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21 フウタ に つちおのつかい が いどんできた!





 ――イズナ・シシエンザンは、元【天下八閃】の壱之太刀(・・・・)だ。


 槌斧と格闘術の二刀流。


 その異端のバトルスタイルは観客を魅了し、その実力は天下八閃に到ってさらに華開いた。


 遠近双方に対応し、どんな相手でも叩き潰す。

 彼を彼たらしめる、イズナ・オリジナルと謳われた独特の闘剣。


 思えば、それが彼の絶頂期だった。


 チャンピオンに到達することは、終ぞ叶わなかった。

 そして、後からやってくる何人もの猛者に追い抜かれた。


 取り立てて彼が年老いていたわけではない。

 むしろ、まだ少年と呼ばれる時期に天下八閃へと辿り着いた彼が凄まじいのだ。


 だが、そう分かっていたとしても。



「クソ、クソ、クソぁあああああああ!!!!」



 年齢は大して変わらない、闘剣士として才能を開花させるのが自分より遅かった後輩たちに、次々に抜かれていくのは屈辱に過ぎた。


 最初は勝てるのだ。初めてイズナと戦う"闘剣士"は、どんな相手であれ彼のスタイルについていけない。

 けれど、才ある猛者たちは次々に対応し、記憶し、彼の穴を突いてくる。


 だからいつの間にか、イズナ・シシエンザンは理想の戦闘スタイルと賞賛されることはなくなり。代わりに、天下八閃最初の試練、などと呼ばれるようになってしまった。


 槌斧と格闘術。


 彼に勝てなければ、天下八閃では生き残れない、などと。


 ――現にプリムが後半になって彼に勝てるようになったことが、それを裏付けている。


 そんな風に言われるようになって。

 悔しい中で、鍛錬を続けて。追い越していった背中に再び追いつこうと手を伸ばして。


 それでも、ダメだった。


 やはり異端のスタイルは、王道には勝てないのだと。

 自らが最強だと信奉した戦い方に終止符を打たれたような気がして、イズナは必死に闘剣を続けた。


 槌斧と格闘術。遠近双方に秀でた戦い方は強いんだと。

 それを証明するために。


 だが。



『勝者ァ!! 変幻自在の魔神!!! フウタああああああ!!!!』



 ――弱かったのは、バトルスタイルではなく。


 己であったと、突き付けられた。


 薄れゆく意識の中睨みつければ、その男は最早自分には興味が無いとばかりに、愛着の無さそうな槌斧を担いで控室へと去っていった。


 ふざけるな。


 ふざけるなよ。


 それは、俺のスタイルだ。


 お前が今日限りの曲芸に使ったそれは、俺が極めてきたものだ。


 俺が、ずっと観客を沸かせてきたものだ。


 どれだけ鍛えてきたと思ってるんだ。


 そのために、どれだけの想いを掛けてきたと思ってるんだ。


 首を洗って待ってろ、フウタ。


 いつか必ず。俺の持てる全てを使って。


 必ず、お前を倒す。




 ――その2年後。


 フウタはコロッセオから追放された。














「無理です。勝率は0割。逃げましょう、マスター!」


 叫ぶモチすけに、頭を掻いたイズナは問う。


「0割ってのは、何回やれば勝てるんだ?」

「10回やったとしても、1回も勝てません!!」

「はっはっは。お前は馬鹿だなあ。じゃあ100回やるに決まってんだろ」


 槌斧を担ぐ。

 鍔ぜり合っていた刃が離れ、視線の先に居る男は十字鎗を手元に戻すと――ふ、と瞳の色が戻った。


「――プリム。もう少しやれるか?」

「ああ、うん。武器は粉々になっちゃったけど」

「じゃあ、これ使ってくれ」

「いいの?」


 自らが持ってきたらしい十字鎗を、彼はプリムに手渡す。


 そして、ようやく。ゆっくりとイズナへ視線を移した。


「――よぉ、久しぶりだな。チャンピオン」

「……そうだな」


 言葉少なに、少しの距離を開けて相対した2人。


 心配そうにイズナを見上げるモチすけを、彼――チャンピオンのフウタは一瞥する。


 勝率は0割。絶対に勝てない。

 そう告げる彼女の表情は今も強張り、イズナと共に撤退することを進言し続けている。


「彼女は?」

「モチすけだ」

「そうか。……引く気はないか? 俺はただ、そこの人を守りたいだけなんだ」

「…………」


 イズナは目を閉じた。

 ずっと倒したかった相手、探し求めていた相手。

 当たり前だが、そう思っていたのは自分だけだ。

 久々の再会に、闘志を燃やしているのは己だけだ。


 あの日。控室に去っていったチャンピオンにとっては。


 一度自分を追い越した者たちにとっては。


 背中しか見ることのできなくなった者たちにとっては。


 イズナ・シシエンザンはその程度の価値でしかない。


 分かっている。


「ああ。引く気はねえ。だが安心しろ」

「?」

「あのおっさんを殺すのは二の次だ。あのおっさんを殺して手に入れる賞金は、俺とモチすけが明日を生きるために必要だ。でもな。お前とやり合うのは、俺が今日生きるために必要なんだよ」

