21 おうじょ は しあげ を している!
――御前試合当日。
フウタとライラックは、あれから一度も顔を合わせてはいない。
フウタとコローナも、あれから一度も顔を合わせてはいない。
コローナとライラックに至っては、結局あの茶会が最後だろう。
「間もなく、ですか」
二本の国旗がはためく。
見慣れた自らの国と交差するように、もう1つ。
友誼を結ばんとする法国のもの。
お膳立ては整った。
あとは、自らが最も信頼する剣士に全てを委ねるだけ。
その後ライラックとフウタが接触していないことには、理由があった。
他の誰にも訳を明かす意味はないにせ、少しばかり胸の内に溜め込んでしまっているものもある。
この一幕が終わったら、またいつも通りに彼を使い倒すとしよう。
そう。この、祭りが終わったら。
「ライラック王女殿下」
目つきを鋭く会場を見渡していた彼女に、かかる声。
すぐさま表情を変え声色を変え精神を変え、向き直って微笑む。
「まぁ、ガーランド閣下! 本日は本当にありがとうございますっ」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。いやぁ、盛況ですなぁ」
満足気に周囲を見渡すガーランドの背後には、騎士が2人ほど。
勧められた豪奢な椅子に腰かけた彼は、正面に見えるフィールドを見据える。
ここは、仮設の演舞場。
王城から少し離れた場所にある、元は処刑場として利用されていた広い敷地を利用して拵えられた。
土を剥きだしにしたフィールドはお世辞にも良質とは言えないが、その分周囲の観客席は即席にしては随分と見事なものだった。
フィールドを中心にして段々と高くなる観客席は、遠くからでも前の客に邪魔されず試合を楽しむことが出来、また歓声がフィールドに籠って大きさを増すように設計されていた。
いかんせん収容人数がさほど多くないことを除けば、十分すぎるほどの出来。法国の重鎮を招くにも、失礼が無いほどには完成されていると言えた。
「これほどの場所であれば、確かに観戦も楽しいでしょうな」
「ふふっ。それも、わたしたちは特等席ですよ」
「違いない。正面からこうして眺めることが出来るのですからな」
剣士が向き合うであろう中央が、最も見えやすいであろうフィールドに1番近い席。
それが、ライラック王女、ガーランド騎士団長、そして国王陛下の3名にのみ許された特等席。
彼らは他の観客からは隔離されており、如何なる貴族であってもその周囲に席を設けることは許されていなかった。
3名の周囲に居られるのは、彼らの護衛として連れてきた者たちのみ。
ガーランドはこの状況でも、酷く落ち着いていた。
自らが腕利きの武人であることや、護衛に置いた2人が騎士団で最も腕が立つ騎士であることもそうだが、ライラックが騎士団の人員配置に一言も口を挟まなかったのだ。
おかげで有事の際には幾らでも対応できる配備が可能であったし、何よりもライラックもとい"奸雄"の仕組んだ罠が存在するケースが格段に減った。
そして。
「――しかし、御前試合に貴女の騎士が出場されないとは」
正面から問われた言葉に、ライラックは何かを想い出したようにくすくすと笑う。
「御前試合をやりたいと言い出したのは、わたしではないのですよ。
「なんと。そうでしたか」
驚いて見せつつ、一瞬背後の騎士に目をやれば、彼は静かに頷いた。
裏付けは取れている。何でも、オルバ商会が財務卿を相手取って行う試合だとか。
ますます、疑念の余地が少なくなる。
やはり、考え過ぎであったのではないか。と。
ガーランドは、"職業"とは天に命じられた人間の生き方であると信じている。
故に、彼女が"奸雄"であれば、必ず"奸雄"たる何かを持っていると今でも思っている。
とはいえ、それが必ず自らに牙を剥く策謀を巡らせているかといえば答えは否だ。
たとえ"奸雄"であろうとも、手を組む相手とは手を組む。そこに嘘はないだろう。法国との結びつきを歓迎しているとすれば、自らに有利な条件を得ようとはするだろうが、必ずしも自らに不利益をもたらす存在ではない。
そういう意味でも、"考えすぎ"なのではないかと結論を出さざるを得ないほど、状況証拠は揃っていた。
オルバ商会とライラック王女の間に繋がりは無く、貴族派のリヒターとは敵対関係であるとの情報も入っている。
何でも、先月はそのリヒターとライラックの間で御前試合が勃発したとの情報もある。その勝敗によってどんな取引がなされたかが気がかりと言えば気がかりだが――今回はそもそも勝負を吹っかけられた側だ。
今回の御前試合の勝敗で決まるのは、財務卿と商会の間で起った金銭的な事情に基づく状況についてらしい。
互いに負けられない試合であることは想像に難くないが故、これも仕組まれたと考えるのは早計だ。
それに、王女が最初からガーランドに見せる試合を選ぶのであれば、もっと崇高な目的の試合か、或いは自らが選んだ闘剣士で行うだろう。
本当にたまたまと考えた方が、自然だ。
正直ガーランドは、試合の目的である債務不履行云々かんぬんを聴いて、若干萎えた。
ライラック王女自身も、そこは聞かなかったことにしてくださいと申し訳なさそうにはにかんでいた。
人を罠にかけようという時に、こんな片手落ちがあるだろうか。
ましてや相手が"奸雄"だとして、誘い込みたいところに誘い込めない可能性のある手落ちである。
1つ1つの情報では、幾らでも疑う余地はある。
だが、これだけの状況証拠が揃ってしまうと、流石に疑うのが馬鹿らしくなってしまうのも人の性だった。
