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王城散歩"コローナ"




 ――王城使用人用厨房。



「コローナちゃんのぉ、やりたい放題くっきんぐー!」

「おー、第2回ー」


 ぱちぱち、と手を打つフウタ。

 王城にある厨房の1つ。賄い用に用意されたこの厨房を借りて、フウタとコローナはまたしても仲良く隣り合って調理台の前に立っていた。


 第2回があることそのものが幸せなことである、というそんな感慨はぽいして、コローナは台の上の具材を示すように両手を広げた。


「本日の食材はー、こちらっ」

「――ぶっ」


 パスタだった。

 もちろん本物である。

 ベアトリクスが転がっているわけではない。



「な、なんでまた急にパスタなんだ?」

「ほ? フウタ様がパスタパスタ言ってたから?」

「そうか……」


 俺のせいかー。フウタは軽く頭を抱えた。


 それにしても。


「本当に材料少ないな。スパイスも無いの?」

「なーいっ。びんぼーパスタ!」

「びんぼーパスタ……」

「美味しいですよっ?」

「そこは心配してないけども」


 てひひ、と楽しそうに微笑んで。


 その花咲くような笑顔を見下ろしたフウタも、自然と表情が緩んだ。


 パスタの中でも、いわゆる細く長いスパゲティ。


 そして、にんにくとオイル。そしてトウガラシ。


「取り出したるは、でかい鍋ー。あと水ー。飲めるやつで!」

「茹でるのに使うのも、飲める奴なのか」

「そー。ぽんぽん痛くなったら戻さなくちゃだしー」

「なるほど?」


 パスタにしみ込んだ水も、病気の元になることがあるのかな。

 頭の中にメモるフウタであった。


「でででー、次に必要なのはー」

「なのは?」

「……しおしおしお」

「わ、急に萎れた」


 崩れ落ちるようにぺたんと床に座り込んだコローナは、そのまま調理台下の収納から、粗悪な塩の入った一抱えほどのずた袋を取り出すと。


「でん」


 と調理台の上に乗せた。


「お、おお。いちいちパフォーマンスが楽しいな……」

「ぺろりんっ。しょっぺ」

「舐めるな舐めるな」


 それにしても、とフウタは普段使う戸棚を見る。

 だいたい料理の時は、包丁などが飾られているところにあるスパイス壺から取り出して使うのだが。その中にはもちろん、彼女が使う塩もあるはずだった。


「普段料理に使うあっちの塩じゃなくていいのか?」

「ほ? ああ、あっちはシチュー用ですよっ」

「シチュー用とかあるの?」

「そりゃありますよー。へいへーい、料理ってのは速度が命なんだぜー? いちいち1つ1つのスパイス入れてたら時間かかるから、ブレンドしておく方が良いんだぜっ」

「そうだったのか……」

「ものによるけどねー」


 メイドは凄いな、と敬意を新たにするフウタだったが、実のところ料理別にスパイスの配合率を変えてそれぞれの料理用に用意しているなど、この王城でもコローナくらいのものである。


 それも、好みによって「フウタ様用」などというスパイスまであることは、フウタは知らない。


 最近、「姫様用」が追加された。


 加えて言うならば、フウタが来る前にオイルも敢えて高級な香り高いものと安物をブレンドして、一番美味しいびんぼーパスタが作れるように準備してあるのだが――それもフウタが知ることはない。


