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#10 攪拌、そしてバニラアイス。


 僕らが食堂に戻るとミカさんと、見慣れない女の人がいた。歳の頃はミカさんと同じくらい。少しウェーブがかかった黒髪の人だ。白いエプロンをしているところから、料理関係の人だろうか。

 二人の前にはそれぞれ料理が置いてあり、ナイフで切ってフォークで食べながら、難しい顔をしている。ミカさんが顔を上げて僕らに気づくと、声をかけてきた。


「ああ、ちょうどよかった」

「なんですか?」


 僕らの前にミカさんが彼女を連れてやって来る。


「この子はアエルって言ってね、街で「パレント」って喫茶店をやってるんだけど…」

「ああ、昨日行きました。いい雰囲気のお店ですよね」


 テーブルを水浸しにしたのは黙っておく。あの場にアエルさんはいなかったと思うから、厨房の方にでもいたんだろう。見られてたら気まずいところだ。


「その店で新メニューを出そうかと考えているんだけど、あんたたちにも聞いてみたいと思ってさ。別な国の人なら、なにか珍しいメニューを知ってるかもと思ってね。」

「なにかいい料理があれば教えて欲しいんです」


 アエルさんはそう言って頭を下げた。リンゼと僕は顔を見合わせ、小さく頷く。


「僕らでよければ」

「…うん」


 力になれるかわからないけれども。


「どんなものを出したいと思ってるんですか?」

「そうですね…やっぱり軽く食べれるもの、ですかね。デザートというか、女性受けするものならさらにいいんですが…」

「女の人が喜びそうなもの、かあ。クレープとか、アイスぐらいしか浮かばないけど…」


 我ながらなんとも貧相な発想だ。そもそもあまり料理とかしない方だし。


「アイス? 氷ですか?」

「いや、そっちじゃなくて。アイスクリームの方」

「アイスクリーム?」


 あれ? みんなキョトンとしてる。ひょっとしてこっちの世界には無いのか?


「どんな料理なんですか?」

「えーっと、甘くて冷たくて、白い…バニラアイスって知りません?」

「いえ。聞いたこともないです」


 どうも本当らしい。冷蔵庫もない世界なんだから当たり前といえば当たり前か。


「作り方はわかりますか?」

「いや、作り方までは…確か牛乳を使って作るってことぐらいしか…」


 アエルさんの質問に思わす口篭る。作り方って言われてもなあ。

 ……待てよ。確かに僕はバニラアイスの作り方を知らないが、それを調べることができる!


「ちょっとまってて下さい。ひょっとしたらなんとかなるかも。えーっとリンゼ、手伝ってもらえる?」

「…うん、いいけど…」


 リンゼを連れて部屋に戻る。スマホを取り出し、「アイスクリーム 作り方」でネットに検索をかけた。よしよし、載ってる載ってる。


「…それ…なんですか?」


 スマホを操作する僕に、不思議そうな顔で尋ねるリンゼ。


「あー、便利な魔法の道具ってとこかな。僕にしか使えないけど。あまり詮索しないでもらえると助かる」


 リンゼは訝しげな顔をしつつも、それ以上突っ込んではこなかった。物分りのいい子だ。


「で、今から読み上げる事を紙に書いていってもらえるかな」

「はい」

「卵3個、生クリーム200ml、砂糖60〜80g…ここまででわからない単語とかある?」


 材料をざっとあげて、リンゼに尋ねてみる。


「ミリリットルとかグラムってなんですか?」


 ……そうきたか。


「ミリリットルは僕の国の分量の単位だよ。グラムは重さ。ここらへんは僕の目分量でやるしかないなあ…。あ、あとリンゼは氷の魔法って使える?」

「はい、使えます。水属性の魔法ですから」


 よし、なら問題ない。続けてバニラアイスの作り方を書いてもらおう。




 リンゼに書いてもらった作り方を見ながら、アエルさんが調理していく。ド素人の僕が作るより確実だろう。材料を泡立てるのは手伝ったけど。角が立つまでかき混ぜるのは骨が折れた。

 最後に蓋をした容器にリンゼが魔法をかけて、周りを氷で覆う。そしてしばらく放置し、頃合いを見計らって氷を砕き、中の容器を取り出す。うん、ちゃんと固まってるっぽい。

 スプーンで一口食べてみる。微妙な違いはあるものの、バニラアイスと言っても差し支えないと思う。

 皿に取り、アエルさんに差し出す。一口食べて彼女はすぐに目を見開き、次いで笑顔がこぼれた。


「美味しい…!」


 どうやらお気に召したようだ。これで一安心。


「なんだい、これ! 冷たくて美味い!」

「美味しいですー…!」


 ミカさんとリンゼも気に入ってくれたようだ。正直、自分としてはイマイチなんだけれど。まあ、有名アイスチェーン店のようにはいかないか。

 問題はアエルさんの店に、氷の魔法を使える人がいるかということなんだけれど、どうやら一緒に働いているアエルさんの妹さんが使えるらしい。なら大丈夫か。


「これなら女性受けもすると思うし、新メニューには充分じゃないですかね」

「はい! ありがとうございます! バニラアイス、使わせてもらいますね!」


 正確にはバニラエッセンスを使ってないので、バニラアイスではないのだが…ま、細かいことはいいだろう。

 アエルさんがさっそく自分で一から作ってみたいと、挨拶もそこそこに店に戻って行った。

 のちにギルドから戻ったエルゼがこの話を聞き、自分だけ食べられなかったことに不満を爆発させたので、ミカさんが作ることになった。その際に、僕はまた材料をかき混ぜることになってしまい、ハンドミキサーという文明の利器を欲しいと、切に願うことになる。腕が痛い……。




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