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07 フウタ は けいえいしゃ と あった!




 ――裏路地。


 家なき人々が肩を寄せ合って暮らす、半ば治安を放棄された区画。

 しかし彼らは今、住まいを追われて逃げ惑う他なかった。


 数々の暗殺者と、1人の男の逃走劇。


 振り回される得物と飛び交う暗器によって、彼らの居場所はずたずたに引き裂かれていた。


「――思いのほか、動きが早かったか」


 苛立たし気に唇を噛みしめ、男は両手に鉄鐗を握り地を駆ける。


 後方から追いすがるは、彼の首に懸かった金を得ようとする暗殺者たち。その具体的な数が分からないが故に、男の精神も削られる。


 何人の敵が自分を狙っているのか。

 それが分かれば、その人数を目標に命を刈り取ればそれで済む。


 情報がないというのは、それだけで大きなディスアドバンテージだ。

 何人返り討ちにしても安心できない。

 何人を撒いても安心できない。

 何日戦えばいいのかもわからない。


 それを調べる手段は――無いことは無いが。敵に見つからないまま動き続けなければ、調査協力を誰かに依頼することも出来ない。


 頼った相手が、消されるケースを否定できないからだ。


「――だが。それでも」


 振り返りざまに鉄鐗を振るう。鈍い音とともに、骨の砕ける感触。

 顔面を殴打し振り抜いたその得物には、こびりついた体液と血痕。

 拭う暇もなくまた駆ける。


 今の男は死んだだろうか。それを確認する暇もない。今だって他の暗殺者が自分を狙っている。まるで競うように。


 おそらくは、賞金で雇ったケースだろう。

 そう予測を立てたところで、今の自分にどうこうすることは出来ないが。


 開けた場所に出た。


 訓練された"暗殺者"たちは、彼を取り囲むように周囲を固める。

 競い合う相手ばかりだというのに、こういう時の阿吽の呼吸は流石"暗殺者"といったところか。


 息を吐き、ウィンド・アースノートは鉄鐗を構える。


「来るなら来い――纏めてひき肉にしてやろう」
















『フウタ様、ですね。アースノートから伝言を預かっております。そのまま1月、ルリを預かって欲しい。無理なら商会に預けてくだされ、とのことです』



 オルバ商会に出向いた3人に残された伝言は、簡素なものだった。


 何かを察したフウタはウィンドの居場所について問いかけてみたものの、昨日から見かけていないという話しか返ってこない。


 ウィンドのことは心配だ。


 だが、かといってルリを放り出すわけにもいかず、フウタはとりあえず2人を連れて王城に戻ってきたのだった。



 そして、ルリのことをコローナに任せたフウタは現在、王城内にある客室の1つで、1人の少女と会っていた。



「はぁ? 中止にしたい?」

「そうだ」


 何を言っているんだこいつは、と小馬鹿にしたような目を向ける少女――パスタ。彼女は手元で捲っていた分厚い本の山から顔を上げ、煩わしそうに髪を払う。


「あんた、初日から何ふざけたこと言ってんの?」


 今日は、フウタが稼げるチャンピオンになる為の講習、その1日目になるはずだった。


 確かに、"無職"でありながらチャンピオンとして輝くために彼女の力を借りるつもりでは居た。

 実際、1人ではどんなに頑張っても出来なかったことを、彼女はたった一言で成し遂げたのだ。


『キャラが立ってないのよこの無個性根暗野郎!! あんたが今するべきは悪役(ヒール)よ!!! そんな煽情的な女が目の前にいるんだから、せいぜい下劣に迫りなさい!!! 男どもは目を剥いてあんたを応援するに決まってるわ!!!!!』


