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06 フウタ は やりつかい と あった!




 ――王都メインストリート。


 徐々に慣れ親しむようになってきた、いつも通りの王都中心街。


 幾つもの商会が立ち並び、路上には左右に出店も多く。

 鳴り物と売り子の歓声が、シャワーのように降り注ぐ。


 そんな真っただ中を、フウタとコローナは歩いていた。

 今日は、間にもう1人子供を挟んで。


「るーんぱっぱーうんぱっぱー!」

「ぱっぱらぱっぱらうんぱっぱー!」


 ぶんぶんと繋いだ手を振りながら、ご機嫌なルリに合わせてコローナも歌う。

 微笑ましい光景は広い路地でも注目の的で、和やかな空気が辺りを包む。


 今日はこのままオルバ商会へと赴き、ルリをウィンドの元へ送り届けることになっていた。

 ライラックに許可を貰えた以上そのまま預かっても良かったのだが、そこは一度ウィンドと交わした約束。


 それに、細かい期日についてはまたすり合わせるという話になっていたのだ。

 いつまで預かれば良いのかを含め、話しておく必要があった。


 と。


「――あれ、フウタくんじゃん」


 聞き覚えのある声に、フウタは振り向いた。


 すぐ目に入るのは、何人もの兵士。

 鎧を見る限り、王都外門の衛兵だと見て分かる。

 そんな彼らの筆頭に、何故か見覚えのある少女が立っていた。


「プリム?」

「やぁ。なんだか、素敵な組み合わせだね。はろはろ」


 コローナとフウタ。そして間に手を繋がれたルリ。

 見覚えのない童女に向けて、プリムは軽く手を振った。


 ルリも振り返そうとしてフウタと繋がった手を持ち上げたものの、上手く行かずに断念した。

 手を放す発想は無かったらしい。


「プリムこそ、どういう組み合わせだ?」

「ああ、この子たち?」


 この子たち。というには随分屈強な男衆だが。


 彼らもそう思ったらしく、げらげら笑いながらプリムをどつく。


「年上だぞ俺ら」

「ったく、相変わらず礼儀がなってねえな」

「プリムちゃんじゃなかったらどついてるところだ」

「もうどついたよねぇ!? キミら後でボコボコにするからな!」


 威嚇するプリムと、愉快そうな彼ら。

 どうやら関係は良好なようだが、はて。


「あー、ほら。あれだよ。元々王都に入る時に色々あって。コローナちゃん探す時に助けて貰ってからは、ずぶずぶの仲ってやつ」

「その言い方じゃ俺たちがお前の悪事を見逃してるみたいになるだろうが」

「言葉に気を付けろ、おつむまで筋肉か?」

「これだから財務卿も苦労が絶えねえんだよ」

「なんだとー!?」


 十字鎗を振り回すプリム。

 公共の場で暴れようとする彼女の鎗を、後ろから掴んでフウタが止めた。


「待て待て待て待て」

「なにさ!」

「なにさじゃないよ。事実だろうに……。……ん?」


 周囲の様子の変化に気が付いたフウタは、その主な方向である兵士たちへと目をやった。


 何やら感動したような面持ちで、フウタを見つめるその視線。


「おお……」

「プリムの鎗を止めたぞ」

「あんなあっさりと」


「……ええっと?」


 口角をひくつかせ、フウタはプリムを見据える。


「お前、この人たちに普段何してんだ……?」

「色々手伝って貰ったお礼に、鍛錬付き合ってあげてるだけだよ」

「なるほど?」


 どうやらそれは事実らしく、疑惑を孕んだフウタの目に、兵士たちは頷いた。


「いや、でもマジか。プリムなんて化け物の鎗を止めるなんて」

「そうそう、プリムなんて化け物、俺らじゃとんと相手にならなくて」

「やー、プリムマジ化け物だわー」

「ねえキミたち。ねえキミたち」


 額に青筋を浮かべるプリム。


「じゃ、じゃあ俺らは見回りあるから! 暴れんなよプリム!」

「そうそう、ちゃんと人に擬態しておけよ!」

「周りの真似してれば何とかなるからなー!」

「まだ言うか!!!」


 ふしゃー! と猫のような威嚇をするプリムを置いて、衛兵たちは見回りと称して逃走していった。

 ……一番取り押さえるべき人間から逃げてしまっているように見えなくもないが。手に負えない化け物に立ち向かうのは蛮勇だと考えるなら、正しい答えなのかもしれない。


「でも、プリム。あの人たちが、コローナ探す時に手伝ってくれたのか」

「そだよ。色々聞き回ってくれてさ」


 小さく笑って、隣を見るフウタ。

 なんとも言えない表情で、走り去っていった彼らの方を眺めているコローナの横顔が目に入った。

 あの日を想い出すことが、決して良いこととは思わない。

 自分の為に動いてくれた、ということは、素直に感謝には繋がらない。

 当たり前のように、毎日人々を救って回っている衛兵たちにとってはただの日常の1ページ。

 

