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23 フウタ は かけだした!


『――"契約"をしましょう』



『――生きたい理由も、死にたい理由もないのでしょう』



『――ならその力、わたしの為に振るって下さい』



『――まずは1年。更新するかは貴女の自由』



『――ここで無為に命を散らすくらいなら、わたしの役に立ちなさい』








『役に立てば、なんか変わります?』







『――さぁ? そんなもの、わたしに分かるはずがないでしょう』


『――わたしはただ、放っておけば腐り落ちる果実を拾いにきただけです』


『――否と言うならこの場で果てろ。応と言うなら、まあ、"可能性"は残りますか』






『ぷっ。あははっ。可能性、可能性! そんなもの――この10と余年、どこにもありませんでしたよっ?』


『そんなものに縋れと、貴女は言う感じですかねっ?』






『――は? 自ら摸索しない者に道を拓いてやる道理がどこにありますか。見苦しいですね。これだけの過酷を受けていながら、貴女はただ救いを待っていると?』






『どうでもいいだけですよ。死にたいの?』






『――わたしは、生きたい』






『……』






『――わたしが生きるために、貴女の力は有用です。これは、わたしが貴女を利用する一方的な提案です。貴女のメリットなど、考えていません。だって』


『――求めるものが本当(・・)()無いのなら、利を提案する意味なんて無いでしょう?』







『あはは』



『いいですよ』



『しばらく、使われてあげるっ』














 るーんぱっぱー、うんぱっぱー。


 楽しい時はさらに楽しく。そうじゃない時は、少しでも楽しく。


 そうやって騙し騙しやってきた。


 けれど結局、"生きたい理由"も"死にたい理由"も、特にないまま。



 生きている意味って、何だろう。


 それすらも、分からないまま。




『――この"魔女"が!!』


『どうしてお前のような化け物がここに居る……!!』


『何をへらへらしてんだよ!!』



 そんな自分が生きるために、誰かを犠牲にするなんて、なんというか、しっくりこない。



『何のつもりか知らないが。――この人には指一本触れさせねえ』


『大事な人を害そうなんて人間を許せるほど聖人でもない』


『俺にとって、キミは心を救ってくれた恩人なんだ』



 きっとあれは、嬉しかったのだろうけれど。



 それでもやっぱり。



『……困るよ』



 生きたい理由も特にない、わたしなんかのために、貴方に負担をかけるなんて。

















 運ばれてきた大きな木造の物体に、会場の空気は一変した。


 鈍色に瞬く刃は鋭く、ぴんと張られたロープによって高く高く吊るされていた。

 そのロープがひと度弛むようなことがあれば、あっけなくその刃は落ちるだろう。


 その下に固定された、少女のうなじ目掛けて一瞬で。


 丸くくり貫かれた木板に、その可愛らしい顔を通されたまま。

 ぼさついた金の髪は乱雑に払われ、すっかりと左右に分けられて、その首元を露出している。


 衣服と呼べるかも怪しい白い布を纏った少女はしかし、殺される直前だと分かっているのかいないのか、ぱちくりぱちくりと目を瞬かせてこの会場に視線を巡らせていた。


 広いフィールドと、大衆が見守る客席の群れ。


 自らの処刑を、いつかに比べて随分と大人数が見守るものだ。


 そんな、妙な感心を思わせるような、「おお」という彼女の表情。


 場違いな笑みを浮かべたままの彼女を、断頭台を運んできた騎士団員たちはおぞましいものを見るような目で見据えていた。


 殺さねばならない、不気味な異物として。



 ざわざわと、観衆の中をどよめきの波紋が走っていく。

 あれはなんだ、どういうことだ。

 何が始まろうとしているのだ。


 その純粋な疑問は、傷ましいものを見るような瞳と共に交わされた。



「……あ、れは」



 異様ともいえる会場の空気の中で。最も動揺しているのは、国王の隣に席を与えられていた少女だった。


「ど、どういう、ことですか? あれは居なくなってしまったわたしのメイドです!」

「ええ、知っておりますとも」


 鷹揚に頷くガーランドは、ゆっくりと立ち上がり国王と王女の前へ出る。


 今の王女への返答ですら、どこか王女というよりも大衆を相手にしたような返答。


 朗々と紡がれる語り口はまるで演説。

 王国貴族や王都議員を相手取り、ガーランドは大きく手を広げて言い放った。


「王女殿下は我々に"王国の文化"を教えてくださいました! 大変楽しい催しだったが――楽しいか楽しくないかは、国と国との関係においては些事であることは皆さんご存知の通りと思う!」


