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18 フウタ は おうじょ と はなしている!

本日も二話更新しております。こちら二話目となります。



 ――王城と共同墓地を繋ぐ地下通路。


 暗闇の中を、カンテラを片手に歩く少女。

 その隣に並び立つのは、緊張した面持ちの長身痩躯。


 狭い通路を、少女の案内に従って上り下り、右へ左へと曲がり進む。



「ここを貴方と歩くのは、久しぶりのことに感じますね」

「そうですね。まだ、3月前のことなんですが」

「ふふっ」


 カンテラに、ぼんやりと照らされた少女は柔らかく微笑む。

 その笑顔はいつの日か同じ道を通った時と同じようで居て、まるで違う色を放っているようだった。

 具体的に、青年が言語化することは出来なかったが、それでも。


 違うことだけは、はっきりと分かった。


「たった、3月なのですね」

「そう、ですね。たった3月です」

「です、か」


 こつ、こつ、こつ。

 地下通路に、ヒールとブーツの足音だけが反響する。


「――コローナと会ったのは、3年も前のことです。殆ど10倍の月日を共にしているはずなのですが……どうにも。わたしには、あの子のことが理解出来ていなかったようですね」


 理解しようとも、別にしていなかった。

 そう、彼女は呟いた。


 3年前。フウタはおそらく、闘剣士としての最後の1年の真っただ中。


 およそ、彼女らが何をしていたかなど、知る由もない。


「"時の魔女"。あの子は、そう呼ばれて忌み嫌われていました。わたしが見つけた時には酷い傷を負っていながら、薄っぺらい笑顔を浮かべていた」

「……」

「十字架に繋がれて、今にも処刑が始まろうか。そんな時でさえ笑っていたのは、既に壊れているからか。その後の詳細は省きますが、わたしは彼女を"契約"で縛り、味方に付けました」


 カンテラの火が、ゆらゆらと揺れる。


「実のところ、壊れては居なかったのですよ。壊れることすら出来ていなかった。"自分が悪い"で割り切ってしまっていたのです。"職業"というものを、最初から受け入れてしまっていた。わたしは、その様が憎かった」





