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13 フウタ は メイド と はなしている!





 ――時折、強く魘される。





 ルリ・アースノートという少女にとって、父親とは世界そのものであった。


 記憶の始まりから今まで、彼女の知る限り、父親とは彼1人。


 それはそれで幸せなことなのだろう。

 少なくとも、真実(まこと)の実父で無いことが些細な話だと笑い飛ばせる頃まで、彼女はただ父を父として無垢に信頼出来るということなのだ。


 けれど。


 そんな父1人に愛情を注がれてきた彼女だからこそ、彼女の生きる理由は彼にしか存在しなかった。


 幼子を連れた一人旅。病弱だった彼女の為なら、どんな汚いことにも手を染めた父親。


 そんな背景を、ルリは知らない。


 だから。


『ようやく見つけたぞ、ウィンド・アースノートォ!!!』

『必ず……必ずお前の首を村に晒してやる!!』

『……なんだ、ガキが居るのか? ちょうどいい、そいつを血祭りに上げてから、その(はらわた)でお前を絞め殺してやろう!』


 何度も目にしたのは、いつも誰かに恨まれている父。


 焚火の匂いと毛布の中で。

 馬草の臭いと藁の中で。

 時には白昼堂々、父の胸の中で。


 幼い瞳に飛び込む強烈な憎悪を、いつも父は一身に受けていた。


 どうして、やめて、許してあげて。


 感情を言葉にすることすらできない頃から、ルリはずっと、人々に恨まれる父というものを見続けてきた。


 そして、自らも辛い状況で、いつも笑って言うのだ。


『辛い思いをさせて、ごめんな』


 確かにルリの身体は弱かった。

 それが母親からの遺伝だなどとは、ルリが知る由も無かったが。


 こんなにも優しい父が、どうしたら多くの人に恨まれ、憎まれ、襲われるなどということになるのだろう。


 ひょっとしたら。自分も何か良くないもので、父同様に殺されるのかもしれない。


 その疑問をつたない言葉で父に伝えた時の、彼の悲痛そうな表情は今でも記憶に残っている。


 そう。その時も。


『無事か……ルリ……せめて、お前だけでも……』


 口から溢れる血を零しながら、それでも笑っている父が。

 本当にどこか遠くに行ってしまいそうな気がして。


 ――ルリ・アースノートという少女にとって、父親とは世界そのものであった。


「い……いやあああああああああああああああああああ!!!」


 その父が、どこかへ行ってしまったら。

 ルリはどうすれば良いの?


 

