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20 やりつかい は がんばっている!



「話は分かりました。あとはこちらで片付けましょう」


「はいはいよろしくー。あたしもう疲れたから、適当に転がっておくわ」











 ――王城城下。城門前。


 そこに、フードを被りカンテラを手にした少女の姿があった。

 腰には帯剣――細身の刺突剣。

 羽織ったコートこそ量産品ではあるものの、見え隠れする服装は高貴な人物の白いドレス。


 彼女は馬車の前で、ただじっと何かを待っていた。


「――大変お待たせいたしました、ライラック王女」


 現れたのは、長身の青年だった。

 桜色の短髪に、浅黒い肌。腰には使い物にならないという刀を下げて、それなり以上に身だしなみを整えた皇子としての立ち姿。


「いえ。とんでもありません。こんな夜更けにお出かけだなんて、少し胸が高鳴ってしまいます」

「それは良かった」

「ですが、その」


 2人の逢瀬、そう一言で済まない理由が、彼の同伴させた男性にあった。


「――ああ、王女殿下。申し訳ありません。どうしても皇子が外に出たいと言ったとか」

「とんでもありません。その……わたしも、とても興味がありましたから。皇子の同伴でしたらと、お父様に許可も貰っております」

「そう、ですか……」


 カンテラで照らされたその男性に向けて、ライラックのふんわりとした微笑みが向けられる。

 初めてこんな夜更けに外へ、それも歳の近い男性と同伴で、とのことで、本当に心地良い緊張の中に居るのだろうと。それを疑わせないような、彼女の笑顔。


 男性は小さくため息を吐くと、その禿頭に手をやってから首を振った。


「ですが今の王都は少々危なっかしい。護衛も離れた場所にしか配置しないというのは些か……」

「はは。エルフリードさんは心配性なんです。いつもこうして、僕の身を案じてばかりで」

「ふふっ。でも、お気持ちは分かります。わたしも子供の頃は、よく大人に叱られておりました」

「それは僕を子供扱いしているのですか?」


 あははうふふ。

 楽しそうな歓談は、傍から見れば皇子と王女の楽しい時間に見える。


 エルフリードは1人顔をしかめた。

 今、外に出て行かれては困るのだ。何せ放った暗殺者たちから報告が上がっていない。

 夜という彼らの活動時間の中に、皇子はともかく王女を放り込むなど言語道断。危険極まりない。


 それに、皇子には感付かれたくないこともある。


 エルフリードは迷う。

 ここでどうするべきか。

 押し止めようとしたって、どうせ皇子はエルフリードを置いて勝手に遊びに出るだろう。それは前回もそうであったし、昔から変わらない。


 迷うエルフリードに伸ばされたのは、思いがけぬところからの助け舟だった。


「エルフリード様。わたしも、皇子と2人の逢瀬は楽しみではありますが――皇子を心配する貴方がご一緒してくださるなら、それでもかまいませんよ?」

「ライラック殿下……宜しいのですか?」

「ええ! あら。バリアリーフ皇子、そんな顔をなさらないでください」

「別に構いませんよ。僕は子供扱いには慣れていますから」


 これなら、まだ何とか御者に言い付けるなり、こちらで行く場所の操作も出来る。


「では……」


 頷いたエルフリードは、自らが指揮している護衛たちにも合図を送り、この馬車を囲むように命令を下すと。


「ご一緒いたしましょう」


 そうして、あれよあれよという間に乗せられた。

 景色を楽しみたいという皇子の我儘で、一番奥に座らされたエルフリードは、その前で肩を寄せ合う王女と皇子を不満げに見据えながら、動き出す馬車に揺られ始めた。



 これが、エルフリードの手引きを知ったバリアリーフとライラックの間で組まれた、処刑台への快速馬車だとは露も知らずに。















 ――オルバ商会本部。



 目の前で行われる戦いを、ただ見つめていた。


