美少女(はぁ?)の悲劇

作者: 昼行灯

昼行灯の人生が小説になりました。

タイトル『昼行灯の悲劇』

あらすじ

目が覚めたら美少女になっていた昼行灯は、ひょんなことからマンションの権利を手に入れ・・・

という内容のお題から作られた小説。

 誤字、脱字おかしな表現などを見つけたらご報告いただけると幸いです。反映には時間がかかると思いますが。

 さて、ここである人間の話をしよう。そう、彼は平凡な男だった。あえて他者との違いを上げるならば、それは平均よりも秀でたところが無いということだろうか。全ての偏差値は五十弱で、特段努力もせずに毎日だらだらと過ごしている。大学にこそ通っているが友人は少なく、授業も欠席日数を計算するのが面倒くさいという理由で出席だけして寝て過ごす毎日だ。座右の銘は果報は寝て待てで、将来の夢は植物に成って何も食べずに眠って暮らすことという、怠惰コンテストがあればもしかしたら日本代表候補位まではいけるのではと思わせる程度にはどうしようもない男だった。

 そんな男だった、だったのだ。


 運命のその日、彼が抱いたはじめの違和感は視点だった。足の踏み場は扉から布団までの通路という所謂掃除が出来ない奴の部屋、少し黄ばんだカーテンを通して光が差す中のこと。目覚ましなどとうに壊れ、体内時計のみで万年床から這い出した彼が寝室の扉を開けようとするといつもより視点が低いような気がした。普段は目線の少し下にある扉のシミが、目線と同じ高さにある。

(猫背は、直したほうがいいよな……)

 打って変わってリビングは床にものは落ちていない。狭いリビングに四角いテーブルと椅子、テーブルの上に少々の調味料とシリアルしかおらず、物が少ないから散らかし用がない部屋だ。いつものシリアルをテーブルから取り、牛乳をかけずにそのまま食べる。テレビは集金がうるさいから捨ててしまったので、壁掛け時計が唯一時間を知る手段だ。

(たしか、三十分遅れてるから、今は……あと三十分で行かないとな。働かなくていい方法はないものか。不労所得、マンションとかいいかな)

 さて、彼は台所から三週間ほど水洗いしかしていないコップに水道水を入れて飲む。飲んだ後は口をゆすいで歯磨きの代わりとした。一度混沌の寝室に戻り、今日来ていく服を探す。

(これ、昨日も着たけどこれでいいか。そろそろ洗濯しないと……まぁ冬だし多少はね)



大学、通常学問をするための人間が門を叩き補助として自ら研究を行っている先達やプロフェッショナルを利用して自ら学習する場所――という名目で残り少ないモラトリアムに興じるために通うのが一般的な場所だ。当然昨日と同じ服を着た人間にとっても同じことでまじめに勉学するつもりはなくただ惰性と世間体、後は就職よりは楽という考えで通っている。そんな人間にも友人というのは居る。そういうわけで銀杏の葉が落ちきって踏みつけられ、汚い押し花のようになった道で、その人間はふと見かけたほとんど同じ講義をとっている友人に今日の時間割を聞くことにした。

「おい、今日の時間割ってなんだっけ。なんか小テストとかあったか?」

 声を出した瞬間に違和感に襲われる人間がいた。当然声を出した当人その人である。

(うん? 声が……風邪でも引いて鼻が詰まってるのか?)

 声をかけられた青年はこちらをちらりと見て妙な人にあったと顔をしかめる。しばらくしてヘラヘラと笑い出した。

「え? えっと。そうですね……俺貴方の取ってる授業知らないので……人違いでは?」

「あ? 何だエイプリルフールには早くないか?」

 青年は少し考えこんでからまじまじと顔を見て、そして首をひねる。

「いえ……あー! お前か! 声違げーし女と見間違えたぞ」

「はぁ? お前二次元が脳にまで侵食したか? 微分してもお前は二次元にはいけないぞ」

「いやいや、まじで。やっぱお前声違くね? 服でわかったけど」

「ああ、なんか調子が悪いみたいだな。あと服はそろそろ洗うから放っとけ」


 今日の講義のすり合わせとテストの告知はなかったということを確認してから講義棟に到着した二人してトイレに立った。そこで声の調子が悪いと言っていた人間は決定的な違和感、むしろ異常に気付いた。

