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23 おうじ は おうじ を なげすてた!




 ――好きなことをして生きて良い。


 父親にそう告げられたのは、12歳の時のことだ。


 元来奔放な性格であったバリアリーフは、上の兄弟たちと違い、厳しい家庭の中でも好き勝手に育った。


 学問も武術も、圧倒的な才能で吸収していく彼にとって、授業の時間は退屈だった。1を聞けば10を知る。それが故に、子供心が顔を出す。


 隙があれば城を抜け出し遊びに興じていた彼は、気づけば悪童たちから慕われるリーダー的存在になっていた。


 海に乗り出し、衛兵をおちょくり、そして何より刀を振り回すのが好きだった。


『皇子マジすげえ』

『お前天才かよ』

『何やらせても半端ねえもんな』


 街の悪童が口々にそう言う。

 その期待に応えようと、いつもバリアリーフは全力だった。


 サーフィンの腕を磨き、剣術を学び、人々の心を掴む術を学んだ。


 手の付けられない第五皇子。そう皇都で噂になりながら、しかし城に仕える者で彼を悪く言う者は居なかった。


 生来のカリスマだと、人は言った。


 いずれにせよ、彼という存在は12歳にして皇都の人心を掌握するに至っていたと言っていい。


 だからこそ、公務を放り出して自由に生きることを許可された時、バリアリーフは思った。


 自分が邪魔になったのではないか、と。


 "そういう"感情が人間に宿ることがあると、バリアリーフは知っていた。

 そして、己の"職業"も理解していた。


 ならば、父や親族がバリアリーフを邪魔に思ってもおかしくはない。


 だから。


 ――好きなことをして生きて良い。


 そう告げられた時、バリアリーフの心に起こった感情は歓喜ではなかった。


 裏を返せば、政治に関わるなということだろう。

 幼きバリアリーフは父の言葉をそう解釈して、ますます街の同年代との遊びに拍車をかけた。


 ルリの母、アザレア姫が楽しそうに彼を見つめていたのは、この頃だ。


 そのアザレアを、バリアリーフは「姉ちゃん」と呼び慕っていた。腹違いの姉弟ではあるけれど、病弱な姉と奔放な弟は相性が良く、また互いに政治に意欲的でないことから、付き合いやすかったというのもある。


 自分が何をするべきなのか。


 そんな相談を、バリアリーフはアザレアにしたことがある。


『――じゃあ、好きなことを見つけるところからね』


 微笑む姉に、バリアリーフは強く頷いた。


 好きなこと。

 海で遊ぶこと、仲間と遊ぶこと、剣を振り回すこと。


 どれも好きだったが、しっくりこない。


 だが、転機はすぐに訪れた。


『コロッセオってあんじゃん、あんなんバリアリーフが行ったら速攻で優勝っしょ』


 悪童仲間の1人がそう言ったのを皮切りに、転がるコロッセオの話題。

 剣の強さを競う祭典の場。


 バリアリーフはそれに強く惹かれた。


 剣を振り回すことが好きだったのかと言えば、違う。


 口々にバリアリーフに掛けられる期待の言葉。


 それに応えたいという強い想いが、彼を動かしたのだ。


 そして街の仲間に背中を押され、バリアリーフは家を出た。


 ちょうど、アザレアの婚約が決まった頃のことだった。









 ――数年前。コロッセオ。



 壱之太刀と弐之太刀のカードは、事実上の決勝戦とも謳われるほどに白熱した試合だった。


 通算戦績にして、勝率は互いに6:4。


 チャンピオンへの挑戦権を掛けたシーズン最終日の人の入りは、それはもう凄まじいものだった。


 弐之太刀。名を、オーシャン・ビッグウェーブ。

 彗星の如く現れた剣の天才。

 異国情緒溢れるその出で立ちと、軟派ながらも整った風貌。そして不思議と人を惹き付ける強いカリスマ性で、コロッセオですさまじい人気を誇る闘剣士としてその立ち位置を確立していた。


