09 フウタ は ウィンド を さがしている!
「テン! ション! 上がるわー!」
バリアリーフは、護衛という名の追っ手を振り切って王都観光を楽しんでいた。
ほっつき歩いては面白そうな店に顔を出し、王国ならではの食品や工芸品を物色し、1人だというのに賑やかで、物の買い方も豪快と来たものだから行く場所行く場所を笑顔に変える。
王都で自分を好きになって貰うという打算が全く無いと言えば嘘になるが、偽名は貫いているし、何より皇子らしくない格好だ。
これほど騒がしいお忍びもないだろうが、それでも皇子であることは露見せずに済んでいた。
生来のカリスマ性とでも言おうか、地元でも彼はそういう人間だった。
好き放題遊んで楽しんで、その熱が伝播して皆が笑う。
それこそがバリアリーフの魅力であり、真骨頂。
現に、あれこれと食べ歩きし尽くして腹は満たされているというのに、おまけして貰った品で両手が埋まっていると来たものだ。
「っべーな王都のオバチャン、おまけの仕方が暴力だわー」
愉快そうに笑いながら、幾つもの焼き鳥串を両手のあらゆる指に挟み込み、闊歩するバリアリーフ。まるで鉤爪のようになってしまっていた。
「んで」
ちょびちょびと食を進めつつ、タレの利いた肉を嚥下してふと気付いた。
「ここどこだ?」
王都の地理をまるで把握していないのもある。
そして、護衛という名の見張りどもを撒いたこともある。
面白い店から面白い店へと渡り歩いてしまったこともある。
最後に入ったのがやけにアングラな店だったこともある(焼き鳥だらけだったので追い出された。けれどそれすら、笑いながらのやり取りだった)。
控えめに言って、迷子だった。
「おいおいマジかよ、迷子のお知らせでーっす。身長1メレト88セルチ、体重80ウェイト、桜色の短髪がいかした、22歳の男の子でーっす」
周囲には誰も居ない細く入り組んだ路地。
浮浪者の住んでいる形跡こそあれど、もぬけの殻と来たものだ。
「毛布の回収もナッシー、生に向かってエスケープ、SAY! って感じじゃね? この路地も他国とバチバチになった時用的なやつー。んならそりゃもう使われねえし、路上生活なピーポー溜まりますよっと。ライラっちゃんはその辺考えてんのかねー」
とはいえ気になるのは、この妙な荒事の香りだ。
バリアリーフが居る周辺で、ついさっきにも何かが起きたような。
治安の悪さが露呈してきているな、と目を細めるバリアリーフ。
「冷めてもうんめぇ。もっちゃもっちゃ」
焼き鳥串をもしゃりながら、酒飲みてーとかぼやきながら。
バリアリーフは、ふと歩みを止めた。
瞬間、その眼前――T字路の手前に立つバリアリーフの前を、通り過ぎるように吹き飛ぶ男の姿。
「んぉ。やってるやってる」
吹き飛んだ男を覗き込めば、顔面を鈍器で弾き飛ばされてみるに堪えない姿で絶命していた。
バリアリーフは自国流の祈りを軽く捧げて、反対へと振り向く。
そこでは、多くの"暗殺者"らしき者たちに囲まれ、必死の抵抗を繰り返す壮年の男性の姿。
彼の得物は2つの鉄鐗。なるほど、あの男を殺したのは彼だろうが――連日戦っているのだろう、疲労が色濃く浮き出ている。
「いやぁ……」
ぱく、と焼き鳥串を1本食べきって。
「その歳で頑張るのは無茶っしょ」
バリアリーフは駆けだした。
「――新手か!?」
「うぇーい」
慌てたように振り向く壮年男性の鉄鐗による一撃。
それをしゃがみ込むことで回避したバリアリーフは、軽く冷や汗を流しながら彼に告げる。
「ちょちょちょ、危ねーっしょ。とりまオレ、不利な方に助太刀する、いっぱんぴーぽー」
「助太刀ッ……?」
荒い息で鉄鐗を振るい、次から次へと跳躍して襲い掛かってくる"暗殺者"たちを相手取る壮年男性。
