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王城散歩"リヒター・L・クリンブルーム"




「るーんぱっぱー、うんぱっぱー」



「……」



「ぱっぱらぱっぱらうんぱっぱー」



「……」



「んっぱぱんっぱぱぱっぱらぱー」



「……おいフウタ」



「どうしたんだ」



「そこのやかましいメイドを仕舞え」



「仕舞うってどうやるんだよ……」




 ――昼下がり。フウタの部屋。


 来客用のソファに腰かけたリヒター・L・クリンブルームは、額に手を当てて呻くように告げた。


 仕舞えと言われても、と首を傾げるフウタの後ろで、そのやかましいメイドはモップに跨って魔女ごっこをしていた。"職業"を隠す気が無い。



「話をするのに全く集中できないだろう」

「そうか?」

「疑問を浮かべられるのは、お前が視界にそいつを入れていないからだ!」


 そこまで言われてしまっては、とフウタは振り向いた。


 メイドは、一生懸命壁のお掃除をしていた。


「……リヒターさん。あんた、それはちょっと上に立つ者としてどうなんだよ」

「ふざけてるのか!?」

「ふざけてなんかいない。元々今日は俺がリヒターさんに頼んで――」

「お前じゃない! 後ろでワインボトルのジャグリングしているメイドだメイドォ!!」

「……そんな面白いことしてんの?」


 フウタが振り向くと、メイドはあくせく汗を流して窓枠を磨いていた。


 ふう、と額を手でこすり、遣り甲斐を感じていそうな笑顔で掃除を続けている。



「……リヒターさん」

「お前、この状況でメイドを信じるのか? 頭ないの?」

「いや信じるも何も、この目で見た事実だし」

「あのな――おい何をしている」


 何かを言いかけたリヒターの視界に、サイドテーブルのオルゴールを開くメイドの姿。


 バチバチに明るいミュージックが部屋を満たす。


 飛び込むようにフウタの後ろ――ソファの背後に舞い戻り、弾けるような笑顔と共に踊り出した。


「おいおいおい!!!」


 後ろを指さし叫ぶリヒターに合わせ、フウタが振り向く。

 もちろん、メイドは仕事をしていた。

 冷たい水で雑巾を絞り、「つめてっ」とか楽しそうに呟きながら。


「いや曲を聴きながら仕事するくらい自由だろ」

「客が来てるのに勝手に曲流す時点でおかしいがな!?」

「今日のリヒターさん、おかしいぞ」

「こもぴゅるりなご!?」

「なんて!?」

「怒りのあまり言語を失っただけだ、気にするな」

「えぇ……ヤバいじゃないか……」


 ドン引きするフウタの後ろで、メイドは「へい!へい!へい!」とノリノリでタオルを振り回していた。


「これでもお前は、そろそろメイドの鳴く季節かな、くらいでスルーするのか?」

「俺の為に色々してくれてるんだから、せめて楽しく仕事して貰いたいってのはそんなに悪いことか? 曲に合わせて歌うくらい、リヒターさんにも経験はあるだろ」

「そういう問題ではない」

「あとメイドの鳴く季節って王国では有名なことわざだったりするのか?」

「そんなもの有ってたまるか。何の教訓が得られるというんだ……もういい」

「なんだ?」

「奴は無視して話をする」


 そう言いながら、リヒターは我慢の限界とばかりにぷるぷるした指先でフウタに紙を差し出した。


 そこには、『僕がワイングラスを手に取ったら後ろを振り向け』と書いてあった。


 ――無視する度量は全く無かった。


「今回の国営事業について。振り回されもしたが最終的に戦に向かうハメにならなかったのは、ある種お前のお陰でもある。礼を言う」

「いや、俺の方こそありがとう。そうだ、お礼はちゃんと言いたかったんだ」

「だが」

「ん? だが?」

「――完全に殿下に状況を掌握されつつあるのは、お前のせいでもある」

「んなこと言われてもな。俺は企画とかについてはさっぱりだし」

「御前試合にお前が出てくると分かっていれば、オルバ商会と痛み分けになるようなことも無かった」

「そうかぁ?」


 それは違うと言いたげに眉を寄せるフウタに、リヒターの疑わし気な視線が絡み合う。