 何故か。面白いからである。


「まずは水を火にかけてー」


 寸胴鍋に注いだ水を火にかけてしばらく。

 沸騰したところで、コローナはお湯をおたまで掬うと――急にパスタを盛り付ける用の皿に入れた。


「はいどうぞっ」

「え、どうぞって何だ?」

「貴方の今日の晩御飯は、お湯よ……」

「嘘だろ!?」

「ぺろりんっ」


 ぺろりんしたのは良いけれど、彼女は皿をフウタに手渡したままぱたたー、と塩の入った袋の前へ。

 フウタは仕方なく、お湯のなみなみ入ったお皿をその辺に置いておいた。


 さてその間にコローナは一抱えほどもあるその袋から、粒の粗い灰色の塩――とても食卓塩には出来ないようなもの――を、スコップで掬った。


「匙とかじゃなくて良いのか?」


 そう、花壇を弄るようなスコップである。大匙小匙などという次元ではなく、スコップで掬った。


 そして。


「どかーん!」

「うおおおおお!? そんなに塩入れちゃまずいだろ!!」


 そのまま、ハンドスコップ山盛りの塩を鍋に全部叩き込んだ。


 ちょっと味見。


「しょっっっっぺっ!!」

「だろうよ!!!」

「まいっか」

「いいの!?」


 うぇー、と舌を出しながら、フウタの横を通り過ぎるコローナ。


 フウタは恐る恐る、自分もおたまで味見をした。


「海水か!?」

「流石にそこまでじゃなーい」

「そ、そうか」


 ぱたぱたと調理台に戻ってきたコローナは、そのままパスタを、


「むんず」


 と掴むと。


「くりん」


 と捻って鍋に放り込む。


「ぱらり」


 と見事に広がったパスタは、そのまま


「あれよあれよ」


 という間に鍋の中に沈んでいった。


「賑やかだなあ」

「ぺろりんっ」


 鍋に沈むパスタを眺めながら「あれよあれよ」まで口にするとは。


「あ」

「どうしたコローナ」

「パスタ茹で上がる前にソース準備出来ないと」

「出来ないと?」

「不味くなります」

「大変じゃないか!!」

「ぺろりんっ」


 やっちゃった、と舌を出した彼女は、慣れた動作でにんにくの皮を剥くと。


「フウタ様フウタ様、このアーリオ(にんにく)アッシェ(みじん切り)。こっちエマンセ(スライス)

