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22 フウタ に やりつかい が いどんできた!



「いやはや、お見事な演説でした」

「はっはっは、これはどうも」


 壇上から降りてきた国王に、ガーランドが拍手と共に声をかけた。


 会場の注目を一身に受けながら、握手を交わす。


 彼らを眺めていたライラックは、2人を可愛らしく叱りつけた。


「お2人とも。皆さんが拍手に疲れてしまいますわ。その辺りで」

「――はは、そうだな。お前の言う通りだ」

「ええ。我々はあくまで端役ですからな」


 はっはっは、と2人の男が笑い合う。


 ガーランド、国王、ライラックの順に並んだ席は、闘剣を眺める特等席。


「さてと。王国の文化である御前試合、堪能させていただきますかな」

「本日の大きなイベントの1つ目ですからな」


 豪奢な椅子に腰かけて、ガーランドと国王が頷き合う。

 と、きょとんと小首を傾げたライラックが2人に問うた。


「1つ目、ですか?」


 ガーランドの口角が小さく上がる。

 国王はと言えば、少し驚いたようにライラックに向き直った。


「おや、聞いていないのか。ガーランド殿とライラックの話で、此度の企画が決まったと聞いていたのだが」

「はい何も……わたしは、ただガーランド閣下に御前試合をご観覧いただきたい一心でしたから」


 顔を見合わせる国王親子。


「はっはっは、実はライラック殿下にはまだ言っておらんのです」

「ええと、話が見えないのですが」

「いえいえ。文化を知って欲しいという殿下のお気持ち大変結構。私もそれに報いねばと思った次第ですよ」


 困ったように、ライラックは父親を見る。

 すると、彼は少しバツが悪そうに視線を逸らした。


 ――当然だ。ライラックが知っているものと思っていたのだから。


 自分の使っていたメイドが処刑される。それでも法国との契りを取ったのだと思っていた。

 それが、ガーランドが伏せていた。


 かといって、表立ってガーランドに何かを言うことは出来ない。

 何故ならば国王にとって最も大きな目的は法国との同盟――もとい、その先にある隣国への遠征だ。

 今、法国との繋がりを無碍にするわけにはいかない。


 しかし何故だろう。急に暗雲が立ち込めてきたように感じる国王であった。


 ガーランドからすれば、当然の差配だ。

 王女が"奸雄"である以上、真に"どちら"なのかを見定めなければならない。

 奸雄とは、治世においては能臣たるのか。

 それとも、奸雄とは所詮奸雄、此度も何かを企んでいるのか。


 だからこその安全策。


 能臣であるライラックならば否やとは言えず。

 奸雄であるライラックならば、今この時にメイドを救おうとするのではないか。ならば救えぬ状況に最初から持ってきてやればいい。


 この時、ガーランドの頭の中からは"法国との同盟を望んでいない可能性"が抜け落ちていた。


 それもそのはず。

 本来ガーランドが行動を起こさなければ、本当にただの観覧で終わっていたのだから。



 自分で仕掛けたことが、まさか想定通りだなどと。



「……どうか、されましたか?」

「いや、楽しみにしていてくだされ」


 この不安そうな少女の表情からは、想像すらできなかった。


「――お、2人の武人が出てきたぞ。なるほど、双方鎗使いか」

「ほう。十字鎗の使い手が2人とは珍しいですな」


 髭を蓄えた顎を撫でる国王の瞳には、薄手の東方衣装で着飾った美しい少女と、この国の騎士礼装に身を包んだ長身痩躯の青年が映る。


 どちらも腕は立ちそうな雰囲気を出しているが、目を惹くのは少女の方だった。


 黒髪を二つに纏めて結い、毅然とした表情は武人としての誇りに満ちて。しかしながら――


「ふむ。ライラック、あちらの少女は何故、礼装を着ていないのだ?」

「彼女の出身地の礼装だそうです。見栄えが良いので許可しました」

「な、るほど……。伝統とは少し違うが……」


 まあ、出身地の礼装だというなら許そう。そう、国王は頷いた。


 ――少女の服装は極めて露出の多い妖艶な衣装だった。


 これは彼女の闘剣士時代の衣装(ユニフォーム)であり、常山十字の輝夜姫と謳われ最も人気だった頃の一張羅。


 姫というだけあり布地は遊びが多く、しかして深いスリットから出た生足は見る者の目を奪う。

 正式にはチャイニードレスとも言われる衣装を、彼女なりにアレンジした代物であった。


 実はライラックが許可というよりも、彼女に頼んで着用して貰ったものであったが、結果は上々。


 観衆の多くは貴族が占めているにも関わらず、恍惚とした感嘆が漏れ出るようにフィールドを満たしていた。


「――しかし、奇妙なのは」


 そう、ガーランドが呟くと同時だろうか。

 少しばかり、会場がざわめく。当然だ。オルバ商会の闘剣士として出てきた男が、見覚えのありすぎる男だったからだ。


 そのざわめきに乗じるように、ライラックが頷く。


「ガーランド閣下。お気づきになられましたか。彼はオルバ商会最強の剣士なのですが……その」

「"無職"か。それが最強。なるほど、このざわめきも理解出来る」

「流石は、優秀な"神官"様ですね。ええ、おっしゃる通りです」


 優秀な"神官"は、あらゆる職業を看破する。

 その力は当然、フウタにも働いた。

 しかし、そこで思わぬ一言がガーランドから漏れることになる。


「――それも、何者かに"職業"を譲渡したが故の、後天性か」

「えっ」


 ライラックの目が見開かれる。

 思わずと言った声に反応したガーランドが、ちらりと彼女に視線を送った。


「驚かれるのも無理はありませんが、私の瞳は誤魔化せませんぞ。まぁ、以前の"職業"までは分かりかねるが……私に分からないということは、誰にも分らないということですからな。それに、かなり珍しいケースです」