「おい! なんかあれだ、あれがねぇぞ! は、え、女? 夢か!」

「はぁ? 何言ってんだお前。調子が悪いなら病院行けや」

 青年はこちらを見ずにそう告げた。そして人間、自称彼こと彼女は頷いた。

「おう。行くわ。代返よろしく」

「ん? そうか。気をつけて行ってこいよ。精神科に行くのもいいんじゃないか?」



 大学から一番近い総合病院、そこには多くのご老体とご老体と、ご老体、そして最後に男物の二日ほど洗濯していない服を着た青年期の女性がいた。大学病院としてはそこそこ有名で、この前何かを発見して表彰されるとかなんだとかの先生が居る病院だ。ネットの掲示板によるとそれに危機感を覚えた他の医者が割としっかりした診療をしてくれると話題になっていた。


「それで、あなたはいつの間にか女性になっていたと、そういうことですか」

「ああ。いえ、そうです。なんとか治りませんか? それともこのままマイサンは消えて無くなってしまう運命なのでしょうか」

 レントゲンの写真を貼るのだろう発光している板の前、回転する椅子に座り白衣の前を開けているメタボ気味の医師は女性の目を見て話し始める。

「そうですね――」

 医師曰く、もしかしたら治るかもしれないが、その前に思っている病気と一致するか血液採取をして検査したいとの事だった。付け加えると、最初にここに来たのは幸運だったらしい。もしも医師の思った通りのものならここ以外では発見されないだろうし、思い至っても検査方法がないという。午後までに結果を出すから13:00程にもう一度来てもらえるか言われ、問題ないのでその頃にもう一度来ると告げた彼女は診療室を出て行った。

「ふ、ふふ。もしも()()なら私にも運が向いてきたということだ。この被験体は誰にもわたさんぞ……あの野郎に私も続く、いや巻き返して私が私こそが……ふふふふふ」


「先生、どうでしたか?」

 指定された時間に戻ってきた女性は疲れたように不気味にニヤついている医師へ話しかけた。医師は検査結果が出ているのであろうか見から目を離さない。

「ふふ、ええ、私の考え通りでした。まずはいいお話からしましょうか」

 そこで顔を上げ、女性の目を覗きこんだ。

「まず、あなたは治るでしょう。ええ、今までのように男性として生きて行けます」

「ほ、本当ですか!」

 喜ぶ女性に手のひらを向けて落ち着かせた医師はですが、と続ける。

「すぐには治りません。幸いなことにこの病院には貴方の病気に対するワクチンを作る設備と手順があります。が、その前にその病気はとても珍しいものだと言う話をさせてください」

 さてさて、医師曰く女性の病気は非常に珍しくその症例は世界中で片手に収まるほどしか確認されたことがないらしい。正確にはもっと多くの患者がいるだろうが、そのほとんどは幼少期に発症するなどして一部の精神疾患にまぎれているのだとか。だが、この前に発表された論文でその病気について触れられて、その病気にかかった人間を治療する方法まで書かれたのだという。しかし世にも奇妙なこの病気、発症例が少なすぎてその方法が普遍的な方法なのかという再現性が取れていないらしい。とりあえず治療は注射と内服薬で、注射の痛み以上に痛いことは多分無いとの事だった。

「貴方の治療を私に任せて頂けるならタダで行います。いやむしろこちらからお金を払わせてもらいますから私に任せて頂きたいのです。その代わりに治療経過の観察と記録、血液などの体液のサンプルの記録を取らせて頂きたいのです」

「はぁ、よくわかりませんがなるべく速く直して頂けるのでしたら問題ありません。その条件でいいです」

「そうですか! ならとりあえず……これを」

 と、女性に渡されたのは一本の鍵だった。そして、既に用意してあったその鍵が使える住所の書かれた紙も渡された。

「それはマンションの鍵です。暫くはそこに住んで頂きたいのですが、一応高級マンションなので不自由はないでしょう。治療が終わるまでにはそこはあなたにあげます。暫くは人目につかない生活をしてくださいね」

