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08 フウタ は きぞく と であった!




「ライラック王女殿下の客人が居るというから来てみたが……」


 扉の先には、十数人。


 目を瞬かせるフウタを置いて、先頭に立っていた青年が歩み寄る。


 その後ろを、ぞろぞろと男たちが続いていた。


 ボディーガードや兵士というわけではなさそうだ。

 先頭の彼ほど豪奢な服装ではないが、少なくとも上等な布を使った衣服を纏っていることが分かる。


 部下、或いは仲間。そう見るのが妥当なところだろう。


 口を開いた青年は長身痩躯の緑髪碧眼。

 フウタを上から下まで眺めてから、胡乱なものを見るような目で問いかけた。


「貴様、"職業"は?」


 手に持ったステッキの石突をフウタに差し向けるさまは、警戒或いは探りの気配が感じられるものだった。


 警戒される理由に、心当たりは無い。

 ならばフウタが何者かを特定したい、ということなのだろうか。


「"無職"ですが」


 瞬間、どっ、と部屋が沸いた。


 出所は勿論、青年が引き連れてきた者たち。


 おかしそうに腹を抱える者、フウタを指さす者、嘲りの言葉を並べ立てる者。共通しているのは、一様に"無職"を笑っていることだった。


「リヒター様。まさか殿下が無職を飼うとは思いませんでしたね」

「気にしすぎですよ! 宮廷では誰にも相手にされないから、外から平民を拾ってきただけです!」

「いやはや、王女殿下も"無職"をわざわざ選ぶとは。奇特な方とは思っておりましたがね!」


 す、とフウタの目が細まった。


 不思議な感覚だった。

 "無職"であることを虚仮にされたはずなのに、自分でも驚くほど傷ついていなかった。


 嘲笑われることには、慣れても居た。

 コロッセオでは、何度小馬鹿にされたか分からない。


 コロッセオの闘剣士が客に手を上げることなどあってはならない。


 だから、耐えることには慣れていた。


 だが。

 自分を虚仮にされたことよりも、初めて自分を認めてくれた恩人を笑われたことに、憤る自分が居た。


 拳を握り、目の前の男たちの顔面に叩き込んでやろうと――






「うぉっしゅうぉっしゅ」






 空気が固まった。


 フウタも怒りを忘れ、貴族たちも言葉を失い瞠目した。


 おそらくはリーダーである、フウタと向き合っていた青年。


 その顔面に、泡立ったモップが擦りつけられていた。




「リヒター様!?」

「おのれ小娘、何を!!」



 一瞬の間を置いて、怒号が響く。


 流石のフウタも言葉を零した。


「こ、コローナ!?」


 こんなことをやらかす下手人は一人しか居ない。


 今もってなおモップの柄を上下させる少女を呼び止めると、彼女は普段通りの笑顔を崩さずにサムズアップした。


「姫様の賓客に汚い口を利いたので洗浄。あと挨拶。おっすおっす、みたいな。激ウマギャグ」

「いやいやいやいや!!」


 慌ててフウタがツッコむも、遅い。

 リヒター様、と呼ばれた青年はモップの柄をむんずと掴むと、強引に横へ投げ捨てた。


 手元からモップが消えた無手のコローナに、泡立った顔面のリヒターが迫る。


 フウタは背後で、彼女に危害が及ぼうものならすぐさま庇えるように構えてはいたが、リヒターは怒りを押し殺すように言葉を吐いた。


「……僕だけは、別にこいつを笑ってなかったのに」

「そうでしたっけっ?」

「そうだよ!!!!」


 怒り心頭で顔を拭うリヒター。


「リヒター様に向かって、ただのメイドが何たる無礼を!」

「貴様、この国の法は分かっているだろうな。目上の人間に対し――」


 震えるリヒターの後ろで、男たちが騒ぐ。


 が、彼らを遮ったのもまたリヒターだった。


「やめろ!!」

「リヒター様!?」

「……そのメイドは録術を使える。貴様らの発言は全て記録されているんだ」

「なっ、メイドが!? "侍従"が魔導術を!?」


 コローナは、指先に光を灯らせた。

 そして、ゆっくりと空中をなぞる。


『リヒター様。まさか殿下が無職を飼うとは思いませんでしたね』

『気にしすぎですよ! 宮廷では誰にも相手にされないから、外から平民を拾ってきただけです!』

『いやはや、王女殿下も"無職"をわざわざ選ぶとは。奇特な方とは思っておりましたがね!』


