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ん……くっ…………。
私はようやくの事で体を起きあがらせる事が出来た。
まだ手足が痺れてはいるが、動かない訳ではないので体を起きあがらせた。
そこは白い部屋だった。
真木もいなくてグレイもいない部屋、一瞬だけ空虚な感覚が押し寄せてきた。
この感覚は懐かしい。
真木と初めて出会うよりも前にしか感じた事の無い感覚だ。
「目は覚めましたか?」
声がしたほうに目を向けるとそこにはお母様が座って、こちらに暖かい視線を向けていた。
「お母様……ここはどこでしょう……?」
「いきつけの病院よ♪ さっちゃん、あなた脳震盪起こしてたんだから……嫁さんは?」
嫁さん。お母様がこうやって呼ぶ人は一人しかいない。
たった一人、私を嫁にすると宣言した子供のことを言っているのだ。
「真木は……グレイを取り戻しに行きました……空に」
「空ですか、ロマンチックですね♪」
お母様はそう言ってから言葉を句切った。
「グレイが誰か? なんて事は聞きません。たけど一つだけ教えて欲しい事があるのです」
「何でしょうか?」
「そのグレイとやらの安全は、さっちゃんの安全以上に優先するべきものだったのでしょうか? 私はそれが心配です」
お母様は怒っているのだろう。
娘をこんな風にした真木の事を、娘を救ってくれた人間がいの一番に娘を裏切った事に。
だから問うている。それは本当に優先するべき事であるのかを。
「……お母様。真木がそんな人に見えるの?」
「いえ。でもさっちゃんがこんなになってるんだったら怒るに決まってるじゃないですか? だってさっちゃんは私の娘ですよ?」
真木が気付かせてくれたもの、真木が教えてくれたもの。
その中でも一際特別なもの、“家族”。
私は改めて借りのでかさを痛感した。
だから、その借りを少しでも返すように、私は、嘘をつこう。
「真木がやったんじゃないですよ、ちょっと転んだだけです」
「……本当に? 見ている人もいるのよ? パイロットと一緒にいったんでしょう?」
「いえ、嘘なんてつきませんよ♪ 私は勝手に転んで勝手に脳震盪になって、それをたまたま近くにいた専属のパイロットが見つけて連れてきた、それだけです」
これでいい。
私はこれでいいんだ。
だから、真木。早く戻ってきて!
――――――――――――
“ヘブンズゲート”、そう呼ばれる大きな扉の前に私はたどり着いた。
グレイが降ろしてくれて、そして少し拒絶するように押された。
「もう、こないでください。きたら、もう助けません」
振り絞るように出された言葉は、拒絶するように。
それでも中身を考えればそれは私を危険に近づけようとはさせまいというグレイの気持ちなんだと思う。
だから私はまた手を伸ばしてグレイを掴もうとした。
だけど、それでもグレイは身を引いた。
「真木さん、僕には記憶を忘れさせる能力があります、それで真木さんの中から僕の記憶だけを消去しますね……それでもう真木さんと僕は赤の他人です」
「嫌だよ! 絶対にそんなの嫌だ! グレイ、一緒に帰ろうよ! 楽しかったでしょ!」
「はい、とても。だから……それを壊すような僕はいてはいけないんだと思います。だから僕は僕自身でその幕を閉じようと思います」
グレイの前にいくつもの文字が羅列し始めた。
いくらひっかいてもそれを消す事は出来ない、何で!? と思っても出来ない物は出来ない。
「これは人では触れられません。――――じゃあね……バイバイ、真木さん……」
「グレィ……――――!!」
グレイが私の体を押す。
私はそのグレイを掴む事が出来ず、ただ“ヘブンズゲート”の向こうに押しやられてしまった。
どんどんグレイとの距離が離れていく。
離れていく……――――。
グレ……イとの距離が……グ……ィとの、距離が……グ……と……距離……。
…………あそこにいる誰かとの距離が……離れていく。