<< 前へ次へ >>  更新
10/62

9話:侯爵の手4

「余計な人はいらないんだけどな」


 僕は部屋に戻って来てぼやいた。

 すでに堅苦しい服装は着替えたので、できればこのまま錬金術やりたいけどそうもいかない。


 器具だけは揃ってるから使ってみたいのばっかりだ。

 水上置換法とか理科知識で使える物もあるけど、何を置換するかが問題だ。

 その辺りも細々自分で試行錯誤をする必要がある。

 だから時間が欲しいんだけど、そういうわけにもいかないようだ。


 だってイクトが説明してる声を聞いて、ハーティは泣きだしてしまった。

 ウェアレルはすごく顔が渋いし、表情のわかりにくいヘルコフが牙を剥きだして唸ってる。


「イクト、その宮中警護の訓練かなんかに俺は入り込めないか?」

「残念ながら。顔は覚えていますので私がやりますよ」


 また何かする気だぁ。

 警護はほぼ見てただけだと思うんだけどなぁ。

 いや、そう言えば僕がドアの前で押し問答してたの無視してたのか。


「アーシャさまは陛下のご子息です! なのに、何故父である陛下にお会いするのを邪魔をされなければならないと!? これ以上何を我慢させるのです!」


 ハーティはハンカチを握り締めて泣いて悔しがる。

 普通の六歳児なら母も死に、父も多忙でほぼ会えずとなれば憐れな身の上だ。

 その叔母であるハーティが僕を思ってくれるのはわかる。


 ただ申し訳ないけど成人済みのあまり家族関係のよろしくなかった前世のせいで、現状にまったく不満はない。

 確かに六歳児として父ともっと交流したいとは思うけど、周囲に無理を通して、父の邪魔をしてまでではない。


「僕は大丈夫だよ、ハーティ。それに今回得るものはあった」


 わからない顔の側近たちに、イクトだけが苦笑する。


「今回のことで陛下が僕と緊急の連絡のための要綱を作ってくれるって」

「それは、はは。アーシャさまの機転は素晴らしいですね。私にはまねできないでしょう」


 ウェアレルは驚いた後に笑う。


 服を脱ぐのは子供だからできたことだし、たぶん僕も三十のいい大人だったら他の手を考えたよ。


「そのせいでストラテーグ侯爵には目をつけられたかもしれないけどね」

「増員という話でしたな。だったら問題ないのでは?」


 ヘルコフが牙をしまって言う。


 今いるのは金の間で、一番広い控えの間。

 ほとんど使わないけど出入り口が近く、階段に通じる扉を鉤爪のついた指でヘルコフは指す。


「ここは外と通じる階段が四つ。内部に三つ、外に一つ。その外の階段に面した扉は二つ。四、五人送り込まれても、階段周辺に突っ立たせておけばいいでしょう」


 内装として金の間、青の間、赤の間、エメラルドの間と四つの区切りがある。

 そこは別世帯がそれぞれ暮らしてていたようで四つ外に通じる階段がそれぞれにあった。


 まぁ、それだけ階段あるのに父との面会に使える階段が外の一つだけって、本当に悪意ある配置の場所に僕を押し込めたものだ。

 広くて錬金術の機材入れてなんら問題ないからいいんだけどね。


「できればエメラルドの間には入ってほしくないな。ビーカーいっぱいあるし」


 あとフラスコも。

 僕の頭より大きな丸型フラスコとか前世でも見たことなかったものがある。

 錬金術を覚えたらそのうち使ってみたいんだ。

 そういうのはエメラルドの間にまとめておいてあり、下手に武装した人間に動かれて割られたら大変。


 学校で理科係をやった時に、実験後に試験管にひびが入ってないかチェック手伝った覚えもあるし、小さなひびから破裂なんてことにもなるって聞いてる。


「たぶん四人も回されないでしょう。宮中警護はそれなりの生まれの者の集まり。誰も目立つ場所で華々しく仕事をしたいものですから」


 イクトがすまし顔で言う。


 つまり継承権が低い上に宮中警護のトップであるストラテーグ侯爵に睨まれた僕の相手なんかでキャリアを無駄にしたくないと。

 まぁ、順当な推論だね。


「…………逆かもしれませんね」

「ウェアレル?」