 でも。


「今度、一緒にお礼言いに行こうか」


 そのフウタの一言には、コローナは無言で頷いた。


「――ああ、そうそうフウタくん」


 気付けばルリの頬をぷにぷにして遊んでいたプリムが、思い出したように顔を上げた。


「あいつらに聞いたんだけどさ」

「"この子たち"、からランクダウンしたな」

「ボコボコにする予定だからね。……それはそれとして。なんか、ちょっと物騒みたいだから気を付けて。結構な数の暗殺者とか荒事屋が動いてるみたい。裏路地で死体も結構見つかってるって」

「それはまた……」


 ルリの前でする話でもないと、立ち上がり声を落として話すプリム。

 そして、彼女の言葉には続きがあった。


「私も何人かの死体を見たんだけど、撲殺。……で」

「で、なんだ?」

「多分、鉄鐗」

「…………ウィンドさんだって言いたいのか?」

「少なくとも得物はね」


 プリムとウィンドには勿論面識がある。

 商会本部でフウタと彼の戦いを見届け、そしてコローナの処刑場では共闘した仲とも言える間柄だ。

 とはいえ接点と呼べるほどの関係があるわけでもない。


 どのような人物かについては、彼女は詳しく知らないのだ。

 危険人物のように考えても、おかしくはない。


 フウタは、まだその下手人をウィンドだと認めたくはなかった。

 だが、状況証拠に加えて――


「ほぉ?」


 ちらりと足元に目を配れば、ルリが首を傾げていた。


 そう。そもそもウィンドがルリをフウタに託した理由。

 それが、今起きているらしい事件と関係しているとしたら。


「何か心当たり、ありそうじゃん」

「まあ、な。この子、ウィンドさんの娘さんなんだ」

「――そう」


 す、とプリムの目が細まった。

 屈みこんで、ぽんとルリの頭を撫でる。


「大変だね、キミ」

「?」


 首を傾げる彼女の、さらさらの桜色の髪を撫でてプリムは頬を緩めた。


 ウィンドに娘が居ることすら知らなかったプリムだが、フウタに彼女を預けている時点で、娘を愛していることくらいは理解出来た。


 事実愛されているのだろう。彼女の無垢な瞳には、煤けた憎悪や背負う悲哀は何も感じられない。

 ――でも、だからこそ。


 父親の置かれている状況の危うさが、彼女に何をもたらすのか。

 もしも父を失ったとしたら、この子の表情がどう曇るのか。

 それは、プリムの想像にも難くない。


 肉親の死は、辛いものだ。


「――一応、良い情報としてはね。"暗殺者"の1人と話す機会があったんだよ」

「そうなのか?」

「うん。で、彼はこの仕事を降りるって言ってた。なんでも、ターゲットに凄腕の護衛が付いてて、とても手が出せないって」

「凄腕の護衛ねえ。ウィンドさんが誰か雇ったのか?」

「さあ。知らないけど。そもそもウィンドさんがターゲットかどうかも、その時の私は分からなかったし」

「それもそうか」


 ぎゅ、とルリの手を軽く握って、フウタは微笑む。

 大丈夫だと安心させるように。


 そして、やはり一度ちゃんとウィンドと話すべきだと決意を固めて。


 ――そこで、フウタは気が付いた。


「あれ!? コローナは!?」


 またしても、先ほどまで居たはずの場所に、メイド型の空白が生まれていた。


 今度はどこに行ったのかとひたすら見渡すも、どこにも居ない。


「コロ姉、さっきのあの人達追いかけてったよ?」

「全然気づかなかった!」


 と、その時。


「やー悪いなメイドさん! ほんと、治安守ってる甲斐あるわー」

「都民の平和が俺たちの平和だわー」

「そーそ。化け物の相手してる場合じゃないわー」


 最後の1人の言葉に、どっと沸く兵士たち。

 そんな彼らに囲まれて、愉快なメイドさんが片端から焼きたてのパンを彼らの口に詰めていた。


「すげえ美味ぇわ。はー、うちの"侍従"もこのくらい美味い飯作ってくれないかなー」

「もががっ……いやすげえ美味いけどどうしてそんな、食い終わる度に詰めてくるの? 喉が渇――あ、お水もあると。ありがごぼぼぼ」

「こんなたらふく昼飯食えたの久々じゃないか? 化け物に腹の中空っぽにされるからなー」


 最後の1人の言葉に、どっと沸く兵士たち。


「フウタくん」

「お、おう。どうしたプリム」

「また今度ね。コローナちゃんにも宜しく」

「……一応聞くけど、帰るのか?」

「ううん。――腹の中空っぽにしてくる」


 バスケットを提げたメイドさんの甲斐甲斐しい(?)プレゼント。


 そんな光景を見守りながら、フウタは表情をほころばせた。


 ――彼女なりの御礼なのだろう。


 どんな恩を受けたのか、いまいちよく分からないし。

 とくに有難いとは思えないかもしれないけれど。


 それでも、自分が生きる為に誰かが頑張ってくれたことに対して、何かが返せたら。


 そんな小さな想いが伝わった。



 だから。


「……出来れば、腹の中のものは収めておいてあげてくれ」


 そう、苦笑いしながらフウタはプリムたちを見送って、オルバ商会へ向かう3人だった。









 ――ウィンド・アースノートは、オルバ商会には居なかった。


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