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03 フウタ は こども を あずかった!



 ――王都西方山岳地帯。


 元は鉱山としての価値を見出されていたこの辺りの山岳地帯は、高級な鉱石が微小に取れる程度のものでしかなかった。


 すでに資源が取り尽くされた廃鉱に立ち寄る者も殆どおらず、魔獣その他の巣窟となっているこの山岳地帯には、打ち捨てられたままの住居区画がそのまま残っている。


 夜半。


 魔獣の脅威をも恐れず集った数十人は、中央に立つ男に視線を向けていた。


 暗がりに星明り。ただそれだけが彼らの視界を保つ心もとない道標。


 だが関係ない。彼らは狩られることを怖れていない。其は狩る者たち。


 誰も彼もが腕自慢の暗殺者。




「――改めて。報酬は5000万ガルド相当」




 朗々と、中央の男は言葉を紡ぐ。

 静かな夜に響く声は、戦いを求める者たちにとっては十分な報酬。



「早い者勝ちだ。男を殺し、子供を攫うだけの簡単な仕事。徒党を組むなら分配する」



 では、行け。



「――ウィンド・アースノートを殺せ」



 その命令に、一斉に動き出す黒き影。

 

 熟練の暗殺者たちが、自らの手柄の為に動き出す。



 そんな、闇夜に紛れる彼らの中にあって、異彩を放つ者たちが居た。



「マスター。ウィンド・アースノートを殺して5000万ガルドを手に入れられる確率は、2割……つまり、5回に1回程度です」


 幼い少女の高い声――にしては無機質で無感動な呟きにも似たその言葉。

 暗闇に隠れてその姿がはっきり見えることは無いが、それでも彼女の小柄なシルエットは星明りに照らし出された。


 そんな彼女と共に行動しているらしき、"マスター"と呼ばれた人物。


 彼は、およそ暗殺者と呼称するには聊か派手な見た目をした青年だった。

 乱雑に乱した赤銅色の髪は乾いた血のよう。

 大きな瞳はそれでいて鋭く、嗤った口元からは鋭い犬のような歯が覗いていた。


「あ? 5回に1回? って何回だ?」

「質問の意図が分かりかねます、マスター」

「あっはは、お前はバカだなー。5回に1回って何回だよって聞いてんだよ」


 快活に笑って少女の頭を撫でる青年。

 しかし少女は全くの無表情のまま、されるがままに頭を揺らしていた。


「5回に1回、とお答えします」

「そっかー。あすこ逃げ出す時に頭でも打っちゃったか。ごめんな!」

「マスター。違います。マスター」

「まいいや、5000万ガルドも貰えるんだったらよぉ、しばらく旅には困らねえ! そのウィンドってのと、連れ戻される子ってのは可哀想だけど、オレらも5日くらい何も食ってねえしな!!」

「はい。そろそろ6日になります、マスター」

「5000万ガルドもあったら、王都の定食が100回は食えるな!」

「マスター。500ガルドの定食は10万回食べられることになります」

「あっはは、そんなに食えねーよ! お前は食いしん坊だなー!」

「マスター。違います。マスター」


 無表情のまま訂正を繰り返す少女を連れて、青年は歩き出す。


「とはいえ、だ」


 獰猛な笑みを浮かべて、山岳地帯から見下ろせる王都を睥睨して呟く。


「ようやく掴んだ手がかりだ。――首洗って待ってろよ、チャンピオン」















 ――王城はフウタの私室。



「フウタ様ったらフウタ様!」

「はいはいどしたの」


 一旦は引き上げようとしたウィンドだったが、ルリがコローナから離れないこともあり、とりあえず今日はお試しで彼女を預かることになったフウタとコローナ。


 ライラックにどう説明したものかと悩むフウタの元に、寒さに打ち勝ったらしい元気なメイドが現れる。


「姫様への説得材料を揃えましたっ! どや!」

「説得材料……?」


 なんのこっちゃと振り向くフウタ。

 コローナがフウタの視界からふっと横にずれると、彼女の後ろに居たのは。



「めいどぉー!」

「2号!?」


 

