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22 おうじょ の いつもの



『貴方の腹心が王都で勝手にやっていることとは、無関係だったのですね』

『……なんだって?』







 ――王城王女私室。


 フウタたちがパーティへと出かけた直後のこと。

 ライラックを、もう一度バリアリーフが訪れた。


 その表情は険しく、ライラックは粗方の状況を察して紅茶を入れる。


 事情のすり合わせが終わり、彼の連れてきていた監視役であるエルフリードが、王都でウィンド・アースノート及びルリ・アースノートの捜索をさせていることが明らかになった。


『ルリ・アースノートは、5年前に失踪したルリ・S・クライストその人でしょう。名前を変えなかったのは片手落ちと言わざるを得ませんが……』

『まー、そこはあれっしょ。名づけ親に思い入れがあったとか』

『おそらくはウィンド・アースノートが護衛をしていた母、アザレアが名付けたのでしょうね。さて、どうしますか』


 難しい顔のまま、バリアリーフはライラックを見る。


 澄まし顔の彼女はどうでも良いとでも言いたげで、これは皇国の問題であると突き付けていた。


 同時に、王都が迷惑をこうむっているということも。


『エルフリードは何故、こんなことを?』

『……ぶっちゃけるしかねえか。あいつぁ、第一皇子レイスドーラ、ま、オレの兄貴の部下っちゅーか。今の国でめっちゃガチってる中心の1人に付いてるってわけ。その兄貴が、この前1つの州を制圧した』

『――なるほど。そこがアザレア姫が嫁いだという』

『そういうこと。そこの領主がまーまー惨めな命乞いしてんだけど、そこで発覚したのがルリ姫居ねえって問題。皇族の血は血統証明書以外にも、背中の紋章として出るもんだから』

『とにかく回収しなければならない、と。では、回収が出来なくなれば、その男も、エルフリードもどうなるか分からないと?』

『ま、そんな感じ? 兄貴は内乱おっぱじめた張本人だし、色々やらかしてることもあるし。あの性格だから、もう殺してっかもしれねえけど? エルっちゃんは……まあ、悪い奴じゃねえんだけどさ』