「……そう、か」


 何かを想うようにフウタは目を閉じる。

 その肩にプリムがぽんと肩を載せ、「言っただろ」とそう呟いた。


『闘いの中にしか生きられない、ただ上を目指す私たちの最大の壁だったキミに願う。どうか、逃げずに立ちはだかってくれ』


 フウタは軽く息を吐いた。


「分かった」

「そうかよ」


 ぐ、と拳を握り、告げる。


「今の俺には、モチすけの力が掛かってる。卑怯だと思うなよ」


 プリムの時とはわけが違う。

 モチすけの為に、障害を打破するために使うわけではない。


 ただ、己のためだけに、この力でもってフウタに挑む。


 効果時間はまだ十分にある。

 途中で切れるような心配もない。


 ――かつて彼女の力を初めて体感した時。


 これだと思った。

 自らが鍛えた先にあるべきもの。


 いつか、自分が手にするべきもの。

 フウタを超えるために己が手にする、鍛錬の結果。


 強く、欲しいと願った力。


 そうだ。

 これは"前借り"だ。


 これは、"前借り"なんだと、己に言い聞かせる。




 ――イズナ・シシエンザンは、強くない。




 若くして花開いた才能。聞こえは良いが、経験は足りなかった。

 不足していた。大きく、そう。挫折と、そこから立ち上がるという経験が。


 だから、後輩に追い抜かれた時、ただ鍛錬をすることしか出来なかった。


 その有り様はどこか、目の前の青年によく似ている。


 鍛錬をするしか、無かった。


 だってそれで今まではやってこれたから。


 どうして急に、上手く行かなくなったのか分からない。


 教えてくれる人も居ない。


 伍之太刀として活躍しているからこそ、その苦悩に誰も気づけない。


 外面は良く、明るい男だからこそ、その鬱屈とした思いに気が付けない。


 性根が悪いわけではない。向こう見ずで豪放で、見ず知らずの少女を見返りなく助けることが出来る男だ。


 だから。だから? だからなんだ。

 その優しさと、心の強さは結び付かない。


 皆が思う。彼は間違ったことはしない。向こう見ずで真っ直ぐ()()()、悪いことはしないだろう。


 ――得てして。非行に走る不良は、そういう人間ばかりだというのに。


 出会ったのがモチすけの力で良かったと言うべきだろう。


 もしも、ろくでもない力を目の前にしたとして。


 イズナ・シシエンザンがその手を取らなかったかと言えば。

 きっとそれは、嘘になる。



「――これは、前借りだ」

「そうか」


 フウタは、あっさりと頷いた。

 そして、構える。その拳を。拳だけを。


「別に構わない。何をしてきても良い。俺を倒す為に全力を尽くすお前を、俺は一切否定しない」

「っ――」


 肩透かしを食らった、違う。

 ありのままを肯定されて、イズナの心に火が付いた。


 なんだっていいと。掛かってこいと。


「はっ……」


 息を吐く。そして、槌斧を構える。


「言ったな。……俺の力を、見晒せ!!!!」


 飛び込むように、イズナは駆けだす。


「――私はモチすけを抑えるよ、フウタ。タッグマッチってやつだ」

「ああ」


 ぴょん、とフウタの背後からプリムが消える。


 だがそれは最早イズナの視界には入っていない。

 狙うはフウタ、その脳天をかち割るように、槌斧の一撃が放たれる。


「うぉりゃあああああああああああ!!!」


 大地を割るような振り下ろしは最速。

 モチすけの魔導による身体強化は、イズナの力を限界まで高めている。

 避けられるはずがない。

 避けたところで、無傷とはいかない。


 そう、想っていた。


《模倣:イズナ・シシエンザン=黒鷹空手:螺旋撃》


「っ!?」 


 風の螺旋を纏う拳が、慌ててのけぞったイズナの顔面をかすめた。


「なっ……」

「まだだ」


《模倣:イズナ・シシエンザン=黒鷹空手:螺旋撃》


 右の拳に続き、左。

 その一撃を、槌斧の柄で防ぎ――吹き飛ばされるイズナ。


「ぐぅうう!!」


 滑るように地面を靴裏でこすり、静止したイズナはフウタを見据える。


「まだだ!!」


 槌斧を振るう。

 フウタには当たらない。


 掻い潜り振りかぶる拳に合わせ、イズナも拳を振り上げる。

 だが、自らのそれと互角に打ち合った挙句、蹴り飛ばされてすっころんだ。


 何故だ。


 距離を取ったフウタ目掛けて槌斧を薙ぎ払った。

 フウタの跳躍。薙ぎ払う中途の刃を強引に押し止め、跳ね上げる。そのくらいの膂力はイズナに備わったスタンダードに過ぎない。それくらい出来なくては、槌斧使いにはなれはしない。


