26 フウタ は おおなみ と たたかっている!
――『オーシャン先輩。もしも先にあの人に会えたら、みんなが探してること、伝えてください! 次はぜってー勝つんだ!!』
――『貴方がチャンピオンに再会するのは、おそらく難しいでしょうが。念のため、伝えておきますわ。あの男に、必ずや再戦を誓わせてくださいまし』
――『じゃ、先に行くね、オーシャンくん。もし気が変わって、私よりも先にあいつに会ったら……必ず、ぶん殴ってやってね』
――『俺はもう行く。万が一コロッセオに、あいつが帰ってきたら教えろよ。どうやって? んなもん、手紙で良いじゃねえか。……住所? 必要なのか?』
――『貴方を切り刻むのも、僕の望みではありますが。それ以上に、僕はあの男を裁断したい。ああ、先に貴方が出会えたら、その時はどうぞ宜しく』
――『勝手ながら、わたしは今日限りでコロッセオを辞めさせていただきました。皆さんには宜しくお伝えください。もしもフウタさんを見つけたら、どうかご一報を』
――『他の誰でもない、お前だから。オーシャン・ビッグウェーブにしかこんなことは言わねえ。お前にしか託せねえ』
『――俺の分も、ぶつけてきてくれ』
《蒼海波濤流:
くるりと風車のように手首で回転させた七海征覇を、空中で掴み取る。
握りしめるは両手。
振り下ろすはコロッセオ最速の刃。
オーシャン・ビッグウェーブの真価は、"遊び"とも取れるその無駄な動きなどではない。むしろ、その"遊び"から生まれる想像を絶する緩急だ。
322本。
相手の得物を両断した数では他の追随を許さない、オーシャン・ビッグウェーブという男を象徴する強み。
「く、は」
しかして渾身の振り下ろしは半ばで押し留められる。
片手で振り回すだけでも脅威となる七海征覇を、両手で、全力で叩きこんで尚折れぬ鈍ら。
「おっまえ、マジで言ってる?」
「こうでもしなきゃ、折れるだろ……!?」
「だから普通折れるんだっつってんだよ!」
刃と刃がぶつかるその着弾点。
振り下ろしに応じるフウタは下から自らの鈍らを片手で振り上げ、もう片腕の前腕を、刃を後ろから支える補強に使っていた。
「おおおおおお!!」
「く、はは!!」
支えるどころか、七海征覇ごとオーシャンを振り払うように腕を一閃。
鈍らの刃毀れこそあるが、それでも折れるよりは数倍マシな状態だ。
弾かれたオーシャンは軽く後方へ飛ぶと、我慢しきれず笑い出す。
「いや、いやいやいや。おっかしいだろお前それマジで。よくそんな鈍らと心中出来るっちゅーか?」
「お前だって、出来るはずだ」
「ゆーてもオレのは
その会話を聞いて、ライラックは呆れるように半眼でフィールドを見やった。
確かにフウタは大概だが、いくら信頼しているからと言って、得物の中では脆い部類に該当する"刀"という武器で同じ芸当が出来るというオーシャンも中々に酷かった。
「っぱ強ぇな、フウタ」
さてどうしたものかと頭を掻くオーシャンに、フウタは一度大きく息を吐いて首を振る。
「いや――お前も強いよ。オーシャン」
「やっべ照れるんですけどー!」
「少なくとも最後にやり合った時より、ずっと強い」
「あー、そりゃしゃーねーべ。ゆーてもオレ、しばーらく挑戦権無かった系だし。それに」
七海征覇を、まるで棒きれか何かのように持ち上げて、その刀身を眺めながら――まるで隙だらけのその風体のまま――言う。
「っぱ覚悟が違ぇんだな、これがな」
「――ふ、そうか」
思わず、フウタは笑ってしまった。
なんという、軽い言い方だろう。
それでも不思議と伝わってくる、彼の"覚悟"。
ああ、なるほど。期待を背負う男とは、かようにあるべきなのだ。
「お、めちゃんこ良い笑顔じゃん。画家でも呼んでくる?」
「いや良いよ……俺なんか描いても仕方ないって」
「そうか? まー確かに、もう少しイケメンになって貰った方が絵になるか」
ぽい、と放り投げた七海征覇をキャッチして、オーシャンは構える。
「今褒められても嬉しくねえな。っぱオレ、男の子だからさ」
駆ける速度こそ、陸之太刀には及ばない。
けれど刀を振るう速度は、薙ぎ払うトップスピードは、あのプリム・ランカスタが鎗を突くよりも速い一閃。
「自分でもぎ取ったものしか、嬉しくない的な?」
突くという縦の動きよりも大きく風の抵抗を受ける、払う横の動きでありながら。相手の反応する速度を超える一撃は、まさしく最速の名を冠する大波のそれ。
だが、"最速"は決して、最良の一手ではない。
有象無象の凡百相手ならいざ知らず、目の前にいるのはコロッセオ最強の剣士。