「そ、そうですか……」

「ふむ、何か気になることでも?」

「いえ」


 動揺を落ち着かせるように、ライラックは一度目を閉じて。


「ガーランド様は、そんなことまで分かってしまうのですね」

「はっはっは。当然のことで褒められると、こそばゆいですな」


 すぐに頭を切り替える。

 この話で、フウタに対する警戒は完全に解けたことだろう。

 それでいい。今は、それでいい。


 けれど。


 ――貴方の過去を、わたしは何も知らないのですね。


 祭りの前だというのに、少しばかり。何故だろうか。

 心に隙間風が吹いたような気がした。















 御前試合のカードは、前回と同じ。


 即ち、プリム・ランカスタVSフウタの構図であることは変わらない。


 そして、この場に集まった者たちの大半は、前回の御前試合の記憶を色濃く残していた。


 結果として何が起こるかと言えば、想像に難くない。


「……でも結局また彼女が負けるんじゃないか?」


「すげえカッコ良かったけど……その」


「まぁ、そうだよな」


 王女の客人という立場上、フウタを悪く言うことは憚られる。

 とはいえ観衆の心に去来するのは、前回と全く同じ展開なのではないかという懸念だった。


 忘れてはならないが、フウタの戦いは観衆を喜ばせられるようには出来ていない。


 "無職"のフウタが"闘剣士"たるプリムに人気で追いつくようなことは、極めて難しいと言わざるを得ないのだ。


 出てきたその時こそプリムの姿に沸いていた客も、冷静になるにつれて現実を見始める。


 そして、表立ってプリムを応援することは、憚られるような状態にあった。


 御前試合は見世物ではない。伝統文化として粛々と行われるべき決闘だ。それをライラックが強引に見世物へと変えただけで、本質は変わっていないのだ。


 熱を上げて声援を送ることが出来たのは、あの1回きり。


 だから、観衆の雰囲気は徐々に冷めつつあったのだ。


 まるで――あの頃のコロッセオと同じように。


 ところで。


 ここに1人。


 とてもではないがプリムに負けて貰ってはたまらないという、哀れな男が居る。


 その男は極めて高い立場に居る者で、表立ってあの王女と敵対したこともある貴族派の筆頭。


 彼は今回のライラックの目論見も知らなければ、プリムとフウタの間で交わされている今回の状況に関する情報も何1つ知らない。


 そうであるが故に、ここで負けたらベアトリクスにまた借金を背負わされるという現実だけが待ち構えている。


 男は、なりふり構っていられなかった。




「プリムうううううう!!! 貴様、今度こそ負けてみろ!!! ゆ、ゆる、許さんからなああああああ!!!」




 本人は何も知らない。


 だが、彼の持つ熱は、背景はどうあれ――まるでコロッセオで片方に賭けた観客のようで。


 そして、件の"闘剣士"は、そういった声援へのパフォーマンスに極めて長けた少女だった。


 気付いたように男の方へ振り返ると、さっと髪を払ってから十字鎗を高速で回して魅せる。


 あの日と同じ――否、嫌な緊張が無い分さらに洗練された美しい剣舞は、あっという間に会場の皆を虜にする。


 そして、あの"財務卿"が盛大に声援を送ったのだ。

 あとは芋づる式に、こぞって皆が熱を上げ始めるのも、時間の問題だった。


「プリム・ランカスタ!! 頑張ってくれー!」