 彼女の指先を起点に再生されるのは、先ほどの男たちの声。


「メイドさんは聞いている! これが動かぬ証拠だー! なんちて」


 ふ、と指の光を吹き消して、コローナは首を傾げる。


「てゆか。知っててメイドの前に馬鹿引き連れてくるとか、アホでは?」

「……貴様は王女殿下が一番信頼しているメイドだ。そんな奴を平民の客に付けるとは思わなかった。……それに、この時間は王女の執務室に居るはずだろう」

「ですねーっ! 正解した貴方にはストーカー検定2級をプレゼントっ!」

「要らん」


 コローナはくるりとフウタを振り返り、悪戯っぽく呟いた。


「誰にも見つからないように、壁をよじのぼった甲斐がありましたねっ」


 彼女のピースサインに、フウタも毒気が抜かれて溜め息を吐く。


「あの。それで俺に何の用ですか」

「用というほどの用はない。ただ、王女殿下が平民の男を連れてきたという話を聞き、見に来たというだけの話だ」

「この人数で?」

「ああ。ただの平民なら脅せる。卑しければ飼いならせる。……どちらも不発ではあったが」


 人数で威圧すれば、動きを牽制出来る。

 媚びへつらうようなら、自分たちの駒として使える。


 そう言い捨てて、リヒターは背を向けた。

 男たちも慌てて帰りの道を譲るように脇へと捌ける。


 フウタは顔をしかめた。


 別に、自分が利用されそうになったから、というわけではない。


 まるで、これは。


「貴方は、王女様の敵なんですか?」

「……そんなわけが無かろう。殿下は我々貴族の敬愛する王族。国王陛下の次に大切な方だ」


 それだけ言うと、顔を拭いながらリヒターたちは部屋を出ていった。


















「ふむー」


 扉が閉まってからの沈黙を破ったのは、コローナの悩んだような呟きだった。

 間が抜けていて、脱力感に襲われるフウタ。


「どうしたんだ?」

「姫様に限って、うっかりバレたってことはないのでー。たぶん、もう出歩いて平気ですね、フウタ様」

「っていうと?」

「あいつらがフウタ様の存在を知ってるってことは、姫様のオッケーサインってことですよっ!」

「……つまり」


 彼らがフウタの存在に気付いていたのではなく、ライラックがフウタの存在を匂わせた。

 存在を匂わせたということは、ライラックとしてはもうフウタが居ることを隠す必要がなくなった。


「あくまで王女様が主導でこうやった、と?」

「多分ねっ。あの貴族、誘導くらいはされてると思いますよっ」

「凄い信頼だな」

「まー、姫様ですしねー。……でも」

「ん?」


 コローナはちらりとフウタの顔を見やった。


「そうなると、結構全力で根回ししてますね、姫様。どれだけ気に入られたんですかお前ー」

「そう、なのか?」

「あいつら動かしてるってことは、フウタ様を王宮に認知させようとしてるってことですからねっ」

「よくわからないけど。でも、気に入られたのだとしたら、そんなに嬉しいことはない、か」

「へー」


 まるっきり興味がなさそうなコローナだった。


「てゆか。フウタ様」

「ん?」

「"無職"めたくそに馬鹿にされましたけど、案外平気そうですねっ」

「そういえば、そうだな」


 言われるまで気づかなかった。

 どちらかと言えば、自分よりもライラックを笑われたことに怒りを覚えていたような。


「……まあ」

「ん? メイドの顔になんか付いてます? 目とか?」

「逆に付いてなかったら怖いよ。じゃなくてさ。王女様とコローナが認めてくれたから、なんかもう、それで十分幸せなんだろうなって」

「ははー」


 感心したようにコローナは頷く。


「欲のないやつめー」

「そうか? 結構これでも欲張ってると思うよ。さっきもコローナがモップしてなかったら、全員殴ってたと思うしさ」

「そですか。じゃあメイド、お前の命の恩人ですねっ」

「えっ。なんで?」

「なんでって……流石にあの人数相手じゃぼこぼこのぼこにされますよー!」

「……あ、ああ。そうだな」


 うっかりしていた。

 ぼこぼこのぼこにされるかどうかはさておき。


 迂闊に手を上げた先で、王女の立場が悪くなることも避けなければならない。

 そういう意味では確かに、コローナは今回もフウタの恩人だった。



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