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11 ようじんぼう は たたかっている!




 ――王都北東第8区画。


 一帯に響く鉄と鉄のぶつかり合い、時に混ざる鈍く生々しい水音と、潰れたカエルのような悲鳴。


 振るわれる鈍器と、飛び交う暗器。肉薄し、好機を見据えて首を狩りに行く者が、返り討ちに吹き飛ばされる。


 ウィンド・アースノートは、あれからまた尚も戦いを続けていた。


 荒い呼吸を整えて、震える手で鉄鐗を再び強く握る。


 もう20人は殺めただろうか。


 実際に死んだかどうかは分からないが、殺意を持って殴りつけ、再起不能に叩き込んだ数は20を超えたはずだ。


 どれほどの人間を雇い入れているのだと、大きく息を吐きだす。


 これほど執拗に、尚且つ確実に息の根を止めにくるとなれば、やはり自らを追っている人間には見当がつくというものだ。


 傍らに娘が居ないことを、わざわざ確認する暗殺者も多かった。

 情報は既に撒かれた後。

 自分を殺し、娘を回収するのが目的となれば、答えはおよそ1つ。


「……皇子は、やはり無関係だったが」


 バリアリーフ第五皇子。

 オーシャン・ビッグウェーブなどという妙な偽名を名乗ってはいたものの、6年前の面影をはっきり残した青年だった。


 自分が、アザレア第一皇女に仕えていた頃に何度も見た姿。


 貴族平民問わず仲間と共に、サーフボード片手に海へ飛び込んで行く彼を、アザレアはいつも楽しそうに見つめていた。


 そのバリアリーフ皇子が出奔したのも、アザレアの死後。


 皇国で酷い内乱が起きていることは、ウィンドの耳にも入っていた。

 しかし、バリアリーフが皇家の務めを全うするべく王国にやってくるなどとは露にも思わなかった。


「……御立派になられて」


 目を閉じて、ウィンドは首を振る。

 同時、飛び掛かってきた男を鉄鐗でもって迎撃した。


 跳躍から体重を掛けての一撃は、如何に得物がナイフと言えど強い力がこもっている。


 ぐ、と踏み止まって弾き飛ばすと、軽やかな着地からまた隙を窺うようにダガーを投擲。

 ウィンドがそちらに気を取られていると、左右背後から別の"暗殺者"による奇襲が仕掛けられる。


 全く気の休まる暇のない攻防戦。


「貴方たちは、誰に雇われた……!」


 そう問うて、答えが返ってくるなら良いのだが。

 もちろん"暗殺者"が返事をするわけもなく。


 だが、ウィンドの中には拭えない疑問があった。


 この"暗殺者"たちの中には、見覚えのある風体の者も居る。

 別に知り合いなどというわけではないが、オルバ商会が"暗殺者"を雇うこともある。


 そう。彼らはこの国、ないしは王都の人間なのだ。


 ウィンドは、彼らの雇い主は皇国の人間だと見ている。

 が、わざわざ遠国から雇って送り込んできたわけではない。

 となればこの国で暗殺者を募っているということになる。


 ――ルリの実父がこの国にやってきたという報告は受けていない。