「ストラテーグ侯爵の肝入りを送り込む可能性も考えるべきかと」


 ウェアレルは警戒する様子だけど僕は首を捻る。


「僕にそれだけの価値ってある?」

「陛下は、確かにアーシャさまを愛しておられます」


 ハーティが僕の手を握って強く言い切った。

 まだ目には涙が浮かんでいるけど嘘偽りなく真っ直ぐ視線だ。


「うん、知ってる。けどそれならきっと、弟たちのほうも一緒だ」


 そう、僕は今や弟が三人になってる。

 その三人よりも継承権が下になったんだ。


 つまり帝位に近づきたい者にとって僕はあまり旨味のない皇子のはず。


「ストラテーグ侯爵の耳に入ることといえば、昨年の弟君とのことくらいでしょうか」


 イクトがちょっとばつが悪そうに告げる。

 僕に剣を向けようとした宮中警護がいたあの一件だ。

 聞けば父も怒ってテリーの警護から彼らは外され、中には失態を犯したとして宮中を去った者もいるらしい。


「それは警護側のことで僕関係なくない?」

「きっと、その時に立った噂を気にしているのでしょう」


 ハーティが渋い顔で僕の楽観を戒める。


 僕がテリーに害をなしたとか、皇帝は不遇の長男を溺愛してるとか噂なんだって。

 けど一番はきっと僕が帝位を狙っているというものだろう。

 錬金術をやりつつ引き篭もってたのに、本当にひどい疑心暗鬼だ。


 僕が狙ってなくても狙ってるんじゃないかと思った大人たちの猜疑心は深まるばかりだという。

 それでストラテーグ侯爵も肝入りを送り込むって?


「その場合、ストラテーグ侯爵は僕に野心があると見てとめる? それとも利用する?」

「政治に詳しくはないが、今の権力保持して育てるなら陛下の治世を盤石にするでしょうな。そう考えれば、後ろ盾の弱い殿下が前に出ることはあまり喜ばんか」


 ヘルコフは自答するように顎を撫でながら呟く。


 これだけ話して僕自身とストラテーグ侯爵に接点は上がらない。

 そう考えるとやっぱり変な勘繰りをしてそうだ。

 そしてその真偽をストラテーグ侯爵自身わからない。

 だから信頼できる情報を得るためにも手の者を送り込むという可能性は高くなる。


「ってことは大人しくしてたらその内また放っておいてくれるかな?」

「手の者であれば、ほとんど仕事もないここで立たせておくのも無駄ですからね」


 イクトが言うには少しの間邪魔者が入り込むけど、それを我慢すればいいだけのようだ。


 そんな風に思ってたある日。


「私をストラテーグ侯爵が呼んでいる?」

「本人確認が必要な書類があるらしくてぇ。いやぁ、トトスさんが勤務時間より前にこっち移動してるから俺無闇に捜しましたよぉ」


 イクトを呼びに宮中警護の者が軽い口調で話しているのが聞こえる。

 扉を開けたまま喋ってるのは、相手がイクトが出る前に部屋の前に立ったから閉めようがないんだ。


 僕から見えるのは二十代前半の若い顔で、金髪が見えたと思ったら、不躾に室内を見る黒い目が特徴的だった。

 この世界、色素の濃淡で体色に法則がある地球とは、別の理屈らしい。


「では向かう。君も…………」

「あ、俺は一人しかいない警護のトトスさんに代わって皇子さま守るように言われてるんで、どうぞどうぞ」


 出て扉を閉めようとしたイクトと入れ替わるようにするりと入ってくる。


「どうも。というわけで警護するレーヴァン・ダフネ・ヤーニ・ミルドアディスです、よろしくぅ」


 害意ないような軽い口調で名乗るレーヴァン。

 けれど僕は入室を許可してないし発言も許してない。

 これは完全にマナー違反だ。


 というかあからさまに僕を目下扱いしてると思うべきだろう。

 このレーヴァンをあえて送って来たとしたら、予想以上にストラテーグ侯爵も嫌な人選をしてくれた。


 これは売られた喧嘩にしても舐めている。

 ちょっと我慢しようと思ったけど、こういう手合いは我慢するだけ増長するだろう。

 様子見するだけ相手が勝手をする気がした。

 さて、どうやって早々に追い返そうかな?


毎日更新

次回:侯爵の手5

<< 前へ次へ >>目次  更新