 片や握るは巨大な槌斧。片や構えるは十字鎗。


 その勇壮なる戦いは舞踏のように美しく、そして胸の内に熱い感情をこみ上げさせる力強さと華やかさに満ちていた。


 星々の下、観客など居ない一騎打ち。


 なんてもったいないと思うと同時、その光景を独占している状況に優越感さえ芽生えてしまうほどの、刃で完結された世界。


 それどころではないというのに。

 自らは身体すら満足に動かせず、味方の援護に回ることも出来ない不甲斐ない有り様だというのに。


 それでも目に焼き付くのは、彼ら闘剣士の鍔迫り合いが手に汗握る滾る戦いであればこそ。


 ああ。


 老いた己に腹が立つ。

 まともに得物も持ち上げられない腕が情けない。

 駆けるどころか立ち上がることすらままならない体たらく。


 もしも、あとほんの少しでも動けたなら。


 今すぐにでもあの場所で、己も思う存分得物を振るい、演舞の華と混ざりたい。


 その感情が胸を焼く。


 奥歯を噛みしめ、ただ見つめていた。


「……会長」


 呟く言葉は、刃を交える音色に掻き消えて。


「――無力とは、かくも苛立たしいものですな」


 彼女のように決意を持って、すぐにこの場から背を向けることも。

 闘剣士のように刃を握り、迫りくる脅威に挑みかかることも。


 どちらも出来ず、ただ漫然とやり過ごすことしか出来ない己に。


 どうしようもなく、腹が立った。








 十字鎗を構え、穂先をイズナへ向けながら、プリムはそっと視線をイズナの隣へと移した。


 浮世離れした白髪白肌。夜闇にも輝く紅宝石のような瞳。

 パスタと大して変わらない身長の少女をイズナが連れているというのも気になるところではあったが――そんなことは、プリム・ランカスタにとっては二の次だった。


 イズナを仕留めたと思った瞬間に使われた妙な技。

 身体の動きを縫い留めるようなあの力は、いったい如何なる武器によるものか。


「キミ、なんなの?」

「はい。モチすけです」

「――そう」


 モチすけ。


「可愛い名前だね」

「はい。マスターによる命名です」

「ふぅん……女の子だよね?」

「はい。この身体は女の子として製造されています」

「――そう」


 モチすけ。

 可愛い名前だけれど、イズナの故郷で"すけ"と付けるのは男の子だけではなかったか。などと思考を巡らせるプリムだが、今は無駄だと首を振った。


「さっき、私の身体を止めたヤツは何?」

「魔導干渉術式です。対象の行動阻害抑制、また行動促進に制限解除など、複数の命令を実行可能です。対人対獣対機械問わず、モチすけの脳内にインプットされている情報にヒットする対象であれば魔導効果対象となり、様々なバフデバフによる効能を付与することが出来――」

「ぐわああああああああああああああああ!!」

「うわああああああああああああああああ!!」


 イズナもプリムも頭を抱えた。

 モチすけは首を傾げた。


「モチすけ……やめろ、それ以上魔導を使うな、俺に効く」

「おのれ……これが魔導……!」

「マスター。プリム。違います。これは魔導ではなく魔導干渉術式の説明です。モチすけの身体に刻み込まれた使用可能な魔導を説明しろとのオーダーと、また該当情報に対するセキュリティロックがなされていない為、モチすけは自らの使用する魔導干渉術式の情報を詳らかにしました。マスターであればモチすけの言動行動に制限を掛けることが可能です。このオーダーを実行し、魔導干渉術式についての説明をロックしますか?」

「よく分からないけどその魔導はロックさせた方が良いよイズナ!」

「うるせえ!! 俺は馬鹿じゃねえから分かるぜ! モチすけ、俺はお前がやりたいことをやりたいようにしろとしか言わねえ!!」

「……では説明を続けます。バフデバフによる効能を付与することが出来、また対象の意志によってその効果は増減します。術式による干渉を望む対象であれば、個体差はありますが効果時間は約10ミニトから30ミニト。干渉に抵抗する個体であれば約20セコンから1ミニト程度の効果を――」