「今度こそ勝ってくれよ!!」

「キミの笑顔が見たい!! ――ああ違う今も可愛いけど、勝った時!!」

「プリムううううう!! 一目見た時から好きでしたああああ!!」

「テメエどさくさに紛れて何を」

「プリム!! プリム!! プリム!!」


 わっ、と歓声が上がる。


 その殆ど――もとい全てがプリムへの声援と言って良かった。

 彼女は笑顔で応えながら、ふと隣を気にした。


 ――かつての、コロッセオでの苦しみを吐露していた隣の男に。


 だが、それは杞憂だったらしい。

 自分が応援されないくらいで凹むほど、もう彼の心根は弱くない。

 見てくれている人は、多くなくていい。


 ただ、大切な人のために。



 だが。




「――っけんな……」




 そうは許さない、とばかりに小さく呟かれた言葉が1つ。




「ざっけんな……ざっけんなざっけんなざっっっけんな!!!!!!」




 だん、と勢いよく立ち上がったのは1人の少女。

 冗談じゃないとばかりに頭を抱え、フウタを指さして叫ぶ。


「フウタ!!!!!! あんた今!!!! オルバ商会の看板背負ってるって分かってるわけ!?!?!? こんな状況許せると思ってんの!? これで勝って本当に勝ちなわけ!?!? あり得ないでしょ!!! おかしいでしょ!!! 少しは闘剣士らしいパフォーマンスで観客を沸かせるとかしてみなさいよ!!!」


 ――余程、彼女は腹に据えかねていたらしかった。


 ふんぞり返って試合を眺め、勝つのが当たり前でさっさと帰る。そんな感じの未来予想図は脆くも崩れ去り、勝ったところでオルバ商会の心象が最悪になるような状況しか想定が出来なくなった。


 それというのも隣に座っている財務卿のせいだ。

 どうせフウタの勝利でしょ、な空気で勝つのと、こんな剥き出しのアウェーで勝ってしまうのとでは訳が違う。


 ベアトリクスにとってはたまらない状況の出来上がりだった。


「そう言われてもな」

「あたしは今!!! あんたの上司!!! 敬えっつってんじゃねえのよ!! 命令に従え!!!!」

「……仕方ない奴だな」

「あたしが悪いの!?」


 口角泡を飛ばしてキレ始めたベアトリクスを一瞥したフウタは、仕方なく十字鎗を握った。


 ――昔から、何度だって観客を沸かそうと努力はしてきた。


 それが実らなかったからこそ今がある。


 心配そうな目でフウタを見るプリムをよそに、フウタは鎗を振るい、掲げた。




 それはたいそう武骨で、なんというか、華の無い動きだった。




 観客の空気は、微妙の一言に尽きた。



「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 その燃えるような赤髪をかきむしり、ベアトリクスは発狂する。

 なんだそのしょうもないポーズは。それで本当に観客が惹けると思っているのか。どこに動きのキレや見栄えを忘れてきたんだ。


 言いたいことは山ほど浮かんだ。だが、その全てを彼女は――のみ込んだ。




 ところで、ベアトリクス・M・オルバは"経営者"である。

 それも自他ともに認める天才の類だ。

 経験に裏打ちされた商会の運営者たちを軒並み押しのけ、たった11歳の時には実質的なトップ兼アナリスト兼マネジメント業務。

 挙句14歳となった今、商会を王都最高のものに押し上げた上で完全なるワントップを築いている女だ。



 