 フウタにとって、皆に認められるチャンピオンというのは夢だ。

 そのために、そりが合わない女とも手を取ってやっていく覚悟はある。


 けれど、今はそれどころではない。

 恩人が何やら危ないことに巻き込まれていると知っていて、動かないでいることは出来なかった。


「ウィンドさんが、多くの殺し屋に狙われているんだ」


 そのウィンドは、パスタにとっても大事な人間だろう。そう思っての、フウタの台詞。


 しかし彼女は、頬杖をついて、半眼のままフウタを見据えて言い放つ。


「だから何?」

「だからって!」


 思わずフウタは立ち上がった。

 少しびくつくパスタだが、それでもフウタを睨み据えたまま。


「なんだよ。お前にとっちゃ、あんだけ近くにいた人よりも、俺を使って金稼ぎする方が大事ってことか!?」

「……」


 大きくため息を吐いたパスタが、その分厚い本を閉じた。

 重ねられた本の山の頂上にそれを重ねると、あくどい笑みを浮かべて告げる。


「だったらあんた、辞めるわけ?」

「――っ……!」

「あはは。いい気味。ほんと、やっぱり人の顔が歪むのって最高よね」

「……お前」


 けらけらと楽し気に嗤うさまは、まるで憂さ晴らしのようだった。

 怒りを堪えてソファに勢いよく腰を下ろすフウタから視線を外し、パスタは一度だけ本の山に視線をやった。


 分厚い本の1つ1つに、付けられた大量の栞。


 けれど、やる気が見られないなら、こちらばかりが精力的になってやるのも馬鹿らしい。


「捜しに行きたいとか思わないのかよ」

「はぁ? あんたやっぱり、バッカじゃないの?」

「なんだと……?」


 ケーキスタンドからカップケーキを手に取ろうとして、その手を阻まれる。どういうつもりかとフウタを見れば。


「別に、お前を気遣ってやる理由は俺には無い。人質も何もないわけだしな。悠長に菓子を食えるほどの立場には無いはずだ」

「…………ふぅ。無様ね」


 諦めて、パスタはその手を自らの腰元に戻す。

 床に届くか届かないかという足をぷらぷらさせながら、目を伏せた。


 なんて無様。商工組合のトップともあろうものが。


 わざわざ、考え無しの馬鹿に説明してやらなきゃいけない現状が。


 こんなことになってさえ居なければ、せいぜい煽り散らして終わりだったのに。


「……ウィンドの捜索隊はもう出してんのよ」

「え……?」

「娘が一番大事なあの男が、稼ぎの場であるオルバ商会に出勤しないって時点でおかしいでしょ」

「……なんで言わなかったんだよ」

「あんたに言って変わることなんか何もないでしょバーカ」

「あるだろ!」

「……はあ?」


 ローテーブルに叩きつけられる手。

 いちいち動作が騒々しい、と睨みつけるパスタに、フウタは小さく首を振って、言った。


「少なくとも……」

「なに?」

「お前を、近しい人すらどうでも良いと思うようなゲスだと思わずに済むんだから」


 一瞬呆けたように、普段は吊り上がっている瞳を丸くするパスタ。

 しかし、言葉の意味を理解すると、盛大に吹き出した。


「ぷっ、あはははは! だぁから、そんなもん何の得になるのよ!」

「これから一緒にやらなきゃいけないこともあるんだ。笑う理由なんてないはずだろうが」

「はぁ? 一緒にやるから仲良くしなきゃいけないなんて理由の方が無いでしょ。あたしのことはせいぜい嫌ってりゃいいのよ。その方が効率も良いわ」

「……効率だ?」

「あんたにやらせる(ヒール)考えてもその方が良いし? あのクソ女があたしを利用している限り、あんたにあたしは殺せない。――なら、さっさとあたしと手を切りたいって思った方が、あんた必死で動くでしょ? 馬車馬みたいに。あはははは!」

「……お前」


 けらけら笑うパスタ。

 そんな彼女をフウタは見つめて、ふと思い出す。


『悪態を力に変えて商売するように誘導しろ、と命じたのは何を隠そう会長本人ですがね。とはいえ、あれは彼らの本音でしょう。年端もいかない子供にいいようにされた結果、法国に手痛い一撃を受けた、という事実は変わらない』