 立ち上がり、食ってかかろうとする王女を、国王がそっと肩に手を置くことで留めた。


 彼女とてこの国の王女。国王と、そして同盟を結ぼうという国のトップが決めたことに表立って否をぶつけることなど出来はしない。


 ぐ、と歯噛みしながらも、彼女は案じるように処刑台の方へと目を向ける。

 処刑台の少女は、何が面白いのか王女を見て苦笑いをしていた。


「御前試合が王国の文化ならば、"魔女狩り"は法国の文化である! 馴染みの無い方にとっては単なる少女の処刑に感じられるかもしれないが――法国の信ずる教えに従い、災厄をもたらすと謳われる"魔女"は生かしておくわけにはいかない」


 リヒターは渋面を浮かべ、ベアトリクスはそもそもそれどころではない。

 ウィンドは静かに目を細め、プリムは感情の無い瞳で演説を見つめていた。


「元々、この王都で魔女狩りの儀式を行うつもりは無かった――しかし。王国と法国のこれからの歩み寄りを考えるに、"文化を知って貰いたい"という王女殿下の言葉は心に刺さった」


 観衆も、まるで王女の提案であるかのように言われては、余計に下手な動きは出来なかった。


 実際、一面上はその通りであるから王女自身も何も言えない。 



「故に。此度は王国と法国が手を取り合う大きなきっかけとして、御前試合と、魔女狩りの儀式を、同時にさせて貰うこととした! これは、国王陛下からも承認を得た栄誉ある式典であり――何より、私は陛下の好意に感動しました!」


 王女殿下に加え、国王陛下のお墨付きがあるとこの場で宣言するガーランド。


 王女の動揺は明確だが、国王が口を挟む気が無い以上、大衆たちは所詮ただの見届け人に過ぎない。


 戦争肯定派の軍閥派だけが、にわかに沸き立つ。


 その一瞬、ガーランドは少しの違和感を覚えた。

 まさか王都で実権を握る者どもが、少女1人の処刑如きに一喜一憂するはずもない。

 むしろ大切なのは、王国と法国の同盟関係がより強固になることだ。


 だというのに軍閥派以外のこの空気は、まるでそれをあまり望んでいないかのような。


 ――おそらく、先ほどの御前試合が盛り上がりすぎたのだ。


 ガーランドはそう結論付けた。


 故に、急に現れた処刑台とこの展開に、ついていけないだけなのだと。

 だがどうでも良い。彼らは、見ているだけでいい。

 魔女狩りの儀式さえ成ってしまえば、王国と法国は手を取り合ったも同然なのだ。


 語りながら周囲の様子を窺う。

 王女の手の者らしき人物がどこかで動いている様子は無い。

 騎士団員も特に異常を伝えてはいない。


 やはり王女の提案はただの善意であったと見るべきか。


 だとしたら、自身のメイドが処刑されるのはショックだろうが――遅かれ早かれあの"魔女"は生きていれば彼女に不幸をもたらすだろう。

 或いは、悪魔のささやきで彼女を本当の"奸雄"に変えていたかもしれない。


 そう考えれば、今この場で"魔女"を処刑することは、たいそう理にかなっている。


「これより、"魔女狩りの儀式"を執り行う! 団員、準備を!」


 そう命じた瞬間、すっかりと顔を青ざめさせた王女が、ふらふらと席に腰を下ろした。


 一度、"魔女"の身内が出来てしまった者は皆こうしてショックを受けるものだが、所詮は一過性のものとしてガーランドは取り合わない。


 だから。


 彼女が動揺のままにサイドテーブルのカップを取り落とした時も、そう警戒はしていなかった。


 たとえ王女を想う者がいたとしても。


 議員は迂闊なことが出来ない。

 貴族は当然王族に逆らうことは出来ない。



 ならば、誰も動くことは出来ない。




 ――否。




 王女がカップを取り落としたその瞬間が、合図。


 お気に入りの陶器を砕いた瞬間こそがその合図。


 法国の伝統ごと、その刃を打ち砕く。




 ――行け。この国を覆しなさい。








 ――はい。










 駆ける速度が常識外れに速かったわけではない。


 ただその迷いのない、流れるような滑り出しに多くの者が呆気にとられた。


 まるで状況がこうなることを全て把握していたように、フィールドの中央に立っていた青年が一直線に処刑台へ向かう。


「なっ!?」


 ガーランドでさえ、ノーマークだった闘剣士の動きに反応が遅れた。


 何故だ。何故、自分たちに"魔女"を売ったオルバ商会がここで動く?