 ウィンドは彼が、皇女と自分の娘であるルリを回収し、自らが皇国の継承権争いに乗り出す為の駒にするつもりだと考えていた。


 バリアリーフ第五皇子の来訪に乗じて、自らの手勢を紛れさせていたという線は断たれた。


 現状、ルリの実父が皇族とどんな関係にあるのか、ウィンドは細かいことは知らないが。


 下手人が分からない状態のまま進む事態に、ウィンドは強い疲労を感じていた。


 暗闇の中を、いつ出られるかも分からず突き進む。


 既に3日、戦い通しだ。

 バリアリーフのおかげで少し休めたとはいえ、殆ど気休めに近い。


 けれどそれが裁きだというのなら。


 ルリの無事の為に、自らがどれだけ戦えるかという試練だというのなら。


 その全て、甘んじて受けよう。


「おおおおおおああああ!!」


 視界に入っている"暗殺者"の数は8。

 建物の中に感じる気配は5。


 まだまだ、余裕は無さそうだ。


 第8区画(この辺り)に長居しすぎた。

 情報も広まっているのだろう、続々と、振り切ったはずの追っ手が現れている。


 後方からも4人ほど、明確な敵意を感じる。



 17人。


 3日で屠った数の倍近くの"暗殺者"が居ると考えると気が滅入る。

 とはいえ、似たような状況で数人ずつ数人ずつ削ってきたのだ。


 同じことを、続けるだけ。


「ウィンド・アースノート……!!」


 ふと感じる強烈な敵意。

 振り向けば、見覚えのない――否、感じたことのある気配。

 おそらくは、自分が殺し屋稼業に身をやつしていた頃に相対した――


「貴様だけは、貴様だけはこの手でッ……!!」


 抜いた直剣は業物。鋭い刃は、ぬるい受け方をすれば鉄鐗に大きな傷がつく。


 幾ら何でも、寸断されることはないだろうが……この鉄鐗は、ウィンドにとっての命綱だ。


「貴殿だけを相手するわけにはいかないが、こい」

「抜かせッ!!」


 痛烈な憎悪。

 仕事とはいえ、彼の仲間であった者たちを、確かにこの両手で全員殴り殺した。


 そうだ。ルリを狙う者だけではなく、過去の因縁も今ウィンドを襲っている。


 我ながら。裁きとはよく言ったものだ。


 直剣の腕は上等。

 少なくとも片手間に相手出来る男でないことは、一合交えてすぐに察した。


 だからこそ歯噛みする。

 この"暗殺者"たちは徒党を組んではいるが、決して一枚岩などではない。

 男ごとウィンドを、というのは十分に考えられるし、現に2度ほど、敵ごと狙われたことはある。


 そういったなりふり構わない者は彼ら自身によって粛清されてはいるが、何度起こったっておかしくはない。


「っ」


 きらり。

 ウィンドの視界の端から、薄黒く何かを塗られたダガーが投擲された。

 慌てて回避しようとするも――


「余所見をするなァ!!!」

「ぐっ」


 ああ。

 ままならないものだ。


 どう見たって毒だ。


 突き刺されば、全盛期とは程遠い身体。無事では済まないだろう。

 分かっていてなお避けられないのは、ひとえに己が強く恨まれたが故。


 

