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06 フウタ は メイド と であった!



「うちの姫様に掛かれば、そいつが調度品をパクる奴なのか、そうじゃないのかくらい一発で分かるんですよ。信頼の証、受け取っていけー?」


 何故か空中にジャブを打ちながら、コローナと名乗ったメイドは言った。


「そ、そうですか……」

「あ、敬語とか要らねーですよ。年下のメイド敬ってどーするのお客様。お前の世話をするために、メイドはひょっこりやってきたわけですっ」

「そ、そうか。じゃあそうさせてもらうよ」


 歳の頃は、15、6程度だろうか。

 背負っていた風呂敷を絨毯の上に広げていくコローナに、フウタは圧倒されていた。


 プレッシャーは間違いなくライラックの方が強いはずなのに、何だろうか。この少女の自由な雰囲気は、生真面目なフウタにとっては毒だった。


「姫様には何か言われましたー?」

「何か、っていうと?」

「姫様が戻るまで部屋の隅でガタガタ震えて待ってろとか」

「いや言われてないけど……どんなお姫様なの、それ……」

「ツッコミが弱っちいぞっ。ま、何も言われてないならとりあえず、その悲しい見た目をどうにかするところからですかねー」


 憐れむような目を向けるコローナだった。


 色々と彼女のテンションについていけず、フウタは困惑する。


 歳の差が幾つも離れていることもある。

 会話下手な自分に付けられたことへの申し訳なさも相まって、なんとなく居心地が悪かった。


 王女様に命じられたとはいえ、年頃の少女が浮浪者まがいの人間の世話をするなど、さぞかし苦痛ではないだろうかと。


「……俺は何をすればいいかな?」

「背丈が2メレト無いくらいか。でけぇですねー。じゃあこれとこれ持ってシャワーにお入りなさいませー。髭剃りと爪切りも渡しておくから、お前の考える最高の美男子になって、この部屋戻って来ると良いですねっ」


