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#30 召喚、そして白虎。


「闇属性の召喚魔法は、まず魔法陣を描き、対象を召喚することから始まります。何が召喚されるかは全くのランダムで、魔力や術者本人の質などに左右されるとも言われていますが、本当かどうかはわかりません」


 「銀月」の裏庭で、ユミナは地面に大きな魔法陣を描いていく。複雑な紋様を本を片手に、チョークで刻み付けるように描く。このチョークは魔石のかけらを圧縮して作ったものだそうだ。


「そして召喚したモノと契約できれば成功なのですが、契約には相手の条件を飲む必要があります。簡単なものから、絶対に不可能だと思えるものまで相手によって違います。私がこの子たちと契約した時の条件は、「お腹いっぱい食べさせてくれること」でした」


 ユミナは魔法陣を描き終わると、さっき呼び出した一匹の銀狼の頭を撫でた。額に十字の模様があるこの個体がユミナと契約した銀狼なのだそうだ。こないだ呼び出した他の銀狼はこのリーダーに従っている配下らしい。ちなみに名前は「シルバ」。もっとひねれよ。

 上位の魔獣と契約すればその配下も使役することが可能らしい。スゥを襲ったあのリザードマン使いも、おそらく群れの長みたいな者と契約したのだろう。


「条件が満たされなければ召喚したモノは去ってしまいます。そして同じ人物のところには二度と現れません。一度だけしか契約のチャンスはないのです」


 なるほど。一期一会ってやつだな。……ちょっと違うか?


「危険は無いの? いきなり襲ってきたりはしないのかな?」

「彼らは契約無しでは魔法陣の中からこっちには存在できないので大丈夫です。遠距離攻撃も全て魔法陣の障壁が防ぎますし。ただ、召喚者が中に入る場合は別です。戦って実力をみせろ、という個体もいますので」


 うーん、物騒だなあ。まあ、勝てそうもないのに挑まれたときは、丁重にお帰りいただけばいいのか。もったいないかもしれないけど。


「こちらに呼ばれる召喚獣は本人の魔法の実力には関係ないんだね?」

「はい。まったくの初心者が高位の魔獣を呼び出した話も結構あります」


 なら僕にも可能性はあるか。完全に運まかせだけど。


「とりあえずやってみるか」


 完成した魔法陣の前に立ち、手をパンッと打ち合わせて気合いを入れた。そして闇属性の魔力を集中して、魔法陣の中心に集めていく。少しずつ黒い霧が魔法陣内部に充満していき、突如、爆発的な魔力が生まれた。


『……我を呼び出したのはお前か?』


 いつの間にか黒い霧が晴れ、魔法陣の中に一匹の大きな白い虎が現れていた。今の声はこいつか? 鋭い眼光と威圧感。鋭そうな牙と爪。こりゃまたえらいのが出てきたな……。ビリビリとした魔力の波動を感じる。ただの虎じゃなさそうだ。


「この威圧感、白い虎……まさか、《白帝》……!」

『ほう、我を知っているのか?』


 ジロリと白虎は僕の後ろで銀狼に抱きつき、しゃがみこんでいるユミナを睨む。銀狼のシルバも尻尾を丸めて耳を伏せ、怯えているようだ。まあ、虎に睨まれたら怖いよな。あ、いまの僕って「前門の虎、後門の狼」だな! 関係ないけど。