が、と鈍い音を響かせて、その一閃を受けるフウタの刀。
受けに徹するその構えは、最速を叩きつけて尚びくともしない城塞。
しかしオーシャン・ビッグウェーブは動じない。
彼の動きは織り込み済みだ。
模倣の達人は自らの100%を出し切ったところで、倒れてくれはしないのだ。
分かっている。
だからこそ、オーシャン・ビッグウェーブは勝ち筋を冷静に見出していく。
防がれた七海征覇を引き戻すことなく、受けた鈍らをなぞるように奔らせる。
勢いのままにぶつけて折るなど剣士の名折れ。
七海征覇の
逆袈裟に切り上げる速度は最速。
フウタを攻勢に転じさせないままに攻め立て固めるのは前準備だ。
がむしゃらに攻撃をしたところで、フウタの闘剣は越えられない。
だからこそ、自らの最速を。10割の自分を見せつけて、そこからの落差で相手を崩す。
逆袈裟は回避。ならば上段からの振り下ろし。受け止められれば突きに転じ、弾かれたなら水面斬り。
まるでリヒターの使う《ランダー流決闘術:一筆》のような流れるような剣技は、他の剣士が受ければひとたまりもないだろうラッシュ。
ライラックとて、リヒターのその技を受ける前に倒すことを心がけているほどのそれを、オーシャン・ビッグウェーブはただの牽制として繰り出してくる。
こんなもんで沈まないだろ? とでも言いたげな信頼に、当然の如く応じられてオーシャンは笑う。
――やっぱ、強ぇわ。
――流石は、オーシャンか。
視線の交錯は一瞬。
以前、フウタはライラックに告げた。
天下に轟く天下八閃の中でも、壱之太刀と弐之太刀の2人は別格であると。
その言葉が間違いでなかったことを、フウタは改めて噛みしめた。
久々に剣を交えて分かる相手の技量。積み上げてきた鍛錬の質。そして、ただ力押しで無い、敵を倒す為の方程式。
鍛錬の数は、きっと天下八閃だろうが――その下のマイナークラスだろうが、或いは武器を握る全ての人々が当然こなす最低限。
技量とは、その鍛錬の末に会得した技や経験。
この2つが揃っていれば、自らと同等以下の敵には負けはしない。
圧倒的な技量からくる凄まじい技に、相手は手も足も出ず、理解も出来ずに膝を屈することだろう。
だが、同等以上の相手と刃を交えようと思った時、敵を倒す為の方程式、つまりは勝利への鍛錬が顔を出す。
相手もこちらも、手の内は全て露見している状況で。如何に闘剣士として勝利を得るか。
オーシャン・ビッグウェーブの回答は、波のような緩急。
それは速度のみにあらず。力のみにあらず。自らの技量そのものを操り相手を惑わせながら、自らは常に相手の最大限に備えることが出来る彼ならではの戦い方。
自らの長所を理解し、それを活かした戦法を組み立て、さらにはその強みという刃を磨き続けたからこそ、天下八閃弐之太刀はここに居る。
フウタの瞳には、相手の鍛錬の軌跡が見える。
『お前、頑張ってるよな?』
そう、いつかオーシャンに告げたのはそう。
彼が自らの腕を磨くだけでなく、普段の生き方から相手の油断を誘い、何より"下手な振り"をする鍛錬さえも常に行っていたと、分かればこそ。
ライラックさえ見抜けなかった、彼の"武人"としての技量。
それは見抜かせないよう常に鍛え続けてきた、自らの最適解を理解した上で理想に向かって鍛錬をし続けてきたオーシャンだからこそ。
――そんな彼を、元からフウタは素直に尊敬していた。
鍛錬を続けた。鍛錬を続けた。鍛錬を続けた。
強くなるのは当然のこと。闘剣士として認められるために、自分はただ武を磨くことをがむしゃらに行うことしか出来なかった。
自分というものを理解して、磨き続けるオーシャンのことは眩しく映ったものだ。
けれどどうやら。
この素直な敬意は、受け取って貰えないらしい。
男の子だから、と彼は言った。
それは、つまり。
《蒼海波濤流:
「っ」
「ひゃっほう!!」
連撃の果てに繰り出された"蒼海波濤流:崩れ波"。ただ受ければ詰む二連撃。
それをオーシャンは勝手にアレンジし、"ダンパー"と名付けた。
乗れない波の名を冠するその技を受けるわけにはいかない。
理解しているからこそ、避けるか、強引に受けるか。
だが避ける手は、オーシャンの怒涛の全力攻撃が封じていた。
完璧な詰み手順。連撃に次ぐ連撃で回避の目を潰されたフウタには、もはや回避の道は残されていない。
だから、フウタにはこれしかない。
《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ=蒼海波濤流:
