#29 銀狼、そして大猿。
翌日、僕らは連れ立ってギルドへ向かった。
町を歩くにはユミナの服はあまりにも煌びやかで目立つため、エルゼとリンゼから服を借りて着ている。
胸元にリボンをあしらった白いブラウスと黒の上着、紺のキュロットに黒のニーソックス。他人の服なのに落ち着いた感じでよく似合っている。ちょっとサイズが大きい感じはするが。
長い金髪は三つ編みでひとつにまとめられ、動きやすいようにされていた。
僕としてはオッドアイの方が目立つんじゃないかと思っていたが、この世界ではそうでもないらしい。オッドアイが魔眼持ちとは限らないんだそうだ。
これで見た目だけなら普通の女の子の出来上がりなわけだ。かなり美少女の部類に入るのを、普通と言うかどうかは置いとくとして。
「ちょっと気になったんだけどさ、ユミナが冬夜と結婚したら、次の王様って冬夜になるの?」
「そうですね。そうなっていただけると嬉しいんですけど。そのためには、貴族たちや国民に冬夜さんのことを認めさせねばなりませんが。まあ、私に弟が生まれたら、その子が継ぐことになるでしょうけど」
ギルドへの道すがらにエルゼとユミナの会話を聞いて、王様に心からのエールを送った。頑張れ、僕の幸せのために。なんとかもう一人お子様を。あとでスタミナドリンクの作り方とかスマホで調べておこうかしら……って違う! これじゃユミナと結婚することが前提になってるじゃん!
「僕は王様になる気はないぞ……」
「存じております。叔父様のところに男の子が生まれるとか、そのっ、私たちの間に生まれた子供が男の子なら、その子が継ぐという方法もありますしっ!」
私たちの間に、ってなんですか。あと、自分で言っておいて、顔を真っ赤にするのはやめて。こっちにもうつりますから。
ギルドに行く前に「武器屋熊八」に寄って、ユミナの装備を揃えることにする。お金はあるのかと尋ねたら、王様から餞別に貰ったとジャラッとお金の入った袋を見せてきた。嫌な予感がして中身を見せて貰ったら、中身は白金貨で50枚。餞別に5000万円はちと多すぎだろ……。
熊八の店主、バラルさんに弓を見せてもらう。王都ほど品揃えは良くないが、それなりにここはモノが揃っているのだ。その中から何本か選び出すと、ユミナは弦を引いたりして感触を確かめ、丈の短い軽めのM字型合成弓、コンポジットボウを選んだ。
飛距離よりも扱いやすい速射性を選んだのだそうだ。確かにロングボウでは小さな彼女では扱いにくそうだな。
一緒に矢筒と矢をセットで百本購入。白い革鎧の胸当てと、お揃いでブーツも買った。
よし、これで一応準備はOKかな。
いつものように賑わうギルドにユミナを連れて入る。
ギルドにいる人たちがこれまたいつものように、ちらっとこちらに視線を向け、一部の男たちは僕の方にきつい視線を投げてきた。
初めのうちは理由がわからなかったが、今ではわかる。
エルゼやリンゼ、八重もだが…贔屓目に見なくてもかなり可愛い。そして、その可愛い子たちと一緒にいる僕への視線がこれだ。トゲトゲしいのである。
事実、彼女たちのいないところで「気にいらねえんだよ」と絡まれたこともある。まあ、丁重に気を失っていただいたが。
ま、この手の輩は相手にしないに限る。
僕がユミナを連れて受付のお姉さんに彼女の登録をお願いしている間に、エルゼたちは依頼書のボードのところにいき、内容をチェックする。
登録を済まし、僕とユミナがみんなのところに行くと、一枚の緑の依頼書を手にしていた。
「なんか手頃なのあった?」
「んー、まあこれとかどうかなって」
手渡された依頼書。討伐依頼だな。えっと、
「キングエイプ五匹……。どんな魔獣だっけ」
「大猿の魔獣、です。数匹で群れをつくり、襲いかかってきます。あまり知能はないので罠などによく引っかかったりしますが、そのパワーは要注意です。私たちのレベルなら、ほぼ問題なく狩れるかと」
力押しのパワーモンスターってとこか。それにしても「キング」がたくさんいて群れてるって、なんか違和感感じるな。リンゼの説明を聞いてそんなことを考えつつ、依頼書を横のユミナに手渡した。
「どう? 大丈夫そう?」
「問題ありません。大丈夫です」
僕らのギルドカードは緑だが、ユミナのカードは当然、初心者の黒だ。僕らのランクに合わせる必要はなかったのだが、ユミナが緑でいいと譲らなかったのだ。
黒>紫>緑>青>赤>銀>金と変わっていくランクだが、それぞれ、
黒>初心者。
紫>冒険者見習い。
