02 フウタ を ようじんぼう が たずねてきた!
変に気を揉まれてもアレなので念のため。
・面白い展開の為にはなんだってやるつもりですが、ライラックが第五皇子に靡く的な展開は別に面白くないのでやりません。
・ボクの作品は結構男キャラが出張りますが、それは1人の女を奪い合ってとかそういうのではありません。そもそも恋愛でどろどろさせる話は、この話に求められているものでもないでしょうし。
・どうか安心して、闘剣ファンタジーをお楽しみいただければ幸いです。いつも通り、面白い話をお届けしたい。
・もっぴーの胃もいつも通りです。
――さっさと追い返せばいいかと思っていたが。存外この皇子、面倒かもしれない。
ライラックの抱いた予感は、想いの他早く確信へと変わった。
一度、若いお2人で。
そんな配慮と共にライラックの私室へと足を運んだ第五皇子バリアリーフは、ソファにどかっと腰かけると、大きくあくびをかまして言った。
「はー、マジかったりぃっすわ。ライラっちゃんもお疲れっすわー」
「ライラっちゃん……?」
目を細め、部屋に入るなりの蛮行を見届けるライラック。
「そーそー。ライラック王女だからライラっちゃん。堅苦しいのはもう良いっしょ実際。おおやけの場? とか? 実際だりぃだけだしぃ?」
へらへらと、その浅黒く焼けた剽軽な顔を向けるバリアリーフ。
公の場が面倒極まりないというのは、ライラックも同意するところではあったにせよ。
だからといって、会って間もない人間にここまで馴れ馴れしいものか。
とはいえ、そこはライラック第一王女。
丁寧に笑みを返して、お気に入りの紅茶を準備する。
「わたしは、そうは思いません。緩いだけでは、上に立つ者としての威厳が伴いませんから」
「出ましたァ、威厳一丁いただきやしたァ! そんなんで国治まったら? みんなそうしてるっしょ!」
それはそうだなと思いつつ、こいつに同意するのも嫌だなと思いつつ。
その短髪をがしがし乱雑に掻きながら、うぇいだのっしゃあだの喋り倒す彼を、適当に相槌でいなしていくライラック。
バリアリーフ第五皇子。
フウタに届きそうな長身と、根の明るそうな快活さの滲み出た目鼻立ち。
短い桜色の髪と、それなりに引き締まった体躯。
武人というには聊か闘気を感じられず、あまり武芸の心得があるようには思えない身のこなし。
ある程度のパラメータを分析しつつ、しかしライラックは1つ確信を抱いていることがあった。
――こいつ、馬鹿ではないな。
「ちゅうか? ライラっちゃんってアレっすね。超上手いっすね」
「……何がでしょうか?」
彼の正面に静かに腰かけ、蒸らし終えた紅茶をポットから注いでいく。
その間も穏やかな笑みは崩さず、視線と視線とを交わせて。
だからこそ、彼の瞳の奥に宿った知性を見抜いたし――それは相手も同様だった。
「――
さてどうやって穏便に消えてもらおうか。
あれこれと頭の中で考えながらも、その思考を表に出すことはない。
「マジ、と仰られても。皇子の言葉は独特ですね」
「やっべー分かるー? これ、オレのキャラっていうか? みんな一緒に盛り上がっていこうぜ的な? ライラっちゃんもノッちゃう?」
「ノリません」
「ちょマジ、笑顔で全否定はガン萎えるわー」
紅茶を傾けるライラックに、へらへらとした表情を崩さないバリアリーフ。
ガン萎え、という割に、精神は毛ほども傷ついていないようだった。
「ま、ライラっちゃんが本音隠して生きるっちゅーか? やりたいことあって、そのためにそーしてるっちゅーんだったら、オレは別に良いんだわ」
「会ってすぐにわたしのことを分析したつもりだというのであれば、好きに解釈して貰って構いませんが……良いというのは?」
「オレ、別にライラっちゃんに迷惑かけてぇワケじゃねーんだわぁ」
雑にソファに預けていた体重を起こして、彼は手を組む。
その指に付けられた幾つかの指輪は、いやらしくないくらいの光沢をもつ宝石で出来ていて。
「ぶっちゃけオレが婿入りしたらライラっちゃんが女王だべ? オレはも、ぜんっぜんそれで良い。好きにやりたいことやりゃ良いし? 好きな人別に居るならぜんぜんちゅっちゅしてくれていい」
「ちゅっちゅ……とはまた……」
「ラブチューラブチュー」
「どうでも宜しいので続きをお願いできますか?」
「笑顔で全否定ガン萎え二回目いただきやしたァ~! きっちぃ~!」
ま、と気を取り直したようにバリアリーフは言う。
「ライラっちゃん超綺麗だし? そこ否定するつもりはマジぜんっぜんナイナイ的な感じなんだけど、ぶっちゃけオレのタイプじゃねーし? んだもんでお互い面倒無いと思うんだわ」
それはつまり、全然別の男とイチャついて構わないし自分はそこに感情を持たない、という意味で。
女王として好きにしてくれていいから、婚姻だけしてくれ、という意味で。
ライラックにとっては、条件として悪くはないものだった。
もちろんバリアリーフもそれを分かっていればこそのこの提案。
だが。
「前向きに考えさせていただければと思いますわ」
にこりと微笑んだライラックの表情には、明確な拒絶。
「でーすーよーねー」
頭を抱えるバリアリーフ。
それはライラックの本音を理解すればこそ。
皇国の皇子と国王陛下の意向に、きっと彼女は表立ってNOを突き付けることは出来ない。
だが、これから幾らでも婚姻の可能性を消すために動くことだろう。
