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12 フウタ は ようじんぼう と はなしている!





 ――オルバ商会本部。



「この度は、ご迷惑をおかけしました」


 ベッドに寝かされたウィンドは、目を覚まして開口一番そう言った。


 この場に集っているのは、オルバ商会でウィンドを知る護衛であったり、或いは幹部であったり。

 そして、事件の直後ということもあってフウタも顔を出していた。


 やはりルリも父親のことが心配だったらしく、プリムと共に後からオルバ商会に合流するという。


 誰がルリに連絡を入れたのかは、フウタは知らない。


「迷惑だと思ってんなら最初からやるなって話でしょ」


 ベッドから少し離れたソファで、カップケーキをぱくぱくしながらパスタは苦言を呈した。


「あんたの不在と、あんたが持ってきた面倒事を天秤に掛けたら、どう考えたってあんた助けた方が得でしょうが」

「ははは。会長――もといパスタさんにとっては、そうでしょうな。でも、私にとっては、するべきケジメだったのですよ」

「あーもうめんどくさ」


 はーあ、とソファに転がるパスタ。

 フウタは振り返って彼女に言った。


「ライラック様はそういうのも計算に入れてるって言ってたが」

「なんで今あたしを煽ったの?」

「俺はウィンドさんの気持ちが分かる気がするからかな」

「男って馬鹿しかいないわけ?」


 心の底からどうでも良さそうに、パスタは視線をフウタたちから外した。

 けれど、忙しい癖にここから居なくならない彼女を見て、その場の全員が軽くアイコンタクトとともに口角を上げる。


「ウィンドさん。事情を説明してくれませんか」

「……事情、ですか。そうですなぁ」


 ウィンドは手も足も、ろくに動かせない状態だ。

 普段であれば顎を撫でるなり首を振るなりしていそうなところだが、その目を軽く細めるくらいで、身体は殆ど動かない。


 ただ、どこから話したものかと困っていそうなことは、伝わってきた。


「……ルリは、実の娘ではありません」


 その一言に、パスタ以外の全員が目を見開いた。


 あれだけ溺愛している娘が、実の子ではない。

 確かに見てくれが似ているわけでもなければ、髪や目の色も血を感じさせるものではなかったが――その違いがあったとしても、娘であることを疑う者は誰も居ないくらい、ウィンドはルリを愛していた。


 そしてその愛は、全員に伝わっていた。


 別に、実の娘だから愛する、ということでも、義理の娘だから愛さない、ということではない。


 ただ、娘として紹介されて、誰も義理だとは思わなかったというだけの話だった。


「母は皇国の第一皇女アザレア様。――実の父は、元は小国の公爵である男。その国が皇国に併合されたことを機に、2人は婚姻を結びました」


 あまり長く話すのも少し辛いのだろう。

 一度息を吐いて、続けた。


「ただそれは、とても愛のある結婚ではなかった。アザレア様の護衛であった私は、まざまざと見せつけられた。病弱であった彼女を、邪魔な荷物のように扱うあの男のことも――それを、笑って『自らの身体が弱いせいだ』と言うアザレア様のことも」


 フウタたちには想像もつかない怒りがあったのだろう。

 知らぬうちに籠った熱に、せき込むウィンド。


「……。アザレア様が亡くなった頃。ルリはまだ1歳にも満たなかった。そして、アザレア様と同じく身体が弱かった。そんなルリを、死ぬまでにどうにか利用しようと考えて――むしろそれしか考えていないあの男に、ルリを預けてなど置けなかった。私は、勝手に彼女を連れ出した」

「アザレアの遺言があったんでしょ。わざわざ自分を悪し様に言わなくて良いから、事実を述べなさい」

「……はは。それを貴女に言われるのは中々、とと。アザレア様は、死の間際に確かに、ルリのことを私に託された。私は、彼女をあの家に置いておくことだけは許せなかった。だから……攫った」