「分かった、任せろ」


 早くしないと不味くなる。

 そう聞いたフウタの包丁捌きは素早かった。

 あっという間ににんにくの1つをみじん切り、1つをスライスしきる。


「うおおおおお!!」

「おー、早い早い」

「急がなくていいのか!?」

「そーでしたー」

「おぉい!?」


 大丈夫なのか!? と目を見開くフウタを見てけらけらと笑いながら、コローナはフライパンを取り出して、そこに油を注ぎ始めた。


エマンセ(スライス)したの入れといてー」

エマンセ(スライス)したのだけ?」

「だけー。フウタ様、火の通りが遅い方から入れるのが基本だぜっ」

「そうだった」


 急に真っ当なことを言われて、フウタは何も言えなくなった。


 スライスしたにんにくとオイルが放り込まれたフライパンを、コローナは遠慮なく火にかける。

 結構な強火だが、どうやらそれで良いらしかった。


「ちょいと色がー、変わったらー」


 にんにくの外側がうっすらと茶色を帯びてきた頃、コローナは歌いながら急にお玉で茹で汁を掬うと、


「どりゃあ!」

「おお!? ……ああ、弱火にするのね」

「んでんでんでー」


 コローナは、トウガラシを手に取ると、ちらりとフウタを一瞥した。


「どうした?」

「フウタ様は舌がザコなのでー」

「舌がザコ!?」


 トウガラシをピッと半分に切ると、中の種をぽぽぽぽーいと捨ててから、オイルの中に放り込んだ。

 そのまま、みじん切りのにんにくも投入していく。


「おお……材料は使い切ったな。ってことは、これでソースは完成か?」

「かんせい!」

「よっしゃ! 間に合った!」


 喜びをかみしめるフウタをよそに、コローナはいそいそと寸胴鍋の前へ。

 ゆで上がったパスタを回収するのかな? と思ったフウタだったが、彼女はおたまを取り出して、またしても茹で汁を掬った。


 火を消すのだろうか。


「――とでも思ったかどかーん!!」

「そおおおおおおおす!!!!!」


 ソースに茹で汁をブッ込まれ、フウタは大慌て。


「え? え? な、なにを」

「間違えちったっ」

「嘘だろ!?!?!?」


 けらけら笑いながらフライパンを回して、茹で汁をソースに混ぜていくコローナ。

 ふんわりとしたにんにくとトウガラシの香りがフウタの食欲を刺激する。


「……え、あれ、なんかすげえ美味そうな色を」

「そですねっ。なんででしょうねっ」

「なんででしょうねと言われても」

「じゃー仕上げでーっす」

「無視!?」


 再び寸胴鍋の前に立ったコローナは、パスタの一本を取り出して、もっきゅもっきゅ。


「かってぇな!」

「キレた!?」

「まいっか」

「いいの!?」

「あげちゃうー」


 まだ固いらしい麺をさくさくとトングで取り上げ、ボウルに移していく彼女の後ろ姿。


 楽しそうに揺れる頭に遅れて、金の二房もふわふわ踊る。


 振り返った彼女は、一度フウタに楽しそうな笑顔を向けると、またしてもおたまを取り出して、パスタ鍋とフライパンを温めている火の根元に盛大にぶっかけた。


 一瞬で鎮火する2つの火元を無視して、彼女はボウルを片手にフライパンの前へ。


「固いままで大丈夫なのか?」

「ソース絡めてる間に伸びるー」

「そうなのか……」


 ぺ、とパスタをフライパンに投入し、慣れた動作でフライ返し。

 片手で混ぜながら、残った手の人差し指で麺を運んだボウルをくるくると回してみせる様は、料理人というより大道芸人のようだ。


 そうこうしている間に、麺にソースが絡んでいく。


「フウタくん、良い子だからお皿の邪魔っけなお湯を捨てなさい」

「ええ……自分で入れたのに……」


 フウタは大人しく従った。


「あとはどばーっとパスタお皿に移してかんせい!」

「お、おお……なんだ、どこまでが本気だったんだ」

「ぜんぶっ」

「マジか……」


 ふざけ倒していた部分もきっと必要な工程だったのだろうことが分かり、肩を落とすフウタ。驚き損であった。


 そんな彼を見て、してやったりと笑うコローナ。


 分かってはいたのだ。彼女の料理はいつも美味しいのだから、間違いが起こるはずがないと。


「いや、でもなあ……」


 あんなものを見せられたら、驚く他ないだろう。


「食べてみれー」

「じゃあ、遠慮なく」


 パスタに三又フォークを突き刺して、口に運ぶ。

 ふんわりとにんにくの香りが食欲をそそり、ホールトウガラシの仄かな辛さが鼻腔をくすぐる。

 一口食べれば、まず舌に触れるオイルとにんにくの風味。

 そして、噛めば噛むほど味を主張する、塩がしっかりと利いたスパゲティ。パスタの邪魔をしない、口の中で踊る細かなにんにくと、逆に食感と共にダイレクトに味を伝えてくるスライスのそれ。


 端的に言って、今まで食べてきたパスタの中で一番美味しい代物だった。


「めっちゃ美味い」

「どやぁ……」

「いや、うん、なんであんな茹で汁ぶちまけたり、塩の量えげつないのにこんなに美味いんだ」

「素材の味付けは質より量なんですよフウタ様っ。1つ賢くなったかー?」

「なるほど。パスタそのものに味をしみこませるために」

「パスタは茹でるしかねーので、その短期間に味付けるためにはあれが正解ー」

「間違っちゃった、って大嘘じゃないか」

「ぺろりんっ」


 驚かせやがって。頭の1つでもがしがししてやろうか、とコローナに目をやって、丁寧にセットされた髪型を見て。


「ぴっ?」

「こんにゃろ」

「あ、ちょ、フウタ様っそれはっ」


 両頬を挟んでわやくちゃに撫でまわした。


「あははっ」


 心底楽しそうに、くすぐったそうに笑うコローナ。


「ひゃー、あっついなぁもう。んじゃ食べたらお片付けですよ、お片付けー」


 ポンプで水を用意しようとするコローナに、ふとフウタは思った。


 そろそろ水は手が冷たい時期なのだし。


「録術使って元通りにしちゃった方が早くないか?」

「へ?」


 少なくとも今まではそうしていたはずだから。

 そう思ってのフウタの言葉に、コローナは一度目を瞬かせると。





「やだっ!」





 満開の笑顔で、そう言った。

【補完】

アッシェ、エマンセはフランス語で、アーリオはイタリア語だろうが! というツッコミが入りそうですが、アッシェとエマンセに関しては"料理用語"としてフレンチに限らずレストランや喫茶店で普及してる言葉なので、この世界観でもそういう感じで使っています。



需要があるかはさておき、コローナのペペロンチーノのレシピを活動報告で公開しました。

何やってんだボクは。


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