「あんまり睨まないでやってくれるかな。怖がってるじゃないか」

『……お前は平然としているのだな。我の眼力と魔力を浴びて立っていられるとは……面白い』

「最初はびっくりしたけどね。慣れればさほどでもないよ。で、《白帝》ってなに、ユミナ?」


 ユミナは僕の方を見ながら、震える声で何かを話そうとしている。だが、声にならない。おそらくこの魔力による威圧のせいだろう。


「ちょっとそれやめて。話が進まないじゃないか。弱者を脅すのはあまり褒められたことじゃないと思うけど?」

『……よかろう』


 白虎に抗議すると、ふっと放たれていた威圧感が消えた。なんだ、話のわかるやつじゃないか。


「で、ユミナ。《白帝》って?」

「召喚、できるものの中で、最高クラスの四匹、そ…のうちの一匹、です…。西方と大道、の守護者にして獣の王……魔獣ではなく、神獣、です」


 まだ震えながら、たどたどしくユミナが答える。神獣ねえ。神様のペットとかだったら面白いんだが。


「それで、どうすれば契約してくれるんだ?」

『……我と契約だと? ずいぶんと舐められたものよな』

「とりあえず言ってみてよ、出来なさそうなら諦めるから」

『ふむ……』


 白虎はこちらをじっと見つめ、鼻をひくひくさせてから、首を軽く傾げた。


『奇妙だな…。お前からはなにかおかしな力を感じる。精霊の加護……いや、それよりも高位の……なんだこれは?』


 精霊の加護? 生憎と精霊に知り合いはいないが。


『……よし、お前の魔力の質と量を見せてもらう。神獣である我と契約するのだ。生半可な魔力では使いものにならんからな』

「魔力を?」

『そうだ。我に触れて魔力を注ぎ込め。魔力が枯渇するギリギリまでだ。最低限の質と量を持っているなら、契約を考えてやろう』


 ふふん、と虎が笑ったように見えた。考えてやろうって、確約じゃないのか。

 しかし、物騒なことを言う虎だな。魔力が枯渇って、ゲームとかでいうMPが0の状態になるってことか? しばらく魔法が使えなくなるのかな。ギリギリっていうとMP1まで注ぎ込めってことか。

 そういや、そもそも魔力って減るものなのか…? 今まで使っていて感じたことないけど。前にリンゼが僕の魔力が多いと言ってたけど、そのせいかな。

 とりあえず魔法陣の方に歩み寄り、手のひらで白虎の額に触れる。おお、もふもふだ。


「このまま魔力を流せばいいのか?」

『そうだ。一気に流せ。お前の魔力を見てやろう。先に言っておくが、魔力が枯渇して倒れたら、契約は無しだ』


 んー、そこまでして契約したいわけじゃないし、途中で気分が悪くなったりしたら、やめることにしよう。


「よし、じゃあいくぞ?」


 魔力を集中して、それを手のひらから虎に向けてゆっくりと流す。うん、気分がおかしくなるとかはないな。


『む…これは…なんだ、この澄んだ魔力の質は…!?』


 虎がなんか言ってる。そういやリンゼもそんなこと言ってたな。まあ、いいや。大丈夫そうだから一気に流すか。虎へ流す魔力を一気に増加させる。


『ぬうッ! な…なにっ!?』


 うーん、やっぱり魔力が減ってるって感覚がわからない。もっと流さないとダメなのか? さらに増加させる。


『ふぐっ……こ、これは……ちょ、ちょっとま…!』


 やっぱりわからん。さらに増加。


『まっ……まってく…これ以上は…あううっ…!』


 さらに増加させる。……あ、なんか少しだけしんどくなってきた気が。これが魔力が減ってる感覚か。


『…も…やめ……お願……!』

「冬夜さん!」


 ユミナの声にはっとなって目の前の虎を見ると、体を痙攣させながら、口から泡を吹いて白目を剥いていた。足をガクガクさせながらも立ってはいるが、どうも僕の手のひらから頭が離れず、強制的に立たされている感じだ。

