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皆さんに楽しんでいただければ幸いです♪

 俺は警備員にその少女を連れてくるように指示した。

 出来るだけ優しく俺のところに連れてくるようにと。

 ほどなくして、捕まった少女はそれでも叫びながら暴れていた。


「サッチーは私の嫁だああああああああああ!!」


「先ほどからこの状態でして……」


 警備員は困ったようにする。

 俺は少女を離すように指示をした。

 警備員は危険ですと反対したが、俺は強要した。


 その時、俺に用があったのか、娘が入ってきた。


 離された少女はすぐに走り、俺に真正面から向かい合い、リコーダーの半分、折れた部分で尖った所を俺ののど元に突きつけてきた。

 警備員が銃を抜く寸前までいくが、やはり俺は制止する。

 少女は叫んだ。


「サッチーを幸せにしろ!」


 第一声はそれだった。


「親だろう!? だったらサッチーを悲しませるな! 喜ばせろ!」

「楽しい思い出包め! 希望を聞いてやれ! 独りに何てさせるんじゃない!」

「もっともっと、サッチーの周りが幸せで埋められる事だけを考えろ!」

「サッチーにはサッチーの道があるんだ! それを自分の都合だけで曲げるな! 手助けしてやれ!」

「もう二度と、私の大好きなサッチーを悲しませるな!!」

「もっともっと私の大好きなサッチーに幸せを送ってやれ! してやれ! 幸せがいっぱいで、どうしようもなくなるくらいに幸せをあげろ!」

「社会の事情? 家の事情? 親の事情? そんなもの関係あるか! それに巻き込まれたサッチーがどれほどの思いをしたか分かっているのか!? どれだけ辛い思いをしたか本当に分かっているのか!?」

「だったら今からでもいい! 二度とサッチーが悲しまないようにしてやれ!」


 ぜいぜいと方を揺らす少女。震えている手。

 聞くまでも無かった。

 少女がここに来た理由は単純にして明快なものだった。


 サッチーを幸せにしてあげたい。


 それだけの為に少女は俺の家に入ってきたのだ。

 リコーダーを武器に、何度も挑戦したりしたんだ。

 婚約を破棄させるにはどうすればいいか、それを必死に考えた結果、他に婚約相手がいれば問題ないんじゃないかと、出来もしないことを掲げていたのだ。

 そして、全てを言い切った少女はまるで何かが切れたように倒れた。

 俺の方に倒れて来たので、俺はそれを優しく受け止めた。


 何て優しい子なんだろうか。

 何故たった一週間だけ一緒にいた他人の為に命を懸けられるのだろうか。

 いろいろと考えたい事はあったけど、今は一つの事実だけが嬉しかった。


 娘はどう思ってるか知らないが、娘の事を一人の少女として、俺の娘というのも、世間一般に言う大金持ちの娘というのも、娘につく数々のレッテルの全て無視した上で、娘だけをみて友達となってくれた少女だいることが、嬉しかった。


「お、父様……」


 娘が震えた声をあげる。

 手からいろいろと紙が滑り落ちた。

 チラッと見ただけでも、“人を一人殺せるような計画”の作戦が書かれた紙だ。

 俺はそれを見ないふりした。

 きっと娘には娘の言い分があるのだろう、それを責めるつもりは毛頭ない。


「…………お父様、お願いがあります」


「なんだ?」


「私は、婚約を破棄したいです」


 娘が初めて自分の意思を告げた事だった。

 理由は問うまでもない。

 今俺の腕の中で眠っている少女がそれを成し遂げてくれたのだ。

 俺は嬉しくなった。

 俺達三人がこれから、うらやましがられるような“家族”になれると思ったからだ。



――――――――――――



「そういえばそんな事がありましたね~」


 母衣はニコニコと笑みを浮かべながら、思い出している。

 俺達にとって真木とは幸せそのものだから。


「だけど、真木ちゃん自身は幸せじゃない……」


「あぁ……」


 俺は顔を渋くする。

 そう、母衣の言う通り、真木自身はまったく幸せな状態ではないのだ。


 両親は他界。

 後見人も保護者もいない。

 一人で小さなアパートに、働きながら住んでいた。

 娘一人増えただけでも、そうとうキツかっただろうに、真木は娘にだけはご飯をあげた。それは後から娘が聞かせてくれた話だ。

 真木が食べなかった日は一週間のうちで四日あったらしい。


「だから真木を娘と一緒の学校にいかしたんだけどな」


 俺はそれが嫌だった。

 傲慢かもしれない、自分勝手かもしれない。

 例えどんな風に言われようと、俺達を幸せにしてくれた真木が幸せじゃないなんて思いたくも無かった。

 だから俺は真木にお金の援助をする事に決めた。

 だが真木は、いらないと、自分に分けられるお金があるならどこかの不幸な人の為に寄付してくださいと言った。

 俺が思いをうち明けると、寮と学校のお金の援助だけ受ける事にしてくれた。

 しかしそれも、俺と母衣と娘が喜ぶからという理由だと知ったのはすぐだ。

 真木はその後も食費その他諸々はアルバイトで稼いだお金を使っている。


「真木自身の幸せは一体どこにあるんだろうな……」


「いつかきっと戻ってくればいいですわね、真木ちゃんの幸せ」


「あぁ……そうだな」


「えぇ……♪」


 俺達は今此処に二人でいれる当然の幸せを感じながら、ゆっくりとした時間を過ごす。

 真木がとりもどしてくれた幸せを。


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