 裁き、とは。よく言ったものだ。 






『裁きを受けるっつーならよ、ウィンちゃん』






『――罰のみに非ず。貴殿の功もまた報いがあるものと心得よ』










《模倣:リノ・ローゼス=投擲術》








 嵐が吹き荒れた。


 ウィンドとダガーの間に割り込んだ影は、片足を軸に独楽のように一回転。

 その瞬間に何が起こったか理解したウィンドは目を見開く。


 ダガーの持ち手を掴み取り、投擲した本人へと投げ返したのだ。


「げぁ」


 喉元に突き刺さったそれに昏倒する彼を見向きもせず、その嵐は見開いた瞳に金色の光芒を残しながら、次々と視界に"暗殺者"を叩き込んでいく。


《模倣:エアル・キート=暗殺拳法・蛇》


 ウィンドを取り囲む"暗殺者"の背後に、一瞬で現れるその男。


 声を上げるよりも早く差し込まれた貫手は喉を貫き、倒れる頃には影すらも無い。


「……13,12,11……」


 異常事態に気が付いたらしき暗殺者たちは一様に警戒態勢を取るものの、次々にくずおれ、倒れ伏していく。


「なんだ、何が起こっている!!!」


 叫ぶ瞬間に――


《模倣:ウィンド・アースノート=我流乱打》


 背後から後ろ手に放たれた鉄鐗による一撃。


 建物を突き破り、2階から為す術もなく落下する男。


 どしゃ、と柘榴が砕けるような音と同時、ウィンドの後方に響く金属音。



 ウィンドよりも先に仕留めなければとその場の全員が考えた。



 同時に放たれたダガーの群れ。

 その数6はくだらない刃の雨に、またしても金の瞳が見開かれる。


《模倣:ソルド・クラット=我流投擲術》


 到達速度の最も速いダガーを一瞬で見定め、その柄を逆手で掴むと残る5つを叩き上げた。


 空中に舞う5つの刃は昼の陽射しに煌めき、しかして見惚れるほどの隙もなく。


 握られた刃を皮切りに、降ってくる順に次々掴んでは精密な投擲が放たれる。


 

 ――ダガーを投げれば返されて死ぬ。


 

 それも今のは、この場に居た"暗殺者"の中で最も技量の高い人間の絶技。


 地面に突き立っていた鉄鐗2本を引き抜いたその嵐は、次の瞬間にはもうどこにも居ない。


 泡を食ったのはウィンドを殺そうとしていた直剣の男。

 こんなところで自らの願いが踏みにじられてはたまらないと、無理やり嵐を意識から排除してウィンドに相対する。


「――な、んだか知らねえが、ウィンド・アースノート、テメエだけは――」

「――1」

「がっ!?」



 直剣を振りかざすより先に。

 下から顎を砕くように振り抜かれた鉄鐗に、男は吹き飛び昏倒した。



 どさ、と倒れ伏す男は最早動く気配はない。



 ほんの一瞬の出来事だった。


 17人。


 地に伏し、動かない骸の数だった。




「――ふぅ。……無事で良かった!」

「ふ、フウタ殿」


 転がる鉄鐗を気にも留めず、ウィンドの手を取るその嵐――もとい、青年。


「ボロボロじゃないですか。すぐに治療を――」

「あ、ああ……」


 呆然とするウィンドに、罪はない。


 ただ。


「――あはははは!! 良いじゃなぁい」


 ぱちぱちぱち、と手を打ち現れる、聞き覚えのある少女の笑い声。


「笑ってる場合かよ、満身創痍じゃないか」

「手配はもうしてるわよ。素人が触って悪化させたらどーすんの?」

「お前ってヤツは……」

「そ・れ・よ・り、中々良い殺し屋っぷりだったわよ。その豹変ぶりと言い……良いキャラになりそうじゃない?」

「今そんな話をする余裕ねえよ俺は……」

「あそ」


 そこでようやく、主人は用心棒へと目を向ける。


「くだらない仁義、結局通したわね。この愚図」

「はは。くだらない仁義で、貴女にも仕えているものですから」

「十分な給料与えてんだから、そっちで仕えなさいよ……だからこんな無駄を生むんでしょ」

「これは手厳しい」


 連れてきた護衛が即席の担架を作り、安堵で立つ気力も失ったウィンドをゆっくりと乗せる。


 パスタは呆れたように半眼でウィンドを睨みながら、それでも小さく嘆息するのみにとどめた。


「ま、良いわ。あんたの感情に収まりが付いたなら、もうこんな馬鹿やらないでしょ」

「……はっはっは」

「肯定しなさいよ……」


 ウィンドが、今回の案件でオルバ商会を頼らなかった理由に、パスタは薄々察しがついていた。

 それはパスタには理解出来ようもない"感情"のお話。


 ただ、だからこそ。


 無事で良かったと、1人黙って胸を撫でおろした。




「ふ、フウタ殿」

「あ、はい。どうしました?」

「る、ルリは。ルリはどうしましたか……?」

「ああ、ルリですか」


 ここにフウタが居るという事実に、一瞬顔面蒼白になるウィンド。

 しかし、フウタは笑って首を振った。


「今夜はリヒターさんちでパーティなので。プリムもリヒターさんも付いていますから、大丈夫ですよ」

「それは……良かった」


 ただ、天敵2号が現れて約1名心労を増やしているというだけの話だった。


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