 そんな彼のバトルスタイルは、相手を翻弄するような我流の剣術。

 動きには無駄も多く、まるで遊び人のようにふらふらと刀を振る様は、対戦相手のペースを乱す。


 基礎がなっていない、と批判する声もあった。

 確かに立ち居振る舞いには武人としての体幹が欠如しており、普段からファンサービスに余念が無かった彼は、だから壱之太刀に勝てないのだとも吹聴された。


 大人気闘剣士であったからこそ、勝たせたいが故に外野が叫ぶ見当違いなお節介。


 それでもオーシャン・ビッグウェーブは彼らに笑顔で応え、自分のバトルスタイルを変えることなく、ひたすらにチャンピオン目指して剣を振るっていた。


 ――険しい道だった。


 人々の声援を受けて刀を振り回す日々。

 休みの日には街に繰り出し、ファンとの交流に精を出し。

 試合の日には皆を盛り上げ、演出を交えてその才能を発揮する。


 天才剣士オーシャン・ビッグウェーブは、期待に応える戦い方を知っていた。


 それは幼少期から続けてきたことと同じ。


 天才性を売りにして、ファンと仲良くなって、そして。


 決して努力をしない。鍛錬をしない。


 故にこそ、天才剣士。


 けれど。




『勝者ァ! チャンピオン・フウタァ!!』



 

 チャンピオンには、届かない。それどころか、挑戦権を獲得することすら熾烈な争いを必要としていた。


 今日も結局、フウタとの試合は壱之太刀に取られて。

 その壱之太刀もまた負けた。


 歓声とも呼べない落胆の響くコロッセオから、とぼとぼと帰ってくるチャンピオンを、バリアリーフは呼び止める。


『よっ』


 バリアリーフは、歯がゆかった。

 生来の性格から、上手く行ってないヤツを見過ごせなかった。


 チャンピオン・フウタなどその最たるもの。


 だからちょっとアドバイスをしてやるくらいの気持ちで、彼に告げる。


『なんかこう、イメチェンしてみねえ?』

『イメチェン?』

『ゆーてもオレ、よく分かんねえけど。そうなー』


 腕を組み、悩む。

 やはり、この不愛想とつまらない感じ、そして空気の読めない戦い方が、チャンピオンを不人気にしているのだろう。

 それは分かっていた。


 だから言った。


『じゃ、オレみたいに、もう頑張るのやめちゃうとかどーよ』

『……?』


 いつもファンと遊んでいる、天才剣士。

 自分が人気なのだから、きっと同じことをすれば彼も。


 そう思っての提案に、フウタは彼を上から下まで見つめて。


 言った。


『お前、頑張ってるよな?』


 その一言が何を差しているのか、すぐに察せてしまった。

 フウタがどういう力を持っているのかは知らなかったけれど、それでも。

 ファンサービスを頑張っているとか、セルフプロデュースを頑張っているとか、そんなことではない。


 ただ。その裏でチャンピオンになる為に、必死に振るっている剣に気付かれたというだけの話だ。


 ――期待に応えるための努力は、見せてしまえばダサいだけ。


 フウタは首を傾げたまま、力なく立ち去っていく。

 その背に声をかけることも出来ず、バリアリーフは額に手を当てて唸るように呟いた。


『あーあ、オレってば超だせえ』


 どんなに努力しても届かない相手に、その努力さえ見抜かれてしまったら。


 もう、期待も何もあったものではない。


 それだけは。そう、それだけは、オーシャン・ビッグウェーブにとって、バリアリーフ・F・クライストにとって、許せないことだった。



 だから。



『おいフウタ!』


 指を差して、引き絞った弓を放つようなジェスチャーと共に。


『オレが、期待させてやる。必ず倒してやるから、楽しみにしてろよ?』


 その、挑戦者に何も期待していない瞳を、今に闘志に変えてやる。


 そう誓った日があった。





 フウタが追放されたのは、それからしばらくしてのこと。




 だせえのは、嫌いだ。


 だせえままなんて、我慢がならねえ。


 世界中、どんなヤツでも期待させるのがオレの職業(いきかた)