「う、うるさああああああああああああああああい!!」


 我慢が出来なくなったプリムは、よく分からない魔導を唱え続けるあの梅干し乗せたご飯みたいな女を止めねばならんと駆けだした。


 最近お米食べてないな、などと、ぐしゃぐしゃにされた頭の中を一生懸命自らの幸せで上書きしながら、十字鎗による一撃を見舞う。


「――対象に攻撃の意志を確認」


 説明を中断したモチすけは思った。

 なるほど、こちらに隙を作り、攻撃の機会を窺っていたかと。

 そんなことはなかった。


「干渉術式起動」


 モチすけの瞳に術式の文字列が奔る。


 瞬間、プリムの動きが凍り付いた。


「マスター、今です!」


 干渉に抵抗する個体であるプリム・ランカスタを止められる時間は、約20セコンから1ミニト。

 それだけの時間があれば――とイズナに目をやった、その瞬間だった。


「また使ったな、なんちゃらとかいう武器を!!」


 振るわれる十字鎗に驚愕するモチすけ。


「何故? 20セコンは少なくとも動けないはず――」

「20セコンって何だよ!!」

「時間の単位です。60セコンで1ミニト。60ミニトで1刻。24刻で1日が経過します」


 プリムは槍を振り回しながら泣きそうな顔で叫んだ。


「もっと分かりやすく区切れよ!!! なんで60とか24なんだよ10とか100にしろ!!」

「モチすけにその権限はありません」

「あと、私みたいな闘剣士はなぁ!! 試合時間が1刻ってことを憶えるので限界なんだよ!!!」

「……何故。人間なのに」

「おいモチすけ。俺も試合時間の1刻より短い単位は別にどうでもいいぞ。俺は馬鹿じゃねえからな。憶えなくても良いってだけの話だ。本当だからな」

「マスター。何故ですか、マスター」


 酷く知性の低い会話を交わしながら、モチすけはプリムの鎗を必死で避けつつ思考を巡らせていた。

 なにせ。たった1セコンしか、目の前の女の動きを止めることが出来なかったのだから。


「術式、起動」

「――またっ! このやろっ!」

「何故1セコンしか効かないのですか」

「知らないよ! 私が凄いからだ、おらぁ!」


 しかし、モチすけの動揺を裏に、歯噛みしているのはプリムの方だった。

 1セコンしか、とモチすけは言う。

 だが、その1セコンがどれほど大きいものかを、プリムはよく理解した。


 こんなに長い時間身体の自由を奪われては、とてもではないがまともにイズナとやり合うことなど出来ない。


 ――もちろん、だからと言ってイズナが待ってくれるはずもない。


「悪ぃが、終わりだプリム!」

「ぐっ」


 後方に飛びのいたモチすけと入れ替わるように、イズナが槌斧を振るう。

 いつあの攻撃が飛んでくるか分からないとなれば、プリムの立ち回りはどうしても制限される。


 槌斧を避け続け、機を窺うプリム。


「どうした!」

「あの子の魔導、どこまで届くの」

「知らん! 聞いたが、あの長い呪文で誤魔化された!」

「ぐっ……味方にまで」


 モチすけは詳細まできちんと説明していた。


「埒が明かない、行くよ!!」

「よっしゃ来い!! ぶっ潰してやる!」


 このままではじり貧だ。

 時間稼ぎをしたところで、不利になるのはプリム自身。

 2対1というこの状況を覆す為には、まずあの少女を無力化するところから。


 それはイズナが許さないだろう。

 だが裏を返せば、彼が一番警戒しているのはモチすけを狙われること。


 ならば。


「――おりゃ!」


 跳躍。石突を使った高跳びは、軽々とイズナを槌斧ごと飛び越える。

 そのまま一撃を見舞うべくモチすけ目掛けて槍を構えるプリム。


「この状態なら止められたって関係ない!!」

「っ――!」


 避ける隙さえ与えない、と放たれる一撃に、プリムの予想通り割り込む影。


「させっかよ!」

「だよね!!」


 一番の隙を作るには、最も警戒している場所を揺さぶること。

 槌斧の動きは間に合わない。ならイズナが使うのは左の拳。