「何が言いたい」

「いや、もし俺が出てくると知ってたとしてもさ」

「だとしても、なんだ」

「――たぶん、プリムは出てきたんじゃないかなあ」

「あの蛮族がッ……!!」


 プリムに勝負を挑まれることは、誇りに思っている。

 その上で、求められていることに対する有難みは、そのままフウタの自信へと繋がっていた。


 そういう意味では、彼女にも借りがあると言ってもいいのかもしれない。


「でも、リヒターさんとプリムが仲良くて何よりだよ」

「何度クビにしようと思ったことか」

「ずっと雇い続けているのが、答えだと思うけど」

「腕だけは確かだからな……」


 ――おそらく。

 リヒターがライラックに食い下がり切れない理由は、その辺りにあるのだろう。

 フウタはあずかり知らぬことだが、そうして部下や身内に厳しく、人を駒として利用しきれないからこそ、リヒターは真の意味でライラックに勝つことは出来ないのだ。


 盤上遊戯で騎士を守るために王が動いてしまっては、試合にならない。それがたとえ、どんなに優秀な騎士と王であったとしても。


「――で、だ。1つ話があるんだが。お前は、自らの状況を全て殿下に報告するよう言われているのか?」

「いや、強要はされてない。言わない理由が無いだけで」

「そうか。……実は今度、我が邸でパーティを行うことになった。部下を慰労するのが主目的であるから、ささやかなものではあるし……殿下にお声がけするのは気が引けるんだが」

「……なるほど、それで?」

「お前には今回の礼を兼ねて招待を出そうかと思ったんだが、どうだ」


 パーティと聞いて、後ろのメイドが目を輝かせて無言のアピールを始めたが、リヒターは普通に無視した。


 メイドは無言でモップを手に取ると、その布巾の部分を指さして、ついでリヒターを指さした。


 脅しのつもりか。



「招待は嬉しいけど、流石にライラック様に話を通さないという選択肢はないな。リヒターさんの意向を伝えてもいいか?」

「むしろそのつもりで話をした。僕から殿下に直接する話でもないだろうと思ってな」


 それに、とリヒターは思う。

 ライラックの居ないところでなら、少しはコントロールも利くだろうと。


 フウタは忘れているようだが、決してリヒターは味方ではないのだ。

 敵、でもないが。


「まあ」


 そう告げて、リヒターは少し目を細める。

 ここがある種の勝負所と見た。


「1人で来いというのも何だ。そこのメイド1人連れてくるくらいなら、リストに入れておいてやろう」

「そうか。行けるかどうかは分からないけど、許可が下りたら是非行かせて貰うよ」


 フウタの後ろでは祭りが行われていた。

 掃除したばかりの床にまき散らされる花吹雪と、満開笑顔のメイドダンス。くるくる回る度に、スカートがふわふわと広がって可愛らしい。


 祝いの文字が書かれた看板はどこから出したのか、いえいいえいと両手で掲げて振り放題。


 どれだけパーティに行きたいのか。


 最高に目障りなメイドを一瞥して、リヒターはワイングラスに手をやった。



 振り向くフウタと、メイドの目が合う。



「あ」



 ひらひらと、花吹雪の残りが2人の間を舞った。


 勝った、とワイングラスを傾けるリヒター。



 フウタは小さく笑って、言った。



「楽しい?」

「めっちゃ楽しい!」

「それは良かった」



 ただ優しいだけの会話を終えて、フウタはリヒターに向き直る。


「じゃあパーティの件は分かった。リヒターさんも忙しいだろうけど――リヒターさん?」

「それだけか???」

「えっ」

「お前、客の前でこの煩わしいメイドが何やってたのか分かったよな? 分かったよな? こんなのが目の前に居て、話に集中など出来ないな?」


 フウタは首を傾げた。


 もはや、慣れが感覚を麻痺させていた。


「ああ」


 フウタは納得したように手を打つ。


「席を変われば良かったのか」

「国債背負わせるぞお前」


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