 医師はさらに荷物をまとめて急いで帰るような準備をしていた。

(ああ、大人の医師でもやることは今の俺と同じなのかもな)

「ところで、どのくらいで治るのでしょうか」

「え? えー、そうですね。確約はできませんがおそらく外見が戻るのは治療開始から一週間。声や内蔵、身長が戻るのは一月ほどでしょうかね。局部が戻るのはもう少し先ですね。病気の原因が完全に除去できるのは半年から一年くらいでしょう。この頃には完治しています」



(ここって大学からも見える高級マンションじゃないか! しかもこの鍵最上階かよ……他人に貸して不労所得ーとか思ってたけど貸すにしても大変そうだな)

 そこはかとない高級感が漂うエントランスは成金のような不快感を与えることはなかった。そこを通り過ぎた女性はエレベーターに乗り、鍵に書かれた番号を見ながらエレベーターのボタンを押した。

(はー、大きいマンションだとエレベーターが何台もあるのか)


 マンションの一室、これからは彼女の私室となる場所で、彼女は悩んでいた。服を着替えたいが、着替える先が無いという問題に直面したからだ。暫く考えた結果、明日一度自分の家に戻って服を取ってくることにした。不快ではあるがこれから外にでるのは不快以上に面倒くさかった。

 女性は着替えこそしないがとりあえずシャワーをあびることにした。嫌な汗もかいたし、なんとなく自分が臭いように感じたからだ。彼女は面倒くさがりではあるが人並みに不快感を持っている。なので、裸になり、シャワーがちょうどいい温度になるまで待ってから浴びていると、突然チャイムが鳴った。

(ん? あの医師が帰って来たか? いや、帰ってきたというのもおかしいのか、ここはこれから俺の家になるのだから……)

 シャワーを浴びている最中だったのですぐには出れないが、あの医師もここの鍵は持っているだろうし問題はないと思いながら体を拭いていると、インターホンに加えて玄関のドアを叩く音も加わった。急いで服を着ながら返事を返す。

「はいはーい。いま出ますよー。ったく」


 流石に怖くなった女性は玄関のドアガード、所謂U字ロックをしてから開けたところそこにいたのは警察官だった。

「すみません、(わたくし)こういう者ですが……」

 そう言って胸元から警察手帳と家宅捜索令状らしきものを出した警察官は、玄関を開けるように要求してきた。訳が解らないながらも仕方がないので玄関を開けると何人かの警官が突入してきた。

「は、え? なんすか一体」

「すみませんがあなたにも署へご同行願います」




 さて、何でもあまりにも不審な動きをしている医師を見た看護婦が警察に通報したらしい。偶然にもその時家にいた女性――すでに男性なのだが――を確保したらしい。なんでも医師は焦りから違法薬物を使用していたらしく、元々警察にマークされていたところに、不審な通報があったために突入したのだという。そんな違法薬物とか言われているところにいる見知らぬ女性がいたらどのように警察は考えるのか……当然、元彼女、現彼は薬物調査と厳しい尋問を受けた。もちろんその結果は白だったし、厳しい尋問もぼっちとして培ったスルー力で乗り切り無事に釈放された。しかし、治療は有名だという人間に引き継がれて成功したものの完治は少し遅れてしまった。逆に言うならその程度以上のダメージはなかったのだが、少なくとも彼にとっては十分以上に労力を払うことになった悲劇として感じられた。


 そして、今日も彼は少し前までの日常とそしてこれから卒業するまでの日常と同じ生活を続けてる。


 黄ばんだカーテンから差す光が万年床に横たわる青年の顔に当たり、ごちゃごちゃした部屋の中を照らしていた。壊れた目覚まし時計はすでにゴミ箱に送られていたが、ゴミ箱からゴミ捨て場に動かされるまでは今少しの時間が必要なようだ。布団の中の青年は寝室からリビングへ向かうための扉に向かって這い出してしみじみと考える。

(あー、植物になって光合成したい。動きたくない。不労所得がほしい)

 悲劇とか思いつきません。大学病院はその後一時期繁盛したものの、しばらくしたら元に戻ったそうな。なお主人公(?)は留年しませんでしたが、警察に連れて行かれたことが大学に知れて白い目で見られました。本人的にはあまり変わらないとのことですが。