『"職業"はその殆どが、才能の一点特化を助長しています』





 闘剣士ならば、強いことではなく、"勇壮なる戦い"。

 発動条件は、他者との闘争。


 侍従ならば、何者かに対する"奉仕の心"。

 発動条件は、奉仕すべき対象の存在。


 経営者ならば、事業に対する"広角的理解"。

 発動条件は、経営すべき事業。




 ――ベアトリクス・M・オルバは"経営者"である。


 はっきり言って、フウタの居たコロッセオの"経営者"など話にならないくらいの天才だ。


 素材の料理の仕方くらい、熟知して余りある。




 瞬間的に計算し、すぐにフウタという"素材"の売り方を思考する。

 目の前の男は即ち、商品。経営すべき事業そのものだ。



 ――もしもあの時、ベアトリクスがコロッセオに居たら。八百長を唆した経営者は今頃、泥に詰められて海へと捨てられていただろう。



「キャラが立ってないのよこの無個性根暗野郎!! あんたが今するべきは悪役(ヒール)よ!!! そんな煽情的な女が目の前にいるんだから、せいぜい下劣に迫りなさい!!! 男どもは目を剥いてあんたを応援するに決まってるわ!!!!!」

「えっ」

「会長命令よ!!!! 今!! すぐ!! やれ!!!!!!」



 ――もしもあの時、ベアトリクスがコロッセオに居たら。もしかしたらフウタは、チャンピオンとしてもう少しまともに評判を得ていたかもしれない。



 申し訳なさそうにプリムを見るフウタ。

 彼女はおかしそうに笑ってから、告げる。


「戦い前のパフォーマンスでしょ? いいよ。スリットでも切ってみる?」

「……いいのか?」

「修繕費はベアトリクスに請求するから」


 軽くウィンクするプリムに、フウタは一度目を閉じて。


「お前らこいつばっかり応援しやがってー!! こうだ!!」


 ――実に棒読みながら。


 プリムの服裾を正確に突き破り、はだけた肌色に観客の声援が爆発的に大きくなった。



「おおおお!! いいぞーー!! やれやれええ!!」

「テメエプリムちゃんになんてことするんだ!! ――ちょっとだけだぞ!!」

「うわ最低……プリムー!! そんな男に負けんなー!!!」


 やり口は下劣ながら。



 それでも、フウタは生まれて初めて。

 見ず知らずの観客から声援を受けることになった。



「即席ならこんなものね。ビジネスに昇華させるなら、もう少しこう……って。アイツを磨いてもあたしの得にはならないじゃない。あほらし」



 ベアトリクスは鼻を鳴らして腰かけると、カップケーキを片手に煩わしそうに首を回した。

 これで、少しは見られる"興行"になるだろう。



 はちきれんばかりの歓声が、演舞場を包み込む。



 そのさまを眺めていたライラックは1つ頷くと、後ろに控えていた人間に合図した。



 フィールドの中央で、2人の鎗使いが向き合う。



「ふふっ」


 審判に選ばれたらしき男を前に、プリムは小さく笑った。

 女性的で柔らかなそれは、彼女にしては珍しい表情。


 ちょうどパフォーマンスで裂かれた太腿の布を弄りながら、楽しそうなその顔に、フウタは首を傾げた。


「どうした?」

「フウタくんは、それどころじゃないかもしれないけどさ」


 十字鎗を軽く弄びながら、彼女は観衆へと視線を巡らせる。


「――嬉しいんだぁ。やっぱりチャンピオン戦は盛り上がってなんぼじゃん」

「……あぁ」


 それどころじゃない、というのは、つまりフウタが一刻も早く救い出したいと願っている少女のことで。


 嬉しいというのは、この盛り上がりようのことだろう。


 コロッセオとは比べるべくもないほど収容人数は少ないし、プリムはこれ以上の歓声など星の数ほど浴びたはずだ。


 それでも。あの日、この国で刃を交えて出会ったのは、孤高のチャンピオンが孤独であったという事実。


 だからこそ。


「悪いけどフウタくん。私、全力で行くから。こんな状況とはいえ、キミと正面からやり合える機会を逃すつもりは無いよ」

「――分かった。受けて立つ」

「そうこなくっちゃ。もともと、そういう約束だしねっ!!」


 それに、とプリムは呟いた。


 オルバ商会の名代でフウタがここに来ることは知っていた。

 どんな裏事情があるかまでは聞いていないが、そこはそれ。


「キミが許していたとしても、私のムカつきとは関係ないもんね!」


 ここでフウタを倒すことが出来れば、ベアトリクスに泡も吹かせられて二度美味しい。





「元【天下八閃:陸之太刀】、常山十字の輝夜姫――推して参るよ!!」




 じゅうじそう の プリム が しょうぶ を しかけてきた!