 その疑問の氷解を待つような悠長は、ガーランドには許されない。


「――止めろ!!」


 ガーランドの命令に、騎士団員たちの反応は素早かった。

 もとよりこうした有事の際、そして儀式の妨害をしようとする不届き者を制することには慣れた者たちだ。


 戦働きも熟練かつ、暴徒鎮圧に長けた彼らは、そのまま握る鎗を片手に彼を迎え撃った。


 そう。鎗だ。


 神龍騎士団の得物は、鎗。


 彼が今持つ得物と同じ。であればこそ、御前試合の相手はあの少女に依頼した。




「どけ」




 振るわれるは一閃。薙ぎ払われるは十字鎗。


 3人ほどの騎士が纏めて跳ね飛ばされ、吹き飛んだ隙間を縫って彼は駆ける。


「――何をしている! 止めろ! 捕えよ! 魔女に惑わされた異端者だぞ!」


 ガーランドの声に呼応して、兜越しにもはっきり分かるほどに瞳をぎらつかせた騎士たちが彼に襲い来る。


 よほど、法国では"魔女"というのは恐れられているのだろう。


 だがそんなもの、この男にとっては関係なかった。


 1人、2人、3人、4人。


 重鎧をまとった騎士たちであっても、その十字鎗で打ち払っていく。


「……っ」


 流石に鎗が折れそうだ。

 しかし、だから何だと前を向く。


 視線が合う。


 驚きと、そして拒絶。口を開けば「やめて」とでも言いそうな彼女の、らしくない珍しい表情。


 ――彼は、笑った。


 ああきっと、いつも自分はあんな顔をして、心配をかけていたのだろう。今は何となくわかる気がした。


 自分がどれだけ危ない場所に居るかなんて棚に上げて、相手を想うそのさまはお互い様だ。


 国王にも法国にも目を付けられて、実行犯として吊るし上げを食らう可能性だってある。今度ばかりは王女1人の力ではどうしようもないかもしれない。


 そもそも、そこまでして彼と彼女を庇うメリットなんて、あるかどうかわからない。ひょっとしたら彼も今回騙されているかもしれない。


 でも、彼はそれでも良かった。


 それで彼女を救えるなら、それでよかった。


 だから笑った。


 ――だから、彼女は。笑えなかった。




「ああもうめちゃくちゃじゃない!!!! 全部あの女の手のひらの上ってこと!? あのクソアマ!!!」


 叫ぶ少女の声は、ちょうど処刑台の真上。

 ベアトリクス・M・オルバの観覧席は、ちょうどフウタの進行方向上にあった。


 次から次へと際限なくやってくる騎士団員に取り囲まれながらも、何人もなぎ倒して進む青年の姿。


 たまらずベアトリクスは叫んだ。


「――ウィンド!!」


 背後に居る男を使い、この事態を収拾する。


 そのつもりでかけた声に、低く柔らかい紳士の声が返ってくる。


「はい。会長」


 だが、その続きが問題だった。


「どちらを援護しますか?」

「は~~~~~~~!? 決まってるでしょ!! フウタを――」


 止めなさい、と言えなかった。

 止められるのか? 答えは否だ。どれだけあの男が強いかなど、現在進行形で本人が証明している。


 オルバ商会の名には、既に大きな傷がついた後だ。

 ここで下手にウィンドをけしかけてフウタを妨害し、もしもあのメイドが死んだとしたら?