緑>三流冒険者。
青>二流冒険者
赤>一流冒険者。
銀>超一流冒険者。
金>英雄。
と、こんな感じらしい。当然、上のランクに上がるにつれてランクアップは難しくなっていく。ちなみにゴールドランクの冒険者はこの国にはいない。英雄はそうゴロゴロいないってことか。
とりあえずキングエイプ討伐の依頼書を受付に持っていき、受理してもらう。場所はここから南、アレーヌの川を渡った先の森だそうだ。
生憎と南の方には行ったことがなかったので、ゲートは使えず馬車を借りて行くことにした。
御者席にはエルゼとリンゼが座り、荷台に僕と八重、ユミナが座った。ちなみにユミナも馬が扱えるそうだ。お姫様なのに。いや、お姫様だからか? 遠乗りとかそういうのをしていたとか? ひょっとしてこの世界じゃ馬を扱えないのが少数派なんでしょうか……。
「んー、毎回馬車借りるのもなんだから、買った方がいいのかなあ」
「馬車もピンからキリまであるでござるが、けっこうするでござるよ? それに馬の世話をするのも大変でござる。「銀月」にずっと預けて置くわけにもいかんでござるし」
そうだよなー。一長一短だな。正直、馬の世話なんか僕はできない。世話もできないのに生き物なんか飼うべきじゃないか。
そんな会話をしながら馬車は進み、三時間後、僕らはアレーヌの川を渡り、南の森へと到着した。
さて、キングエイプはどこにいるのやら。「サーチ」で検索できればいいのだが、50メートル圏内に魔獣がいたら普通気付くよな。「ロングセンス」を使ってもいいのだが、あれは遠距離に感覚だけの分身を作るようなモノで、結局一人で森の中を探すのと変わらないからなあ。危険度は減るけど。
スマホのマップで見るとそれなりに大きな森だ。ここから特定の魔獣を探すのは大変だな。マップの検索機能は生き物や魔獣まで探してくれないしな…。
やっぱり地道に探すしかないか。僕らが森の中へ足を踏み入れようとすると、ユミナがそれを止めた。
「すいません、森に入る前に召喚魔法を使っていいですか?」
「召喚魔法? なんか呼ぶの?」
「はい。キングエイプを探すのに多分役に立つと思います」
ユミナは僕らから少し離れて魔法を発動させ始めた。
「闇よ来たれ、我が求むは誇り高き銀狼、シルバーウルフ」
呪文を唱え終わると、ユミナの影から次々と銀色の狼が現れた。全部で五匹。大きさは1メートルくらい。嬉しそうに尻尾を振りながら、ユミナの周りを回っている。一匹だけ少し大きく、額に十字の模様がある狼がいた。
「この子達にも探してもらいます。離れていても私と意思の疎通ができるので、発見したらすぐわかります」
なるほど。犬…じゃなかった狼か。その嗅覚があれば発見するのも早いかな。
「じゃあ、みんなお願いね」
ユミナが命じると、ウォンッとひと吠えしてみんな森の中へ駆けていく。これが召喚魔法か。前に見たリザードマンの時も思ったけど、僕も使えるかな。
森の中へ歩を進めながら、ユミナに尋ねてみる。
「基本的には呼び出した魔獣と契約さえできれば、習得できますよ。あの子たちの契約条件は難しくなかったので、楽に契約できました。なかには戦って力を示せ、自分の問いに答えろ、とか言ってくるのもいます。強ければ強いほど、従わせるのが難しくなっていきますね」
なるほど。強い召喚獣ほど条件が厳しいのか。当然といえば当然だが。
辺りを探りながらそんなことを考えていると、ユミナが急に立ち止まる。
「……あの子たちが見つけたようです。あ、でもちょっと多いですね。七匹います」
「七匹…どうする? 依頼は五匹だけど」
エルゼがガントレットを打ち鳴らす。
「一気に殲滅、の方がいいと思います。一匹でも逃すと仲間を呼ばれる可能性もあるので」
リンゼの考えに僕も同感だ。ひょっとして七匹以上いるのかもしれない。今のうちに叩いておいた方がいいだろう。
「ユミナ、キングエイプたちをこっちにおびき寄せることってできる?」
「可能ですけど…どうするんですか?」
「罠を張っておこう。落とし穴ぐらいなら土魔法ですぐできる」
土魔法で何個かの落とし穴を作り、僕らは木の陰に隠れる。やがてゴガァァァ! という雄叫びと共に、ユミナの狼たちを追いかけて、数匹の大猿が姿を表した。
ゴリラより少し大きく、牙が長い。耳が尖っていて、目が真っ赤なその猿は、凶暴そうな顔つきで狼たちを追いかけてくる。
地面に偽装してある落とし穴手前で、狼たちは大きくジャンプし、罠を跳び越える。それを疑問にも思わず、大猿たちはまっすぐに突っ込み、見事に落とし穴に落ちた。