『そこはどうでもよろしい。本題は』

『……分かってる。オレは責任持てねえけど、皇国に責任があることは、オレが認める』

『宜しい』


 頷くライラックに、バリアリーフは頭を抱え、盛大にため息を吐いた。


『……ったく。こんなでけえ隙をライラっちゃん相手に』

『あら。これ幸いとわたしが貴方を追い出す口実にすると?』

『しないの?』

『さて』


 どうでしょうね、と肩を竦めるライラック。

 皇国との婚姻を結ぶ理由は確かに薄れた。


 けれど、この男には別の利用価値がある。

 ライラックはそう踏んでいた。


『ま、ちゃんルリのことはオレが全部どうにかする。あの子の望む生き方が出来るように、邪魔なものは全部排除してやる』

『です、か。どうでもよろしいが』

『どうでもよろしいならこんな下調べする?』

『貴方と皇国について洗っている最中に見つけたものですから。わたしにとって大切なのは、わたしの企画ただ1つ』

『……ふぅん』


 よく分かんねえけどさ、とバリアリーフは告げる。


『もうちょい、素直になった方が良いんじゃない?』




























 ――到着した馬車に、その場に居た人間の殆どが振り返った。


「……こ、これはいったい」


 開かれた扉から降りてきたのは、1人の少女と、1人の青年。

 そしてもう1人、禿頭の男性。


「ライラック様、こんなところにどうして!」


 いち早くその少女に気が付いたフウタが慌てて声を掛ける。

 彼女はフウタを見るなり心底ほっとしたように胸を撫でおろすと、優しい笑顔で応えた。


「フウタこそ、どうしてこんなところに。わたしは、皇子殿下とたまたまここを通り過ぎようとして……。でも、無事で良かった」


 あ、芝居モードだ。

 フウタは察した。


「どうしてと言われると、その。こちらのウィンドさんを多くの"暗殺者"が狙っていて」

「それでオルバ商会がこんなことになってしまった、と?」

「はい」


 頷くフウタに、ライラックも小さく応じる。

 ただ少しばかり素っ気ない彼女の雰囲気は、どうにも芝居だからというわけではないらしい。

 最後に会った時から、機嫌は損ねたままのようで。


 とはいえ、どうしたものかと悩むような時間は与えてくれないようだった。


「皆さんと……オルバ商会の方々はご無事でしょうか」

「それは……」


 本部の北東部はほぼ完全崩壊と言っていい有り様だ。

 他の区画こそ無事を保っては居るが、明かりはどこにもついていない。


 口ごもるフウタや、事情を知らないプリムにウィンドといった面々は首を振るばかり。


「――関係者全員の無事が確認できました。オルバ商会の護衛たちに負傷者が出ているものの、損害はここを除けば殆ど無いかと。衛兵も呼んであります」


 そう声を掛けたのは、騎馬を駆って到着した少女だった。

 ひらりと馬から飛び降りると、一礼してライラックにそう告げる。


「そうですか……。争いとは、やはり胸が痛みますね」

「はい。心中お察しいたします」


 悲し気に首を振るライラックに、少女――ミオンは頷く。


 おそらく彼女が今まで手配してくれていたのだろう。

 既にオルバ商会周辺には衛兵たちが完備されているということで、ほっと胸を撫でおろすフウタだった。


 ライラックがここに来た理由を、細かく知っているわけではない。

 けれど、わざわざ馬車で誰かを連れてきている以上、意味が無いということはなさそうだ。


「で、殿下。これはいったい」

「エルフリード様。わたしにもよく分かりませんが――どうやら暗殺者の襲撃で、王都の誇る商会の1つがこんなことに」

「あ、暗殺者の襲撃っ……!?」


 エルフリードの額を冷や汗が伝う。

 結局皇子と王女の口車に乗って、"近々完成予定の建築物"を観に行くなどという遊行に付き合ったらこの始末だ。


 オルバ商会に暗殺者の襲撃。


 彼が最近手に入れた情報が正しければ、ウィンド・アースノートはオルバ商会の護衛。

 だからといって、こんなに派手に商会を崩すとは。


 男1人殺すには過剰なやり口。これでは、また新たな火種を生んでしまう。


 たとえば、そう。


「……困りましたね。王都としても、メンツというものが」

「さ、さようで」


 頬に手を当て、熟考するライラック。

 天下のオルバ商会がここまでされたのだ。

 治安の悪化、衛兵のメンツ、商会の損害。考えるだけでも、拙いことは山ほどある。


 不幸中の幸いは、まだエルフリードの足がついていないことだったが。


 何故この場に彼が引きずり出されたのか。

 当の本人は、まだ気が付いて居なかった。


 バリアリーフ皇子とライラック王女。


 この2人が共謀して彼をこの場に誘導したことを、きっと彼は最後まで気づくことは無い。


「フウタ」

「はい」


 振り向くライラックの表情は焦燥と困惑に染められて。

 自らの胸をぎゅっと握り、彼女は問う。


「その"暗殺者"、どなたかからお話を伺うことは出来ませんか?」

「はい。でしたら――」

「そ、それは危険ですぞ、王女殿下! 暗殺者と話すなど!」


 慌てた様子のエルフリードに、彼女はやんわりと笑顔で応える。


「安心してください。彼が居れば、どんな相手であろうと何も心配は要りません」

「しかしっ」

「フウタ、お願いします」


 食い下がろうとするエルフリードを無視し、ライラックはフウタの方を振り返って――思わず半眼になった。


「はい。ライラック様の身には傷1つ負わせません」


 何を良い笑顔で言っているんだと、溜め息を吐きたくなるのをぐっと堪えた。

 自分の機嫌が悪いことに気付いていないのだろうか。


 わたしが幸せならそれでいい、などと嘯きながら、自分はメイドと家族ごっこで盛り上がっている癖に。


 こんな言葉1つでやる気になるならもう少し――


 と、そんなことを考えている場合ではないと、首を振った。


「では、お願いします」

「? 分かりました」


 そうしてフウタが招いたのは、パスタくらいの歳の少女だった。

 真っ白な髪と肌。そして、紅宝石のような、強い赤の瞳。


 彼女はライラックとエルフリードの前に立ち、2人を見比べてからライラックへと目をやった。


「そちらはライラック・M・ファンギーニ王女殿下」

「はい。貴方は?」

「識別個体名モチすけです」

「そう、モチすけ。今回の具体的な依頼内容を憶えていますか?」

「肯定します。依頼内容はウィンド・アースノートの殺害及びルリ・アースノートの回収。期限は未設定ですが、依頼達成可能な暗殺者は1組のみ。報奨金5000万ガルド相当と聞いています」

