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08 フウタ は けいえいしゃ と はなしている!




 ――王城賓客室。


 王都に招く最上級の賓客のみを通すこの部屋は、王女の私室と同等かそれ以上に清掃が行き届き、美しく芸術的な調度品を多く配置している。


 また、王女や国王の私室と異なり、この国独特の文化をより強調した部屋の作りとなっている。


 壁に飾られたこの国で最も高い山の絵画などは、その際たるものだ。


 以前はガーランドを招き入れていたこの客室は、今は皇国第五皇子――もとい、ライラック第一王女の婚約者バリアリーフ・F・クライストにあてがわれていた。


「皇子!! おやめください、皇子!!」


 ……あてがわれていた。


「っべーマジ、えコレあれじゃね? 皇国(うち)の絹より全然すげくね? エルっちゃん持ってって」

「持っていきません!」


 ベッドに飾り布として用意されていた絹をべたべた触り、っべーだのすげーだの言葉をこぼし、目付け役であるエルっちゃん――エルフリードという壮年の男性に告げるバリアリーフ。


「ゆーてもオレ、とりま戻ってまた来ます的な一旦帰宅(いちきた)とか? シャルウィダンスはやってねーっていうか?」

「私が持ち帰らないからと言って、貴方が持ち帰るという選択肢は生まれません! 皇子、いい加減にしてください!」

「えー? エルっちゃんマジないわー。そーゆーテンサゲ、地元じゃ流行ってねーっていうか」

「良いからッ――」


 禿頭に青筋を浮かべ、エルフリードは叫ぶ。


「服を着てください!!!」

「エルっちゃぁん……目、付いてない系?」


 着てるよ、と両手を広げるバリアリーフ。

 上半身裸の上から半袖のYシャツを羽織り、下は膝上のハーフパンツ。それもひらひらの安い生地。


 靴下も履いておらず、直にサンダルを身に着けていた。


 この、寒さが本番に近づこうという季節にである。


「それは皇子ともあろうお方の服ではありません!!」

「エルっちゃんさぁ」


 どか、とソファに腰かけて、バリアリーフは呆れたように壁を指さした。

 そこには、皇子が国王と謁見していた時に着ていた礼服が掛かっている。


「――アレ、マジ肩コルセスカなんだけど」


 コルセスカとは、鎗の一種である。


「皇族としての義務が、貴方にはあるのです! レイスドーラ第一皇子のご命令をお忘れですか!」

「兄貴ねー」


 面倒臭そうに耳をかっぽじるバリアリーフ。

 その長く太い指は、何かの鍛錬の跡を感じさせるが――武人としての闘気はなく、立ち振る舞いも隙だらけ。


「エルっちゃん」

「なんでしょう?」

「オレ、別に兄貴の命令だから来てる的なヤツじゃないからさ」


 す、と目を細め、エルフリードを見据えて呟くように告げる。


「口の利き方、マジ気ぃ付けろよ」

「っ……前皇帝陛下の、願いを、不意にするおつもりですか?」

「そそそ。そう言ってくれりゃオレも……アレ? オレってば自分から今、自分縛りに行った? アッハッハ超ウケるんですケドー! 最&高っしょー!」


 その桜色の短髪をぼりぼり掻きながら大笑するバリアリーフに、エルフリードは渋面を浮かべたまま。


「ってことで? オレってばちょっち出かけるわー」

「出かける……そのお姿で!?」 

「これから住まう街のこと、いと知りたけりー」

「皇子! 困ります! 皇子!」

「いらねーからそーゆーの。大丈夫大丈夫、何の役にも立たねーこいつも持ってくからさー」

「皇子!」


 護身用らしき、鞘に収まった剣――うっすらと弧を描いているところを見ると、刀だろうか。

 それを役に立たないと言いつつ引っ提げて、エルフリードを置いて部屋を出ようとするバリアリーフ。


「皇子! 貴方は――」

「エルっちゃん的には? オレに何もしないで居て欲しい系なのはわかるケド? ゆーてもオレ、王女様と結婚なんで、街のことなんも知らねえのは終わってるっしょ」

「っ……皇子、でしたら護衛を」

「なんつってるか聞こえねー」

「皇子!」


 ぽーん、と飛び出したバリアリーフの足は速く、とてもではないがエルフリードでは追い付けない。


 苛立たし気に歯噛みしたエルフリードは、近くにいた侍従に叫ぶ。


「皇子を連れ戻せ! 余計なことばかりしおって……!!」


 
