「ゴガァオォ!?」
「今だ!」
木の陰から僕と八重、エルゼが飛び出す。罠にはまったのは三匹。胸の高さまで地面に埋まり、なんとか這い出ようともがいていた。
そのうちの一匹の目に、深々と矢が刺さる。ユミナか。その大猿の失われた目の死角から、八重が斬りかかり、首の頸動脈を断ち切った。
「炎よ来たれ、渦巻く螺旋、ファイアストーム」
罠にかかったもう二匹をリンゼの呼び出した炎の竜巻が襲う。あっという間に二匹は黒焦げになり、その弱ったキングエイプに僕とエルゼがとどめを刺した。
一息つく間もなく、森の奥から残りの四匹が姿を現す。その太く大きな腕を振り回しながら、雄叫びと地響きをあげて、僕らに向かってきた。
「スリップ!」
「ウガッ!?」
突っ込んてきた勢いのままに、先頭の一匹が僕の魔法で転倒する。その倒れた大猿に次々と放たれた矢が突き刺さった。最後にそいつの胸めがけて飛び込んだ八重が体重をかけて刀を突き刺し、大猿はその動きを止めた。
「ブースト!」
その横では身体強化の魔法を発動させたエルゼがキングエイプの懐に飛び込み、腹部を連続で強打していた。彼女の打撃に堪えられず、そのまま倒れた大猿にユミナの狼たちが襲いかかる。
残り二匹。
「雷よ来たれ、白蓮の雷槍、サンダースピア!」
「炎よ来たれ、紅蓮の炎槍、ファイアスピア!」
ユミナとリンゼの魔法が放たれる。風属性と火属性、二本の魔法の槍が二匹の大猿の胸に突き刺さった。
グゴガァアァ! と断末魔をあげて、貫かれた二匹が倒れる。
おお、凄い。魔法の腕もリンゼ並か。ということは六属性魔法では僕より上だな。どうも僕は魔力の調整がうまくできないからか、上位魔法、特に攻撃魔法はなかなか習得できない。光属性は割と得意だけど。
七匹のキングエイプは全て倒されていた。これで戦闘終了か。思ったより簡単に片付いてよかった。
ユミナの影に五匹の狼たちが飛び込んでは消えていく。
「あの、私、どうでしたか?」
ユミナが言っているのは、みんなの足手まといにならなかったか、という問いなのだろう。はっきり言って足手まといどころかすごく助かった。援護射撃というものがこうも効果的だとは思わなかったし。
「実力的には問題ないわね」
「魔法もなかなかのもの、です」
「やはり後方支援は助かるでござるなあ」
次々と出るユミナの実力を認める肯定的な意見。その通りなんだけど……やっぱり12の子を危険な目にあわすのはどうかと……うーん。
考え込む僕を不安そうな顔で見つめ続ける少女。だからその目は反則だと……。まさかこの子、わかってやってないよね?
「……これからよろしく頼むね、ユミナ」
「はい! おまかせください! 冬夜さん!」
こぼれるような笑顔で、僕に抱きついてくるユミナ。ちょっ、そういうのは勘弁して! みんな見てるからぁあ!
なんとか彼女を引き剥がして、キングエイプの個数確認部位である牙を集めていく。
「しかし、ユミナが入ると女の子四人に僕だけ男一人か……」
小さくため息をつく。
「なにか問題が?」
リンゼが首を傾げている。無自覚なのがまた困る。
「三人とも気がついてないかもしれないけど、ギルドとかで目立つんだよ…そしてそれに対する僕への視線が痛い」
「? なんででござる?」
「そりゃ女の子に囲まれていたらやっかみも受けるよ。エルゼにリンゼ、八重もみんな特に可愛いんだからさ」
「「「え?」」」
みんな固まる。なんだ? 変なこと言ったか? 可愛い女の子に囲まれてる奴がいたら、チッ、てなるよ、男なら。
「ま、また、なに言ってるのよ、冬夜。冗談ばっかり。可愛いとか…」
「え、なにが?」
「「「………」」」
なんでみんな顔が赤くなる?
「じ、じゃあ、か、帰ろうか!」
「…そ、そうだね、お姉ちゃん!」
「か、帰るでござるよ!」
森の中を足早に三人ともズンズンと行ってしまった。なんだありゃ……。
くいくいとコートの袖が引かれる。
「冬夜さん、私は? 私は可愛いですか?」
「? 可愛いと思うけど…?」
「えへへ」
ユミナは照れ笑いを浮かべながら、また僕に抱きついた。だからやめなさいって!
それから馬車に戻り、ゲートを発動させて、リフレットに戻った。
それにしても召喚魔法か…。まだ闇属性には手を出してなかったんだよね。初めに見たのがリザードマンだったから、なんかイメージ悪くて…。
ああいう動物系もいるなら一匹くらい契約してみようかなあ。今度ユミナに教えてもらうか。