 ふん、と鼻を鳴らすパスタ。


 ウィンドに彼女の姿は見えないが、その苛立ったような小さな鳴き声のようなものは聞こえたのだろう。

 緩やかに口角を上げて、言う。


「"暗殺者"の目的は、私を殺しルリを攫うこと。これだけの人数を割いているのですから、自ずと雇い主は見えてこようものです。少なくとも、皇国の関係者でしょう」

「……それは、ルリが皇族の血を引いているから、ですか?」

「ええ」


 頷くウィンドに、フウタの背後から飛んでくる声。


「似たような人間用意するのは不可能なわけ? わざわざあいつらも遠国まで引っ張りに来てんだから、事情はありそうだけど」

「似たような人間って、子供の替え玉を用意するって言いたいのか?」


 苦言を呈するフウタを、パスタは鼻で笑った。


「無関係の人間に心を割いてやるほど、あたしは暇じゃないのよ」

「……つまりウィンドさんとルリちゃんは何としても救いたいと?」

「あんた死ねば?」


 煩わしそうにフウタを睨むパスタであった。


「――それが出来ていれば、皇国の方でそうするでしょう。出来ない理由があるのです。それが、皇家の紋章」


 その言葉を聞いて、フウタは想起するものがあった。


「……もしかして、背中の?」

「はは、お風呂にでも入れてくれましたかな?」

「はい。最近パパが一緒に入ってくれないとか」

「ぐふ……」

「ウィンドさん!? ウィンドさん!?」


 なにやってんのよ、とパスタは白い目で2人を眺めながらカップケーキをぱくついていた。


「ただの入れ墨ってわけじゃないのね。めんどくさ」

「はい。魔導の力で反応するので、本人かどうかはすぐに分かります」

「……となると、やっぱ根元から潰す方向ね」


 もっちゃもっちゃとケーキを咀嚼するパスタは、フウタたちから視線を外して思考の海に潜り始めた。


「じゃあ、ルリちゃんを連れ去って何かがしたいというのが、その攫った側の思考だと?」

「おそらくは」

「……なるほど。皇国、か」


 フウタにしても、最近耳にしたばかりの名前だった。


 もしも。ライラックに近づいている皇子が、そのような外道を是とする者だというのなら。


「――バリアリーフ皇子は、きっと無関係です」

「え?」


 フウタの考えていることを察したのか、ウィンドはそう言った。

 驚いたようにウィンドに目を向けるフウタに対し、彼は笑う。


「はは。やはりですか。…………バリアリーフ皇子は、無関係です。あの方は、昔と何も変わらなかった。真っ直ぐ高潔で、人々の前に立てる。決して、ルリを攫ってどうこうなどと考えないはずです」

「そう、ですか。……お会いになったのですか?」

「……本人は、偽名を使っていましたし、きっと詳らかにされることは好まないのでしょうが。それでも、誤解からフウタ殿とぶつかり合うよりはマシというもの」


 ふう、と一息。


「危ういところを救ってくださいました」

「……街に出ていたということですか?」

「はは、昔からそういう人なの、です……」


 そう、告げると同時。

 ゆっくりと瞼を閉じたウィンドは、静かに寝息を立て始めた。


 3日間、戦い通しだったのだ。

 これだけ事情を話してくれただけでも、十分ではあった。


 ただ、タイミングが悪かったのは――



「パパ!!」


 ばたん、と勢いよく開いた扉。


 飛び込んでくる、さらさらとした桜色の髪。

 似合わないくしゃくしゃの表情で、口元をきゅっと締めて部屋を駆け抜けるその姿。


「ぱぱ、パパ!」


 ベッドの端にしがみつき、必死に叫ぶ彼女。

 眠っているだけだよ、と優しく抱え上げようとしたフウタだったが――


「うわああああああ!!」

「ちょ、ルリちゃん!?」


 頭を抱え、つんざくような悲鳴を上げる様はおよそ尋常の精神状態ではない。


 がりがりとその頭を掻きむしる彼女を慌てて抱き上げ、ウィンドが眠っているだけであることを見せる。


「ぱ、パパ……」

「平気平気。寝てるだけ寝てるだけ」

「……ぅぁ」


 じわ、と瞳から涙をあふれさせ、そのまま泣きじゃくる彼女。

 あやすように抱き上げた彼女をゆっくり揺らすフウタだが、錯乱と言ってもいいほどにルリが暴走しかけたことに、動揺を隠しきれなかった。


「……ごめんごめん。パパが倒れたって、つい言っちゃったんだよ」


 後から入ってきたプリムが、頬を掻いて申し訳なさそうにそう言った。

 無神経と言えば無神経だが、ここまでのこととは。


「――元からよ」


 そんな2人の背後から、声。

 振り向けば、苛立ったように腕を組むパスタ。


「あたしが雇うまで、こいつが何度危ない橋を渡ったかなんて想像するまでもないでしょ。目の前で死にかけたり、色々あったんでしょ」

「ルリがこうなるのは、初めてじゃないのか?」

「そうよ。打開策が見つかってないから、とりあえず父親にくっつけとくしかないけど」


 病弱なルリの為に、どんなことでもやった。

 ウィンドはそう言っていた。


 どんなことでも、というのは決して自らの能動的な行動に限らなかったのかもしれない。


 時には命を擲ち、彼女だけでも生かそうとしたことがあったのかもしれない。


 フウタには、想像することしか出来ないが。


 それでも、泣きじゃくるルリと、限界まで戦う父親を見て。



 どうにかしてやりたい。


 そう思った。  




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