 だから、いつかきっと。この手でチャンピオンの瞳に光を宿す。



 そう信じて、コロッセオで待ち続けた。

 人を使い、彼を探し続けた。



 ――父の訃報と、祖国の動乱を耳にするその時まで。

















「やっぱり、オーシャンなのか?」


 確信にも似た問い。


 バリアリーフ・F・クライストなどという名の皇子と、フウタは面識が無い。


 けれど、その風貌とその口調。

 そして武人らしからぬ立ち居振る舞いに、提げた刀はあの日と同じ。


「ふぅううう……。オレってば超だせえ。ライラっちゃん、いつ知ったの?」


 額を覆う手で隠された彼の瞳は、何を想っているのか悟らせない。


『そろそろ素直になってはどうですか』


 告げられた言葉に含まれた確信に、バリアリーフは問い返した。


 オーシャン・ビッグウェーブという男と、バリアリーフ・F・クライストを線で結ぶことはそうそう出来ることではないのだ。


 ましてやバリアリーフは、"武人に見えない"。

 そのバトルスタイルが影響して、武人に武人と悟らせない身体になっている。


 だというのに天下八閃の弐之太刀であると弾き出した彼女の頭脳。


 そして、敢えてフウタの前で明かした理由が、バリアリーフは欲しかった。


「理由は幾つか。見た目の情報は勿論ありますが、オーシャン・ビッグウェーブと貴方の"職業"との一致は大きな点でしょうか。5年間の放蕩について意図的に伏せていたこともそう。――闘剣の為に国外へ、などとは、あまり考え付きませんから。そこは少し、思考に時間を必要としましたが」

「……なら、そりゃ間違ってるわ、ってならねえ?」

「なりますね。……あのことが無ければ、わたしもそう考えていたでしょう」

「あのこと?」


 ええ、とライラックは頷く。


 そして、ちらりとバリアリーフの刀へと目をやった。



『貴方、他に強い目的があるでしょう』


『――。……確信があった、的な?』




『有っちゃ、いけねえんだわ。その目的は』


『……有っては、いけない?』


『ああ。オレは、バリアリーフ・F・クライスト。皇国第五皇子にして、親孝行の為にこの王国へ来た』




 ライラックは、どこか素を感じさせるような、砕けた笑みをバリアリーフに向けた。

 それは、彼が彼女の本性を見抜いているからこそ。


 ――そんなライラックの表情に、1人驚く無職が居たのはさておいて。


 ライラックは、武人としての自らとバリアリーフを重ねて笑う。


「――たとえばその刀が呪いによって、あと1度しか抜くことを許されないとして」


 バリアリーフの武器は、"契約"によってあと1度しか振るうことを許されてはいなかった。

 それを是とした彼はもう、皇国の動乱には手を付けないと決めたのだろう。家族と争うことをしない。父の遺言を全うする。そのために戒めを自ら掛けた。


 その事実を、ライラックは知って。


 ああ、と気付いた。


『超可愛い女の子とイチャイチャしたい』

『他? あー、目的の話か。なんだろ。え、イベントとか? 超やりたいよね。イベンターバリアリーフ的な?』

『え……他……王国の酒でプール作りたい……とか……』


 その全てがどうでもよくなるくらいに強い目的。


 けれど、我欲でしかないと分かっている目的。


 ――第一皇子との契約を経てなお、諦めきれずに調べ続けてしまったが故、辿り着いた。辿り着いてしまった。


 王都に、探し求めていた男が居ることを。


「わたしなら。(いただき)に挑む」

「ライラっちゃん……」


 ふう、と大きくため息を吐いたバリアリーフは頭を振った。

 そして額から手を放し、その瞳が露わになる。


「――っ」


 ライラックは息を飲んだ。


 皇国皇子としての使命を果たす為の、強くしなやかな瞳。違う。

 普段のチャラけた素を見せる、活発で無気力な瞳。違う。


 鋭く闘志を湛えた、見たこともない剣士の目。


 それは、最早ライラックを見ていない。


 この場に居る誰も彼もが眼中に無い。


 ただ1人。


 視界に入っているのは、ただ1人。


「――っぱダメだわ。一度目にしたらもう、他の目的とかどーでもよくなっちまう。マジ皇子失格だわ。幾つに、なってもさ」


 こんな息子でごめんな。


「女の子とイチャイチャしたいとか。イベントやるとか。ましてや酒でプールとか。――親孝行、とか」


 その刀を握り、正面に立つ頂だけを見つめて、オーシャン・ビッグウェーブは告げる。


「何も要らねえ。お前ともう1度戦えるなら」


 フウタ。


「試合、してくれよ。――あと腐れなく、オレが今度こそ皇子に戻れるように」




 ――物語の幕が()け、剣士来たりて、頂に挑む。



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