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王城散歩"プリム・ランカスタ"




 ――王都中央エリア。メインストリート。


 その一角にある小洒落たコーヒーショップ。


 テラスに設けられた2人用のテーブルに向かい合うのは、長身痩躯の青年と、人の目を惹く美しい少女。


 もう少し青年の方に雰囲気があれば、見栄えする男女として噂の1つにでも上りそうなこの二人組はしかし、色恋とは全く無縁の友人同士のような空気の中で楽しく歓談に興じていた。


「やー、なんか王女様には申し訳ないよねー」

「良いんじゃないか? 俺からも礼は言いたかったし」

「そーお? なんか照れるじゃん」


 浅煎りのコーヒーにミルクを入れて傾ける青年は、目の前でケーキだのタルトだの焼き菓子だのを片端から片づける少女を見やって眉尻を下げた。


 前回の一件では、御前試合以外の部分でも彼女には世話になった。特に、コローナを2人で探している時――ベアトリクスに条件を吹っかけたことが、ライラックに楽をさせる大きな要因になったようで。


 その礼を兼ねて、今日は王都で好きに飲み食いしていいとの有難い許可をもらっていた。

 何故ちょうどリヒターの護衛を休む日を知っていたのかは、知らないが。


 申し訳ない、とは口だけで、この店の菓子類を制覇する勢いで注文を続ける彼女の名はプリム・ランカスタ。


 メインストリートを歩く人々の注目を集めるその姿は、ただ甘味のどか食いをしているからというだけではない。


「……ん? どしたの。なんか欲しいものでもあった?」

「ああいや、そういうんじゃないんだけどさ」


 プリムの髪型は、いつも通り高いところで結われた長く艶の良いツインテール。

 コローナのふわふわくるくるした金髪とはまた違う魅力を持つその黒髪に、体のラインが浮き彫りになるような薄着と、生足が人の目を奪うミニスカート。


 それなりの背丈と、抜群のスタイルを魅せつけるようなその服装も相まって、衆目を集める結果となっているのだが――本人は全く頓着した様子はなかった。


「プリムは美人だよな」

「そりゃね。何を急に改まって。口説きならもう少し、見つめるなりスキンシップなりとって欲しいもんだけど」

「いや口説きじゃなくて、"闘剣士"としての格の差を感じていたというか」

「あーね。そりゃビジュアルも武器の1つだもん」


 ゆるりと足を組み直す彼女は、ちらりと道の方へと目をやった。

 少し頬を赤らめて目を合わせる14,5歳くらいの少年に、笑顔で手を振ってみせるさまは、人の注目を浴びる者としての風格が垣間見えた。


 プリム・ランカスタはコロッセオでも指折りの猛者であると同時に、根強い人気を誇る少女でもあった。

 それこそ、道をそのまま歩くことなど出来ないほどに。


「ま、だからこそ、今の暮らしも結構悪くはなかったんだけど」

「今の暮らし?」

「リヒターくんの護衛をやりつつ、鍛錬を積む。息抜きにはこうして外を出歩いて、貯まる一方のお金を使うとかね。――まあ、今はそんなにお金もないし、今日は王女様の奢りなんだけどさっ」