 始め――の合図があるかないかの刹那、真っ直ぐにフウタの頸を狙い神速の一撃が襲い来る。


 フウタが目を見開き、瞬時に自らの鎗で受ける。


 ――速い。


 あの1件もとい、あの試合があってから未だ1月経っていないというのに、彼女の鎗はさらに洗練されていた。


 あれだけ鍛錬を積んで磨かれていた彼女の鎗にまだこれほどの伸びしろがあったことに、フウタは素直に驚く。


「毎日夢に見るんだよ」


 プリムの口角が歪む。

 先の柔らかな笑顔から一転、彼女らしい獰猛なものに。


「あの日の敗北は気持ち良かった。でも悔しかった」



《常山十字:流星一矢》



 放たれた最速の刺突は、あの日よりもさらに鋭く。



「でも毎日夢に見るってことはさ」


 足捌きはフウタの体勢を崩しにかかり、その鎗は虚実を交えてフウタを襲い、その体捌きは獲物を狙う獣のように、一手二手とフウタを追い詰める。


「――私よりも上手い鎗使いが毎日目の前にいるってことなんだよ、先生」


 ニタァ、と笑みを深めた彼女がフウタに足払いを仕掛ける。

 体術を組み合わせた槍術は常山十字槍術の王道ではないが、その分フウタに気取られない。


「キミの模倣は私の軌跡を模倣する。なら、急に絡めた代物には対応できる!?」


 だからこそ、その長柄の武器との相性がいい。

 近づけば急な体術、離れればほぼ互角の鎗で時間を稼げる。


 それが、プリムが思いついたフウタ攻略法。



 なるほど、と思う。

 鎗を交える度に伝わってくる鍛錬の形跡には、この体術を使ったものは無い。フウタを知っているからこそ、こうして奇策に出たというわけだ。




 勇猛果敢に攻め続けるプリムに、会場中から歓声が巻き起こった。


 美麗な闘剣士が繰り出す鎗技に沸き立ち、声援がそこかしこから飛び込んでくる。


「いけええ!! 姉ちゃん!!」

「そこだ! ぶっかませ!!」


 口汚い応援の殆どは平民議員やその係累によるものだが、彼らに釣られて気品ある貴族たちでさえ熱を上げる。


 それは神龍騎士団――そしてガーランドも例外ではなく、その華のある戦いに自然と目を奪われていた。


 自然と出来た無礼講。

 際限なくヒートアップする戦いを、ライラックは満足そうに見届ける。


 ――この後のことを依頼する代わりに、プリムには報酬としてフウタとの決戦を差し出したのだ。


 プリムが上機嫌に鎗を振るっていることに、ライラックも決して否はない。


「こ、これは御前試合としてはどうなのだ」


 そう呟く国王の言葉は、敢えて無視した。

 ガーランドが楽しそうに観覧しているのであれば、国王に用はない。

 彼には、法国の騎士団長が楽しんでいるものを途中で取りやめさせるような胆力はないのだから。


 そっと目を細め、ライラックは会場に気を配る。

 仕込みは上々。あとは、この試合の後に。



「――ねぇ、ちょっと。プリムとかいう女、強いんですけど!」


 お菓子を片手にのんびり観戦。どうせフウタの圧勝圧勝。

 ウィンドを打ち砕いた男に信頼を置いていたベアトリクスは、予想外のプリムの善戦に度肝を抜かれていた。


 前回はそれなりにやり合って敗北だったのだから、どうせ今回もそうだろう。

 高をくくっていたが故に、プリムの猛攻に焦る彼女。

 その真後ろの座席で、ウィンドはからからと笑う。


「それが闘剣の面白さですよ。昨日の勝者が今日も勝つとは限らない」

「面白がってる場合じゃないってのよ!! ちょっとフウタ! 早くやっつけなさい! ころ――したらダメ、うちの看板背負ってるんだから!」

「ふふ。案外と、会長も闘剣を楽しんでいるではありませんか」

「楽しんでる場合じゃないっつってんでしょ! ――ただまあ」


 周囲の熱量に、彼女は冷静な"経営者"としての頭脳を働かせて呟く。


「確かに、金にはなるかもね」

「それは会長にとっては、最大の評価ですな」


 目を細め、ウィンドは戦う2人を眺めて思う。