 慌てて魔力を流すのをやめ、手を離すと、虎はぐらりと地面に倒れた。


「あれ?」


 なんかマズったかしら。これって回復魔法かけてあげたほうがいいのかな? ピクピクと痙攣して舌がだらりと出ちゃってるけど。


「光よ来たれ、安らかなる癒し、キュアヒール」


 とりあえず回復させることにした。やがて白虎の目に光が戻ってくると、ヨロヨロと立ち上がり、僕の方に寄ってきた。


『……ひとつ、聞きたいのだが…先ほどの魔力量で、まだ余裕があったのか?』

「ん? いや余裕というか、ほんの少ししか減ってないよ。っていうか、あれ、もう回復してるな」

『なん…っ!』


 虎が絶句する。そうか、魔力の消費を感じなかったのは、それ以上の回復がされていたからか。納得。


「それで契約のことだけど…」

『……お名前をうかがっても?』

「? 望月冬夜。あ、名前が冬夜だからね」


 突然口調を変えた虎に不思議そうな目を向けると、虎は静かに頭を下げた。


『望月冬夜様。我が主にふさわしきお方とお見受けいたしました。どうか私と主従の契約をお願いいたします』


 おお、白虎が仲間になった。


「契約ってどうすればいいんだ?」

『私に名前を。それが契約の証になります。この世界に私が存在する楔となりましょう』

「名前か……うーん……」


 虎。白虎。そうだな……。


「コハク。琥珀ってのはどうかな」

『こはく?』

「こう書く」


 地面に「琥珀」と書いてみせる。


「これが虎、でこれが白、そして横にあるのが王という意味なんだ」

『王の横に立つ白き虎。まさに私にふさわしい名前。ありがとうございます。これからは琥珀とお呼び下さい』


 どうやら契約は完了したらしい。のそりと魔法陣から琥珀が歩き出し、こちら側にやってきた。


「……すごいです、冬夜さん…。《白帝》と契約をしてしまうなんて……」

『少女よ、もう私は《白帝》ではない。琥珀と呼んでくれぬか』

「あ、はい。琥珀さん」


 呆然とつぶやくユミナに《白帝》改め、琥珀が声をかける。そのユミナの後ろでは、まだ銀狼のシルバが怯えていたが、琥珀の視線に気付くと、慌ててユミナの影の中に消えていった。


『主よ、ひとつお願いがございます』

「なに?」

『私がこちら側に、常に存在することを許可していただきたいのです』

「? どういうこと?」

『通常、術師が我らを呼び出し、存在を保つには術師の魔力が必要です。故に存在し続ければ、やがて魔力が切れ我らは消える。これが普通。ですが、主の魔力は先程からほとんど減っておりません。これならば、常にこちら側に存在していても問題ないかと愚考いたしまして』


 ああ、たぶん琥珀の存在を維持する魔力量より、自然回復する魔力量の方が多いんだな。まあ、なにも支障がなければかまわないんだけど……。


「存在し続けること自体はかまわないんだけど、さすがに街中を大きな虎が歩き回るのはちょっと……」

『ふむ…では姿を変えましょう』

「え?」


 言うや否や、ポンッと琥珀は姿を子供の虎に変化させた。そんなこともできるのか。

 大きさは小型犬くらい。手足が短く太く、尻尾も太い。威圧感マイナス100%、可愛さプラス100%である。

 あまりの可愛さに思わす抱き上げてしまう。うああ、もふもふだあ。琥珀を召喚して心からよかったと、このときほんとに思った。


『この姿なら目立たないと思いますが』


 うおう、しゃべった。さらに可愛さアップ。


「目立たないことはないけど、まあ大丈夫だろう」

『ありがとうございます。ではこの姿でっ、ぐふっ!?』

「きゃ──っ、かわいい─────っ!!」


 僕の手から琥珀を奪い取り、ぎゅううっと抱き締めるユミナ。顔をぐりぐりと押し付け、ジタバタと琥珀がもがく。


『ちょっ、こら離さんか! なんなんだお主は!?』

「あ、自己紹介がまだでしたね、私はユミナと言います。冬夜さんのお嫁さんです」

『主の奥方!?』


 虎が驚く顔ってのも貴重な気がするな。っていうか、まだお嫁さん違うから。

 しばらく琥珀はユミナになでなでされまくり、げんなりしていたが、耐えてもらうことにした。

 琥珀も主の奥方を名乗る少女に逆らうのは気が咎めたのか、しばらくすると抵抗をやめ、されるがままになっていた。

 やがてユミナがもふもふに満足したころ、今度はエルゼたちが現れ、先ほどのユミナ状態になってしまった。今度は三倍のなでなでである。


『あ、主! なんとかして下さい!』

「耐えろ。そのうち収まる」

『そんなー!』


 こうして僕たちに新しい仲間ができた。またの名をマスコットともいう。

 みんながもふもふに満足したら、僕もさせてもらおう。

 琥珀の悲鳴を聞きながら、空を見上げる。今日もいい天気だなー。

 神は天にいまし、全て世は事もなし。





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