彼の背にするりと回り込んだバリアリーフは、「っぶね」だの「っべ」だの「うぇーい」だのやかましくも"暗殺者"の攻撃をひらりひらりと避けていなしていく。
「ユーは何して狙われてる系男子?」
「――私の、子供が目的です!」
「オケマル商会よいちょまるー」
全くと言っていいほど武術の基礎が感じられない無駄な動きで、しかしバリアリーフは暗殺者のダガーを1つ残らず回避する。
そして。
「食う?」
「ごあっ!?」
口に焼き鳥串を突き立てて、1人を無力化し退路を作ると。
「生に向かってエスケープ!」
「あ、ありがとうございます!」
「気にするナイトオブプール!」
流石に限界が近かったらしい男性は、すぐに彼の作った道を駆けだした。
「逃がすな!!」
そう叫ぶ彼らを、次々入り組んだ道で撒いていく2人。
1人ずつ追いすがる程度であれば、逆に2対1で戦える。
そうして戦いを繰り返す度に、追っ手は分の悪さを察して引いていき、なんとか一息吐く時間を与えられた。
「はあ、はあ……ありがとう、ございます……」
「いーていーて。ゆーてもオレ、全然バトれねえ系男子なんだけど」
壁に寄りかかり、ずるずるとしゃがみ込む男性。
けらけら笑うバリアリーフの姿を上から下まで眺めた彼は、そう言えば、と呟いた。
「その、腰の刀は……?」
結局最初から最後まで抜かなかった刀。
焼き鳥が勿体ないからかとも思ったが、命のやり取りの真っ最中だ。
本来、そんなことは言っていられないだろう。
「あ、コレ? わりわり。オレってば呪われてて、もうあと1回しか武器使えねーんだわー」
「……さよう、ですか」
「そーそー。"契約"って怖くね? みたいな! だからさっきのも、食わせようとして? しくって? 刺した、的なんじゃないとまーまー無理」
最&高っしょ、と高笑いをするバリアリーフに、彼は少し目を伏せる。
「私は、ウィンド・アースノートと言う者です。今回のことが片付いたら、是非お礼を」
「あーいーていーて。何も食ってなさそうじゃん、なんか食う? って焼き鳥しかありませんケドー! でもこれ超美味いべ、マジでオバチャン神じゃね?」
ずいずいと焼き鳥串を数本手渡してくるバリアリーフ。
男性――ウィンドは深々と頭を下げて、その焼き鳥を口にした。
冷めきっていたけれど。
「ああ……美味い」
「っべーっしょ、オバチャン超っしょ。マジで地元民うらやまー、王都最っ強!」
「あの」
「どしたどした」
肉を1つ1つ味わうように口にしていたウィンドが、彼を見上げて。困ったように、問いかけた。
「貴方の、お名前は?」
「あオレ? ……あー」
バリアリーフ、などと言う訳にはいかない。
ぼりぼり頭を掻いて、彼は言った。
「オーシャン。オーシャン・ビッグウェーブ。今後ともよろまっす!」
その答えに。ウィンドの眉が下がったのを、バリアリーフは見逃さなかった。だが……なぜそんな顔をするのかは、彼には分からなかった。
『"無職"1人でこの広い王都を探せるなんて思わないことね。必要なのは情報と推測、そして、弱みを握ること』
『他にやることも色々あるから、それだけとはいかないけど。あんたが馬鹿みたいに王都走り回るより遥かに効率よくあいつを探せるわ』
オルバ商会本部の中に入ったフウタとパスタの2人。
ドリーズという名の幹部には、顔を見せるだけで良かった。
未だにこの商会でのパスタもといベアトリクス・M・オルバの影響力は強いらしく、彼女自身もそれを当然と受け取っているようだ。
パスタは部屋に入るなり、ドリーズを通じてあれこれと資料を集めさせ始め、フウタはフウタでテーブルの上の地図とにらめっこしていた。