 ほんわかとその小さいおててを上げて、これまた元気なご挨拶。


 頭にちょこんと乗せられたホワイトブリムと、ぴったりサイズのメイド服。こちらは殆どコローナとお揃いと来たものだ。


「え、なに、今作ったの?」

「流石に時間的に無理ですよフウタ様っ。この前メイドと会った時に、この服気に入っちゃったみたいで、出来上がっていたものがこちらになりますっ」

「結局がっつりオーダーメイドじゃないか……」

「メイドだけに。メイドだけに」

「ちょろちょろしないの」


 ちょろちょろ動いて左右の耳元から「メイドだけに」と囁かれる煩わしさは、食らってみないと分からない。


 ひょい、とコローナを捕まえて、両脇を抱えてベッドに降ろす。


「おっと。手慣れてきやがったぜー。フウタ様ったら大胆!」

「コローナ相手に、そこの気を遣うのは負けかなって」

「メイドに魅力が無いっていうのかー!」

「どこから出したの、その抗議看板」


 【メイドに愛を!】と書かれた札を掲げるコローナであった。

 愛なら幾らでも、と思うフウタであったが、ついついと袖を引く感覚。


 見下ろすと、可愛いミニメイドが両手を上げて、何かを催促するようなきらきらした目をしていた。


「ええっと?」

「ルリもやって!」

「……こんなんで良ければ」


 両脇を抱えて持ち上げる。

 やたらと軽いということもなく、この年頃に十分な重量。ちゃんと愛されて育っているであろうことが伝わり、少しだけ安心するフウタ。


「わー!」

「はい、じゃあコローナさん」


 ルリを彼女の膝の上に降ろすフウタ。

 彼女はルリを両手でかき抱くと、耳元で呟いた。


「おいでませ、牢獄」

「ぴっ!?」

「脅すな脅すな」


 眦を下げるフウタの前で、全力でルリの脇腹をくすぐり始めるコローナ。

 楽しそうな子供の笑い声が部屋を満たす。


 コローナにはもちろん家族は居ない。


 そしてフウタも、幸せだった家族の記憶など殆ど存在しない身の上だ。


 けれど、ルリは心底安心したように、確かに今、満たされた愛情の中に居た。

 


「フウタ様フウタ様フウタ様っ」

「はいはいどしたの」

「ルリちゃんはお腹がすきましたっ」

「勝手に代弁しない」

「ルリ、おなかすいたー!」

「あってたよ……」


 お腹がすいた、と2人のメイド服に抗議されたところで。


「え、これひょっとして俺が何か作る流れなのか?」

「メイド的には何でも良いですね。ルリちゃん1人置いていくのもあれなので、厨房にはぞろぞろ行くことになりますがっ」

「それはそうか。留守番するのもあれだし、コローナの料理を勉強させて貰おう」

「あ、ちなみにですけどフウタ様っ。ルリちゃんはメイドが抱えてますんで」

「…………あー。子供の体温、高いからか」

「ぺろりんっ」

「ぺろりんっ!」


 膝の上のルリも真似した。

 抱えていると、本当にメイド2号である。


 リヒターに見せたらどんな反応をするだろうか、などという無駄な思考を巡らせつつ、フウタは立ち上がった。


「今日は何を作るんだメイド長」

「そーですねー、どーしますメイド長?」

「あ、そっちがメイド長なんだ……」

「ルリねー、お肉が良いー」


 良いー、と拳を突き上げるルリに頷き、コローナも一旦彼女を降ろすと。


「じゃー、適当に肉でも焼きますかねー。お前を丸焼きにしてやろうかっ」

「ぴっ!?」

「脅すな脅すな」


 ぞろぞろと3人で部屋を出て、いつもの厨房に向かう。


「めいどぉー!」

「元気な挨拶ですねっ。フウタ様も負けてられませんよ!」

「え、俺に振るの!?」

「張り切ってむしょくー?」

「それだとキミもメイドじゃないじゃん」

「確かにっ! じゃあみんなメイドっ」

「それもそれでどうなんだ……」


 しかし。"説得材料"とはなるほど考えたものだ。

 確かにメイド見習いをさせるというのであれば、ライラックの了承を取れる材料の1つにはなるかもしれない。


 それにしても。


「めいどー!」

「めいどぉー!」


 拳を突き上げ歩く2人を、一歩後ろから眺めながら。


「ウィンドさんにも見せてやりたいな」


 娘のこんなに可愛らしく元気なところは、是非自分で見てほしい。


 そう思いながら、厨房へ足を運ぶフウタは――。




「……?」




 ふと、視線に勘付き振り返るは庭の外。

 剥きだしの外廊下から見えるのは、夜の闇だけ。



「……一応、警戒だけはしておくか」



 そうして軽く、闘気で周辺を牽制しながら、2人を守るように後ろから追いかける。


「なんだーなんだーなんだなんだー? 拾い食いかー? メイドもなんか拾って食べるー」

「たべるぅー!」

「なんて切ないメイドなんだ、やめなさいやめなさい」


 さあさあ早く目的地へ。

 そう笑って促すフウタに。







 1ウェレト先で、誘拐対象の周囲に居る邪魔な護衛(フウタ)を除こうと、矢をつがえていた暗殺者が。






「――化け物か?」





 と小さく呟いた。

 このまま狙撃をしようものなら、おそらくは素手で掴まれていた。

 熟練の"暗殺者"たればこそ分かる闘気。


 "暗殺者"としての決死の気配遮断のおかげか、呑気に振り返るだけだったからよかったものの。

 気付かれようものなら、死んでいたのは暗殺者(こちら)の方だ。





 もちろん、可愛いメイドたちに頬を緩めまくっているヒモは何も知らない。






 だが、1つ言えるのは。

 ウィンド・アースノートが取った選択は、寸分の狂いもなく正しかったということだった。

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