 だがその槌斧の柄を蹴り飛ばし、フウタはステップバックからまたしても懐に潜りこんでくる。


 速い。どうして速い。


 今の自分は、モチすけの強化が掛かっているというのに。


「おおおおおおおおおおおお!!!」


 拳で牽制する。避けられる。目を見張った。


 だって、今のはどう見ても、自分より速い。


「なんで、」


 思わず口にした。

 その一瞬の隙が命取り。

 振るわれた拳が、やむなく腕で腹部を庇ったイズナごと吹き飛ばす。


 どうしてだ。


 どうして、自分よりも速い。


「お前に、モチすけの力は」


 かかっていないはず。


 目を見開くイズナの問いに、フウタはこともなげに告げた。


「でもお前には掛かってる」

「……は?」


 意味が、分からなかった。

 拳を構えるフウタの言っていることが理解出来ない。


「俺に掛かってるから、なんだ」

「お前の身体に強化が掛かっているというのなら、()()お前に合わせて動けばいいだけのこと」

「そんな真似がーーーーー!!!!」


 出来るものか!!!!


 速く動くこと。強く穿つこと。身体強化の恩恵は主にそこだ。

 だが所詮は"身体"強化なのだ。

 その頭脳、その技術には関係がない。


 振るわれる槌斧を避け続けるフウタの動きは、まるでモチすけの強化が掛かっているのではないかと疑うほどに素早かった。


「それは、それは俺の得るべき力だ!!!」


《黒鷹空手:螺旋撃》


 槌斧を掻い潜るフウタに、自慢の拳を振るう。

 だが、合わせるように握られたフウタの拳が、その瞳が、イズナとぶつかる。


「たとえばこれが、お前の得る力の前借りだったとして」


《模倣:イズナ・シシエンザン=黒鷹空手:螺旋撃》


 拳と拳がかち合い、空気の壁がひび割れ、暴風が波紋のように周囲へ広がる。


「お前が努力をする時間、みんなも努力をしてるんだよ」

「っ――!!!」


 拳と拳の威力は互角。

 互いに弾かれてしまえば、残った手は槌斧か拳か。


 どちらが速いかは、自明だ。


《模倣:イズナ・シシエンザン=黒鷹空手:螺旋撃》


「ぐっ、ふ……!!」


 腹部に貰った重い一撃に、イズナは吹き飛ぶ。


 もんどりうって倒れ、それでもよろよろと立ち上がるイズナ。


「っざけんな……くそ」


 言われなくても、分かっていた。

 否、分かった気になっていた。


 前借りだと自分に言い聞かせていた時点で、もう分かっていたことだった。


「クソおおおおおお!!」


 認められないが故の我儘だと、冷静な部分が訴えても。

 それでもあきらめきれないのは、頂点が目の前にあるが故。


 振りかざした槌斧はまたしても空を切り、気づけばフウタによって吹き飛ばされている。

 それの繰り返しだ。

 どうしようもない。手も足も出ない。


「なんで」


 まざまざと甦る記憶。


 己に、自分は強いと言い聞かせた。


 モチすけに、自分は馬鹿ではないと言い続けた。


 戦いの為に尽くす全力は、解き放って尚届かない。


 フウタとここで出会えたのは降って沸いた幸運だった。

 そのために今まで旅をしてきた。


 鍛錬を繰り返した。コロッセオの頃と変わらず。


 けれど。なのに。


 一撃を貰い、イズナは吹き飛ばされた。


「じゃあ……どうすりゃ良いんだよ」


 よろめき、それでも槌斧を構える。

 力づくで押し通してきたコロッセオ時代。鍛錬を続けても続けても、壁を超えることは出来なかった。


 ならもう、どうすればいいんだ。


 諦めるの一言でその後の人生を送れるほど、薄っぺらい意志でコロッセオに立つことなど出来ない。


 こんなところで終わりたくない。あとはずるずると、追う背中が増えるだけの人生なんてまっぴらだ。


 吐き捨てるような台詞は、決してフウタに向けたものではなかった。


 目の前に立つ男はまさしく、勝率は0割。分かっている。

 どうしようもなく隙がない。突き崩すような戦法も思いつかない。


 この手に宿る力に期待が出来ないなら、もうどうすればいいんだ。


「俺には、分からない」


 しかしその呟きには、答えがあった。


「俺には、分からなかった。どうすればいいのかなんて。だから、追放された」

「――」

「でも今、俺はこうして生きていられる。夢すら、諦めずに」

「なんでだよ……」