それではバリアリーフは困るのだ。
困る、ものの。
「っぱ、アレが原因? オレの"職業"?」
「わたしは、"職業"だけで人を判断はしません。ただ」
す、と目を細めて。
「わたしを"職業"で判断する人を歓迎するほど、心根が美しくないだけですよ」
「なーるーほーどーねー……こいつは熱くなってきやがったぜ」
ライラック・M・ファンギーニという"奸雄"は。
故にこそ、このバリアリーフ・F・クライストを認めることは無いだろう。
そこに、彼の"職業"は関係ない。
関係ないが――ライラックが警戒せざるを得ないのも事実だった。
彼女はそっと、冷めた紅茶を飲み干した。
――王城、フウタの私室。
「……ルリちゃんを預かって欲しい、ですか」
暖炉の前で美味しそうにスープを味わう童女を眺めながら、フウタとウィンドはソファに向かい合っていた。
そそくさと2人にお茶を出すなり、子供のお
実際2人の相性はいいようで、拳を突き合わせたり急に同時に足を開いたり、何故かぺろりんの練習をしていたり。
もう少し高い位置でどうのとアドバイスするコローナに、フウタは口元を緩ませた。
普段はそんなに拘っていないだろうに。
「ええ。どうか、お願いします」
「ちょ、ちょちょ、待ってください」
深々と頭を下げるウィンドに、慌てて立ち上がるフウタ。
フウタにとって、ウィンドは大恩ある人物と言える。
『貴方は、あの頃の私と同じ目をしている。会長に恩義はあるが……貴方に悔いを残して欲しくはない。――大事な人を取り返しにいきなさい』
一度目の提案を蹴り、殴り飛ばしたも同然のフウタに対し、
『ところで私は、屈強な男がだあいすきでしてなぁ!』
などと身を張って庇い立ててくれたばかりか、
『ありがとう。本当に可愛い盛りです。最も愛している人と言っていい。――そんな人が、衆目に晒され殺されるなど、私は耐えられない』
『――あの日と同じことを言います』
『――大事な人を取り返しにいきなさい』
コローナを救うための道筋を切り拓いてくれた人物だ。
少し子煩悩に過ぎるところがあるとはいえ……尊敬すべき先達として、フウタは敬意を払っている。
少なくとも、足を向けて寝られる相手ではないのだ。パスタとは違って。
「ライラック様に一応確認はしますが……ウィンドさんからの頼みであれば、俺も否とは言えませんよ」
「そうですか……ありがとう」
むしろ、少しでも恩を返せるのであれば、この程度どうということはない。
そのくらいの心持ちだった。
とはいえ。
「理由をお伺いしても?」
「少々、私の方で面倒事が起きそうでしてな。ルリを1人にしておきたくはないのです」
「荒事ですか? でしたら俺も――」
「はっはっは。貴方には、私よりも大事なものが多くある。そこに図々しくも私の宝物を預けようというのだ。それだけでも十分です」
「……でも、何か有事のことがあれば。ルリちゃんの為にも、手はいつでも貸しますよ」
確かにフウタは、ライラックに人生の全てを手渡したと言っても過言ではない身の上だ。だが、だからといって目の前で起きる不幸を見逃すほど傀儡になったつもりはない。
恩には恩を。そう思うのは人の性だ。
けれどウィンドは、ルリを預かるだけで十分だと首を振った。
「私にとって、ルリを安心して預けられる場所というのがどれほど大きいものか、きっと貴方は分かっていない」
紅茶を手に取り、味わいながら。そっと自らの顎髭に触れ、彼は言う。
「ルリはコローナ殿にとても懐いている様子ですし」
その頃ルリは、コローナと一緒にありったけの薪を暖炉に詰めてめちゃくちゃ火遊びしていた。
フウタは冷や汗を垂らしながら、コローナの監督役としての信頼度に頭を抱えた。
「コローナ殿が居れば、ルリは何の心配もせずに済む。そしてフウタ殿が居れば、私も安心できるというものです。これほど、ルリを任せるに足る人物は、他におりません」
「そこまでおっしゃるのでしたら……。ただ、ウィンドさん」
「なんでしょう」
「必ず、お返ししますから」
「ええ、もちろん。私も、商会の為にまだまだ死ねませんよ」
笑うウィンドに頷いて、フウタは立ち上がった。
「ルリちゃん」
「ほー?」
暖炉の前で遊ぶルリと目線を合わせるように屈んで、告げる。
「しばらく、俺とこのお姉さんと一緒でも良いかな?」
「うん!」
どうもこの様子だと、ルリとウィンドの間ではある程度話が付いているようであった。
少なくとも、しばらくお留守番になるということくらいは――
「パパ!」
「おお、どうしたんだいルリ」
声を上げた彼女に、ウィンドがゆるゆるの表情で応える。
すると、ルリは。
「ルリ、ここに居るから。パパは良い子でまってろー?」
とんちきな台詞に目を丸くするウィンドをおいて、フウタは隣のメイドを見据えると、問いかけた。
「いつ仕込んだ?」
「子供の成長は早いのよ、坊や」
「要は完全にキミの影響じゃないか……」
「ぺーろりんっ」
やっちゃいました、とばかりのコローナの良い笑顔。
その言葉に反応して、ルリもフウタに振り向くと笑った。
「ぺーろりんっ」
「はいはい、可愛い可愛い」
「えへへ」
撫でくり撫でくり。
預かることそのものは構わないが。
いつも以上に体力を使う、そんな日々が始まりそうだった。
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