 一方その頃、ウィンドを探す為に出かけたフウタとパスタの2人は、オルバ商会に向かっていた。


 気が急いているフウタの早足に、パスタは懸命についていこうとするも結局無理で小走りして、歩きに戻ってすぐ遅れて、また小走りしての繰り返し。


「あーもう! あんたちょっとペース落としなさいよ!」

「言ってる場合かよ。こっちは急いでるんだ」

「あんたが1人で早足するより、少しペース落としてもあたし連れてった方が結果的に早く見つかるっつってんのよ!」


 パスタの身体は貧弱である。

 寸胴鍋のような体型は、幼少期にろくな栄養が取れなかった証左でもあり、また今もカップケーキばかり食べているが故の自業自得でもあるのだが。


 そもそも、彼女には運動などよりも向いていることを磨く時間の方が多かったという話ではある。


「はぁ……じゃあ背負ってやるよ」

「……そうね、それが一番早いかしらね」


 フウタに呆れられた挙句情けを掛けられるなど、屈辱以外の何物でもなかったが。

 それでも、互いの妥協点として最適解ならば、それを呑まない理由もない。


「ちょっと待って。フードが取れる」


 大人しく従って、フウタに背負われるパスタ。

 彼女は、外に出た時からずっと頭巾を被っていた。その目立つ赤髪も、すっぽりと隠れて見えなくなっている。


「そんな今から被ってなくてもよくないか?」

「は? ……ああ、あんたひょっとして、オルバ商会行くから被ってると思ってんの?」

「違うのか?」


 ひょい、とあまりにも軽い少女を背に、フウタは足早に道を行く。

 彼女は風にあおられる頭巾を押さえながら、嘆息交じりに呟いた。


「外に出る時はずっとこうよ。万が一にも、法国にあたしが生きてることを知られるわけにいかないもの。一生、外をこれ無しで歩くことはないわ」

「……そうか。髪型変えるとかじゃ無理なのか?」

「無理に決まってんでしょ。……ああ、顔を変形させるくらいのことをやれば、ある程度はどうにかなるかしらね」

「どうやるんだそれ」

「邪魔な人間を内緒で消す時使う液体とか、顔に浴びれば良いんじゃない?」

「…………」



『今から、血を分けた異母妹(いもうと)を酷い目に遭わせます』



 正直に言えば。フウタが想像していたよりもはるかに酷い目だった、と言えなくもない。


 とはいえ、それと天秤にかけたとしても、フウタはコローナを取ったし――金の為に彼女がコローナを売ったのは事実だ。


「いつか別の手段でどうにかなるといいな」

「そうね。フードくらいの不便なら、顔を崩すほどじゃないし」


 言葉少なに、オルバ商会本部の前へと辿り着くフウタとパスタ。


「一応、幹部に会えればすぐに通してくれるとは思うけど。下っ端と会った時が面倒ね」

「そん時の交渉は任せるぞ。何をするのか知らないが」


 パスタを降ろし、商会本部の門を潜ろうとする2人。


 何故最初に商会本部を訪れるのかについては、フウタは既にパスタから説明を受けていた。


 まず、集まっている情報を確認する。

 ある程度捜索個所を絞る為だ。


 そしてもう1つ。これは、フウタには無かった発想。

 即ち、"下手人は誰か"だ。


 暗殺者たちがこれだけ動いているということは、雇った人間が居る。

 その雇い主を見つけ、何等かの対策を講じることが出来れば、元から断つことが出来る。


 ウィンドを助けた後も何も心配せずに済むという意味では、フウタも彼女の意見に賛成だった。


「――失礼。どちらさまでしょうか」


 声を掛けてきたのは、フウタと同じか少し年下くらいの少年だった。


 小さくフード越しの舌打ちが聞こえたことから、おそらくはベアトリクスの生存を知らない下っ端であることを察するフウタ。


「あー……ドリーズに会いに来たわ」


 ドリーズ。その名前にフウタは聞き覚えは無かったが、少年の少し驚いたような反応を見る限り、おそらくは幹部の誰かであろう。


「ドリーズさんに……キミみたいな子供が?」


 怪訝そうな顔をする少年を、パスタは鼻で笑う。


「は? 相手の素性も分からないのに、見た目だけで相手を判断して良いと思ってるわけ? そんなんだからここで棒立ちしてるしかない下っ端なんでしょ。よく雇って貰えたわね。あたしだったら即クビにしてるわ、あんたみたいな無能」