そうだ。
同じ技をぶつけるなどといった行為は、同門の学び手以外には不可能だ。そして、オーシャンのように既に蒼海波濤流を皆伝し、勝手にアレンジまで加えた人間にとって、同じ技を撃ってくるような相手はいない。
だから。
「……だから、オレってば勝てなかったんだよねぇ」
「っ――」
オーシャンがそう呟いた瞬間、フウタは目を見開いた。
「――
「嘘だろ、オーシャン」
「こんなもの、対お前以外でやらねえよ!!」
そう。
必殺の決め手たる、《蒼海波濤流》の絶技すら。
――オーシャン・ビッグウェーブはわざと手抜いた。
「手抜いた崩波に崩波をぶつけられたらどうなるか。ゆーてもオレ、2年間ずっと考えてきたんだぜ。ただ1度だけでも、お前に勝つためにな!!!!」
フウタと最後に闘った日、オーシャンは自らアレンジした技を模倣され、それに対する答えを出す前に敗北した。
だからこそ、ただフウタに勝つ為に力を磨いていた。
「だからこいつで決める!!」
《蒼海波濤流:
崩波は受ければ二撃目を避けられない。
この場合、フウタとオーシャンは同時に"受けた"ことになる――が、わざと手抜いたオーシャンは、刃を逸らして一撃目を回避した。
そしてフウタが放つ二撃目よりも先に、コロッセオ最速の七海征覇が、八つ目の海を刺しにかかる。
弾かれたと同時手首を中心に回転させた七海征覇を、そのまま突きに転じさせる高速技。
風を置き去りにする速度に、空が唸るように悲鳴を上げる。
寸止めで勝利ならば狙うはフウタの喉元だ。寸分の狂いなく放たれたそれに、フウタは為す術も――
「怖いな――手抜くのって」
「ぶっ……くははは!!! お前!! オレの全部を持ってくつもりか!!」
回避は間に合わない。刃を持ってくるのも間に合わない。
ならば答えは1つだった。
目の前のオーシャン同様、わざと上体を崩せばいい。
口にするのは簡単だ。だがオーシャンのこれは技ではない。
全力で倒しに来ている相手を前に、体勢を崩す。
次にどうなるかも分からない、そのまま詰むかもしれないと分かっていて、フウタは受け身も取らずに後ろへ倒れたのだ。
だがそれだけが、唯一オーシャンから逃れる方法。
自分の7割で戦う。その真骨頂すら、フウタは模倣してみせた。
「……」
フウタはふと、頬に触れた。
ぬるりとした生温かい感触は、久々。
「刃で傷を付けられたのは、何年ぶりだろうな」
「ははっ」
とん、と七海征覇を肩にやり、オーシャンは笑う。
「その賞賛は超嬉しいわ。男の子だからな」
「そうか」
「おーよ。ついでに言っとくと今のフウタは中々イケメンじゃね?」
「そうか」
イケメンになって貰うとはつまり、傷のことかとフウタは納得した。
「じゃあ、覚悟は良いかオーシャン」
「出来てるぜ。何のことかわかんねーけど」
「お前にも、今よりイケメンになって貰う」
「いーねー、最高じゃん」
立ち上がったフウタは刀を握り、眼前のオーシャンを見つめて告げる。
「お前の全力と手抜き、両方模倣すれば良いだけの話だ」
「マジかよ。出来んのかよおい」
「……分からない。同じ人を、2人いるような感じで模倣とか、したことないしな。でも」
「でも?」
フウタは笑う。
「俺に勝つためだけに、こんな凄いことしたお前にさ。このまま負けましたっていうのは、ちょっとダメかなって」
「意味わかんねー!」
オーシャンも笑う。
視線が交錯すること、数秒。
もしもフウタに負けてはならない理由があるとすれば、最強で居続けることがライラックとの約束だからだ。
けれど、今に限っては、不思議とフウタにそのプレッシャーは無かった。
ただ、訪れたオーシャンに、自らの全力をぶつけることしか考えていない。
「ま、いいや。全力のフウタを倒せなきゃ意味ねーし」
「意味が無い?」
「おー」
七海征覇を構え、オーシャンは一度目を閉じる。
脳裏に響く、他の天下八閃に託された言葉。
もう、フウタと会えることは無いと思っていたけれど。
それでもこうして、刃を交えることが出来たのなら。
「ゆーてもオレ、天下八閃背負ってっから」
「……そうか」
互いに上がる口角。
フウタは確かに、オーシャンの先にかつての歴代最高のメジャークラスの面々を幻視した。
「たとえば俺が、訪れる八つの
もう逃げることはない。
ただ、全力を尽くす相手に敬意を払うのみ。
「――かかってこいよ。俺も2年前より、ずっと強いから」
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