「1人じゃ無理だったんだよ」


 ゆるゆると首を振るフウタの瞳には、いつかのような冷たさは消えていた。

 そして。あの時と違って、真っ直ぐにイズナを見つめていた。


「お前の鍛錬は、感じ取った。多分、お前の気持ちは、分かる。何かに縋りたかった。弱かったから」


 やめろと、叫びたかった。

 弱い、なんて。一番聞きたくない、一番突き付けられたくないリアル。

 あの日、意識が遠のく中に見た背中。

 己を追い越していく者たちの背中。


 彼らはきっと背中で語っていた。お前より強いと。


 それが許せなくて。悔しくて。でもどうしようもなくて。


 チャンピオンにどうにか勝つことだけが目的だった。


 槌斧と格闘術と、そして己の強さを証明するために必死だった。


「どうすれば良いかは、これからで良い。俺には、導いてくれる人が出来て、支えてくれる人が出来て。あと、ムカつくけど頼もしいヤツも居る。他にも、色々。その人達のお陰で、夢に手が届くかもしれない」


 だから。


「まずはさ。全部話せる人を、見つけよう」

「――」


 全部話せる人。

 自分の全て。それはきっと、一番触れられたくないもの――己の、弱さも。


 息を、吐いた。


「……モチすけ!」


 叫ぶような声に、プリムに拘束されていたモチすけが振り向く。


「――その力、止めてくれ」

「マスターの命令であれば」


 それでいいのかと困惑しながらも、マスターたるイズナの命令は絶対なのだろう。

 フウタの目の前にいるイズナから、力が抜けていくのを感じる。


 ぐ、と開いた拳を再び握り、イズナはため息を吐いた。


 これでフウタに勝てるとは、思えない。でも。


「こい、フウタ」

「……いいのか?」

「ああ」


 フウタとイズナがぶつかり合う。


 槌斧と格闘術。フウタの模倣による拳。

 何度も何度も殴られては、イズナは吼え猛るようにフウタへ挑む。


 その光景を、モチすけはただ見つめていた。


 ――イズナは常々言っていた。


『俺は強ぇ。俺は馬鹿じゃねえ』


 そう言い聞かされて旅を続けてきたモチすけには、今の光景が理解できない。


「なぜ、敢えて不利になるようなことを」


 馬鹿ではない、弱くないあの人が、どうしてこうも一方的にやられているのか。


「じゃあ教えてあげる」

「……プリム」


 見上げた先に、同じく戦いを見つめる少女の姿。


「これが、闘剣だよ」

「……これが、闘剣?」


 紅宝石のような瞳にまざまざと映る光景。これが、闘剣。


「剣と剣のぶつかり合い。相手を超えたいと思う気持ち。それから。剥き出しの刃」


 即ち、意志と意志の戦い。


 そこに、他人の力は介在しない。


「はは。なるほど、これが闘剣ですか」

「ウィンドさん、立って平気なの?」

「いやあ、元気を貰いましたから」


 モチすけの隣に並び、ウィンドは告げる。


「一部始終を見ていましたから。私にも分かりますよ。結局のところ、無理があったのでしょう」

「無理?」


 問いかけるプリムに、ウィンドは頷く。


 プリムを相手に、最初からモチすけの力を使わなかったのが、その証明。


 あまり使いたくねえ。そう言っていたのは、前借りの力を自分で卑怯だと思っていたから。


 なりふり構わず勝ちたい目の前の男には、その余裕すら無かったけれど。


 でも結局のところ、イズナ・シシエンザンは"闘剣士"なのだ。

 どうしようもなく、"闘剣士"なのだ。


 正々堂々、勝者となって歓声を浴びること以上に、欲しいものなんて存在しない。


 時折自分に言い聞かせるように呟くイズナの言葉。


 それはきっと、その想いが故。



 大きく、イズナが吹き飛んだ。


「マスター!!!」


 叫ぶモチすけが駆けだす。


 何度も何度も地面へと叩きつけられていたイズナは、もう立てない。

 そのモチすけの判断に間違いはなく。


 薄れゆく、意識の中。


 あの日と違い、ずっとこちらを見据えるフウタと。


 そして。


「ごめんな、モチすけ」

「マスター……」



 心配そうにイズナを見つめる彼女に、どこか力なく笑って、イズナは言った。



「俺は、弱いんだ」








 ――そこに。


 馬車が、到着する。

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