 フウタが色々気を遣っていることなど、メイドは全く気付いていないようで。


 ぽんぽんぽん、と服やら下着やら石鹸やらを両手に乗せられ、そのままフウタは部屋の隅にある扉まで押し込まれた。


「え、ここ王女様のシャワールームじゃないの!?」

「わざわざシャワーしに、今の格好のフウタ様が王城うろちょろする方がリスキーです。いってら。手取り足取りメイドが洗ってあげてもいいけど」

「分かった分かった、入る入る。一人で」

「そですかー。残念。メイド、結構好きなんですけどね。錆びた包丁をぴかぴかにするの」

「そのメンタルで一緒に入られたら何されるか分からないから……」


 全身の毛を剃ってぴかぴかにされかねない。


 シャワールームに入ったフウタは、服を脱いでシャワーを浴び始めた。


 脱衣所とバスタブがカーテンで遮られた、そこそこ広い贅沢なシャワールームだった。


 ざーっと音がして、水が流れる。


 勿体なく思ってしまうのは、自分の今までの生活を振り返れば仕方のないことだろう。


 久々に身体を洗い流す感覚が心地よく、お姫様のシャワールームを使わせて貰っている罪悪感と相まってとても複雑な気持ちだった。


 瞬間、カーテンが勢いよく開いた。


「脱いだ服は捨てるつもりですけど、思い入れあったりするー?」

「どぅわびっくりした!? シャワー中だよ!?」

「知ってますけど。シャワー中は無言の戒律でもある宗派?」

「いや、うん。もういいや。……捨ててくれて構いません、はい」

「ほいほーい」

「あ、でも待ってくれ」

「んー?」


 カーテンを閉めようとしたコローナが振り向く。


「俺が捨てておくよ。こう言っちゃなんだけど、凄く臭うし」

「いーですよ別に。お前はお客様で、メイドはメイドですし。あとこういうクッサいの、何か変な気分にハマれて案外嫌いじゃないですよっ」


 ちょっと頬を染めてコローナが言った。


「はぁ!?」

「冗談ですよっ。何照れてんですか」


 すぐさまジトっとした目で見つめてくる彼女に、フウタは空を仰いだ。

 女の子にからかわれる耐性がまるでなかった。


「……冗談ですからねっ?」

「何で念を押したんだ!? 逆にちょっと、おい!」


 しゃ、とカーテンを閉められる。


 感情がしっちゃかめっちゃかにされて、大きく息を吐いたフウタ。


 色々と気を遣っているこちらの気も知らないで、と思った矢先。


 また勢いよくカーテンが開く。


 ひょっこりと顔を出したコローナが、人好きのする屈託のない笑顔で言った。


「そのくらいのテンションの方が、メイドとは付き合いやすくて良いですよっ!」


 言うや否や、閉ざされるカーテン。


 シャワーの水音だけが響く中、フウタはもう一度溜め息を吐いた。


 気を遣うどころか、気遣われていたらしい。



 癖の強いメイドさんではあるけれど、結構、仲良くなれる気がした。















 髭を剃り、爪を切り、垢を洗い流して。

 全身を清潔にしたフウタは、与えられた上品なパンツと上着を纏って、シャワールームを出た。


「おー、微妙に美男子っ」


 コローナは開口一番、そう言って拍手した。


「微妙にって言うなよ」


 だからフウタはツッコミを入れた。


 するとコローナは少し目を丸くして、ついで満開の笑みを見せた。


「いいぞー! 楽しくなってきやがったぜー、結構コローナちゃんもお前のこと見直しましたよ。見た目も一新したし。今日からニューフウタを名乗るとさらに良いですね!」

「やだよ、なんか凄いアホっぽいじゃないか」


 にゅーふーた。

 伸ばし棒にすると余計にアホっぽかった。


「じゃ、とりあえずその使い古した箒みたいなボサ頭をどうにかしていきますねー。座れー?」


 ちょいちょい、と手招きした先には、風呂敷の上に置かれた椅子。

 フウタが風呂に入っている間に散髪の準備を整えてくれたらしい。


 言われるがままに腰かけると、上から散髪用の布を被せられた。


「さて、今日はどうしますかー? メイドとお揃いにする?」

「ツインドリルはちょっと……。王女様に恥をかかせない感じにお願いします」

「おっとー、予防線の貼り方がプロかー? 姫様引き合いに出されたら、メイド、真面目にやるしかないやつー」


 ちょきちょきちょき、と慣れた手つきで散髪を始めるコローナ。


「ところで、どんな口説き方したんですー?」


 ある程度、伸び放題の髪が整えられてきた頃に、コローナは言った。

 一瞬何のことなのか分からず、フウタは首を傾げる。


「おい頭動くなー? ぐさっと行きますよ、何がとは言わないけど。……ほら、フウタ様って姫様の依頼でお話をして、気に入られたから来たんでしょー?」


 そう言われて、気が付いた。

 ライラックは彼女にも、剣を交えたことは伏せているのだと。


「姫様好みの気の利いた台詞が出てくるわけでもなさそうだし? 職業が"癒師"系統のカウンセリングマンってわけでもなさそうだし。そういえば、フウタ様の"職業"は何ですかー?」


 彼女にとっては、ただの世間話のつもりなのだろう。

 フウタにとって、"職業"を聴かれることが嫌なだけで。


 少し仲良くなりかけたこの少女が、どんな反応をするのか分からない。


 ただ、ライラックと彼女の関係が深い以上、いずれ露見する話ではある。


 フウタは素直に答えた。


「"無職"だよ」


 排斥の対象、人間としての底辺。


 そういう意味で捉える人間が普通の世の中だが、ライラックといい、コローナといい、普通ではないらしい。


「んー。じゃあ分かんないや。ヒント無いんですか、ヒント」

「え、ヒント?」

「姫様が気に入る要素が見当たらないじゃないですかー。"職業"じゃない、見た目じゃない、なら性格がドンピシャで好みだったとかー?」


 さらりと、それなりに勇気の要る言葉を流されたフウタ。


 どんな扱いを受けるか分からないからこそ、それなりに語気を強めたのにも関わらず。コローナは、全く以て気にしていなかった。


「どしたんですかー? ハトポッポが螺旋魔導弾食らいまくったみたいな顔して」

「ハトポッポ跡形も残らないよ、それ……。いや、キミは、"無職"如きが王女様の客になるなんて許さない、みたいなこと思ったりしないのか?」

「しないけど」

「しないのかー」

「しないなー」


 ちょきちょきちょき。


「フウタ様が自分の"職業"のことどう思ってるかとか、実際どんな感じの人生歩んできたかなんて、メイドは知りもしないし興味もないですし」


 先ほどまでと同じ、自由気ままなテンションのまま、コローナは言う。


「単純に、フウタ様は姫様の認めた客人ってだけですよ」

「……そうか」

「"無職"の人に会ったことは、そりゃ沢山ありますけどねー。でも――」


 ふぁさり、と髪の束が落ちる。


「――メイド、フウタ様に会ったのは初めてなんで。よくわかんないけど、見た目とか職業で人を決めつけんのって、なんか違うと思うんですよね」

「……そうか。ありがと」

「何で御礼言われるのか分かんないけど、メイドは言葉よりモノが好きです。感謝してるならご飯奢れー?」

「俺が稼いだら奢る奢る」

「お、約束ですよー。……ほれ、終わり」


 渡された手鏡を見れば、コロッセオの頃と同じ、フウタの精悍な顔がそこにあった。 


 後ろから覗き込むコローナが、鏡越しに楽し気な笑みを見せる。


「最初会った時のひでぇ格好で遠ざけてたら、メイドはこのイケメンには会えてないわけですよっ。分かるかなー?」

「……ああ」


 イケメンがどうこう、は、さておいて。


 コローナが言いたいことは痛いほどよくわかったし、嬉しかった。










「やっぱり、ひでぇ格好だと思った?」

「あれでまともな格好だと思ってるなら、フウタ様はナルシストが過ぎますねっ!」

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