 ああ、実に楽しそうだ。もうそろそろこの身は衰えを見せる頃だろうが、その前に一度、あの舞台を味わってみたい、と。





『私たちを救ってくれよ』



『闘いの中にしか生きられない、ただ上を目指す私たちの最大の壁だったキミに願う。どうか、逃げずに立ちはだかってくれ』



『私たちは、キミにとって何の価値もない路傍の石だったかもしれないけれど』



『私たちは、キミを超えるためだけに、刃を振るってきたんだ』




 あの日彼女はそう言って、それから1月が経過した。

 フウタにとって色々あったこの時間を、彼女はきっとフウタに勝つ為だけに費やしてきたに違いない。



『その言葉が聞けて良かった。……私も、貴方を倒せる目算が立ったらまた挑むよ』



 その言葉に嘘はなく。

 彼女なりの戦い方で、毎日フウタを倒す方法を模索しているのだ。


「はは、まだまだ行くよ!!」


 一閃、二閃、三閃、四閃。


《常山十字:流星群》


 その鎗に合わせて時折叩き込まれる蹴りと拳打は、確かにフウタの辞書には無かったものだ。



 だが。



『……再戦、楽しみにしてるよ』



 フウタとて。プリムという強敵を、甘く見た日は一度も無かった。






『"分かった"』




『"受けて立とう"』




 あの日、そう言ったのだ。

 今、胸の内は試合どころではない。ずっと、鉄格子越しの彼女を想ったままだ。けれど、だからといって。


 目の前の彼女を無碍にするのは――今のフウタは、もうしない。


 憧れられていると、分かっているから。





「そうだ、俺は軌跡を模倣する」


 プリムの飢えた虎のような視線と、フウタの模倣する瞳が交錯する。




「だから、もう見た」




 鎗を交えるその瞬間、フウタはプリムの研鑽を感じ取る。

 確かに彼女は鍛錬の際も体術の類を混ぜるようなことはしていなかった。故にこの戦いにおいての体術は粗いと言わざるを得ないが――それでも、フウタにとって有効打であったことは間違いない。


 だが。それでも、彼女の最近の鍛錬には違和感があった。

 そこかしこに空白、間隙があるような違和感が。


 正体がフウタに仕掛ける体術であると分かった以上――"今の彼女の動きと、鍛錬の動きを重ねればいいだけの話"。


 それがどんな高等技術であるかは、フウタには関係がない。


 出来てしまうのだから、仕方がない。


 故にフウタは最強なのだ。



《模倣:プリム・ランカスタ=常山十字:流星一矢》


 プリムの体術を捌き切り、そのまま腰溜めにしていた鎗を放ってプリムの体を突き放す。



「――そう」



 またしても、からん、と転がった鎗に、プリムはしかしあの時とは全く異なる楽しそうな笑顔で頷いた。



「またやろうねっ!」




 ――勝者、フウタ。








 歓声が沸き起こる。喚声が沸き起こる。


 戦いが終わった。


 御前試合が幕引いた。








「嘘でしょ?」







 誰よりも早く反応したのは、ベアトリクス・M・オルバ。


 移動式の巨大な"何か"が騎士団員によって運び込まれ、それは先ほどまで国王その人が演説していた舞台へと押し上げられる。


 ――もとよりこの地は、演舞場となる前は処刑場だった。


 それが、元に戻ったかのような冷たい空気と――鈍い刃の輝き。




 ベアトリクスは、これから起こる全てを察した。


 "経営者"としての――否、彼女を天才たらしめた頭脳の恩恵。


 騎士団がやろうとしていることでもなく、王女がやろうとしていることでもなく。その全てを包括して、最も自らに不利益をもたらす存在へと、ゆっくりとベアトリクスの怯えたような瞳が動く。



「ねえちょっとフウタ――オルバ商会の看板背負ったまま、何する気?」




 青ざめたベアトリクスに、答えをくれる者は居ない。


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