 すいませーん、と追加注文に走るプリムの楽しそうな横顔に、フウタはふと思った。


 言われてみれば確かに、あのコロッセオで大人気だった頃の彼女は自由に外を出歩くのも中々難しかっただろう。

 ファイトマネーは増える一方で、使い道も少なかったというのは、頷ける話だ。


「でもほら。また私の暮らしが、元通りになるなら。それはそれで、悪くない。キミもいるしね」

「ああ……コロッセオのことか」

「そうそう。リヒターくんは、公国のと名前が被ってるから別名を考えるとは言ってたけどね。別に良いじゃんね、リヒタースタジアムとかで」

「いや、国営で財務卿の個人名はどうだろうな……」

「じゃあライラックコロセウム」

「うん、まあ……興味がないのは分かったよ」

「私の闘剣士としての二つ名も、決めたのは私じゃなかったしねー」

「そうなのか?」

「そりゃそうだよ。んなもん、私が決めるより本職の"詩人"とかに任せた方がカッコいいに決まってるし」

「なるほど……」

「てゆかなんで初めて知ったみたいな顔してるんだろうね。そういうとこの拘りが、人気ってもんを作るんだよ」


 やれやれ、と首を振るプリム。

 そのふにゃっとした表情が、小馬鹿にしているようでありながらも、過去を茶化すことであまり重くさせない気遣いを感じさせて、あまりフウタも強く出ることが出来なかった。


「――絶対エントリーしろよ、フウタくん」

「その口ぶりだと、プリムは出るつもりみたいだな」

「そりゃそうだよ。私の"職業"は"闘剣士"。本職中の本職だよ?」

「……だよな。そうか」


 一度フウタは目を閉じた。


 ライラックが望んでくれている。

 コローナが支えてくれている。


 2人に恩を返すことと、闘剣の舞台は最早矛盾しない。


 なら。


「ああ。今度こそ、本当のチャンピオンになってみせる」

「あはは」


 からからと、プリムは笑う。


「むっかつくなーこいつ。そこは闘剣士じゃないの? 何を当たり前みたいな顔してチャンピオンになる気でいるんだか」

「俺に足りない部分を、プリムはいっぱい持ってるからな。色々、勉強させて貰うよ」

「……そだね」


 プリムの表情が和らいだ。

 ――きっと最初からこうしていたら、もう少し今の状況は変わっていたのかもしれない。


 だがそれはもう終わったこと。

 もう一度、だなんて機会が訪れたのだ。

 今度こそ絶対に、最強の王者を下すのだと、プリムは心中で誓う。


 それにしても、相変わらず自分が負けるだなどと思っていない顔だ。


「ほんと、憧れさせてくれるよね」

「は?」

「必ずぶちのめすってことだよチャンピオン。いやぁ、建設もこれからだっていうのに、今から待ち遠しいったら!」


 議会の承認があって、王都にも新たな催し物の告知がじわじわとされ始めている。


 せいぜいまだ、王都で何かが始まろうとしている、くらいのものだが、それだって十分な話題になる。


 穏やかで緩やかな街並みに、急に放り込まれた燃料が。


 開幕の日に最高潮の焔と燃え上がるよう計算されたプラン。


「何でかよくわかんないけど、まだコロッセオが出来ることとかは口止めされてるしね」

「建設中も内密にやるらしい。口止めは相当厳しいし、ライラック様もその案には賛成してた」

「え、王女様発案じゃないの? じゃあ誰?」


 フウタは一瞬、口にするか迷った。


「……何で黙るのさ」

「いや、言っても仕方なくないか?」

「気になるでしょ!」

「……分かった。でも黙っておけよ」

「分かってるってば」

「プランは全部ベアトリクス発案だ」

「世界中にバラしてこよう」

「それみたことか!」


 立ち上がりかけたプリムを慌てて留めるフウタ。

 腹いせの規模がワールドワイド。


「あいつのやることなんか派手に失敗すれば良いじゃんか!」

「諸共ライラック様にも迷惑かかるんだからやめろよ!」

「ぐっ……なんであんなのの言うこと聞くのか、ほんと意味わかんない」


 腹立たしげに腰かけるなり、頬杖をついて鼻を鳴らすプリム。


 その素直な感情はもっともなものでもあり、彼女が一市民に過ぎない証拠でもあった。

 仲の良しあしでは、政治は回らない。

 有能な人間は使う。無能は切り捨てる。そこに、親愛の情は不要。もちろん、憎悪の感情も。


 それを理解している人間だけが、大きく世界を動かす側に立てるというだけの話だった。


「ベアトリクス・M・オルバは死んだ。それでも溜飲は下がらないか?」

「だって私がぶん殴ったわけじゃないし」

「わーお」


 プリムは当然、ベアトリクスが生きていることなど知る由もない。

 法国にその首を届けられたと知ってなお、感情が収まらないという。


 たとえば、憎い人間が死んだとして。

 それですっきりする人間も居れば、死して尚尊厳を辱めないと気が済まないという人もいる。それが世界だ。


 とはいえ、プリムの場合は本当に、一発殴れば気が済みそうではあるのだが。


 ムカついたからぶん殴る。ぶん殴ったらすっきりする。

 実に分かりやすい生き方だった。


「殴ったらすっきりする?」

「死体殴っても意味ないけどね」

「そうか」


 プリムがすっきりするために殴られてみる気はあるか、今度本人に確認してみるとしよう。


 ――まあ、『一生あたしのこと恨んでれば? 不毛な人生でウケる』だのなんだのと、余計に心を逆撫でした上に放置されるのが分かり切っているが。


「あいつが居なくなった後もオルバ商会は厄介みたいでさー。リヒターくんも忙しそうだよ」

「ああ……まあ……そうかもな……」

「なんか知ってるの?」

「いや別に」


 今でも裏側から操っている人間は変わっていないのだ。さもありなん。


 ぱくぱくと新たに運ばれてきたケーキをつつきながら、プリムは言う。


「リヒターくん、筋は良いのになあ」

「剣の話か?」

「うん。私と手合わせしてる時も結構楽しそうだし。フウタくんともまたやりたそうにしてるし。言わないけど。……だから、仕事してるの可哀想」

「仕事してるのが可哀想ってまた、凄い言い方だな……」


 実際、昨日フウタが会ったリヒターは相当に精神的な疲労がありそうだったことを思い出した。


 そしてここで、フウタならば思いつけるが、プリムには発想出来ない1つの案があった。


 それはこの段階でプリムに伝わりさえしなければ、そのままコロッセオの開催まで発案されることがなかったであろう話。


「そういえばさ」

「なんだい?」

「ライラック様は、コロッセオに出るつもりだぞ」

「え、そうなの!? 王女様なのに!?」

「ああ」


 へー、と感心したように頷くプリム。

 確かに彼女の腕は相当のもののようだった。王女でなかったら斬りかかっていてもおかしくはないほどに。


 なるほど、合法的に刃を向けられる機会が――とそこまで考えて、プリムは固まった。


「そっか」

「どうしたんだ?」

「王女様が出るんなら、財務卿だってエントリー出来るよね!」

「えっ……いや、まあそうだが」






 仕事中の財務卿が激しいくしゃみをした。






「いやでも、忙しいんじゃないか?」

「忙しいのとコロッセオと何の関係があるの? フウタくんは頭が固いなあ」

「いや、時間とか……」

「王女様も頑張ってるんだよ! って言えばあとは気合で何とかなるよ」

「そんな蛮族な……」

「でも確かに、リヒターくんもその辺ちょっと頭が固いよね。よぉし」

「何を思いついたんだ?」


 立ち上がったプリムの瞳は、使命に燃えていた。




「王女様には、私から話しておいてあげよう!」






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王城散歩はあと2話。週明け月曜から三章です。

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