集めて本気だ。人足が乗らなくても武器持ってる向こうのほうがそこの奴らより数が多いぞ。もう呼び出してどうのなんて段階は越えてる。どうするつもりだ?」


 確かに少数が計画してるくらいならと思ったけど、すでに動くこと決定で勧誘までしてる。

 しかも従卒が上と言ったし、トイレ横で密談してたのはその上と呼ばれる将校クラスの近侍。

 近衛を纏められる者が、武器を持って立とうとしてる。

 これははっきり手を打って挫かないと、それこそ皇子としての面目が立たない事態だ。


 そして僕に振るワゲリス将軍は、どうやら今回のことで我を通すことはしないようだった。


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