 ――法国とオルバ商会の関係は既に最悪が約束されてしまった。


 ならせめて。


「援護……しな、さい……!!!」

「御意」


 唇を噛みしめ、銀の少女を睨み据える。

 何から何までお前の思惑通りか。


 ならせめて、あの男に恩を売りつけて、ほんの少しでも利益を得る。



 ――ベアトリクス・M・オルバとは、必要とあらば親の仇の靴だって喜んで舐められる女だ。


 この程度の屈辱はもはや慣れっこ。



 それでも、握りつぶしたカップケーキを口にする気には、最早なれなかった。口の中に、鉄の味が充満していた。





 フウタは激闘の中に居た。

 どんな相手の攻撃も、その瞳に掛かれば造作もない。

 ただ単純な物量と、そして重鎧という彼らの武装が少々の足かせだった。


 人数が多いことそれそのものは、実はフウタにとっては何のデメリットでもない。自らの周囲に感じ取れる武人が居れば、たとえ目隠ししていたとしても彼の"模倣"の対象だ。


 乱闘とて決して苦手というわけではないのが、彼の知られざる強みだった。


 きっとこの先プリム辺りが、人数で攻めれば勝てるのでは、と戦いを挑んでくるだろうし、そして返り討ちにされるだろう。

 そんな楽しい日々の到来は、今日を乗り越えなくては意味がない。


 相手の重鎧が面倒だった。


 出来れば殺傷は控えたい。それは、法国と王国との間に発生する亀裂を少しでも緩和するために、と王女その人から伝えられていた。


 彼女の言うところの"優先順位"は高くないそうだが、状況が最悪になるまでは、王女の意向に沿いたいというのもフウタの本音だった。


 そうすると、どんなに敵を弾き飛ばしたとしても、戦闘不能になってくれないというのが一番の重荷だった。


 鎧のおかげで軽減されるダメージは大きく、続々と集まってくることを考えても状況はあまり良くはない。


 王女には申し訳ないが、そろそろ心の決め時か。

 そう、フウタが目を細めた時だった。



「――6歳になった娘がおりましてな」



 その一言と同時、上空から降ってきた男は、両手に握りしめた太い鉄鐗で騎士の鎧を勢いよく陥没させた。


 そのまま体をひねり、周囲の騎士をなぎ倒す力強い2本の鐗。


 一瞬呆気にとられたフウタは、思わず呟いた。


「あ、おめでとうございます」


 少し前は、6歳になる娘と言っていたはずだ。そう思っての返答に、彼はやたら嬉しそうな顔で頷いた。


「ありがとう。本当に可愛い盛りです。最も愛している人と言っていい。――そんな人が、衆目に晒され殺されるなど、私は耐えられない」




 ――あの日と同じことを言います。




「――大事な人を取り返しにいきなさい」





「はい!!」




 駆け出すフウタを止めようとする騎士の兜が、勢いよくはじけ飛んだ。


「――剣は人を表すと言いますな。そして、類は友を呼ぶとも言います」


 鉄鐗を振るい、陥没した腹部を足蹴にし、騎士の吐瀉物を眺めながら、ウィンド・アースノートは告げる。


「自分が正しいと思っている人間をいたぶるのは、私の趣味なんですよ」


 凶悪に愉悦の笑みを見せる男が、鉄鐗を握り暴れ回る。









 駆けるフウタの周囲を、騎士たちが追随する。

 重鎧に対して十字鎗での立ち回りは、相性が良くもあり悪くもある。


 敵を寄せ付けず、自らが目的の場所へ駆けるためならばこれ以上に頼もしい相棒などいない。だから十字鎗で牽制し、弾き、道を切り拓く。


 ただその一方で、追われる側になると防戦が難しくもなっていた。


 それでもフウタはその模倣の力で、襲い来る騎士たちを来る端から迎撃する。手練れの騎士といえど彼の鎗捌きに腰が引け、何とか距離を詰めさせずにはいる。


 だが、その1人1人にかかる時間が勿体なかった。




「なるほど。守りの時はそう使えばいいのか。常山十字じゃ教わらないなー」




 逃げるフウタと追う騎士たちの間に、割って入る影。


「プリム!?」

「はろー。どーも、財務卿に雇われているだけの、無関係の人間ですどうぞ宜しく」


 リヒターに迷惑を掛けまいと、謎の言い訳を口にその少女――プリムは十字鎗を構えて騎士たちと相対する。


「邪魔だ小娘!」

「リヒターくんとは無関係突きー! リヒターくんとは無関係薙ぎ払いー! 常山十字:リヒターくんとは無関係ー!」


 フウタが模倣の天才ならば、彼女は鎗の天才だ。

 フウタがたった今騎士たちの持つ鎗から盗んだ技法をたちまちものにして、彼女は騎士たちを迎撃する。


「行きなよ、フウタくん! ここまで耐えたんだ、後はかっこよく決めろよ!」


 ――頷いた。


 頷いて、背を向ける。


 正面には最早、処刑台とそれを守る数人の騎士だけ。


 そして、ずっと会いたかった人。



「――コローナ!!!」



 叫び、走る。

 彼女が今、どんな思いを抱いていようと、どんな顔をしていようと関係なかった。


 ただ、そう。



『嫌だ!!!!』



『貴女と同じくらい、あの人のことが好きなんだ! 一緒に居て欲しいんだ!』



 だから。



『だから連れ戻します!』



 キミの意思なんて、関係ない。














 正面から走りくる、楽しい時間をくれた人。


 その光景は。


「――」


 処刑台の上からは、誰よりもよく見えていた。


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