「なっ……!?」


 思わず、といった様子で顔を赤くし、手にしていた鎗を握りしめる少年。

 ここで手を出さないだけの理性はあるようだが、しかし羞恥と憤怒に染まった表情は隠せないようで。


 しかし煽ってどうする、と眉根を寄せるフウタであった。


「アポイントはあるんだろうな!」

「無いわ。でも言えばすぐ会うことになるから、さっさと連絡飛ばしなさいよ」

「はっ。ドリーズさんは忙しいんだ。お前みたいなクソガキに会ってる暇なんてないんだよ!」

「……愚図が」


 吐き捨てるようなパスタの呟き。

 完全に交渉が裏目じゃないか、とフウタはたまらず口を挟んだ。


「おい、拗れてるじゃないか――」

「相手を見た目で判断するばかりか感情にかかずらって上の判断も仰がず独りよがり、自分がほんの少し憂さを晴らすことと商会の利益を天秤にかけるだけでも言語道断、これであたしがどこぞの王女でもあったらこの商会に与える損害はどれだけあるか、少しでも考えたかこの雑魚が!!!」

「な、え……?」


 ざわ、と周囲がどよめいた。

 それがいったい何に起因するものかは分からない。

 だが間違いなく今のパスタの言葉は注目を浴び――特に商会関係者はこの騒ぎ、もとい少年へと目を向ける。


 やってしまった、と言わんばかりの少年の揺れる瞳。

 何が起きているのか分からないのはフウタだけだったが、次のパスタの一言で察した。


「――教本を最初から読み直してきなさい。あんたに現場は早過ぎたのよ、雑魚」


 一歩退いて、二歩退いて。


「ど、ドリーズさんに連絡を取ります……。お名前を」


 そう、震える声で言った。

 商会関係者から向けられる厳しい視線に、フウタは理解する。

 今のパスタの言動は全てオルバ商会の教本に載せられているような基礎であり、それを明確に踏み外したらしい彼を痛罵したのだと。


「パスタ。あー、パスタ・ポモドーロ」

「分かりました……」


 逃げるように走り去る少年を見送って、パスタは、ぎりっと奥歯を噛みしめた。


「スタッフ管理が行き届いてない……! 使えない人間の現場登用、教本の徹底もされてないなら、書いた意味がないじゃない……!」


 苛立たし気に息を吐くパスタに、フウタは目を細めた。


 ただ通るだけなら、きっと彼女ならもう少し上手く立ち回れただろうに。

 未だに彼女にとって商会は、面倒を見るべき場所なのだろう。


 やり方には色々と言いたいこともあるが。


「……なに?」


 視線に気づいてか、顔を上げるパスタ。フード越しには見えないが、おそらく睨んでいるだろうその声色。


「いや」


 ここで、先ほどのように褒め称えて苛立たせることも考えたが。


「なんでポモドーロなんだ?」


 フウタの知らぬ間に苗字がついていた。しかもポモドーロ(トマト)ときたものだ。確かに、赤髪に似合った名前ではあるが。


 そう問われると、彼女は鼻を鳴らして顔を背けた。


「別に。一番好きなパスタがポモドーロってだけの話よ」

「へぇ。コローナのびんぼーパスタもめっちゃ美味いぞ」

「張り合ってどうするのよ、馬鹿じゃないの」

「コローナはポモドーロのスープも美味かったから、きっとパスタも美味いな」

「なんであの"魔女"のプレゼンされなきゃいけないわけ?」

「いや、そんなつもりはないんだが」


 ただ、ふと思った。


「……お前、こんなことになってさ」


 オルバ商会の人間に、こんな形で説教をかます姿もそうだが。

 フードを被らないと外も歩けない状況や、こうして気に入らないはずの人間とつるんでいることも含めて。


「コローナ売ったこと、後悔してないのか?」

「…………」


 ちらりと、フードの下で視線がフウタに向いた気がした。


 一瞬、下がる口角。


 だが、すぐに持ち直すと、いつも通りにあくどく歪ませた口元で。


「ああなるほど? あんた、あたしに謝って欲しいってわけ?」

「…………謝って欲しい、とは思っていない。ただ、謝るなら俺も溜飲を下げるってだけの話だ」

「あっそ。じゃあ」


 そう、一瞬間をおいて。


「あたしは、絶対に謝ったりしないわ。あたしは、あの"魔女"が気に入らない。それに悪いことしたとも思ってない。売れるものを売るのがあたしの仕事」

「そうかよ」


 2人、商会の少年を待ちながら。互いのことなど見もせずに、言葉を紡ぐ。



「じゃあ、お前のことは許さない」

「それでいいわよ。何の損にもなりゃしない」



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