 根源的な恐怖は鋭く胸に刻印を残した。

 いつでも鼓動を打ち続け、時に強く熱を持つ呪いとして。















 ――王城、フウタの部屋。


「ただいま」

「おかえりーっ」


 ルリを抱えたフウタが部屋に戻ると、満開笑顔のメイドさん。


「お風呂にする? シャワーにする? それとも、湯・浴・み?」

「ねえそんなに臭う?」

「全然。まったく。ちっとも」

「というか、シャワーはともかく浴場は無いだろ」

「ありますよ、お城におっきいのが」

「それ王族専用だろ……」

「ぺろりんっ」


 部屋は綺麗に整頓されていて、ベッドがぐっしゃぐしゃになっている以外は埃1つ存在しない。

 おそらくフウタが帰ってくるまでの時間、彼女はベッドでごろごろしていたのだろう。


 少し前までは、たとえそうであったとしても録術でささっとベッドメイクを済ませていたはずだが、心境の変化があったのか最近はあまり録術を使わないらしい。


 別にそれで困るようなこともないし、彼女が不便がっている様子もないので深く聞いたりはしていないフウタだった。


 さておき。


「ツッコミが弱っちいぞっ?」

「寝てる子がいるからね、そりゃね」

「おーおー幸せそうに寝おってからにー。うりゃうりゃ」

「やめなさいやめなさい、幾らほっぺ柔らかいからって」


 指で突かれても、深い眠りから覚めることはなさそうでほっと一息。

 ルリはぎゅっとフウタの胸の辺りの衣服を握りしめたまま、一向に起きる様子は無かった。


 魘されているということはなく、むしろ安心しきったように眠っているのがせめてもの救いであったが、そこはそれ。


「メイドの方が柔らかいぞっ」

「どこで張り合ってるんだ」

「触ってみる?」

「……えぇ? じゃあ、まあ」


 ぷにぷに。


「……マジだ。え?」


 片手でルリを抱いているフウタは、もう片方の手をルリとコローナに行ったり来たり。


 ぷにぷに。ぷにぷに。ぷにぷに。


「んー」

「先生。そろそろ、御決断を……」

「なんでそんな神妙な顔で言うの?」

「観客も、審査結果を今か今かと待ち望んでおります故」

「ここ他に誰かいるの?」


 見渡しても、メイドとフウタとむすめっこ。以上、現場終わり。みたいな感じだった。


「だらららららー、だん!」

「その効果音はいったい」

「はい、発表!」

「……えー。じゃあ、やっぱりルリちゃんの勝ちで」


 やはり、幼いが故の顔の小ささが勝負の決め手だった。

 頬の余り方が全然違う。

 確かにコローナの頬は張りがあって柔らかかったが。


「……ば、か……な……」

「そんな崩れるほど自信あったの?」


 よろよろとサイドテーブルへ向かったコローナが、そこにあったオルゴールを開く。

 悲しくも美しい、雪景色のような曲が掛かった。


「やっぱり、若い子の方が良いって言うのね……」

「ねえこれライラック様のオルゴールだよね? こんな使い方許されるの?」

「あぁ……こうして1人捨てられる運命。メイドの心はこんなにも、ああこんなにもフウタ様を愛おしく思っているという、の、に……ちらっ」


 顔を覆った手の指間から覗く、いつものメイドフェイス。


「……ライラック様の部屋のオルゴールどうしたの。ていうか俺にくれたオルゴールどこ行ったの」

「ちらっ。ちらっ」

「哀しい顔の演技はどこ行ったー。もう完全にいつものぱちくりぱちくりじゃないか。猫みたいな口して。くずおれてるのは身体だけかよ」

「だぁってー! メイド迫真の演技してるのに、フウタ様ったら姫様のことばっかりなんですものー!! あ、ちなみにオルゴールはフウタ様のとすり替えました」




 一方その頃、ライラック様は部屋でバチバチに明るいミュージックが掛かってフリーズしていた。

 最初ちょっとビクってして、慌てて周囲に人が居ないことを確認した。

 そしてめっちゃ音立ててオルゴールを閉じた。




「いったい、いつそんなことを」

「さっき帰ってきた時。まー、姫様が気付く前に片づけますよ。ぺろりんっ」


 そのぺろりんっ、が、静かに怒れる姫様の前で繰り出す渾身のぺろりんっ、になることを今の彼女はまだ知らない。


「そうしなさい。――そうだ、ごめんコローナ。この後少し、ライラック様と話をする時間だけくれないか。そしたらすぐにリヒターさんちに行こう」

「へいっ」


 元々、今日はリヒター邸で行われるというパーティにお邪魔をする予定だったフウタたち。

 部下の慰労を主目的とした催しではあるものの、ある種世話になったフウタにも軽く招待を出してくれていた。


 ライラックも了承しており、コローナとフウタの2人で行くことになっていたのだが――ルリも行きたいと言い出したために、3人で参加する腹づもりだった。


 とはいえ、ウィンドの身に危険が迫ったということでこうしてイレギュラーな動きを余儀なくされ、またルリの事情を知ってしまった以上はライラックに連絡しておきたいという――実に報連相の行き届いた関係である王女とヒモ。


「ルリちゃんにも起きて貰わないとな」

「離さないからな! っていう強い意志を感じますねっ」

「ああ、これね」


 片手で抱き上げられるほどに軽い少女だが、コローナの言う通り握りしめた手だけは力強かった。

 本当に、絶対離さないと言わんばかり。


「……ルリちゃん、俺のところに来た時にはもう様子がおかしくてさ。ウィンドさんが死ぬかもって、思ったんだろうね」


 すやすやと眠るルリの表情が、少し曇った気がした。


 嫌な夢でも見始めたのだろうか。

 ぐずぐずと、首を振りながらつらそうな表情を見せる彼女。


「……大丈夫ですよ、ルリちゃん」


 その頭を、そっとコローナが撫でた。


 抱きかかえるフウタの温もりと、そして近くから優しく触れるコローナの手のひら。


「フウタ様が全部何とかしてくれます。期待を裏切ることだけはしませんから」


 よしよし、と。

 滅多に見せない慈愛の微笑みで、眠るルリの目線に合わせて、コローナは言う。


「……そう、思ってくれてるのか?」

「ほ?」


 顔を上げたコローナに、笑いかけるフウタ。


 一瞬、何を言っているのやらと目を瞬かせた彼女だったが。


「あー……ほら、姫様がそんなこと言ってたなー、みたいなっ!」

「そっか」

「そですよっ」


 ぺろりんっ、と笑う彼女の頬は、ほんのりと朱に染まって。



 その頃には、ルリの苦しそうな表情はいつの間にか、安らかで穏やかなものに変わっていた。

御礼の言い所が無かったのでここで、レビューせんきゅー!!! プレゼント届いたぜ!


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