 ウィンドは、一瞬ぐらついたオルバ商会を立て直したパスタの手腕を、そう教えてくれていた。


 死んだ自分をどう悪しように罵ろうと、構わない。

 それよりも商会への効率を。


 そして今も、自分の積み上げてきたものを台無しにしたライラックやフウタと組んで、もう一度稼ごうとしている姿勢は、悪意が滲み出ているにせよ本物だ。


「自分がどう思われても良いって、そう言いたいのか?」

「は、なに? 急にマジになっちゃって。言いたいも何も、効率上がるならそっちの方が良いに決まってるじゃない」

「……」

「感情のままに動くなんて、無能のすることでしょ。操りやすくて何よりじゃん」

「そうかよ」


 一度、フウタは切り替えるように首を振った。

 感情のままに動くなんて、無能のすること。


 それが彼女のポリシーなのであれば、そう。


「足手纏いになるって分かってるからお前は、ウィンドさんを捜しに行かないんだな」

「……あんた、そうやって必死に相手を良いヤツにしようとしない方が良いわよ。あんたの大好きなお姫様だって、親しいヤツを切り捨てたりするわけだし? 心当たりあるんじゃないのー?」


 コローナのことを言いたいのだろう。

 心底馬鹿にしたように彼女は言う。が、フウタはまともに向き合わない。


「まあ不愉快ポイントは後で山ほど請求するとして」

「……なに急に冷静になってんのよ」

「いや、別に」


 形は違う。やり方も違えば、向いている方向も違うけれど。


 ――結局、彼女の妹なのだ。


 誰も近寄らせない。その在り方だけは同じだった。


「お前が行っても邪魔になるから捜しに行かない。そうだろ?」

「悪いけど、あたしにもし武術の心得があっても変わんないわよ。あたしは"経営者"として他にやることがいっぱいあるの。護衛1人にかかずらってらんないわけ。分かる?」

「適材適所ってことだな」

「……ねえ。そうやって必死にあたしを善良な市民に寄せようとすんのやめてくんない? ウザいんだけど」

「へえ」


 フウタは口角を上げた。

 何よ、とパスタが苛立たし気な視線をフウタに向ける。



「確かにいい気味だ。ほんと、人の顔が歪むのって最高だな」

「っ……」


 ぐ、と奥歯を噛んだような音。

 初めて彼女の弱点を見つけて、したり顔のフウタ。


「……あっそ」


 ふ、とパスタから表情が抜け落ちた。


「あんた、これを中止にして、ウィンド捜しに行くつもりだったんでしょ? 何の役にも立たない"無職"風情が」

「ああ」

「あの"魔女"の時と同じように、無駄に駆けずり回って逆に相手に探知されるようなポカを自分からやろうとしてるってわけでしょ?」

「ああ」

「じゃあ連れていけ」

「……え?」

「え、じゃないわよ。"無職"1人でこの広い王都を探せるなんて思わないことね。必要なのは情報と推測、そして、弱みを握ること」


 それは、"経営者"の最も得意とするところ。


「他にやることも色々あるから、それだけとはいかないけど。あんたが馬鹿みたいに王都走り回るより遥かに効率よくあいつを探せるわ」

「分かった。じゃあ行こうか」


 完全に見下したような物言いのパスタに対して、フウタの返事はやけにあっさりとしたものだった。

 虚を突かれたように顔を上げる彼女は、少し表情を歪ませて。


「これだけ罵られててよく平気ね。そういう趣味?」

「いや」


 フウタは首を振る。


「俺を認めてくれる人はもう間に合ってる。それに」


 真っ直ぐパスタを見つめて、フウタは笑った。




「お前、こっちの方がムカつくんだろ?」

 



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