とはいえ、油断はしない。
ガーランド側で気になる情報が1つあったとすれば、御前試合においてライラックが出してくるかもしれないと言われていた"謎の剣士"。
その剣士についての情報は、不自然なまでに得られなかった。
この王城に居る誰も彼もが口を閉ざすのだ。だから、その剣士の存在だけが不可解だったのだ。
王女の客人として迎えられているらしいが、そのような人物に会ったことはないし、王女を見張らせても接触した気配もない。
国王陛下が到着するまでの時間の暇潰しに、せっかくだから問いかけることにした。その、謎の剣士について、少しでも情報を得られないかと。
「ところで殿下は、数月前に財務卿と御前試合をなさったとか」
「え、ええ。よくご存じですね」
「はは、こう見えても情報には敏いものでして。……しかしながら。殿下が試合に出したという人物について、何も情報が得られず。武人のはしくれとして、話を聞きたいなと」
「ああ、
ぽろりと零された貴重な情報に、ガーランドの視線が鋭くなる。
「……残念ながら、わたしでは引き留めるに値しなかったようで。1月ほど、酷く気落ちしておりました」
「そうでしたか。なるほど、道理で皆さんが口にしないわけだ」
「――そう、なのですか? ふふ、知らないうちに気を遣われてしまっていたのですね。ああ、ええと」
「どうかされましたか?」
悩むような仕草を見せたライラックに、ガーランドは首を傾げる。
引き出せるだけ引き出したい。もしも万が一がこれから起ころうものなら、少しでも情報を得ておきたい。
そんな彼に、困ったようにライラックは眉を下げた。
「
「ええ、どうぞ?」
「その……法国では、道ならぬ恋というのは」
切なそうに頬を染め、ぽつりと呟かれた言葉。
そこで、ガーランドは全てを察した。
きっとライラック王女の恋は受け入れられなかったのだ。と。
だから皆が口を閉ざしたのだ。それはそうだ。少しでも匂わせようものなら、王族への不敬に当たる。
「――ご安心を。法国は愛を肯定する国。我が国では、どんな愛の形もあり得ますし、否定はさせませんよ。何となれば、我が騎士団にも恋人の契りを結んだ者が何人か」
「まぁ」
驚いたように、それでもほんの少しだけ嬉しそうに、王女は微笑む。
多くの疑問が解消した。
疑う余地が全くない――とはいえない、"絶妙なバランス"。
まっさらすぎる方が、よほど仕組まれた不自然さが際立つというもの。
とはいえ相手は"奸雄"。王女の剣士が余程の腕利きであったことは分かっているのだ。
だが、既に足元にレールが敷かれていることには、もう気づけない。
頭の内にこびりついた、"女性である"という幻想はもう解けない。
"本質"に気を取られ、本当に刷り込みたい情報に気付けない。
『今後は是非、わたしの客人を丁重に扱ってはいただけませんか?』
あの日仕込んだ楔は、確かに人の口に戸を立てたのだ。
少しでも外様に情報を吐き出せば、自分がどうなるか分からない、と。
ちょうどその時だった。
吹奏楽器の音色と共に、会場への最も大きな入り口から、国王陛下が来訪したのは。
全員が席を立ち、気品に満ちた礼を見せる。
この場に揃っているのは、王国貴族の子弟であるか、王国議会に席を持っている者だけ。
収容人数が少ない分、ハイソサエティな人間だけを招くことによって、この試合の盛り上がりと高尚さを高めていた。
法国との友誼を結ぶ大事な催しと聞いて、足を運ばない貴族など居るはずもない。
議会の人間も例に漏れず、平民でありながら堂々と観覧席の中央を陣取る者たちも多くいた。
――ベアトリクス・M・オルバも、勿論その1人である。
隣の席に座った男と共に、王族を除けば最も格式の高い席に腰を下ろしてフィールドを眺めていた。
「おいおいおいおいおい何故だ。何故お前の出す闘剣士がフウタなんだ……!!!」
「えー、ベアちゃんわっかんなーい。あんたから搾り取れるかどうかはうちの商会にとっても大きいのよ。全力を尽くさせて貰ったわ。悪いけど」
頭を抱えるリヒターと、席で足を組みお菓子に手を出すベアトリクス。
そう、ベアトリクスは全力なのだ。
下手を打って傾きかけた商会のリカバーに全力を注いでいるのだ。
間近でフウタという脅威を目にし。
リヒターもといプリムに大きな一撃を受け。
プリムとフウタという2人から、どうしても脳裏に御前試合という情報がちらつく中で。
"好都合にも"フウタを預かれなどという条件が飛び出した。
利用しない手はないでしょ、という彼女は間違っていない。
だが、"正しいことが正しいと限らない"のが人の世なのだ。
一頻り笑ったベアトリクスは、目下で始まろうとしている祝辞に気付き、居住まいを正した。
それは、隣のリヒターも同様だった。
フィールドの隅に用意された舞台上。
国王の長い口上が始まる。
法国と王国の友誼が成るようにと語るその口ぶりからは、どうしても隣国との戦争の影がちらついて回る。
勘弁してくれ、と思っているのはリヒターもベアトリクスも同じだった。
そしてそれは。
『国王の帰還が近いものですから、それまでにやれることはやっておきたいのです』
『貴方が私を警戒しているのは知っています。どうでもよろしいが。……その上で言いましょうか。――わたしに付け』
『
――この会場に集う、軍閥派以外
『この国をぶち壊す』
「さぁ、始めましょう――フウタ」
物語の幕が
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