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皆さんに楽しんでいただければ幸いです♪

 入った途端、私はいつかの懐かしい空間にいた。

 目の前には見取れてしまう位に美しい男性が二人、背中にそれぞれ黒白の翼を携えながら立っていた。


「良く来ましたね、真木さん」


「良く来てくれましたね、真木さん」


 引きつけるような気配。

 思い出した、この人達の名前を。


「久しぶりです、シルファーさん、ルシファーさん」


「名前を覚えていてくださいましたか、光栄です」


「私の名前まで、本当にありがとうございます」


「うん、あなた達とはいっぱい話したい事があるんですが、私急いでるんです、だから先に行きますね」


 私は先に行こうとしたところで、ルシファーさんが私の肩を掴んだ。

 振り払えない程の力だ。


「少しお待ちなさい……そのまま“天界”に突入したところで塵になるだけですよ?」


「っ! どうすればいいの?」


「しばらく私達と話ませんか? あなたについて私達はもっと知りたいのです」


「その間に“天界”に行く準備を整えて差し上げるので。それに、急がば回れですよ♪」


 シルファーさんとルシファーさんにそう言われるとどうしても逆らえる気がしなかった。

 だから私は時間のロスになることを承知で話をすることにした。


「じゃあ、何から聞いたものでしょうかねー……小さい頃に印象に残っている記憶ってありませんか?」


 シルファーさんは何かとても大事な事を聞き出すかのように聞いてきた。

 なので私は一度頭の中で幼少期の事を考える。

 ふと、一人、翼を持った男が思い描けたような気がしたが、すぐに強い頭痛と共に記憶がかきむしられたような心地になる。


「何も……無いです……」


「なるほど……禁忌というわけですか、なかなか難儀な物を施したものですね」


 シルファーさんは何かぶつぶつと呟いた後気を取り戻したように言ってくる。


「それでは、グレイ君について、何でもいいので分かる事ありますか?」


「グレイの事? う~ん……」


 ――――白い翼。


「何でも良いですよ♪ 私はそれが知りたいのですから」


 ――――頑強な体。


「それが、グレイ君を助ける唯一の手段となるかもしれない」


 ――――どこまでもまっすぐな瞳。


「だから何でもいいんだ」


 ――――紅に染まる空。


「彼との繋がりを私達に教えてくれないか?」


 ――――並び立つ二つの影。


「後は私達が全てする、だから……頼む!」


 ――――交わされた約束、否、盟約。


「教えてくれ」


 ――――その日、私と灰色の翼に“なった”天使は出会っていた。


 記憶に傷が付く。

 大切な何かがばらばらになっていくような感覚を味わう。

 目からこぼれるのは大量の涙。

 そして、自分に課せられた盟約の正体。

 私は、“何者にも邪魔されない”を手に入れ、“自分の正義を貫き続ける”事が出来るようになっていた。


「ぬ……! 真木さん、あなたは一体何者なのですか? 私の術式が一切寄りつかないのですが」


「それはどういう事だ、ルシファー。君の術式は完璧の筈だろう?」


「あぁ、だが事実私の術式は跳ね返されている……」


「……真木さん?」


 二人の奇異な目が私を見る。

 鼓動が早くなる。

 鼓動が聞こえる。

 鼓動が警報を鳴らす。

 ――――私は、こんな異常な二人に奇異な目を向けられている私は一体何者なのだろうか? それだけがあたまの中を埋め尽くし、ぐるぐると渦巻く。

 私は――――――何?


「ごめんなさい、ルシファーさん、シルファーさん、私行かないと」


 立ち上がる。

 ここにはもういたくなかった。

          ――――自分という存在が保てないような気がしたから。

 早くグレイのところに行きたいと思った。

          ――――それが自分という存在価値を確定できる唯一だと思ったから。

 自分が誰なのか、自信を持って言えなくなった。

          ――――私は、私は……私は誰?


「まぁもう少し待ちなさいな、そんなに急いでも良い事はありませんよ?」


「いえ、早く行かないと、グレイが酷い目に遭っているかもしれないから、行きます」


「それにしても、まだあなたが動くには早すぎる」


「それでも、私はグレイを助けに行かないといけない」


「それは何故?」


「だってグレイが――――」


「グレイ君が何ですか? 一応言っておきますが、グレイは何も言ってませんよ」


 何も言えない。

 何故助けたいんだろう、何故助けようと思ったのだろう、何故助けに行かねばならないと思ったのだろう……分からない、何もかもが分からない。

 ただ、そんな中でも一つだけ言える事はあった。


「――――喜ぶから。笑顔になるから。理由なんてそれだけです」


「それだけのことで――――」


「シルファーさん、それだけがいけないことなんですか?」


 空気が張り付いた。

 シルファーさんが驚いた、というよりも何か本当に化け物をみるような目を向けてくる。

 だけど、私は止めない。


「それだけの事がいけないなんて何で思えるんですか? それだけの事が出来ない人だっているんです、だから私は、それだけの事で十分だと思うんです。過度な幸せは自身の崩壊しかうみませんから」


「……いいでしょう、もう私に止まってと言う資格はありません」


「はい」


「まちなさい真木さん。まだ私がいますよ」


 シルファーさんが下がったと思ったら、ルシファーさんが出てきた。

 出てくると思った。

 さぁ、ルシファーさんはどう出てくる?



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