「こんな正確な地図、どこで手に入れたんだ?」
「作らせたに決まってんでしょ。1年ごとに更新させてるわ」
「そうか……」
王都の詳細な地図。
テーブルいっぱいに広がるそれの情報量は莫大で、どこにどの系列の店があるかなどは当然として、建物の所有者なども記載されている。
フウタにはよくわからない記述も沢山で、目が回りそうだった。
「その筆使って」
「直に書き込んで良いってことか?」
「ええ。写しはあるし」
幾つもの帳面をぱらぱらとめくりながら、パスタはフウタの手元にある筆を指し示した。
「良い? まず――」
パスタは帳面に目を通し始める。
まず、捜索に出ている商会の人間の報告書類。商会支部での買い物客のリスト。昨日の各地域の売り上げ。
パスタの脳内を、駆け巡る情報。
――王都の外側を探索するも、情報無し。
――商会支部での買い物客、昨日もいつも通りの賑わい。
――南部は夜も売り上げ好調。人通り多し。
――争い死者目撃情報ゼロ。
「南は全部除外。北西部もメインストリート近郊は消していい」
「えっ、……分かった」
フウタの筆が、地図にバツ印をつけていく。
何故、とは問わなかった。視線をやれば、彼女の瞳は帳面の上を駆け抜けている。彼女なりの明確な根拠があるのだろう。
ならば、今問うのは邪魔になる。
「――っ、北西部、第7区画。第8区画。第12区画の辺りを囲って」
「ここか」
その3つの地域は隣接していた。
――3つの地域で浮浪者相手に毛布が複数売れている。
――この辺りの夜の売り上げはそこそこ。通りの人口はさほど。
――露店での買い食いが平均より少し上がっている。しかも1本買い。
――居場所を追われた浮浪者が出ている可能性高。
「周辺第3区画から第6区画、第9区画を除外」
「分かった」
――わざわざオルバ商会本部から離れたところで動いている。
――ウィンドは商会への迷惑を嫌っている可能性高。
――商会支部のある大通りの多い区画は除外。
――そしてこの辺りで飛び道具の購入が複数。
「"暗殺者"たちに狙われているっていうのはホントみたいね」
「疑ってたのかよ」
「あんたの嘘ってことはほぼ無いでしょうけど。どこかで騙されてるとかはあり得るでしょうが。自分の情報が正しいと思い込むのはやめておきなさい」
「……」
プリムが嘘を吐くはずがない、と言い返しても良かったが。
そのプリムが誰かに騙されている可能性というのは、確かに否定できなかった。
情報を得るのと、確定させるのはまた別の話。
それは、ライラックも行っていることであればこそ、フウタは黙って頷いた。
「――第7区画を除外」
「了解」
――第7区画絞り込み中に昨夜の衛兵の食品購入歴を発見。
――区画清掃日ではないから、浮浪者の死体回収目的でやってきたのではない。
――おそらくは、暗殺者関係の死者。
――つまるところ、ここでの争いは終わっている。
「――第12区画を除外」
「了解」
――第7区画で戦闘があった場合、第12区画に入れば袋小路だ。
――ウィンドとて王都の地理を把握し尽くしている。
――なれば、第8区画から第11、14区画方面へ向かうはず。
――よって。
「第8区画から捜索開始。第11区画方面へのルートが1番見つけやすい」
「了解! 凄いな」
「ふん。あたしを置いてって東西南北駆けずり回るより幾らかマシでしょう。……とはいえ、賞賛は後にしなさい。見つかってからで十分だわ」
「ああ」
――ウィンド・アースノートは、第8区画。
その予想は、ものの見事に的中していた。
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