『現実ってそんなもんですよ。どんなに配られたカードが悪くても、ダメなことしたらお前が悪いになるんですよ。無茶苦茶ですよ世の中って』







 想起する言葉に籠った、妙な実感。

 それは、彼女自身が受けていた過酷に対する、出してしまった答え。


「だから、分かり合えることは無い。それでも有用であったから使う。それが、わたしと彼女の関係。それ以上でも、それ以下でも無かった」

「……でも、違った」

「…………認めたくはありませんが」


 少女は、煩わしそうに視線を道の先へと向ける。

 そのさまを見て、先ほど想起した彼女との会話の続きを想い出して。


 ふと、思った。



「ライラック様。これはもしかしたら、なんですけど」

「なんですか?」

「たぶん、最初はお互いそうだったんじゃないですか?」

「……最初は?」



 忘れもしない、彼女に水をぶちまけられたあの日。

 終ぞ闘剣士になれなかった自分に、彼女が想いを伝えてくれた日。



 その時、確かに彼女は言っていた。




『でも、それでも、"職業"のせいにしたら、お前はそこで終わりなんです。人生お仕舞いなんです。そーゆーダメな人も結構居ます』




 ライラックの目を、疑うことはない。

 きっとその日、彼女は全てを受け入れて、諦めていたのだろう。

 けれど、フウタと会って間もない彼女は、"職業"のせいにするなと口にしていた。


 それは、つまり。

 自分自身が、"そーゆーダメな人"だったからではないのか。


「きっと、ライラック様の想い、やりたいと思っていることは、一緒に過ごした中で届いていたんじゃないかって。俺は、不敬ながら思うんです」

「……」

「ライラック様?」

「……です、か」


 小さく、ライラックは息を吐くと。


「フウタ」

「はい」

「貴方が居てくれて良かった」

「えっ」

「――貴方が居なかったら、きっとこの3月も、これからの未来も、大きく変わっていたでしょうから」

「……いや、そんな」


 大したことは出来ていない。

 ただ、大事に思っている2人の関係が歯がゆかっただけ。



『俺は、コローナと王女様には仲良くしてほしい』



 いつか吐いた言葉は、真実だ。


 2人が幸せにしてくれれば、それでいい。


 小さくライラックは口角を上げた。



「そんなフウタですから、仕上げは任せます」



 フウタが顔を上げる。そこには、変わらぬ笑みを湛えた彼女の姿があった。 



「――粗方の仕込みは終わりました」

「え、もうですか」

「仕込みに時間を掛けていて、不測の事態に応じられますか?」

「いや、まあ、それはその通りですけれども」


 あれから、3日と経っていない。


「――まあ」


 銀世界のような美しい髪を払って、彼女はこともなげに告げた。


「たかがメイド1人に、そんなに労力を割く必要はないということです。分かりましたか?」

「でも、迷惑はかかるって言ってたじゃないですか」

「……。この大事な時に余計なことを考えさせられた負担かと」

「ええ……」

「不満が?」

「不満というか……」

「派手に動くので、警戒される人数を増やしてしまうことは長期的に見れば大きな痛手ですから。実に余計な手間でした」

「ライラック様……」


 つん、と歩みの速度を早める彼女に、フウタは大股で追いつく。

 いかんともしがたい体格差は、こういう時に便利だった。


「ともあれ、手間だけで済んだのは貴方とプリムのおかげではあります」

「俺とプリムですか?」


 コローナ捜しを共にしたことくらいだが、と首をひねるフウタ。


「ええ、とても役に立ちました」

「なら良かったです」


 理由については、フウタはわざわざ聞こうとも思わなかった。

 ライラックにとって順調ならば、それでいいだろうと。


「時にフウタ、一応聞いておきますが、神龍騎士団及び国王陛下との接触はありませんね?」

「はい。会え、とも言われませんでしたから」

「宜しい。むしろわたしは、貴方を今お父様や騎士団長に会わせたくなかったのです」

「なら、都合が良いですね」

「ええ、大変結構」


 と、そこでふとライラックは考えたように唇を撫で、フウタを見る。


「どうかしましたか、ライラック様」

「いえ……少し話は飛びますが、貴方には兄弟姉妹は居ますか?」


 本当に話が飛んで、一瞬面食らうフウタ。

 とはいえ、彼女がこの状況で無意味な話をするはずもない。

 静かにフウタは首を振った。


「妹が1人居りましたが、幼い時に死別しました」

「そうですか。あまり、良くない記憶でしたね」

「いえ。ですが、それが?」

「それが……」


 彼女は少し躊躇ったように目を閉じて、呟く。


「不思議ですね。何故躊躇う必要があるのか」

「……幾らでもお待ちしますが」

「結構。……そうですね。兄弟姉妹を酷い目に遭わせる者をどう思いますか?」

「え……」


 果たして。それは広義の倫理観を問われているのだろうか。

 少し考えて、首を振った。


「どうも何も、その人がどうしてそんなことをするのかが分からなければ、俺には何も言えませんよ」

「……真っ当な意見ですね」

「ライラック様はどう思うんですか?」

「わたしですか?」


 わたしは、と真っ直ぐフウタを見据えて、言い放つ。


「血を分けただけの他人など、どうなろうと知ったことではありません」

「そうですか」


 ――それは、そうだ。

 フウタは目を伏せた。


 彼女は今まで、ずっと1人で戦ってきた。

 そこに兄弟姉妹などという救いも、ましてや家族に対する温かい想いなども皆無だろう。


「そんな顔をしないでください。わたしが愛を知らぬ獣のようではありませんか」

「そこまでは思っていませんが……ライラック様、ひょっとして兄弟姉妹にとんでもない目に遭わせられたとか?」

「逆ですよ」


 柔らかく、ライラックは微笑む。


「今から、血を分けた異母妹(いもうと)を酷い目に遭わせます」

「え、今からって――今から行くところってオルバ商会ですよね!?」

「はい」



「ベアトリクスは、国王に捨てられた不義の子。オルバ商会に拾われて、楽しく生きてはいますが……国王に思うところはあるでしょう。盛大に利用させていただきます」



「ら、ライラック様と、ベアトリクスが姉妹……」

「何か言いたげですね?」

「いや……」


 流石のフウタも言えなかった。


 とんでもない姉妹だ、などと。


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