「です、か。ありがとうございます。それで」


 ライラックは続けて問うた。


「――依頼主はどちらに?」


 思えば、エルフリードは気づくべきだったのかもしれない。

 仕事を受けた暗殺者が、こうもべらべらと依頼内容を詳らかにした理由を。


 それから、ライラックが"依頼内容を教えて"ではなく"憶えて"いるかと敢えて聞いた理由を。


 モチすけは、小首を傾げて告げる。


「隣に居る人物ですが」

「なっ!?」


 動揺を隠せないのは、エルフリードだけでなくフウタも同じだった。

 そして同時に察する。なるほど、だからこの人を連れてきたのだと。


 ルリ・アースノートの誘拐、ウィンド・アースノートの殺害。

 つまるところ彼は、皇国貴族。


 そして、驚いた様子なのはエルフリードとフウタだけではなかった。


「え、ええ!?」


 誰あろう、ライラックその人である。


「え、エルフリード、様?」

「ば、馬鹿なことを!! 私が殺しの依頼を、王都で!? いやいやまさか!」

「そう、ですよね。王都で皇国貴族が暗殺の依頼――その結果がこれでは、皇国に何かしらの対応を要求せざるを得ません」

「え、ええ……そう、ですな! まったく!」


 きっちり布石を打っていくライラック。

 エルフリードは冷や汗をだらだら流しながら、モチすけに食ってかかった。


 そも、あの真っ暗な夜のこと。自分は覆面姿だった。

 断定できるはずもない。


「……音声(えいしょう)波形確認。依頼主は貴方です」

「ふ、ふざけるな! 声で何が分かると言うんだ!」

「依頼主が分かりますが……」


 困ったようにモチすけは首を傾げた。


 と、その時だった。


 こつ、こつ、と歩いてくる影は、今まで馬車の前で立ち止まっていたはずの人物。


 その青年の姿にフウタが振り向き、ライラックが振り向き、そして。

 エルフリードが弁解の言葉を吐き出すより先に、告げる。


「ブツも、動機もある。貴方だろう、エルフリード」

「なっ……まさか、皇子!! これは貴方が!」


 こんな状況を仕組むことが出来るとしたら、バリアリーフ以外に無い。

 そう言いたげに叫ぶエルフリードに、バリアリーフは頷いた。


 事実、ライラックとの簡単な共謀であったわけだが――それを教えてやる理由も無い。


 ライラックが既にこの件でミオンと"契約"を結んでいたことも、バリアリーフが護衛たちを既に味方に付けていたことも、エルフリードが知ることはない。


「ルリ・S・クライストがこの王都に居る。兄貴からの命令なんだろ」

「ぐっ……お、皇子、それを認めたら――」


 エルフリードが言い逃れ出来る勝ち筋は、既にバリアリーフをここから味方に付ける他無かった。


 ルリ・S・クライストについて誰がどの程度知っているのかなど、分からない。


 である以上、バリアリーフを言いくるめるのが一番早い。


 何せ、そう。

 ライラックが先ほど言った通り、オルバ商会をこんな状況にし、王都の治安を大なり小なり悪化させた原因が、皇国貴族の暗殺依頼によるものであったと分かったら、皇国と王国の関係は悪化する。


 少なくとも、内乱極まる今の皇国に、王国への対応をしている余裕などない。

 それに、バリアリーフ自身の立場も危うくなる。


 バリアリーフの目的であるこの国での暮らしも、反故になるだろう。


 もしかしたらそれを含めてライラックの目的であったのかもしれないが――身から出た錆であれば、受け入れる他ないというのがバリアリーフの結論だった。


 ゆるゆると首を振り、バリアリーフは諦めたように笑う。


「オレは、騙らない」


 少しばかり素を見せたバリアリーフの一言。


「最後に親孝行がしたかった。――けどやっぱダメだわ。ゆーてもオレ、皇族だし? その責任を果たすって名目でこっち来てんなら、ここで起きたことの責任はオレが取らなきゃダメっしょ」