 だんだん目も慣れてきた。いつもよりは少し遅く感じるあの黒鷹空手:螺旋撃を回避して、詰みだ。




《黒鷹空手:螺旋撃》





「――干渉術式起動」







 一瞬、何が起きたのか。

 プリムには理解出来なかった。



「ぐ、ふっ……!?」

「綺麗に決まったな」



 腹部に突き刺さった拳が、振り抜かれて吹き飛ぶプリム。

 自分が止められたり、何か干渉を受けた形跡はない。


 ただ、急にイズナの動きが速くなった。


 そのまま振るわれた拳に、対応出来なかった。


 2回、3回と瓦礫の海を跳ねるように転がって、為す術もなく倒れ伏すプリム。


 もろに食らった。自分の飛び込む力も利用され、貰った一撃は必殺のそれ。


 えづきながら十字鎗を支えに立ち上がろうとして――


「悪ぃが、このまま終わらせるぜ」

「くっ」


 慌てて転がったところに振り下ろされるは渾身の槌斧。

 爆砕金時の名を冠するその一撃は、掠める程度にしか回避出来なかったプリムを余波で吹き飛ばす。


「な、にが」

「あんま使いたくねえんだけどな。俺とモチすけの合わせ技だ。仕留めさせて貰うぜ」


 だ、と駆ける速度も。振るわれる槌斧も、プリムの動きに対する反応も。明らかに先ほどより段違いにキレている。


 モチすけの干渉術式を、イズナに掛けた結果であると、プリムは知らない。

 だが、速くなったことだけはすぐに理解した。


 ――理解したから、どうにか出来るようなものでもない。


 吹き飛んだところに、追いうち宜しく引き絞った拳。


「しまっ」

「オラァ!!」


 すんでのところでプリムは十字鎗を、自身とイズナの間に割り込ませた。


 だが。


「そいつぁ愚策だ」


 放たれた拳が、そのままプリムの十字鎗を粉砕する勢いで叩き折る。


 そして。


《黒鷹空手:螺旋撃》


 障害を1つ打ち破ったというのに全く勢いの褪せない一撃がプリムの喉下を打ち抜いた。


「か、はっ」


 だん、と地面に受け身も出来ずに打ち付けられたプリムの身体が軽く跳ねる。


 速度だけでなく、威力も増したイズナの槌斧が、トドメとばかりに振り下ろされた。


「悪いなプリム。強かったぜ」


 炸裂音。


 瓦礫の海を、波打つ波紋のように衝撃が迸る。


 舞うは凄まじい土煙。破砕した瓦礫のぱらぱらと零れ落ちる音が、余韻のように残る中。


「マスター。戦闘終了、お疲れさまでした」


 イズナの後ろへやってきたモチすけが、安堵したように彼に言う。








 だが。






「いいや。こりゃ、あれだ。十字鎗と打ち合った感触だ」


 振り下ろしたままの槌斧の先。未だ立ち込める土煙に目をやって、イズナは言う。


「……十字鎗(・・・)?」


 思わず、モチすけは呟いた。

 だって十字鎗は今、脆くも砕けて少し離れたところに転がっているではないか。


 槌斧が何かとぶつかって、押し留められている。正体は十字鎗。


 いったい。



「――無事か、プリム」

「あ、はは。無様だよねぇ」

「いや……よく持ちこたえてくれた」



 声。

 モチすけの知らない、イズナにとっては聞き覚えのある朴訥とした声色。


 突如、イズナの闘気が周囲の瓦礫を吹き飛ばした。



「おい。おいおいおい。マジかおい。じゃあ、この十字鎗の持ち主はよぉ」


 土煙が晴れる。


 倒れたプリムを抱きかかえ、十字鎗の穂先で槌斧を押し留めていた影が露わになる。


 長身痩躯。金に輝く瞳は、槌斧ではなくプリムへ向いたまま。


「こっちを見ろよ、フウタァ!!!!」


 叫ぶイズナの横で、モチすけがその男を視認し首を振った。


「マスター……」


 その言葉に、イズナは反応しない。

 だが彼女は構わず続けた。


 だって、これは。


 この男と、正面切って戦うのは。


 モチすけとイズナの2人であったとしても。




「――無理です。勝率は0割。逃げましょう、マスター!」


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