「何を馬鹿なことを!! 今ならまだ間に合う、お考え直しください! 皇国の不利益は可能な限り排除すべきです!」


 が、とバリアリーフの両肩を掴むエルフリード。


「恰好付けている場合ではありませんぞ。私がやったと貴方が言えば、貴方に私の責任がのしかかる。そう、貴方の管理下にない私の責任がです! 私は依頼など出しておりませんが、貴方がそう言えば――」

「エルっちゃんさ」


 その肩に乗せられた手に、バリアリーフは手を重ねて。

 優しく笑って、エルフリードに告げる。


「ゆーてもお前、今はオレの部下だから」

「――っ、ば、馬鹿なことを」

「馬鹿じゃねーっつーの」


 肩の手を下ろさせるバリアリーフの手は、馬鹿なことをした部下に対するただの呆れ。それ以上でもそれ以下でもない。


「エルっちゃんが兄貴についてんのだって、皇国を早く纏めたいから。オレを帰したくないのもそう。ルリ姫連れ帰るのも……内乱どうにかしてえって以上のことはねえじゃん? でもお前、なりふり構わなすぎなんだよ」

「……バリアリーフ皇子」

「はーあ。馬鹿はお前だよ。――少しは効率以外のことも気にしろよな」


 ぽん、と今度はバリアリーフに肩を叩かれ、エルフリードは歯を食いしばる。


「貴方は……それ以外のことに気を取られ過ぎです」

「そう? 想い願いに人の情。そういうエモい感じこそ、みんなを動かすと思う今日この頃のオレなんだけど」


 笑って、ライラックの前へと歩み出るバリアリーフ。

 力なくうなだれるエルフリードを庇うようにしてライラックの前に立つ姿は、家臣を想う君主のそれだ。


 ライラックは彼の仕草を敢えて無視し、どうでも良さそうに告げる。


「では、皇国――貴方が責任を取ると?」

「しゃーねーんじゃね? ゆーてもオレ、皇子だし」

「です、か」


 へらへらと笑うバリアリーフ。

 その瞳には、ライラックしか映っていない。


 モチすけもイズナも、ウィンドも。プリムやフウタにも目もくれず。


 ただ真っ直ぐにライラックを見据えるバリアリーフは、皇族としての使命を全うすることしか考えていない。


 放蕩していたからこそ、今の自分は全てのことに責任を。


 その重苦しい枷を笑って引き受けた彼の姿が、ライラックはどうしようもなく好きになれなかった。


 多くの民に慕われていたことだろう。

 多くの人に好まれたことだろう。


 望まれるままに、今は皇子として。


 そんな彼の姿は、"今"だからこそ余計に際立つ。


「気づいていますか。バリアリーフ皇子」

「……何にかな?」


 とぼけたように、彼は首を傾げた。

 そろそろ帰ろうか、とでも言い出しそうなタイミングだからこそ、割り込むようにライラックは告げる。


 ライラックの隣には、1人の青年が立っていた。


 何かを言いたげに、ただ佇んでいるその姿を。


 バリアリーフは、一切、視界に入れない。


「わたしが、ここに、貴方を。連れてきた理由です」

「――ああ。やっぱりわざとか」


 ぼりぼりと頭を掻いて、バリアリーフは笑う。


 そんな彼に応えるように微笑んで、ライラックは頷いた。


 そうだ。わざとだ。


 全てを知っていて、わざとここに連れてきた。


 何も、エルフリードに吐かせることだけが、ライラックの目的ではない。


 ライラックとエルフリードが、馬車から降りるなり話を始めた青年を見て。


 彼はしばらく馬車の前で1人立ち尽くしていた。

 

 それが最早、ライラックにとっては確信であった。


 彼女は告げる。


 バリアリーフ皇子と聞いて、何も言えずにいるフウタと。


 フウタを視界に入れず、皇子を全うしようとするバリアリーフの間に立って。


「そろそろ素直になってはどうですか」


 それは、ライラックの私室でバリアリーフが告げた言葉とまるで同じ。








「バリアリーフ皇子――いいえ。元【天下八閃】弐之太刀。オーシャン・ビッグウェーブ」





 

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女の子の日に更新する、バチバチに男の子の話。

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